三つ子の悩み
僕と姉たちは、珍しい男女混合の三つ子だった。
この日も下校路で、3人並んで歩く。
はた目には微笑ましいかもしれないが、僕たちには悩みがあった。
僕たちの家にはテレビがなかったのだ。
父が頑固者で、
「あんな物は下らない。見る価値もない」
と言うのだ。
だから僕はウルトラマンも仮面ライダーも見たことがないし、姉たちもアイドル歌手の物マネができなかった。
しかしそんな生活をずっと続けることはできない。
姉1が言った。
「ねえ治、あんたテレビを買ってもらういい知恵はない?」
「お姉ちゃんたちはどう?」
「私たちはトライして、もう失敗したわ」
「どうやって?」
「私はテストで100点をとると約束して、猛勉強して……」
「それで82点よ」
と姉2は辛らつである。
「じゃああんたはどうなのよ」
と姉1は姉2のスカートを蹴飛ばす。
「私は、家の窓を全部拭き掃除すると宣言して……」
「掃除道具をひっくり返し、ガラスを3枚割ったわ。バケツの水で廊下は水びたし」
これに姉2が言い返すかと思ったが、さにあらず。
2人とも僕のほうを向くので驚いた。
「だから3度目の正直よ。治、あんた家出しなさい」
「家出?」
「本当の家出じゃないのよ。物置の中に隠れるだけ。食事は私たちがこっそり運ぶわ」
「そんなの嫌だよ」
だが弟が、姉二人の連合軍に勝てるわけがない。
僕は押し切られ、家出の決行日は夏休みの第1日目と決まってしまった。
『テレビを買ってくれないので家出します』
と書き置きを残し、実は物置に隠れて様子を見るのだ。
前日にその準備のため、僕は一人で物置へ向かった。物を片付け、生活スペースを作らなくてはならない。
物置の中は暗く、スイッチを入れたが、電球が切れていたことを思い出した。
予備の電球を探して暗い中でかがみ、あてずっぽうに手を伸ばしたとき、そこに奇妙な手触りを感じたのだ。
「これは何だ? 機械のスイッチだぞ」
オンにすると、物置の中はほの明るく変わった。
同時に音楽も聞こえる。そしてアナウンサーらしい声が言うのだ。
「では明日のお天気は? 天気図をご覧ください」
テレビだ。
アンテナにつながったちゃんとしたテレビが、なぜかここにある。
「そうか、僕と姉たちが学校へ行っている隙に、誰かがここでこっそりテレビを見てるんだ」
誰かと言っても、両親に決まっている。
その身勝手さに、僕は猛然と腹が立ったが、生まれて初めて自分の自由になるテレビに出会えた喜びのほうが大きかった。
チャンネルを次々と変え、僕は見入った。
何かのショーが始まるようだ。司会者が現れ、切り出したのだ。
「この番組は、世にも珍しい三つ子の生活ぶりを克明に記録したドキュメンタリーです。ただし三つ子たちに気づかれ、その生態に影響を及ぼすことを防ぐため、ご両親の協力の下、三つ子たちにはテレビの視聴を一切禁じてあります。ではまず、本日の様子をご覧ください」
嫌な予感がして、僕は物置の中で振りかえった。
自分ひとりしかいないと思っていた暗い場所だ。
ところが、そうではない。
僕の背後にはカメラマンがいて、マイクを突き出した録音係とディレクターもいて、僕の顔にしっかりレンズの焦点を合わせていたのだ。
三つ子の悩み