恋色花火

「私はいいわ。みんなでいってらっしゃい」

 毎年、審神者はこう言って刀剣男士たちを送り出す。夏祭りの話だ。ひとりずつ小遣いを握らせて、自分は本丸に一人残っている。こうも毎年言い切られると、刀剣男士たちは後で土産を買って帰る他ない。
 本丸の審神者の部屋からでは、きっと花火も音しか聞こえないだろう。その間、審神者は何をしているのだろうか。他の刀剣男士に聞いてみれば、氷菓子でも食べてるんじゃないかとか、花火の音を聞いて歌でも詠んでいるのではないかとか、いつもみたいにぼんやり活けた花を眺めているのではないかとか。様々な憶測が飛び交ったが、大和守安定にとってはどれもがつまらないものであった。
 夏祭りなんて、打ち上げ花火なんて、一年に一度しか開催しないのだから、大和守安定はどうせなら審神者と行きたかった。別に加州清光や新撰組の刀剣男士と行っても楽しいものなのだが、どうせなら、どうせならである。
 なので、皆が祭りへ出払った頃、大和守安定はひとり残り、審神者の部屋に乗り込んでいった。
「主は毎年お祭りより面白いことをひとりでしているの?」
「そんなこと。特に何もしていないわ、安定」
「……やっぱりつまらないことだ」
「どうしたの?」
「ん。……ねえ、一緒に行こうよ。お祭り」
「……いやよ」
「何か嫌なことでもあったの?」
「無いけど……」
「無いのに?」
「……」
 むす、と音を立てたかのように審神者はそっぽを向いてしまった。
「ラムネ、あんず飴、わたあめ」
 そっぽを向いた審神者に大和守安定は歌うように語りかける。
「なあに、安定」
「誘惑してるの。……輪投げ、射的、くじ引き」
「……ふふっ」
「……それと、花火。一緒に行こうよ。僕はあなたと行きたい」
「なら、今から私が言うことを、笑わないで聞いてくれますか。安定」
 神妙な面持ちで審神者は言った。布の擦れる音を小さく立てて、審神者は大和守安定に近寄ってその目を見つめる。
「聞かせて。多分笑わないよ」
「多分じゃだめね」
「馬鹿にはしないよ」
「仕方のない子」
 人より少し尖った形の耳の話だろうか。それとも小さく生えた角の話だろうか。何の話にせよ、大和守安定は審神者を祭りに連れ出すつもりであった。何があっても審神者を守るし、何なら手なり足なり出しても良い。……そんなことをするのは審神者は許さないだろうが、気持ちだけは十分あった。
 だが、審神者の小さな口から漏れ出した言葉は、大和守安定の予想から外れていた。
「浴衣の肩上げが、子どもっぽくて恥ずかしいの……」
 拍子抜け、とはまさしくこのことだろう。もじもじと目をそらす審神者がそこにはいた。
「……え? ははっ、ふふふ」
「笑ったわね? 安定、ゆるさないわ」
 ぴん、と審神者は大和守安定の額を指で弾く。一気に不機嫌そうな表情になった審神者を宥めようと大和守安定は自分の腕の中に彼女を収めようとするが、するりと抜け出されてしまった。
「だってもっと、深刻なものかと」
「安定は女というものを分かっていないわ」
「そうかなあ……、……そうかも?」
「あなたの隣を歩く女が、どう見ても子どもだったら、どう思うかしら」
「どうも思わないよ」
「そう言うと思った。私は思います、せめて肩上げくらいは取れていたいと」
「僕がどうも思わないなら、それで良くないかな」
「何も分かってないわ、本当に安定は何も分かってないわ」
 そう言いながら、審神者は押入れから布を引っ張り出す。白地に赤い金魚柄のそれは浴衣だと一目で分かる鮮やかさだった。それと、半幅帯。ひらひらのへこ帯ではないのかと聞いたら、子どもっぽいとか何とか言ってまた不機嫌になるに違いない。金魚が好きなんだなあ、とだけ、大和守安定は思うことにした。
「着替えるから少しお外で待っていてちょうだいな」
「来てくれるんだね」
「安定が仕方のない子だからよ」
「わがままも言ってみるものだな」
「もう。出て行って」
「はあい」

 普段の姿と違って、浴衣姿の審神者は確かに幼く見えた。こういう時、加州清光なら上手く褒め言葉が出てくるのかもしれない。と、大和守安定は一瞬思いはしたがすぐに振り払った。審神者は自分の言葉で重い腰を上げたのだから、この浴衣姿はまずは自分の物だと。そう考えた。だから、思ったことを言えば良いのだろう。
「主、かわいい」
「安定って、猫にも鳥にもかわいいって言うわ」
「ひねくれてる。信用ならない? じゃあこう言おうかな。よく似合ってるよ」
「……ん。ありがとう」
 す、と隠れるように審神者は大和守安定に寄り添った。ひたりと触れた冷たい手を、大和守安定はぎゅうと握った。
「行こうか」
「ええ」
 下駄を履き、外に出る。夜色に染まった空からは祭りの喧騒が聞こえていた。カランコロンと下駄で地面をゆっくりと蹴飛ばせば、河川敷が見えてきた。ここから花火を飛ばすのだろう。そして近くには神社と公園。公園に出店が並んでいた。
「挨拶するべきかしら」
「神社? 今日くらい平気だよ。ひと、いっぱいいるもの」
「かみさまの安定が言うならそうね。ねえ、どのお店がいい? 教えてくださいな」
「うーん」
 少し迷って、大和守安定はラムネと大きく書かれた出店へ歩を進めた。審神者の手は握られたままなため、自然と二人で店の前に立つことになる。二本、小銭と交換すればポンと音を立てて玉押しでビー玉が落とされ、渡された。
「お店の人には私たちがどんな関係に見えたかしら」
「主はひとにどう見られてるのかを気にするね」
「安定と一緒にいる時だけよ」
「ふーん。ふふ。……はい、どうぞ」
「ありがとう。ラムネなんて久しぶり」
 ラムネの瓶は空の濃紺色、出店の灯りの橙色に自身の薄青色を差していた。口を付けて傾けるとこぽりとビー玉が動き、しゅわしゅわとした甘味が喉を潤す。
「飲んだらビー玉、取っておきたいわ」
「思い出?」
「そう。……あっ」
 ぱん、ぱらぱら。背後の空から音がした。
「花火」
「一発目、見逃しちゃったね」
 咲いた後のしぼみゆく花びらが空に散っていった。それで終わるはずもなく、二発目、三発目と夜空に花が咲いていく。聞き覚えのある歓声がどこかで聞こえた。粟田口の誰かだろうか。
「花火を見てたまや、かぎやって言うのって、安定たちの時代からだったわよね」
「あれを言うのは京都じゃないから、あまり身近な感じはしないな」
「ふふ、そうね。ここもかの橋ではないわ。小さな公園」
 くすくす笑って、審神者はラムネをくいと飲む。
「私たちは花火になんて言おうかしら」
「……無病息災」
「なら、落花流水?」
「当たり前のことを言うんだね」
「安定も」
 気づけばラムネを飲み干して、からからと片手で瓶を揺らし笑い合っていた。息災であることも、相思相愛であることも、当たり前だと笑い合える。そんな関係は、互いに嫌いではなかった。来年もまた一緒に行きたい、という願いは、どちらとも言わなかった。その時になればまた、大和守安定が誘い、審神者が少しだけ渋った後に了承する。同じことの繰り返しというものは、彼らにとっての幸せであった。
 来年もまたラムネを飲むだろう。きっと、ビー玉が審神者の机の引き出しの中に増えていくに違いない。もう審神者は大和守安定に夜空の下に連れ出されたのだから、これから先、季節が巡って再び来る夏に、閉じこもるわけがないのだから。
 大和守安定と審神者は、そんな関係であった。
「安定、あんず飴はどこ? 食べてみたいわ」
「はいはい。探してみようね」
 喧騒と花が咲く音。祭りはまだ終わらない。

恋色花火

恋色花火

大和守安定×鳥 夏祭りに行く話

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-03-02

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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