あったかお鍋
それは、まだこの本丸が始動したばかりの話。
「大将、そりゃ鍋か? 使い込まれてる。大将のお気に入りか」
「あ、後藤か……よくわかったな」
「そりゃ、同じ物だから」
「ああそう。……そうだな」
審神者が押入れから取り出していたのは中くらいの大きさの土鍋だった。社会人になって、一人暮らしを始めた頃、親から贈られたものだった。一人用としては少し大きいそれは、冬に友人を招いた時に活躍したものだ。審神者が審神者になって、名前を捨てて、『今まで』を捨てた時、友人たちとの縁も切ったのだが、どうしても捨てきれない物たちだけはこうして押入れの中に眠らせていたのだ。
「ま、一人で使うにはでかいしな……」
「なんだよ大将、捨てる気か?」
「持っていてもしょうがないだろ」
「もったいないことすんなって。俺たちで使おうぜ、大将と俺と陸奥守でさ」
「お前らって食事いらないだろ。刀なんだから」
「そんなこと言うなって! 陸奥守呼んでくる! 買い物行こうぜ、今夜は鍋だ!」
「あっ後藤! おい!」
後藤藤四郎はそう言うとトタトタと軽い足音を立ててこの本丸の始まりの一振りである陸奥守吉行を呼びに言った。審神者はため息を吐くしかなかった。あれではまるで人間みたいじゃないか、と。
「それで、今夜はみんなで食事やか。楽しみじゃのう」
「だろ? なあ大将、何鍋にするんだ? 大将が決めていいぜ」
「お前ら、本当に食うつもりか」
審神者と陸奥守吉行、後藤藤四郎は万屋街に出ていた。ここに行けば大抵の物は揃う、審神者たちのライフラインのひとつ。
まだ二振りしか顕現させていないのに、ろくに仕事もしていないのに、こんなことしていて良いのか。と、根が臆病で生真面目な審神者は辺りをキョロキョロと見回していた。
「当たり前だろ? あんな良い鍋、使わないのもったいないって」
「そうじゃのう。それに……」
「それに? 何だ、陸奥守」
陸奥守吉行はいたずらっぽくふふっと笑う。後藤藤四郎も同じ気持ちらしく、ニコニコとしていた。
「おんしにひとりで食事はさせんぜよ」
「そうそう! ひとりでなんて寂しいだろ?」
「……」
まったく、この人の形をした人でない者たちは、こうもまっすぐ人のことを見てくるのか。審神者はくすぐったくもなり、後ろめたくもなった。自分はこのまっすぐな者たちの主に、本当になれるのだろうか。と。それを彼らに聞いたところで返ってくる言葉は「なれるとも」であることも、審神者は何となく分かっていた。
「……豆乳鍋で良いか」
「えいのお!」
「お前ら、具材切るの手伝えよ」
「任せとけって!」
白菜ににんじん、ねぎに豆腐。薄切りの豚肉にしいたけ。白だしに豆乳。三人で作業を進めたらあっという間にできてしまった。ふつふつと湯気の立つ鍋を開けると、ふわりといい香りがした。友人たちと鍋を囲んだ時も、こんなだったっけ、と審神者は過去に思いを馳せる。例え今周りにいる者たちが人間じゃなくても、鍋の美味しさはきっと変わらないだろう。
「おーっ! すげえすげえ!」
「こんなの簡単だよ。そんなにはしゃぐようなもんじゃない」
「いや、おんしとこうして食事を囲めるがが嬉しいがよ。なあ後藤」
「そうだぜ大将! さ、早く食おうぜ! 俺、人の体を持って初めての食事だ。興味あったんだ、食事!」
「そうか……うん、うん。じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
「おう! いただきます」
審神者はあつあつの具を全員の取り皿によそってやる。そして全員で、手を合わせた。審神者にとってこうして手を合わせて食事をするのは久しぶりな気がした。それも、ひとりではない食事。じんわりと染み渡る滋味深い味わいと、美味い美味いと騒がしい二振りに、審神者は思わず微笑んでしまうのだった。
ああ、なんて優しい。
あったかお鍋