純真な罪

「……持って帰ってきてしまったと」
「はい……おとうさま……」
 審神者は正座をして俯いていた。彼女の正面に座る小烏丸と山姥切国広は顔を見合わせた。彼女の隣に座る小夜左文字は、俯く審神者の背中に手を当てていた。
 審神者の膝の上にあるのは、古びたブローチだった。金具は少しばかり錆び、中央の青い宝石は曇っている。審神者はブローチを指で撫でながら、体を小さく震わせていた。
 この審神者は、まだ子どもの審神者たちが通う教育機関に少し前から通っている。刀剣男士や政府の職員としか関わりが無かった審神者に、子どもたちと関わることで心を育ててほしいという、刀剣男士の願いからであった。通ってまだ日は浅いが、少しずつ今日は何をしたのか、クラスメイトと何を話したのか、学校の話をするようになっていくのを、彼女の刀剣男士たちは微笑ましく見守っていた。
 だが、今日の審神者は様子が違った。帰ってくるなり父と呼び慕う小烏丸に抱きつき、何も話さなかった。それを見た小烏丸は、守り刀として彼女の鞄の中に入っていた小夜左文字と、彼女が信頼するはじまりの一振りの山姥切国広と共に審神者の自室へ向かったのである。
「小夜左文字は止めなかったのか?」
「とめてくださりました。でもわたし、むししました」
 山姥切国広が問いかければ、審神者は正直に答える。小夜左文字は眉尻を下げた。
「……あなたは、悪いことをしたよ。でも、あの時は良いことをしたと思っていたんだよね」
「……はい」
「あの子がそのブローチを投げて遊んでいたから、あなたはブローチが可哀想に思ったんだよね」
「はい……はい……」
「ふむ、それでか……」
 審神者は盗みを犯した。クラスメイトのブローチを盗んだのだ。そのクラスメイトは綺麗なものを持ってきては、嬉しそうに自慢をするような子であった。だが、自分の持ち物は全て遊んで良いおもちゃと思っているような子であった。骨董品のような、価値のありそうなブローチも、そのクラスメイトからすればおもちゃの一つである。審神者は同じ審神者として、クラスメイトとしてそれが許せなかった。だから、放課後その子のロッカーからブローチを手に取り、走って帰ってきてしまった。小夜左文字の制止も聞かず。
「主よ、己がやったことを、悪いことだと思っているのだな?」
「はい、おとうさま……でも、わたし、このかたをたすけたかったのです」
「ふむ、助けたかったか」
「主、そのブローチの声に耳を傾けてみろ。審神者のあんたならできるだろう?」
「こえ……?」
 審神者は山姥切国広の言葉を聞き、目を閉じる。集中した心に流れてくるのは、青く煌めく涼やかな声。

 あなたはとても純粋な子。でも私は、あの子の元にいたいの。私はあの子が大好き。あの子のおばあちゃんの代から、ずっとあの子を見守ってきた。あの子の近くにいられるなら、ボールにされたっていいのよ。私、かわいそうじゃないわ。

「……やまんばぎりくにひろさま」
「聞こえたか?」
「はい……」
「……明日、学校で謝ろう。僕もついていくから」
「さよさもんじさま。きっとわたし、あのこにきらわれてしまいます」
「それは、話してみないとわからないよ」
「そうだ。主、おまえはよい子だ。謝ることができる子だ、父は信じているぞ」
「……おとうさま……。……わたし、ちゃんとあやまります。このかたをかえします」
 審神者はいつのまにか溢れていた涙をごしごしと制服の袖で拭うと、再びブローチを撫でた。「かってなことをして、ごめんなさい」と彼女が言えば、曇っていたはずの青い宝石が、キラリと光った気がした。
「……わらいました」
「そうだな。さて、主。おかえりを言うのが遅れたな」
「おかえり、主よ」
「ただいま、です」
 おかえり、ただいまを言い合えば、いつものようにおやつの時間を始めようと小夜左文字が立ち上がる。審神者は膝に置いていたブローチをハンカチにくるみ、恭しく鞄の中に入れた。

 後日、審神者に同じ審神者の友人ができたことを、彼女の刀剣男士たちは知るのであった。

純真な罪

純真な罪

月と彼女の刀剣男士たち 盗みを働いた審神者

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-03-02

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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