花の贈り物
⚫️花の贈り物(#105)
長く花粉症を患ってきた。耳鼻科に通うのは毎年のことである。薬で症状を抑えつつ、鼻を気にかけた。
三月になると気ぜわしい。デスクの上には、いくつもの書類が高く積まれている。日々、仕事に取り組んでいた。
職場は普通の会社である。三月の私は、とくに多忙を極める。納期に間に合わせるため、仕事は立て込んでいた。
「年度末に終えられる仕事は、できるかぎり片付けろ」
課長の号令でみんなは無言で頷く。課長のメガネが、春の日にキラリと光った。会社の入るビルは大通りに面している。大通りの見えるガラスを通して、窓際は春のうららかな光に溢れている。
その日、窓を開け、会社に春の空気を入れた。心なしか、会社に春の匂いがした。
私の鼻はご機嫌斜め。私以外にも、鼻をぐずらせる人が三、四人。春風に乗って、花粉が飛んできている。
症状がひどく、今日は特別に上司に願い出て定時に退社した。
勤め帰り、会社近くの病院に寄った。
治療が終わり、病院を出た。
薬局で薬をもらい、通りから離れた。
近くの並木道を歩いた。夕暮れの道には、きれいな花が咲き乱れていた。
「あちこちに花が咲いている。さすがは春だな。花粉さえなければ、楽しい季節なんだが」
花に見とれていると、意外な人物に出会った。同じ赤い花に顔を寄せて、視線を感じた。そこに見慣れた顔があり、思わずのけぞった。
「古村さん」
「あら、仲山さん。お久しぶり」
「花の縁だな。春の花が古村さんをここに連れて来たのか」
私は驚いた。古村さんというのは、大学時代に同じ体育館で一つのシャトルを追いかけた仲間。バドミントンサークルに属した女の子である。学年は二つ下だった。彼女は女子のキャプテンで、活発な子だった。就職して県外に越した、とは聞いていた。卒業して、会うことはなかった。どこで何をしているのか。気にはなったが、風の便りは聞かなかった。
そう言えば、三月に卒業の飲み会があった。二次会で、彼女は誕生月だから、他の男子が花束をあげて、すごく喜んでいたっけ。花の取り持つ縁だな。花の贈り物──。
古村さんは、私にお辞儀して去って行った。この時間にビジネス街にいるのか、と思った。何かの用事の帰りか。この界隈で私同様、働いているのか。
感傷に浸っていると、吹く風が少し冷たく感じられた。
「こんなところで風邪を引いたらいけない。風邪と花粉症のダブルパンチで、会社どころじゃなくなっちまう」
私はいそいそと階段を下り、地下鉄の駅まで歩いたのだった。(了)
花の贈り物