瞼の裏の天鵞絨の夢
2018年~2025年8月までの詩です。
たこ
いとひき
いとひき
いとしき たこよ
いとをひくほど
とおくへいくの
リキッド
私はきっとリキッド
バスタブの中で溶ける
どんな形にでもなれる
どんな形にもなれない
私は人生の水路を流れる
煌めき捻れ、瞬きながら
掬う手に触れるのは私の——
白い巨人
白い巨人が
私の上に屈みこんで
その揺らめくオーロラが
私の視界を塞いだ時
その内で暗闇が立ち昇り
私はやっと眠りにつける
静寂の子守唄が耳を塞ぎ
のっぺらぼうの顔が溶けていく
そして、私はお前の正体を知るの
回廊
永遠に引き延ばされた回廊が
扉を開いて待っている
白い大理石の柱
足に冷たい夜光貝
響き渡るは宇宙の吐息
風は過去から吹いている
胸騒ぎ
薄が波立つ夕暮れの
嵐の前のような風
秋の嵐は強奪者
枯葉の一つも残さない
実りは腐敗に変わりゆき
後に残るは骨ばかり
暁光
太陽を喰らう大魚
砂漠の呪縛
永遠に回転する
枯れた漁港で暁光か
いいや、ありゃ人面魚の
燃える陽を抱えた胃
かみなり
肌の上のかみなり
はかなき
人が生きる嵐
あかし
涙
美しいのは
涙だけ
溶けたからだは
錆びた金
瞼の裏の天鵞絨の夢
私の故郷は夜の国
まどろみの丘の向こう側
道に迷った流浪者の
瞼の裏の天鵞絨の夢
やわらかい言葉で
やわらかい言葉で
囁きかける声は
黄昏の色をし
うたたねは
祈るうた
空へと
昇る
煙
目に
沁みた
女神様が
目をこすり
もらす吐息で
吹き飛んでゆく
やわらかい世界よ
お日様
お日様は
妖精さんがこしらえた
金色の酒
清らな陶器からそそぎ
窓からながれ ひたひたに
浸った人は陽気になって
台所で踊り出す
赤ちゃん
やわらかい 肌からかおる
かおりたつ
それはあなたの 体をめぐる
ミルクのかおり
赤ちゃんは
ミルクと肉と骨でできてる
戦地
天井でボール遊び
戦場で放る花火
夢を見る子どもたち
腕を切るそのあとに
朝は来る空はさやか
安らぎは遥か彼方
ドッペルゲンガー
私のドッペルゲンガーが
見知らぬ土地で死んでいる
ガラスをつめて葬って
それがそちらのしきたりならば
愛
愛の懐に手を差し込む
毛に包まれて獣臭い
脈打つ温度を感じながら
頬をつけて目を閉じる
わたしの瀕死の心臓に
あなたは血を流し込み
その鼓動のさえずりは
夜明けの小鳥の呼びかけ
守りたいのは
肉のやらかさ
血の巡り
生暖かい野生の感情
恋人
わたしの銀の表面で
あなたをうっとりさせるのは
あなた自身の百合の花
あなたの胸のオパール
恋人は触れられる自己
なめらかな
面にあなたを見た日から
わたしはあなたの中にいる
永遠に――
森
足を踏み入れて
ほら、柔らかな土に
沈んでゆく
しっとりと暖かく
草木の暗号を匿う土壌が
生きているのを
感じずにはいられない
私の足跡を恐る恐る
なぞるように辿る
おぼつかないあなたの足取り
森の息遣いは
私たちを恐れさせる
胸を打つリズムは
嵐の日のこどものような
高揚と怯えの旋律
再会
心臓の幽霊は旅に出た
遥か遠くで鼓動が聞こえる
縫い付けられた神経が
引き裂かれる音がする
私を呼んで
聞こえてるから
萎びた私の心臓も
涙を流すから
絡まった糸を手繰り寄せ
切れないことを願い
途方もない時の末に
心臓の幽霊は帰ってくる
車窓
とおりすぎるの流れ星
とおりすぎたの私たち
鉄のペンシル走り書き
せつな夢見たわたり鳥
墓穴
私の墓穴はあなた
崩れるからだ受け止める
蕩けるような土の抱擁
真っ暗闇も怖れはしない
あなたの腕で幾千夜
行き着く先を覚えるために
石
目を瞑って
手の中で転がす石の形が
わからない
あなたがどんな濁流で
――あるいはせせらぎで
研ぎ澄まされてきたのか
割れたあなたの断面は
どんな軌跡を描くのか
この皮膚の上の
ざらついた
なめらかな
側面
その感触
ギア
自転車のギアは
私には変えられないの
一漕ぎするたびに
月経の痛みの波を超えるように
食いしばらなければならない
そうかと思えば ほら
空をかくようにかろやかに
拍子抜けするほどスルスルと
走ってゆく時もある
ブレーキは耳障りな音がする
匂い袋
両側へ引っ張って
裂けた身体から
流れ出たものが「私」
我々は混乱つめた匂い袋
その血の最後の一滴まで
純粋であることは決してない
瞼の裏の天鵞絨の夢