ひなた

 その人と私は、ベンチに並んで座って日を浴びていた。私は膝のうえに両手を置いて、その人は膝のうえにテレビカメラを置いて。空は薄い青色で、日差しがぽかぽかとして心地がいい。木々は秋色に染まっている。それなのに、駐車場に車はまばらだった。観光バスも停まっていない。コロナ渦の紅葉の名所。
 その人は、紅葉のきれいそうなところを聞いてまわっているのだとか。私は喋る。思い付く限り紅葉のきれいそうな場所を挙げる。その人は、うなずきながら聞いてくれる。マスク越しの会話。大きな声は出さない。ただのんびりと話す。日差しがあたたかい。
 いつもと違う秋。おそらく誰もが正解を探している。そしておそらく誰にも正解は分からない。「これからどうなるんでしょうね」その人が言う。「分かりません」私は返す。でも、自然を求める動きがあるのだから、コロナのあとでも一定数は自然を求めるのではないか。私はそんなことを言ってみた。都会だけではなく、地方も賑やかになるかもしれないと。そのためには、地元の人が地元のことを知らなければいけないと。「頑張って地元のよさを伝えてくださいよ」私は笑ってみた。その人も笑った。「なかなか伝わらなくて」少し困ったような笑み。髪には白いものがまじっている。年齢は私より十歳ほど上だろうか。ついいましがた初めて会ったふたり。そんなふたりがベンチに腰掛けて話をする。マスクをして、並んで座る。
 お食事中のところを失礼しますと声をかけてきたのは、その人だった。私はうなずいて、ベンチに置いていたマスクをした。すると、その人は座った。団子のくしが入れられている容器のとなりに座った。「紅葉のきれいなところを聞いているんです」その人は言う。まるい顔。短い髪。私は返す。あそこの紅葉はどうですかと。相手は返す。そこはどのような感じのところですかと。会話は自然に生まれ、この人と会ったばかりという事実を忘れてしまう不思議。マスクだけが、いつもと異なる秋。
 距離感というものは難しい。まして他人同士なら、なおさらだ。それなのに、その人は当たり前のようにして座った。私はそれを不快に思うことはなかった。ふたりで太陽を浴びながら、のんびりと話す。それは、その人の雰囲気がそうさせるのだろうと思える穏やかな時間。
 その人は立ち上がる。教えてもらった神社に行ってみますと言う。そして私に向き合うと、テレビカメラを構えた。「撮らせていただいても、いいですか」私は両腕でバツをつくって首を振った。その人は、それ以上踏み込むことはしなかった。
 おそらくは、それがあの人の距離感だったのだろう。いきなりテレビカメラをまわすようなことはしない距離感。断られれば無理に求めはしない距離感。それでいて、当たり前に誰かのとなりに座ることの出来る距離感。私はあの人を思い返す。もしかすると、いつもと違う秋の正解は、いつもの秋の正解と同じなのかもしれないと思って。

ひなた

ひなた

駐車場に車はまばらだった。観光バスも停まっていない。コロナ渦の紅葉の名所。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-02-14

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