『そこに光が降りてくる』展


 ホームページにも掲載されているとおり、重要文化財に指定されている旧朝香宮邸を展示会場として用いる東京都庭園美術館は建物の設計及び監理を宮内省内匠寮が担当し、内装のデザインなどをアンリ・ラパン(敬称略)やルネ・ラリック(敬称略)、レイモン・シュブ(敬称略)といったアール・デコを代表する著名なデザイナーが手掛けており、美術館自体が鑑賞に値する価値を有している。ゆえに各展示スペースに足を踏み入れる度に空間そのものに魅了され、晴天の日には外からたっぷりと降り注ぐ日差しに身も心も包まれる最上の時間を過ごせるし、生憎の天気の日でも、外の暗さに反比例して室内灯に照らされた内装の巧みな意匠がかえって視界に入るから自然と心が躍る。どう転んだって素敵な鑑賞タイムが約束されている東京都庭園美術館は、だから「訪れてみよう」と決めた時から来場者の幸せを約束する。
 そんな優れた美術館で開催中の『そこに光が降りてくる』展は彫刻作家である青木野枝(敬称略)とガラス作家である三嶋りつ恵(敬称略)の作品を鑑賞できる展示会であるが、本展について特筆すべきは、それぞれの作品表現が東京都庭園美術館=旧朝香宮邸の建設に携わった人々への尊敬の念に満ちており、建物に宿るエッセンスに働きかけるアプローチをもってかつてない程に建物との融合を果たしている点である。
 例えば青木野枝はガスバーナーで溶断した鉄の輪を大量に溶接した巨大な作品表現で①アールデコの技法が敷き詰められた大客室や②庭園の見晴らしを最もよく伝える大食堂の魅力をそこに用いられる材質や設計された空間図形のレベルから語り直す。それがただの抽象化に止まらないのは触感的に認識できる鉄の重厚感と、その輪の連なりとして作品全体に覚えるスカスカな印象のアンバランスさがいい意味で鑑賞者に合理的な解釈を許さず、異界の言語のような様相を呈するからだと筆者は思った。一般的に言って、部分的に理解可能な面と理解不能な面が両立する作品表現は鑑賞者の想像力を強く刺激するものだが、青木の彫刻作品は空間スペースを目一杯に使う分、身体的にも揺さぶられるから一段と面白い。溶接された各部分を具に観察すれば、内に外にと複雑に入り組む構造によって無骨に見える作品に生き物のようなリズムが生まれているのも大きな要因になっていたと考える。認識の仕方が根本的に改められて、こんなフレームが自分の中にあったのか!という驚愕と共に彷徨える美術館はそれだけでクリエイティブ。終始、創作意欲が湧いてきて仕方なかった。
 他方で、三嶋りつ恵のガラス作品については技巧を尽くした繊細な表現の真逆をいく「量」を活かした重厚な表現に先ず目がいく。その「形」も随分と奇妙なもので、入場してすぐ個性に過ぎる作品群が居並ぶ光景には面食らうばかりだった。しかしながらその一つひとつに目を配ると繊細さを感じ取れる箇所が多く、美術館内を照らす光を複雑かつ広範囲に反射していると分かる。そのために選択されたガラスの「量」で、三嶋が京都とは別に生活の拠点を置くヴェネツィアのガラス職人との共同作業という制作手段の採用だった。そう納得したところで見渡す周囲の景色は三嶋のガラス作品を備え付けられた調度品のように扱うことを決して行わず、互いの良さを際立たせる関係の構築に励んでいるように見える。その相性の良さは、数に特化して、ダウンサイズした小さなガラス作品をかつての子供部屋に並べる展示に満ちた遊び心となって鑑賞者を微笑ませるにまで至り、輝きという現象そのものを取り上げるのに確かな寄与を果たしていた。
「日本では、例えば池に反射した光の痕跡に目を向ける。けれどヴェネツィアでは光そのものが称えられる。」
という趣旨の言葉を映像インタビューで語っていた三嶋の関心は、朝香宮邸を舞台にした今回の展示でその真価の所在を明らかにしてみせたと筆者は高く評価する。三嶋は作品を完成させた後でかかる作品のスケッチを高さや幅、重量といった数値を書き込みながら記録するという逆説的な過程を辿る所もとても興味深く、活動の今後が楽しみになるばかりであった。この点においても本展を鑑賞する意味が十分にあるといえるだろう。
 本展では他にも青木野枝、三嶋りつ恵のそれぞれが訪問した国内外で撮った写真をスライド展示するスペースが素晴らしく、二人の作家の感性に直に触れたような体験ができる。展示期間は今週末の日曜日である16日までとその終了が差し迫っているところだが、これほどまでに見事な展示はお目にかかれないと思うので、平日に時間を作ってでも来場することをお勧めしたい。心から満足できる時間を過ごせることを約束する。是非。

『そこに光が降りてくる』展

『そこに光が降りてくる』展

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-02-13

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