三年柿の木

「骨喰! おーい骨喰!」
「……またそんなところに登って」
「ふふっ」
「まったく……」
 骨喰藤四郎の頭上から声がした。見上げれば、本丸の庭に生えた柿の木の上には審神者の姿。プリーツスカートが翻るのも気にせず、太い枝の上に座ってぶらぶらと足を揺らしている。この審神者のお転婆っぷりには刀剣男士たちも手を焼くほどであった。高いところが好きなのか、木にも屋根にも登る。虫めづる姫君のように毛虫や蝉を捕まえてきては自室に放つ。暑い時は中庭の池に飛び込む。寒い時はわざわざ雪を抱えて、雪玉をこさえて男士たちを狙おうとする。とにもかくにも元気いっぱいな少女であった。それでありながら、頭はよく切れ、戦いの際には的確な指示を出す。優秀な審神者である。
 審神者と骨喰藤四郎は、特に親密な間柄というわけではない。刀剣男士と恋愛関係になる審神者は多いが、この審神者は「そういうのはまだ良いかなあ」と悪戯三昧の日々を謳歌している。今回もちょうど自分が木の下を通ったから、話しかけてきただけだ。と、骨喰藤四郎は考えた。
「落ちて怪我をしたらどうする。柿の木は折れやすいんだから」
「大丈夫大丈夫」
「降りてこい」
「やーだ。ね、骨喰、話があるの。こっちにおいで」
「……」
 肩をすくめ、骨喰藤四郎はひょいと幹に足をかける。審神者に近づけば、彼女はにぱっと笑ってぐっと手を掴んできた。あ、と骨喰藤四郎は思う。この笑顔を、守りたいと思ったのはいつからだろうか。記憶が焼け落ちた自分でも、守りたいと思って良いのだろうか。そういった新しく生まれたごちゃごちゃとした感情を兄弟には話していたのだが、審神者には言っていない。言わなくても良いと考えていた。だが、笑顔を間近で見てしまった今は、言ってしまいたくもなる。そんな気持ちを知ってか知らずか、審神者は骨喰藤四郎に隣に腰掛けるように促した。折れやしないだろうかと恐る恐る座れば、意外にもしっかり支えてくれている。
「……主殿、柿の木から落ちたら三年しか生きられなくなるんだ」
「え、どうして? 柿は長寿の木でしょ?」
「折れやすいから」
「寿命を吸われるからとかじゃなく?」
「……折れやすいから」
「えー。……ほら骨喰、食べながら聞いて」
 大して怖がりもせずに、審神者はそばに成っていた橙色の果実をもいで骨喰藤四郎に渡した。どうすればいいものかと骨喰藤四郎が柿の実を膝の上に置くと、審神者はくすくす笑って、話し出す。
「骨喰、今いっぱいいろんなこと考えてるでしょう」
「……」
「当たり?」
「ああ……」
「やった。ねえ骨喰、私、あなたが何を考えていたって、あなたのこと結構好きだよ」
「……! 俺が、何を考えていても?」
「うん」
「……どこに行っても?」
「……。行きたい? 修行。他の子たちみたいに」
「……ああ」
 膝の上の果実を手で弄る。審神者は骨喰藤四郎の顔を覗き込むようにして、「そっかあ」とまた笑った。
「俺は、俺にできることをしたい」
「うん」
「俺には記憶がない」
「そうだね」
「……己の過去を、辿って……今を、守れるようになりたい」
「うん。良い、と思うよ」
 審神者は今度は静かに笑った。ああ、やっぱりまだ言わなくて良い。あんたの笑顔のために強くなりたいと思う気持ちは、修行から帰ってきてからで良いだろう。そっと背中を押されて、骨喰藤四郎も柔らかな笑みが自然と顔に浮かんだ。
「私が死ぬまでに帰ってきてね
「……不吉なことを言うんじゃない」
「冗談! ……わっ!」
「……!」
 うーん、と伸びをした審神者は、ずるりと枝から滑り落ちそうになってしまった。骨喰藤四郎に腕を掴まれ、なんとか落ちずに済んだ……のだが、審神者はそれを振り解き、ぴょんと地面に着地した。
「骨喰! 落ちちゃった!」
「今のは落ちたって言わない。降りたって言う」
「いーえ、落ちました。だから骨喰」
「……ん」
「私が数えて三年以内に答えを見つけて、戻ってくること。いい?」
「……。……わかった」
「よろしい!」

 ……そして、答えを見つけ帰ってきた骨喰藤四郎が最初に見たものは、あちこちが焼け落ち破壊された本丸と、折れも燃えもせず残った柿の木が一本。病院に運ばれていくボロボロの審神者の姿だった。本丸が直接時間遡行軍の襲撃に遭ったのだと、ちょうど精鋭たちは遠征に出ていたと、その時間遡行軍を率いていたのは審神者の親しい親戚だったと、知ったのは後からであった。

「……」
「主殿、上だ」
「……?」
 骨喰藤四郎は柿の木に登っていた。上から審神者に話しかける。本丸は修復できたが、審神者は襲撃以降、言葉を上手く喋ることができなくなっていた。親しい者が敵だった、という精神的ショックのせいであった。かつてのお転婆も鳴りをひそめ、大人しくしていることが多い。骨喰藤四郎が守りたかった笑顔は、今では滅多に見られない。柿の木から落ちたら三年しか生きられなくなる。そんな人間の言い伝えがあの時のように頭によぎる。本当に、この少女はあと三年で朝露のように消えてしまう気がして、骨喰藤四郎にはそれが恐怖だった。
 笑顔を見せなくなったのなら、笑顔にしてあげたい。そうとも思っていた。そして思いついたのは、審神者が以前楽しそうに話していた異国の昔話。
「主殿、こっちに」
「……」
 おずおずと手を差し出す審神者の腕を掴んで、木の上に引き上げる。そして、抱えるように抱きしめて、ぴょんと飛び降りた。音もなく着地をする。
「……! ……?、?」
「これで追加で三年だ、主殿」
「……!」
「俺はあんたに元気で生きていてほしい。もっと落ちておくか?」
 骨喰藤四郎の言葉に、審神者は目を見開きこくこくと頷く。そして、すっかり覚えた手話で話し出す。
『あと三百年は欲しいな』
「それはもらいすぎだ」
 自然と、ふたりして笑っていた。脆いはずの柿の木は、ずっと立ち続けていた。
 きっと、これからも、折れることはないだろう。この小さな秘密の場所は、もう誰にも犯されることは無い。俺が守るから、また笑ってほしい。そう、骨喰藤四郎は思いを巡らせ、審神者の頭を撫でた。

三年柿の木

三年柿の木

骨喰藤四郎×夢 作者が小学生の頃読んだ物語を基盤に。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-03-02

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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