ロウソクの灯り

 タンタンタンという音とともに土が回る。漆黒の闇のなかでロウソクが太陽のように輝き、ゆらめき、山のように大きな陶工の影が躍る。
 陶工は左足でろくろを回しているようだった。電気がつくはずもないことは、ロウソクの灯りが証明している。漆黒の世界。
 太郎は陶工を見ていた。ロウソクの灯りのなかで陶工は、ただろくろに向かう。左足でろくろを回し、両手で器を形作っていく。タンタンタンという音がする。
「なんだ、まだいたのか」
 つばをのみ込んだ音でも聞き分けたかのように陶工が言った。
「カネならタンスのなかだ。ほしけりゃ持っていけ」
「あんた、こわくないのかよ」
 手のなかにバールの硬さを感じながら太郎は言う。
「おれは強盗だぜ、どっからどう見ても。なのに、あんた、まるっきり隙だらけじゃねえか」
「そんなことは知ったこっちゃない。カネはいらんのか。そこのタンスの下から二番目の引き出しのなかだ。いくらかはあるだろう。ほしけりゃ持っていけ」
 陶工はろくろを回し続ける。影がロウソクの灯りのなかで踊る。タンタンタンという音は止まらない。
「あんた、死ぬのがこわくないのか」
 太郎はバールを左手に持ちかえる。
「おれがその気なら、あんた、一発でお陀仏だぜ」
「カネはいらんのか。だったらさっさと出ていけ、チンピラが」
 陶工はろくろを止めて、白い糸で器の台座を切る。糸の白さが灯りのなかでギラリときらめく。
「こんな時勢で強盗しようなんざ、ろくな人生歩んでこなかったに違いないだろうが、こっちは作陶に命込めてるんだ。いまさら強盗のひとりやふたり、ものの数に入りやしないんだよ」
 陶工はまたろくろを回し始める。両手で器を形作り始める。タンタンタンという音。
「陶工にとってはな、土いじりが出来るか出来ないかだけが問題なんだ。てめえの命なんざ、ふらっと出掛けに事故にあうかもしれねえじゃねえか。あんたも、そうなんだぜ。誰にも確かなことなんざ、ねえのさ」
「じゃあ、おれがこの右手を振り下ろすのも確かなことじゃないと言う気か」
 左手に生暖かくなったバールを感じながら太郎は言う。陶工は笑った。
「ごたくの多い強盗だな」
 そのとき不意に地面がガタガタと揺れだした。暗闇のなかでタンスが、目には見えていない家具が、それどころか里全体が揺れる。陶工はロウソクを吹き消した。室内が真っ暗になる。
「消えた」
「消したんだよ」
 残像のなかで左右も上下も見失った太郎に陶工は静かに言う。揺れは、それほど大きなものではなかったようだ。
「おさまってきたな」
 その声とともにカチッという音がして、ふたたびロウソクが光を放つ。太郎は一瞬、それをまぶしいと思った。
「まったく、地球さんも機嫌が悪いとくる。こんな時勢だからな、なんでもないんだろう」
 陶工はロウソク台を持ち上げて周りを確認すると、また左足でろくろを回し始めた。
「あんた、強盗しようなんて考えたみたいだが、早いことサヨナラした方がいいぜ。俺のカンだと、こいつはまたやってくる。あんた、ここが最期でいいのか」
「あんたこそ」
 震える自分の声を自覚しながらも太郎は言う。
「ここがあんたの最期でもいいのかよ」
「最期だなんて、誰に言える」
 返ってきた声は笑っているようだった。
「何がおこるか分らんのが人生だろうが。それでも、人事を尽くそうが天命を待とうが、人間、やることは変わらんよ。覚悟と諦めは、話が違うわな。諦めて何もしないってのと、腹を決めるのとは、別問題よ」
 陶工は太郎を振り返りもしない。
「ちくしょう」
 太郎はバールで壁を打ち据えた。陶工は振り向きもしない。
「ちくしょう」
 太郎はバールを捨てた。かわいた音がした。しかしその音はタンタンタンという音にまぎれて消えていった。
 太郎は暗闇のなかを、入ってきた方へと戻っていった。
「ちくしょう。ちくしょう」
 太郎は泣いていた。太郎の顔はゆがんでいた。
 太郎の手が何かにあたる。指先に痛みが走る。とがった何か。それは太郎がバールで割った窓だ。
「ちくしょうが」
 太郎は膝からくずれるように座った。割れた窓には灯りが射し、太郎の影を室内に投げかける。空には月が浮かんでいた。
「ちくしょうが」
 ゆがんだ顔で太郎は月を睨んだ。頬をつたう涙が首筋もぬらし、それは冷たい悪寒となって背筋を走る。
 大きな月が浮かんでいる。あの月は三日後に地球に衝突する。

ロウソクの灯り

ロウソクの灯り

「カネはいらんのか。だったらさっさと出ていけ、チンピラが」

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-02-14

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