回帰の口付け

「主、脱いで」
「んー」
 この審神者は放っておくと一日中布団の中でうずくまっているので、食事の時間も服薬の時間も、湯浴みの時間まできっちり決めておかないといけない。近侍でおる加州清光は、脱衣所まで審神者の幼い手を引いて歩き、いつもの巫女装束を脱ぐことを促した。
 未だ夢心地の彼女はぼんやりとしながら、ゆっくりゆっくりと脱ぎ、肌をあらわにしていく。ほんの少しかさついた白い肌、あばらの浮いた胸元。……小さな手術痕の残った下腹部。およそ健康とは言い難い体、美しいとも言い難い体。だが、加州清光にとってはそれら全てが愛おしいものであった。
 この少女への愛情は、きっと雛鳥の刷り込みのようなものなのかもしれない。それでも、特殊な顕現をしたこの加州清光にとって、少女は世界の全てだ。加州清光という刀が持つ物語と、少女の胎から生まれ落ちたという事実。この二つが、この加州清光の内面をぐちゃぐちゃにかき乱すのだ。ああ、このナカに入れたら、人間の赤子のように眠れたら、どんなに安らかでいられるだろう。
「加州、ぬげた。……加州?」
「ん……」
 膝をついて、縋るように抱きしめて、審神者の腹に口付けを落とす。何度も、何度も。そして、ぐりぐりと額を押し付ける。整えられた柔らかな髪が、それによって乱れようとも、加州清光は気にしなかった。
「加州」
「還りたいなあ、俺の母さま」
「……かえる? わたしに?」
「そう」
「かえっちゃったら、もう、あえないの」
「そうだね」
「加州に、ぎゅーって、されたい、から、かえらないで」
「……うん」
 彼女に拒絶の意思は無くても、加州清光は寂しい気持ちでいっぱいだった。どこまでも受け入れてくれているのに、際限なく求めてしまう。
 主、母さま、主、母さま。ぶつぶつと呟きながら縋る加州清光の髪を優しく撫で、審神者はゆうるりとした声で話しかけた。
「おふろ、はいるの」
「そうだった」
「おふろ、はいったら……いっしょ、ねるの」
「ちゃんと髪乾かしてあげるからね」
「……ぶわーは、いや」
「退屈?」
「うん」
「我慢して。お布団入ったら、眠るまでお話しようね」
「うん、うん」
 一度生まれてしまったから、還ることはできないけれど。髪に触れて肌に触れて、それでもじゅうぶんふたりは幸せであった。あらゆる感情でぐちゃぐちゃの中に、幸せが入り込み全て包み込む。これは、この世に生まれてきたからこそ感じる心。そう加州清光は思うことで、今だけ感情に折り合いをつけた。

回帰の口付け

回帰の口付け

加州清光×詠 腹へのキスは回帰の証

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-03-02

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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