真っ白デート

「さむーい……うう、さむさむさむ……」
「きみ、そこに手を入れてたら転んだ時危ないぞ。きみはそういう人間だからな、絶対転ぶ」
「出したら寒いんですよお……」
 冬が来た。とっくに来ていた。万屋街の大通りをびゅおうと吹き抜ける風は、コートにマフラーと重装備の審神者の少女を凍えさせていた。これでまだ雪は降っていないのだから、これ以上寒くなる日があるのかと思うと審神者は本丸の炬燵の中で戦々恐々としていたのだが、鶴丸国永が審神者と街に出たいと言って聞かないので渋々外に出た次第である。コートのポケットに手を突っ込んで、身をすくめながら歩く審神者の少し前を、鶴丸国永はいつもの装束で悠々と歩いている。
「手袋はどうしたんだ。あの白い玉が付いたやつ。気に入ってたじゃないか」
「ポンポンって言ってくださいよ! ……忘れちゃってえ……」
「やれやれ、可哀想だ。手袋が」
「うぅう、何も言えない……」
 冬になっても万屋街の賑わいは相変わらずである。刀剣男士と歩いている者、一人で出歩いている者、はたまたおつかいだろうか、刀剣男士ひとりきりの姿もある。並ぶ店たちには何でも揃っている、審神者たちのライフラインの一つ。年末が近いからか、小さな正月飾りを売っている場所もあって、これがなかなか愛らしい。しかし、鶴丸国永が何を目的として街に出たいと言ったのか、審神者には分からなかった。教えてもらえなかったのだ。審神者には鶴丸国永の好きなものも嫌いなものもいまだにわからなかった。あっと驚かせるような驚きを求めていることは知っていたのだが、自身にそんな面白いことができるとは審神者は思っていなかった。
 ただ、審神者が何かする度に鶴丸国永がくくくと身を震わせてくぐもった笑いを上げていることは知っていた。笑いのツボが分からないし失礼なひとだと審神者は思っていたが、怒られて見限られるよりずっと良かったし、面白そうに笑う鶴丸国永の白いまつ毛が美しく震えるのを、審神者は少しだけ、ほんの少しだけ好ましく思っていた。
「……で、鶴丸さん。いったい何の用でお外まで出たんですか? 寒すぎますよ、帰りましょうよう」
「ああ、それはな……いや何、特に理由は無い」
「ええっ!? ……あっ!」
「お……っと!」
 鶴丸国永の発言に面食らった審神者は、足をもつれさせてしまった。くらりと近づく地面。ああ、やっぱり手を出しておけばよかった。そう思いながらぎゅっと目を瞑ると、とすんと音を立てて受け止められた。目を開けば、鶴丸国永の細くしなやかな腕、曇りのない白装束。顔を上げれば、いつもの小馬鹿にするような笑い顔ではない鶴丸国永の表情。心配しているかのように審神者は思えた。金色の瞳がいつも綺麗だなあとのんきに考えていると、腕の感触がコートの厚い生地に阻まれているのが何だかもどかしく思えた。そう思ってしまった自分がなんだか恥ずかしくて、審神者は少しだけ顔が熱くなった。
「ほら見ろ。転んだだろう」
「す、すみません……。でもなんであたしを誘ったんですか。あたし、散歩くらいなら自由に出て良いって言ってましたよね」
「……何となく、きみと空の下を歩きたかったって言ったら、驚くか?」
「えっ、あっ、ああ? ……えあ!?」
「ほら驚いた」
「あたしと!?」
「ああ、他の誰でもない。きみと」
「うえぇ……」
「何だその反応は」
「い、いえ、嬉しいです。な、なんか風、止みましたかね? ちょっと寒くなくなってきたようなあ」
「ははは」
「あっ! また笑って! 知ってるんですよ、鶴丸さんが笑う時はあたしをバカにしてる時だって」
「まったく失礼だな。まあ今のは正解だが」
「もう!」
 鶴丸国永は審神者の体勢を両腕で戻すと、ぽんぽんと彼女の背中を軽く叩いた。審神者はというと、キョロキョロと辺りを見渡していた。そして目に映ったのは小さな喫茶店。せっかくこんな日に街まで来たのだから。……せっかく、好きなひとといるのだから、何か温かいものが飲みたい気分になっていたのだ。紅茶にしようか、ココアにしようか。紅茶ならロイヤルミルクティーが良いし、ココアならマシュマロも乗せてくれる店なら嬉しいな。そう思いながら、審神者は鶴丸国永を見上げる。
「……じゃあ、ただ歩くだけなのも何ですし、あそこでお茶でもしましょうよ」
「お、いいな。行こうか。……ほら」
「……なんですかあ?」
「手、繋ぐぞ。また転ばれたら敵わん」
「あ、あ、はい……。……! やだ鶴丸さん、手冷たっ!」
「なんだきみ、結構温かいじゃないか」
「そりゃ鶴丸さんに比べたら……あっ! 引っ張らないでくださいよう!」
 審神者からは鶴丸国永の表情は見えなかった。鶴丸国永はわざと空を見上げて、審神者から表情を隠していた。審神者が愛らしくて笑ってしまっているなんて、バレたくはなかったからだ。冬の曇天が、優しく鶴丸国永の視界を包んでいた。

真っ白デート

真っ白デート

鶴丸国永×雪 冬のお出かけ

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-03-02

Derivative work
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