この気持ちはチョコミント

 審神者や刀剣男士が通う現世とは離れた場所、万屋街。大抵のものはここで揃う、審神者たちのライフライン。もちろん、娯楽のためだけの店もあった。昔の日の本の国のような街並みの中に、不釣り合いな見た目の喫茶店におもちゃ屋、百円ショップ。このちぐはぐさが、ここが現世ではないことを示している。
 さて、審神者とその近侍の堀川国広はそんな街中をぶらぶらと手を繋いで歩いていた。まだ幼い審神者が戦争の気に押し負けないために、こうして定期的に外に出ているのだ。

「いいにおい」
「良い買い物しましたね、主さん」
「うん」
 審神者はチョコレート色の袋に薄緑のリボンの巻かれたサシェを片手に持ち、歩きながらくんくんと香りを楽しんでいた。色の通り、チョコレートの甘い香りがするのである。堀川国広は審神者の無邪気なその仕草に微笑みながら。転ばないように繋いでいる方の手をきゅっと握った。
「それにしても主さん、ちよこも好きなんですね。僕はてっきり、いちごとか蜜柑とか、果物の方が好きだと思ってました。ジャム大好きですし」
「ちよこじゃなくてチョコだよ、国広くん」
「ち、ちよ、ちょ……うーん」
「ふふっ。……冬にそういう訓練があったでしょ、チョコ集めるの。あのね私ね、なんで二月はチョコの月なのか政府の人に聞いたんだ。そしたらこの国の歴史に詳しい人がね、人が……」
「人が?」
 審神者は急に押し黙り、逃げるように視線を堀川国広からそらした。その上繋いでいた手を離そうとしたので、堀川国広は捕まえるように強くその手を自身の手の中に閉じ込めた。この人混みの中では転ぶだけではなくはぐれる危険もある。逃げきれなかった審神者はうう、と呻くと足を止めた。
「主さん、人が? 何ですか? 僕気になるな」
「……やっぱりなんでもない! 国広くん、アイス食べよ。暑くなってきちゃった」
「……? はい、良いですよ。夕餉もちゃんと食べるなら」
「食べるもん」
「いい子いい子」
 足を止めた近くにはちょうどアイスクリーム屋があった。今の季節は夏が始まったばかり、刀である堀川国広には大した暑さではなかったが、ずっと握っていた審神者の手は汗ばんでいた。まだ梅雨の湿気も残っており、人間には不快な暑さである。見てみれば、アイスクリームを楽しんでいる審神者や刀剣男士をよく見かけることに堀川国広は気づいた。今日は絶好のアイスクリーム日和である。店の前の小さな行列に並び、配られたメニューをふたりで眺めれば、そこには色とりどりの誘惑があった。
「一個だけですからね、二段重ねなんて食べきれないでしょう」
「わかってるよお……国広くんはどれが良い?」
「僕ですか? 僕はなんでも良いですよ」
「もう。私が選んじゃうよ?」
「ふふ、はい。主さんが選んでください」
「な、なんで笑ってるの……?」
「選んでくれるの、嬉しいですから」
「あ、う……。……えっとね、その……国広くんは、チョコ!」
「わあ、ありがとうございます。主さんは?」
「私は……あっ、これ! チョコミント」
 審神者が指差した写真には、薄緑色に茶色が散りばめられ、不思議な模様を作っているアイスクリーム。ミント、というものが堀川国広にはぴんと来なかった。
「主さん、これどんな味なんですか?」
「食べたことない……」
「ええ? 大丈夫?」
「きっと美味しいもん。それに……これと同じ色」
 そう言って審神者はサシェに頬擦りした。確かに、袋とリボンの色がこの不思議なアイスクリームとお揃いであった。よっぽど気に入ったのだろう、ならば別に未知の味に挑戦することを止めることもないと、堀川国広は頷いた。気がついたら行列は進み、順番が回ってきていた。背の小さな審神者の代わりに、堀川国広が店員に注文をする。チョコレートアイスとチョコミントアイスを一つずつ、カップで。すぐにカップに入ったアイスクリームが手渡される。丸く綺麗に掬われたそれは愛らしい姿をしていた。
「コーンがよかった……」
「落とすかもしれないでしょ?」
「ううー」
 そんなやり取りをしながら、審神者は会計を済ませる。カードを触れさせればぴっと音を立てて終わる一瞬の時間に、堀川国広は自分たちの時代とはずいぶんと勝手が違うのだなあと改めて感心した。チョコミントアイスクリームを審神者に手渡し、堀川国広はちょうど空いているベンチを指差す。
「あそこで食べましょう。手、繋ぎませんからね、転ばないように」
「大丈夫だよ。国広くんのおせっかい」
「だって主さん、前も何もないところで転んだじゃないですか」
「あれは……うう、はい、気をつける」
「いい子」
 せっかく見つけた場所を取られないように、ふたりは小走りで向かった。すとん、と座り、いただきますを言う。ふたり同時にその言葉が口から出たことに、堀川国広は笑みがこぼれそうになるのを我慢して、アイスクリームを口に運んだ。濃厚な甘さにほんの少しの苦み。だがその苦みも心地良い。そういえば、以前食品売り場でパンに塗るチョコレートスプレッドを見かけた、いつも果物のジャムを好む審神者だが、たまにはチョコレートも良いかもしれない、今度購入を提案しようと、堀川国広は審神者の朝食に思いを馳せながら審神者の方を見る。審神者はというと……何とも言えない複雑そうな表情をしていた。
「主さん?」
「これスースーする……大人の味だ」
「大人の味? あ、苦手な味でした? 交換する?」
「だっ、だめだよ。国広くんは絶対チョコを食べるの」
「絶対って……どうして」
「どうしてって……」
 もごもごと口ごもる審神者の顔を、堀川国広は覗き込んだ。それに驚いたように審神者はぴくりと身を震わせた。顔が赤い。
「あのね、さっきの続き。どうしてチョコ? ってお話」
「? はい」
「……昔は、あっ、国広くんの時代に比べたら未来だけど、昔ね。好きなひとにはチョコをあげたんだって。二月に」
「……へえ」
「だからっ! 二月じゃないけど、国広くんにチョコあげるの。国広くんだけだよ、国広くんだけ。……わ、私が何言いたいか、わかる?」
「主さんは僕のこと好きなんですね」
「さらっと言っちゃやだー!」
 顔が赤いのは、暑さのせいだけではなかったらしい。いやいやと首を横に振る審神者を見て、堀川国広はその大きな青い瞳を細めて微笑んだ。
「だ、だから私、大人の味でも食べるの。大人だから、好きなひとにチョコあげてもいいの」
「ふふ、じゃあなおさら、交換すべきですよ」
「えっ、ええ?」
「僕だって主さんのこと、好きですから。ちよこあげます」
「すっ……!」
「好きですよ」
「……兼さんより? 国広や国広さんより?」
 おずおずと言葉を発する審神者の頭をよしよしと撫でながら、わざとらしく首を傾げる堀川国広に、審神者は体が浮き上がるのを感じた。実際には浮いていないのだが、そんな気がしたのである。
「うーん。兼さんや兄弟たちとは、また違うというか」
「……違う? わかんないよ!」
「ほら、アイス溶けちゃいますよ。交換交換。僕は主さんよりずっと大人ですよ? 違いがわからない主さんは、まだ子どもでいいんです」
「あっ! ……はい、交換……」
 一気に地面にぺしゃりと落とされたような、まだ浮いているような、そんな気持ちのまま審神者は渡されたアイスクリームを口に運んだ。少し柔くなったそれは、宥めるように口の中でゆるくほどけて甘さと少しの苦みを残していった。チョコレート、やっぱり好き。それに比べてミントのなんと『大人』なことか。審神者はそう思いながら、薄緑色を口に運ぶ堀川国広の横顔を見つめる。「あっ、これ美味しいですね」なんて言っていた。やっぱり大人の味なんだ、と審神者はまた一口、一口と進めた。チョコミント、けれどけして、嫌いな味ではなかった。もう少し背伸びをすれば、届きそうな、わかりそうな味だと、審神者は思った。

 大人の味は、ずいぶんと涼やかな風を運んでくれるものらしい。アイスクリームを平らげた審神者は、再びサシェに鼻をうずめる。甘い香りはやっぱり自分を優しく宥めてくるようで、どうにもこうにも悔しかった。たった今から大人になったって、私は良いのにと、頬を小さく膨らませ堀川国広を見上げれば、視線に気づいた堀川国広はいたずらっぽく笑うのであった。

この気持ちはチョコミント

この気持ちはチョコミント

堀川国広×祈 バレンタインデーに思いを馳せながら夏にアイスを食べる

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-03-02

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