新しい自殺法

新しい自殺法

指小説です


 俳優の誘一郎はふと目を覚ました。
 天井の豪華なシャンデリアが目に入った。カーテンを閉め忘れた窓は真っ暗だ。まだ夜が明けていない。
 昨日はずいぶん飲んだ。
 ここはどこだったか。
 自分は真っ裸だ。
 そうだ、ホテルだ。
 タクシーで熱海までとばしたんだ。
 ダブルベッドの上で、寝たまま手を伸ばしおろした。左手が髪にふれた。
 誰だ。
 右を向くと女が寝ていた。
 はて、だれだったか。
 誘一郎にはよくあることだ。
 女は後ろ向きになって布団をかぶって寝ている。
 顔を見ようと思って、布団を半分はいだ。
 色の白いふくよかな背中が現れた。
 顔をのぞき込んだ。
 あの女優だ。
 昨日、誘一郎はこの女優の主演映画の発表会にゲストで出演した。
 そうだ、そのあとに、女優をさそって飲みに行ったのだ。
 かわいい小振りの整った顔に、銀杏のような不思議な眼、小振りの鼻に、キューとな口元、国民的アイドルだ。手足は細く見える女だが、裸になったらかなり豊満なからだをしていた。
 そうだ、きれいで見とれてしまった。
 左を向いていた女の肩を持って上向けにした。 
 まだ目を覚まさない。
 誘一郎は薄い掛け布団を剥いだ。
 うわ
 声を上げて、誘一郎はベットから飛び降りた。まっぱだかのままだ。
 女の引き締まった大きな乳が左右に少しばかり垂れた。
 昨日の夜を思い出した。きれいな足、きれいな股間。
 もう一度見ようとおもったのだが、へそから下がない。足がない。
 ぞーっとした。
 すぱっと切れたようにないのではない。へそのところでねじられたように、胴体がひねられている。
 下半身はどうした。
 血が出ていない。
 なんだ、これは、誰かのいたずらか。
 誘一郎は女の顔にさわった。
 人間の肌だ。しかも暖かい。
 左乳のたもとに手をおいた。
 手に鼓動がつたわってくる。
 生きている。 
 誘一郎は女の瞼を指で押し広げた。
 女は誘一郎を見た。
 やっぱり生きている。
 指をはなすと、瞼はまた閉じた。
 おい、どうしたんだ。
 誘一郎は声をかけた。
 女がゴロンとまた後ろ向きになった。足の付け根あたりで絞りきられている。
 女の肩に手をかけた。
 肩がぴくっと動いた。
 そのとき気がついた。これは夢だ。
 自分はまだ寝ていなければいけないのだ。
 誘一郎はベッドに戻り、後ろ向きになった女に寄り添うと、掛け布団をかぶせた。
 何という夢だ。昨日、だいぶ飲んだあと、女を誘ってホテルにきた。何というホテルだったか思いだそうとしたが、思い出せない。
 熱海の海岸の脇に立つ歴史のあるホテルだ。
 そうだ、一番上等なところしかあいていなかった。
 彼は布団の中で手を伸ばすと、女の腰に手をおいた。手を下の方にのばすと、やっぱり半分しかない。
 誘一郎は目をつぶった。夢の中で寝なければいけないと、目をつぶったのだ。だが夢の中で眠るのは難しいようだ。夢の中で酒を飲めば眠くなるのだろうか。そう思って、また布団からでた。
 部屋に用意されてあったウイスキーのミニボトルをあけるとそのまま口に流し込んだ。
 といって、すぐに眠くなるわけはない。もう一本開けた。それも飲んでしまうと、またベッドにもどった。
 布団の中で手をのばし、女の頭にふれ、その手を首から肩にはわせようとした。
 ない、今度は首から下がない。
 布団をはねのけると。女の頭が胴からねじ切れて後ろをむいていた。首がねじ切れている。
 誘一郎は女の顔をこちらに向けた。
 つぶっていた目をぱちっとあけると、女が大きな声で笑い出した。
 口から赤い泡を吹きながら笑っている。
 夢がさめない。
 見たくない夢だ。
 誘一郎は女の顔を見ないように首を反対側、左に向けた。
 女の顔が誘一郎の頭の上をころがって、誘一朗の顔の前で横向きになり、赤く充血した目で誘一朗を見て、大きな口を開けてまた笑い出した。
 誘一郎は顔を下に向け、敷き毛布に顔を埋めた。女の口から赤い舌が延びて、下を向いている誘一郎の顔の唇の隙間にはいってきた。舌が誘一郎の口の中に進入しようとしている。
 誘一郎は口を強く閉じて、顔を右の方に向けた。布団が宙に飛んだ。女が寝ていたところに、下半身のない上半身が現れた。うごめいている。首のちぎれたところから、赤い血が流れてきた。誘一郎の目の前に迫ってきた。
 誘一郎は目を飛び出させて、顔を右に向け、毛布にうずめた。毛布に女の血がしみこんできた。誘一郎は顔を右に向けた。
 女の首がころがっている。目が笑っていた。もう舌は出していない。
 誘一朗の記憶が薄れ、なにもわからなくなった。
 しばらくすると、窓がうっすらと白んできた。ホテルの部屋の中がぼんやりと浮かび上がる。
 女がベッドの上でのびをして布団からでた。
 シャワーあびるわよ、背中を向けている誘一郎にそういうと、風呂場に向かった。
 シャワーを浴びて、部屋にもどる。誘一朗はまだ寝ていた。
 私はこれから東京でサイン会なのよ。
 女優は布団をはいだ。
 きゃー
 女優はあわてて下着をつけ、服をつけると、フロントに電話をした。警察を呼ぶように言った。そのまま椅子に腰掛けてぼーっとしていた。
 フロントから人が飛んできた。
 ベッドの上の誘一郎を見て、どうしたんです、と女優に聞いた。
 女は言った。
 しらない。
 誘一郎の首はねじくれていて、白目をむいていた。首が一回転半している。
 警察がきた。刑事は誘一朗も女優も知っていた。今一番売れっ子の俳優たちだ。
 刑事が女優にたずねた。
 あなたが、首をねじったんですかね。
 とんでもない、起きたとき驚いたわ、布団をはいだら、こうなってたの。
 もう一人の刑事が言った。
 睡眠薬でも飲ませなきゃ、女の手じゃできないね、外からねじられたようではないぜ。
 自分で首をねじることができるのか。
 もしそうなら世界で初めての自殺方法だな。
 でも何でこんなにもてる俳優が自殺するんだ。
 刑事が女優を見た。
 彼が誘ったのですかね。
 うなずいた。
 でも、私を見ただけ。
 え、それだけ、なにもしなかったの。
 見たいって言って、きれいだって、それで寝てしまったの、わたしがとなりにはいったのに目もさまさなかったの。
 
 次の日、世界で初めての自殺方法 人気俳優死ぬ、と誘一朗の顔写真が新聞に載った。
 

新しい自殺法

新しい自殺法

その俳優はどうして自殺したのか。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2025-02-14

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted