おとなになりたい
「あっ!」
「あっ」
国広くんが手を伸ばす前に、私はべしゃりと地面に突っ伏してしまった。転んじゃった。何もないところで、足がもつれて。大丈夫? って声をかけてくれる大人の審神者さんたちに「だいじょぶです、大丈夫です」なんて言いながら顔を上げれば、目の前に大きなまん丸の宝石が二つあった。国広くんの目だ。国広くんが膝をついて、私の目を見ている。
「大丈夫ですか? 怪我はない? 手を繋ぐか抱っこしていればよかったですね」
「大丈夫……私、そんな歳じゃないよ……」
「えっ、主さんおいくつでしたっけ」
「じゅういち……」
「なんだ、『そんな歳』じゃないですか」
「国広くんひどい。国広くんから見たら、みんな子どもだもん」
「そうかもですね。はい、抱っこしますよ」
「国広くんひどい」
「そうかもですね〜」
「ひどいよう」
私がひどいひどいと文句を言っている内に、国広くんは私をひょいと抱き上げた。私の頬に国広くんの綺麗な黒髪が当たる。あの目が見られないのは少し残念だけど、そもそも国広くんが目線を合わせてくれないと見られないものだから、とても貴重な宝石だから、諦める。
そう、国広くんはひどいひとなのだ。私は主なのに、こうやってすぐ抱っこするし、おやつのバナナもお腹いっぱいになっちゃいますからねって一本まるまる食べさせてくれないし。いつだって子ども扱いだ。でも国広くんはいつだって優しくて、目が綺麗だから、私の心はなんだかぐるぐるしてしまう。ひどいひとだけど、だいすき。ほら、国広くんに抱っこされた私を、私を抱っこしてる国広くんを、道ゆく人があら仲良しねなんて言いながら通り過ぎていく。ちょっと、ううん、結構恥ずかしい。
「国広くん……」
「はい、何ですか?」
「お顔、見せて……」
「……? はい、良いですよ」
そうして国広くんは、私を抱っこしたまま私に顔を見せてくれた。やっぱり、綺麗。でも、くやしい。私はいつになったら、国広くんに目線を合わせてもらわなくても、目を見られるだろう。大人になったら? 背が伸びたら? それって、いつなんだろう。
「……国広くん、お目目、きれいだよね」
「そうですか? 意識したこと無かったな」
「意識してよお……」
「主さん、僕の目好きなんですか?」
「えっ。ええと……」
「だってずっとじっと見てる。主さん、恥ずかしがり屋で人のこと見るの苦手でしょう。でも僕の目は見てくれますよね」
「は、恥ずかしがり屋じゃないもん」
「ふふ。はいはい」
やっぱりひどい! でも、綺麗。兼さんや安定くんが着ている羽織物に似た色をしている。あさぎいろ? って言うのかな。水色とも少し違う、不思議な色。私の、好きな青。
「……あ、青が、好きなだけだから」
「そうですか……ちょっと残念だな」
「え、な、なんで?」
「だって、僕の目が好きだったら、僕は嬉しいですからね」
「あっ……す、好きだよ! 私、国広くんの目好き!」
「ふふっ、ほらやっぱり」
「あーっ! 国広くん、やっぱりひどいよ」
暴れる私を、国広くんは下ろしてくれなかった。国広くん、とっても力持ち。私のことをがっちり固定して、そのまま歩いていく。
「主さんご機嫌なおして。お菓子、買いに行きましょうね。それとも喫茶店でケーキでも食べますか?」
「そ、そんなことで機嫌なおしたりしないもん」
「僕は主さんとお出かけするの楽しいんだけどな。ご機嫌な主さんが好きですよ」
「あっ! またひどい! ……ケーキ食べる……」
「ふふっ、行きましょうか」
「……はあい」
国広くんはひどい。でも、いじわるじゃない。私はすっかり大人しく、国広くんの腕の中におさまった。本当はケーキがなくても、私だって、国広くんとお出かけできるのが嬉しくて楽しいのは、内緒だ。転んだ痛みも恥ずかしさも、とっくになくなっていた。それでもやっぱり、抱っこじゃなくて隣で歩きたい。早く大きくなりたいな。大きくなっても、国広くんは一緒にお出かけしてくれるかな。
おとなになりたい