くろあか、可愛く
着物の帯が苦しいからずっと寝間着でいたい。
この本丸の審神者の少女が、珍しく拒絶という形の自己主張をした。
「あるじさま、そんなに嫌だったのですね。ごめんなさい……気づかなくて」
「うー」
五虎退が目の前の布団の塊に声をかけると、中からぐずるような声がした。
「おび、いや」
「そうですか……」
「……きもの、の、え、は……すき」
「絵?」
「うん」
「ええと……あっ、柄のことですね」
「うん」
「わかりました。では、みんなで考えてみます。あるじさまが苦しくないようなお着物の着方を」
「……。……これ、だめ?」
もぞり、と審神者が布団から這い出てくる。身に纏っていたのは裾に上品なフリルが縫い付けてある、生成り色のネグリジェであった。締めつけのないその素朴な白は、審神者も気に入っているようで、似たようなネグリジェを数着持って着回している。
「これで、えんれん……おそと、いくの」
「それは寝る時の服なんですよ、あるじさま」
「……うー」
「僕たちもお仕事によって色々着替えるように、あるじさまも行く場所によって服を選ばなくちゃいけないんですよ」
TPOというものを、五虎退は彼なりの言葉で幼い審神者に教える。いくらお気に入りの服でも、寝間着で演練に行く審神者は……なかなか、いないだろう。五虎退の言葉は審神者に伝わったようで、審神者は不服そうながらも頷いた。
「……そうだ。あるじさま、お外に出るならどんな服が着たいですか? お着物じゃなくても良いんです、僕らや加州さんみたいな洋装でも良いんですよ。聞かせてくれますか?」
「……。おひめさまの、ふく……きたい……」
「お姫さま……」
「乱、みたいな。……えと、これのここ、わたし、すき」
そう言って審神者はネグリジェの裾や胸元の細いリボンをつまむ。フリルに縁取られたそこを見ながら、兄弟……乱藤四郎の姿を思い出し、五虎退はようやく合点がいった。フリルにリボン、甘く愛らしいものをこの少女は気に入っているのだ。
それにしても、審神者がぽつぽつと、拙い言葉で自分の好きなものや嫌いなものを伝えてくれることが、五虎退は嬉しかった。彼はこの本丸で二番目に審神者の刀となった古株である。彼女の感情の起伏に乏しく、どこか欠落したようなぼーっとした振る舞いは出会ってから今になっても変わらないが、それでも少しずつ言葉を紡いでくれるようになったことが、尊いことのように感じていた。
「なるほど、わかりました。では好きな色はありますか? あるじさま」
「くろ、あか」
「ふふ、加州さんの色ですか?」
「うん」
馬当番中の加州清光に聞かせてあげたい。と五虎退は微笑んだ。黒に赤、着物の柄、フリルにリボン。彼は審神者の言った小さな好きをしっかりと頭に刻み、大仰に頷くと、真似をするようにこくんこくんと頷く審神者の頭を撫でた。
「五虎退?」
「あるじさま、明日、外出許可をいただけませんか? 加州さんと、僕と、あと……乱にいさんで、あるじさんに似合う服を選んできます」
「うん、うん。……わたし、ねてる。おそと、こわい」
「街はまだ怖いですか。あ、ちゃんとごはん食べなきゃダメですからね……」
「うー」
そして、次の日の八つ時。加州清光、五虎退、乱藤四郎の三振りがたくさんの紙袋を手に本丸へ帰ってきたことに、審神者の少女は……気づかなかった。いつものように布団の中で丸まって、ぼーっとしていたのである。そんな審神者の元へ、ととと……と急くような足音を響かせ三振りは訪れる。
「ただいま、主」
「ただいまです、あるじさま」
「可愛い服いーっぱい買ってきたよ! あるじさん!」
「お、かえり……」
ファッションショーしよ! と、乱藤四郎は紙袋の中身を審神者に見せた。着物にワンピース、リボンの付いたブラウス、アクセサリーに、つやつやの赤い靴。審神者はきょろりとそれらを見渡し、目を見開いた。
「いっぱい」
「そ、いっぱい。あ、まずはこれから試してみない? 可愛いと思うんだ」
加州清光がそう言って手に取ったのは、黒地にこれまた黒の花柄が刻まれた、和服であった。
「……おび。いや」
むっと眉をひそめる審神者に、三振りは大丈夫大丈夫と微笑んだ。そして、五虎退は赤い着物を広げて見せる。それはいわゆる、被布と呼ばれるものだ。
「これで隠せば帯を締めなくても着物って着られるんだって。試してみない?」
「……。……ほんとう?」
「はい、本当ですよ。あるじさま」
「……きる」
「よかった! ボクたちに任せて。あるじさんのこと、めいっぱい可愛くしてあげる!」
「うん……」
何にも興味を示さない空虚な心の主が、ほんの少しだけ外側に関心を向けたことが、やはり彼女の刀剣男士たちにとって嬉しいことなのであった。
ささっと黒い着物を着付けていく。一緒に買った赤い裾除けにはフリルが付いており、着物の花柄と相まって、着物自体は黒色でありながら華やかであった。赤いリボンカチューシャを頭に付けさせ、白いタイツも履かせ、和洋折衷の着こなしにすれば、審神者は不思議そうにしていた。
「あるじさま、苦しくないですか?」
「うん。くるし、くない」
「あるじさん可愛い〜! 似合ってるよ!」
「わ」
乱藤四郎は思わず審神者をぎゅっと抱きしめてしまった。審神者は「かわい、かわい」と乱藤四郎の言葉を繰り返し、抱きしめられたまま、加州清光を見上げた。
「加州」
「……ん」
「わたし、かわい?」
「うん。すっごく可愛い」
「……」
加州清光のその言葉を聞くと、審神者は乱藤四郎の胸に顔を埋めてしまった。
「あるじさん? ……照れてる。ふふっ」
「うー」
「あるじさま、せっかくだから本丸のみんなに見せましょう。あるじさまが可愛いと、みんな嬉しいですよ」
「……うん」
噛みしめるように頷く審神者を連れ、三振りは部屋の外へ一歩踏み出した。ふわり、と審神者の着物の袖が揺れるのを、加州清光は見ていた。
「加州……」
「うん? なあに」
「……だっこ」
「はい、お姫さま」
ひょいと審神者を抱き上げれば、審神者はそっと加州清光に耳打ちをした。
くろ、あか。加州のいろ、すき。
それを聞いた加州清光は、目を細めて彼女の頭を撫でるのであった。
くろあか、可愛く