ここにいる

 骨喰藤四郎は審神者の部屋の前で不寝番をしていた。
 今夜の空には厚く雲が覆い、月も星も見えない。真っ暗闇であった。刀剣男士、それも脇差である骨喰藤四郎の目にとっては全く苦ではないのだが、それでも空に何も映らない今宵は少し寂しいものがあった。
 審神者はもう眠っているだろうか。そう思い骨喰藤四郎は耳を傾ける。時折布が擦れる音が部屋から聞こえる。何度も寝返りをうっているのだろう。眠れていないのかもしれない。できれば、安心して眠っていてほしいものだが。そう思っていると、襖が音を立てて開く。寝間着姿の審神者が、ぼーっと骨喰藤四郎をその目に映し、彼女は安堵したようにほうと息をもらした。
「主殿、眠れないのか?」
「……、……」
「そうか。温かいものでも飲むか? 一緒に厨に行こう」
「……」
 言葉の無い審神者は立ち上がった骨喰藤四郎の服の袖を掴み、首を横に振った。口をあの字に開け、閉じる。この審神者は上手く喋ることができない。上手く声が出せない。本丸が時間遡行軍に襲撃された時から、今までずっとそうだ。それを率いていた歴史修正主義者が親しい人間だったことにショックを受けた彼女には、強い恐怖がいまだに刻まれている。だが彼女の刀剣男士たちにとっても、骨喰藤四郎にとっても、声が出ないからといって主が主でなくなることはなかった。審神者と共に手話を覚えるのは楽しかったし、筆談しながら紙の端に落書きをするのも楽しい。共に過ごすことが楽しいことに何も変わりはなかった。だからこそ、本丸が襲撃された時にちょうど修行の旅に出ていた骨喰藤四郎は、何かと審神者と共にいたがった。ずいぶん静かになってしまった審神者に、再び満開の笑顔で自分の名前を呼んでほしくて、そのことを考える度に泣いて縋りつきたくてたまらなくなった。だからこそ、自ら近侍に立候補し、不寝番も積極的に行っていた。離れがたかったのだ。
 さて、袖を掴まれた骨喰藤四郎は審神者の『言葉』を待った。審神者は困ったように目を泳がせると、両手で話し出した。
『骨喰、一緒に寝てくれない?』
「……は」
『上手く眠れないの』
「……短刀じゃあるまいし、女性の寝所に入るのはいけない」
『じゃあ私がここにいる』
「な、」
 審神者はぎゅっと骨喰藤四郎に抱きついた。彼女の華奢な体は比較的小柄な彼よりも小さく、しかし全力を出しているのか力強くぎゅうぎゅうと押し付けてきた。骨喰藤四郎は顔がぼっと熱くなるのを感じ、審神者の背中に手を回しながら、また元の位置に座り込んだ。彼の横に座った審神者は一度身を離し、再び話す。
『眠らない』
「主殿、ダメだ。布団に戻れ」
『骨喰、声が震えてる。かわいい』
「か、からかうな……!」
『ねえ骨喰、膝枕してよ。骨喰が枕になってくれたら眠れるんだけどな』
「……」
『ダメ?』
「……あんたは、なんというか、俺をからかうのが好きだな……」
『骨喰のことが大好きだから』
「……」
『ねえ、ダメ?』
「……寝ついたら布団に運ぶ。それまでなら」
『やった』
 骨喰藤四郎が諦めたように正座をすれば、審神者はそこに頭を乗せた。真っ暗な闇の中で、審神者の手は探すようにゆらゆらとゆらめいている。骨喰藤四郎がそれを掴み、自分の頬に触れさせれば、彼女はふっと笑った。控えめな笑顔。骨喰藤四郎が恋した花咲く笑顔とはまた違う、雪のように溶けてしまうような笑顔。けれど、彼にとって愛しい笑顔であることに変わりはなかった。そう、なにもかも、変わりはなかったのである。
「……ぁ」
「……! 主殿」
「お、ぇ、あ、い。……ほね、ぁ、み」
「……ああ。なんだ」
「す、き……」
「……。……俺もだ」
「……、お、や、す、ぃ」
「ああ、おやすみ」
 互いの髪をそっと撫で合った後、審神者は目を閉じた。月も星も、今の自分を見ないでいてくれてよかったと、骨喰藤四郎は赤くなった自分の頬をぺちと叩き、愛しい少女から規則正しい寝息が聞こえるまでじっと見つめていた。闇が、彼を見ずにただ静かに包み込んでいた。

ここにいる

ここにいる

骨喰藤四郎×夢 ある夜の話

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-03-02

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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