カミの来訪
「ねえ、父さん」
任務から帰った翌日、疲れた身体を叩いて僕は父さんの元へ向かった。呼び止められて、父さんは口元に微笑みを浮かべながら振り向いた。見慣れた優しい父さんの顔だ。でも、昨日のことが頭から離れない。素知らぬような顔が恐ろしかった。
「僕たちに星のひかりを戻させて、それから父さんはどうしたいの?」
だから、僕は聞いた。僕らの任務の意義を。父さんの目的を。僕は罪を犯してしまったのだ。だから、知っておくべきなのだ。
「サン、おまえはいい子だ。難しいことは考えなくてもいいんだ」
「やめて。正直に話してよ。嘘ついてたでしょう?α星の呪いなんてなかったんだ。彼は星人からひかりを奪うことを良しとしていなかった」
「嘘だなんて……奪うなんて。僕は取り戻したいだけさ。いつも言っているでしょう?それに、サン、君は星々のことをまだよくわかっていないんだ。どうして少し話しただけなのに、α星の思っていることが――」
「ひかりが奪われて悲しんだり、苦しんだりしてるひとがいたよ」
アルネブという、ポラリスのそばにずっといた星人らしき少女の燃えるように真っ赤になった瞼と瞳。それから突然に姿を現していた、アリアと名乗るまだ幼い少女の戸惑うような泣き顔が、脳裏に蘇ってきた。一緒に目の縁が熱くなる。父さんの口元からは微笑みが消え、複雑そうな真一文字を結んでいた。
「僕たち……親子、だよね?教えてよ。父さんの望みはなに?」
「僕の望みは、完全な宇宙を取り戻すことだ」
底冷えがするような声の響きは、張り詰めた空気をまっすぐ突き抜けた。本当のことを正直に話そうとしているのがわかる。だからこそ、続きを聞くのが少しだけ怖い。それでも、僕は目を見開いて言葉を待った。既のところで涙は落ちてはこなかった。
「星人のような器にひかりが入った状態では、星は不完全なんだ。だからひかりを戻し、一からやり直す」
「じゃあなんで、星に人類とそっくりな肉体を与えたの?」
「……なんでだろうね。わからない。もう随分も昔のことだ、忘れてしまった」
父さんの声は、最後だけ靄がかかったようにくぐもった。目線を下に落とすと、やっと溢れたものがこぼれ落ちた。父さんは真っ直ぐ前を見続けたまま、僕がやってきた方へと退散した。その靴音が聞こえなくなるまで、父さんの顔を見ることはできなかった。
いつもどこから用意されているのかわからない朝食は、ほとんど喉を通らなかった。食堂を出た後、白い部屋に向かう。丸いテーブルと椅子しかない、一見殺風景な部屋だが、僕はここが好きだ。真っ白な壁はボタンを一つ押せば、たちまち全面ガラス張りの窓になる。窓の外は、黒い布地に色とりどりの宝石を散りばめたような宇宙が延々と広がっている。それに、ある朝にここを覗いたとき、僕が始めに見つけた星が――星くんが座っていた部屋なのだ。
星くんは目を覚ましただろうか。僕が今朝、彼の部屋の前を通った時にはまだ暗かった。星くんも任務中、僕とずっと視界を共有し続けていて疲れたのだろう。それに、星くんの寝覚めが悪いのはいつものことだ。僕は朝食後の紅茶を先にいただくことにした。
ティーポット、カップ、シュガーポット、お茶菓子が豪華に並べられたトレイを持って部屋に入りかけた時、僕はどきりとした。向かい合わせの椅子の一つに、父さんが背を向けて座っている。父さんがこの部屋に来るのは珍しいことだ。それに朝のこともあって、僕は今すぐにでも引き返したくなった。でも、僕はその背中に違和感というか、どうしても気になることがあった。まさしく背中が語る、ではないが、何か言いたげなような……
僕はゆっくりと足音を立てないように部屋に入って、そろそろとテーブルに近づいた。父さんは一ミリも動く気配がない。彼の視界に入った時、目線だけがこちらをまじまじと見ていた。より一層気を配って歩くと、それに合わせて目線も動く。トレイをテーブルに置こうとして食器が小さく鳴ったのも、僕はなぜだか飛び上がりたくなるほど肝を潰した。その所作の一つ一つをチェックするかのように、目線は僕の手元をじっくりと観察している。
しまった。ティーカップはいつも通り二つ、僕と星くんの分しか用意していない。父さんが来るとは聞いていなかったから当たり前で、ではカップをもう一つ取りに行こうかとも思ったけれど、それはできなかった。言い方がおかしいが、今日の父さんの前ではずっと、下手に動きにくいような心地がする。代わりに、僕のカップとソーサーを父さんの前に並べる。お気に入りのものだけれど、仕方がない。星くんのは渡したくなかった。
けれども、父さんはカップとソーサーを手に取ると、ほぼ音も立てずに僕の席の前に置いた。今度は僕が、この一連の動作を目で追っていた。今日は父さんも好きなフレーバーの紅茶にしたのに。今朝のことをよほど怒っているのだろうか。ずっと沈黙を貫いているのも怖い。
しかし、それも杞憂だったようだ。父さんは今度はポットに手を伸ばすと、半ば身を乗り出して僕のカップに注いでくれた。ダージリンの香りが部屋いっぱいに広がり始めた。砂時計を見ると、いつの間にか下の管に出来たての砂の山が頂上を尖らせたところだった。僕が小さな声でありがとう、と絞り出したのに被せて、父さんはやっと口を開いた。
『なんで、星に人類とそっくりな肉体を与えたの?か。話せば長くなる。聞くか?』
思わず僕は飛び上がった。いつもの父さんとあまりに口調が違い過ぎる。声音も、いつもの温かさもなければ最近出てきた冷たさもなく、抑揚を感じられないというか、色がない。こちらに問いかけたのだと理解したのもやっとだった。
「いい、です。父さんに聞くか、自分で調べるので」
相手はハハ、と渇いた笑い声を上げ――この笑い方も父さんそっくりだ――、しかしすぐに無表情に戻って、
『おまえの言葉は、星人の生を否定するものではないか?』
そう言われてはっとした。
「……ごめんなさい」
『当然の疑問だ、おまえが謝ることではない。しかし流石だな。私がアストライオスではないとすぐに見抜くとは』
「あなたは、父さんのお友達?」
『まあ、昔からの顔馴染みだ』
このひとは多分、星人ではない。天使とかの類でもない。今、彼に目の前の席を促されるまでずっと立ちっぱなしでいたのにようやく気がついた。父さんの姿をしているけれど、父さんよりずっと上手で、余裕のある口元。そんな雰囲気を頭のてっぺんからカップのハンドルをつまむ指先にまで柔らかく纏っている。ということは、何らかの神なのだろうか。事務的な連絡で天使とかがたまにやってくるけれど、神さまを見たのは父さん以外で初めてだ。僕は固いままの拳を膝の上に乗せた。
「どうして、父さんにそっくり……なのですか?」
『それはおまえが望んだからだ。――そうか、アストライオスに見えるか』
含んだような言い方で頬杖をつく。父さん特有の、ひかりが幾重にも混じったような眼差で上目で覗きこまれて、僕は二つ三つ瞬きをした。その途端、急に視界がぼやけ出した。何度目を擦ってしばたいてみても治らない。次に聞こえた彼の声も何だか急に遠く、曖昧に聞こえる。
『それより、おまえは星に生命を……』
「……星くん?」
相手が何か言いかけたのを遮ってしまった。目の前で霞んだ父さんのひかりは溶けて消えて、代わりに現れたのは星くんだった。
でも、その正体はきっと星くんの姿をした神さまなのだろう。その目を見てすぐにわかった。初めて星くんの瞳を見た時――いや、その時よりも。血よりもまだ冷たい右目と、硝子よりももっと鋭い左目がはっと見開かれて、でもそれも一瞬で、今度は顔一面に笑みが浮かんだ。その表情に僕は吹き出しそうになるのをぐっと堪えた。
この神さま、姿を似せることはできるけれど物真似はすごく下手だ。そう気づいて、僕は肩の荷が降りたのを感じた。目の前に父さんがいるよりは幾分か力が抜ける。
目の前のそっくりさんはカップを手に取ってひと口啜ると、僕に向き直る。その顔の無機質さは星くんに近づいてきたけれど、まだまだだ。緩くなった彼の口元は、なぜか笑いを堪えているようにも見える。でも、次に飛び出した言葉はまさにほんとうの剣のように響いた。
『おまえは星に肉体を与えることを。星人としての生を肯定してくれるか?』
やっぱり、星くんはずるい。目の前にいるのは星くん自身ではないと十二分にわかっていても。その声に、目に希われて僕は首を縦に振らざるを得なかった。
いやそれ以上に、問われたその中身が嬉しかった。星くんと同じ淡白な色合いの声、その内に秘められた剣幕から、きっとこのひとは星人のことを大切に思っていることが伝わってくる。だから父さんではなく、僕に会いにきてくれたのだろうか。
胸のあたりにつっかえていた思いが、僕の身を乗り出させた。このひとを信じてみたい。
「生きるって、すばらしいことだ。それを勝手に奪うなんて酷いと思うんです」
初めて見た星人のことを思い浮かべてみる。透明な硝子窓で隔てられた向こう側の世界で、夜空にいっとう輝く青白いひかり――こいぬ座のα星と同じ瞳を、同じ名前を持つ少女が、まさしく青く燃える炎のようなひかりをもって僕の脳裏に焼きついたままだ。彼女だけではない、いつか望遠鏡越しに見た色とりどりの星を瞳に宿した人々を、僕らは観測した。それもほんの一部で、きっと他にもたくさんの星人がいるのだろう。
僕ははっとした。星人と、星くんは似ているのだ。星くんの瞳を見るといつも、初めて彼を見つけた時のことを思い出す。凍てついた宇宙空間に浮かぶ、赤と青の二つの連星。思い出せば瞼の裏に広がる懐かしくて愛おしい景色は、膨張する宇宙のようにどんどん広がり、星人の瞳も夜空の星になって、夜空の星から星人へと逆行するように連想が巡る。
そこから繋がった想像は、僕にある景色を突きつけてきた。星々の巡りはひかりの線を描き、軌道はやがて円になる。ではその中心は――そう、あの不動の星、こぐま座のα星だ。
耐えられなくなって目を見開いた。星くんの姿をしたひとが、顔の前で指を組んで僕をじいっと見つめていた。続いて溢れ出るように開いたのは僕の口だった。
「僕、きっとずっと忘れられないと思うんです。α星のひかりを奪った時のこと。正直、あまり覚えていないのだけれど、僕がやってしまったことだ。それに、ポラリスのひかりが奪われて、泣いて怒ったひとがいた。それほどまでにα星のことを思って……愛していたひとがいたのに」
息が詰まった。
同じことなのだ。星くんの瞳を見て、彼を初めて見た時の思い出を想起するように。僕はきっとこれから、星人のひかりを奪うたびに彼らの瞳が焼きついて、夜空の星を見るたびに彼らの最期を思い出す。北の果てに輝く不動の星を、僕はもう真っ直ぐに見れそうにもない。
「α星だって、泣きたかったし怒りたいかもしれない。でももう、それすらもできないんだ。僕のせいだ」
鼻の頭が沁みて痛い。でも、目から零れ落ちそうなものをなんとかぐっと堪えて、僕の顔を瞬きひとつせずにまじまじと見ている相手を見つめ返した。そうして我慢していた何とも都合のいい疑問を、縋るように搾り出した。
「ポラリスに。星人にひかりを戻すことはできないのですか?」
相手の目線が一瞬落ちた。瞼の陰に瞳の色がさっと隠れて思わずひやりとする。指が解かれて首をもたげたあとに、返答があった。
『難しいな。肉体ももう散ってしまった。魂ごと、星のひかりに吸収されたのだろう』
何の響きもない声で簡単に答えられてしまった。それもそのはずだし、随分と身勝手な考えを口にしてしまったと思った。
では、僕はこれからどうすればいいのだろう。星人のひかりはもう奪いたくない。父さんの命令に背いて、星くんと一緒に逃げ出してしまおうか。でも、父さんの世界は広く、至る所につながっている。どこに逃げてもすぐに見つかってしまうだろう。見つかったその後は……
僕は首をぶんぶんと横に振った。簡単に逃げ出せそうにない。それにもし逃げられたとしても、星人たちには父さんの次なる魔の手がすぐに忍び寄るに違いない。この問題から何とか解決しなければ。
僕は顔を下に向けたまま、また相手に上向きの目線を注いだ。彼には縋らせる何かが、それでいて何でも解決してくれそうな何かがあった。胸の前で腕を組み直している彼の顔には、星くん本人では見たこともないような優しい微笑みが浮かんでいた。その表情はなぜだか僕を安心させてくれる。
『アストライオスは大陽世界をリセットし、新しく作り替えようとしている。星人に肉体のない、地球に生命が生まれない世界へ。これはわかるな。だが、アストライオスの目を欺いて任務に背くのは今はまだ難しい』
「まだ……ってことは、手立てはあるってこと?」
『あるにはある。が、まだ早い。おまえの気持ちの問題だ』
「僕の気持ち?父さんに反抗する覚悟はできているつもりです。もしあなたも同じ気持ちなら――」
『その問題ではない。それに、ここはアストライオスの世界だ。私もいくつか対策を試みたが、大きく干渉することはできない。創造主たる星の神の思し召しは、誰であっても侵してはならない。全ての星にひかりが戻り、生命の根源を失くした星人の肉体は散り、魂は彷徨う。そのような運命なのだ』
落ち着いた声音で言われてしまって、全身の力が抜けそうになった。僕に足りない気持ちって何?目の前のスノーボール・クッキーを口に放り込んで、勢いをつけて噛む。その様子に相手は吹き出した。これも星くんでは見られない顔。粉砂糖を冷めた紅茶で流し込んでいると、彼は目を半分伏せかけた。今度は赤と青の優しいひかりが漏れ出すのがきちんと見えた。
『知っているか?地球上の人類は太古の昔より、星々に願いをかけてきた』
「星に願いを?」
『ああ。おまえが星からどんどん連想したように、太古の人類は夜の道標となるように星をひとつひとつ繋ぎ、座標を作った。それが星座というものだ。おおぐま座やこぐま座の北極星はいい例だ』
彼の指先は魔法をかけるように宙を泳いだ。それを辿った先に北極星があった。もう合わせられる顔なんてない。そう思っていたのに、僕の目線は離れなかった。あの時に出会った青年が空の上からこちらを見返しているような、だからこそ目線を外してはいけないような気がした。
『それから、暗い夜も子らが眠れるように星座に物語を与えた。星は動く。人類が足を着けている地球も、夜空を照らす月も同様だ。そこから、人生の指針となるようにと、時間をつくった。――人類はすばらしいだろう?』
茶目っけ混じりの彼の言葉に、張り詰めていた糸がやっと途切れた。僕は愛想笑いを浮かべるしかなかったけれど、最後の意見には同感だ。僕の脳裏には、地球で出会った人々のことを思い出していた。どんどん過去に遡ってしまって大変だったけれど、思い返すと楽しい任務だった。飛行機の夢をもっている人、太陽のような王様を敬愛する絵描き、断頭台の女王様。人類は星人のように、眩く輝くひかりの瞳をもってはいなかったけれど、でもきっと、その内に見えない何かが燃えている。そうに違いないと思った。
「でも、父さんは……。人類が嫌いだ。彼らまで消そうとしている」
『そうだな。おまえの人類に対しての考えも聞きたいところだが、話しを戻そう。星は動く。自らひかり輝く星の多くは、そう見えているだけだがな。それから、宇宙空間で弾けた岩や粒の塊があるとして、あてもなく漂流している。そうして地球に段々と近づいた時、強い力で引っ張られたそれはやがて速度を得て、燃えながらさらに近づいてくる。夜空でそれが見えた時、どう見えると思う?』
「燃えている粒……星みたいに見えると思う。でも一瞬で流れて、どこかへ行ってしまう」
『そうだ。正体が拙い岩であっても、人類は夜空を横切って流れる特別な星だと考え、流星とか、ほうきのように見える星として彗星と名付けた。そうやって――意味を見出したのだ。一瞬のうちに流れ、どこかへ消えてしまう小さな星。この一瞬間に願い事を三回唱えれば、どんな願いでも叶うと。これが「星に願いをかける」の真髄だ』
「すごく詩的な……ロマンチックですね」
『ああ、浪漫主義なのは人類の性だな。手が届かなくともいつも見えるものに標を見出し、一瞬に遠ざかるものに願いを託す。では、星は?星々は何に願いをかければよい?』
星のねがい。難しい質問だ。僕は押し黙ったまま唸った。
『星は星人として肉体を得て、意識を、意志を……魂を得てしまった。それが生というものの意味のひとつだ。肉体が奪われることで、生が奪われる。では、遺された魂は。どこをよすがにすればよいか?』
ねがいとか、魂とか、聞き馴染みのない言葉ばかりが彼の口からするすると飛び出す。どれも父さんが聞いたら卒倒しそうなものばかりだ。でも僕は、どうやら父さんとは真反対の主義らしい彼の論の方が好きだった。初めて会ったばかりなのに直感でそう思った。僕がずっと求めていた星人や地球に対しての暖かさをこのひとは持っている。そこが好きだった。
「生きることを勝手に奪われて、黙っていられるわけがないですよね。だからこそ、その声を聴く。星人の魂に遺されたさいごのねがいを」
相手の目が大きく見開かれ、ああ、と力強い返事があった。そこに喜びの色が溢れて、僕は内心で飛び上がりそうなほど嬉しかった。
『消えゆく生へのせめてもの手向けとして。星人の心からの……魂のねがいを聴いてやってほしい』
私からも頼む、と目の前で頭を下げられてしまう。それを止めようとしたけれど、相手はあっ、と言って自分から顔を上げた。
『おまえはどうする?どうしたい、サン?』
全く、丁寧で優しい神さまだ。答えは決まっている。
「あなたが力をくれるというのなら。僕はその力で、できることをする。星人のおねがいごとを聴いて、できることなら叶えたい」
満足そうに頷くと、手を差し出してくる。僕はそれを受け取った。星くんと同じ形の指先でも、彼のは暖かかった。
『私が来たことも、この話も。アストライオスには内密に』
「じゃあ、星くんには話しても?」
『聞かれたときにだけ答えればいい』
僕は唇をぎゅっと噛んだ。口が滑ってしまわないように気をつけなければ。それを見て、相手は優しく笑った。これまでで一番優しい笑い方だった。
『私の望みは、おまえたちが自分の望みのままに生きることだ』
「たちって、星くんのことですか?」
「おれがどうした」
いつも通りの抑揚のない声に反射的に振り向くと、そこに立っていたのは星くんだった。林檎色の右目と地球色の左目、色のない顔、それから思わず片手を取ると、ひんやりとしている。僕はほっとした。こっちがいつもの星くんだ。
「おはよう、星くん。朝ごはんは食べた?今、素敵なお客さまとおしゃべりしていて」
「ああ、もう帰ったのか?随分と早い来客だったな」
「星くん、見えないの?」
僕がまたお客さまの神さまの方を振り返ると、そこはもぬけの殻だった。空になったティーカップだけが向かい側の席に残されている。星くんはお客さま用のカップをどけてその席に着くと、自分用のカップに淹れなおした紅茶を注いだ。
「いつの間に帰ったのかな。星くん、見なかった?君が来る時までにはいたはずなのだけれど……。さよならも言いそびれちゃった」
「黙って出ていくとは。不躾な客だな」
「そんなこと言わないで。ほんとうに素敵なお話しを聴かせてくれたんだ。ねえ、流れ星って知ってる?一瞬で空を駆け抜けてしまう星なんだけど、その間にお願いごとを三つ唱えたら叶うんだって」
「随分と浪漫主義なやつなんだな」
その言い方に一瞬だけ固まった。星くんと先ほどの神さまとで、普段の言葉遣いが妙に重なったのだ。声音や口調は神さまの方がわずかに優しいが、ニュアンスや雰囲気が似ているような気がした。それは神さまが星くんの姿をまねていたからだろうか。
「それより、新しい任務だ。朝食前にアストライオスから呼び出された。ほうびの話だった。星人のひかりを回収し、星に還す作業が一通り進んだら――、おれたちに休暇をやるらしい」
「休暇?どのくらい休めるの?」
「地球年で換算してほぼ一年。なかなか長い休暇だ」
僕は内心でどきりとした。父さんが僕たちを休ませるなんて珍しい。いやそもそも、任務がない時はほぼ自由の身の僕たちにとって、休暇という概念は今さらないに等しかった。何か勘付かれたのだろうか?
「サン、どうした?浮かない顔だな。約束しただろう、宇宙旅行のチャンスだ」
「ううん、なんでもないよ。楽しみだね、宇宙旅行」
チョコレートの包みを引っ張ると、トレイに積み上がっていた粒菓子が落っこちた。それに構わず、包みを開けて放り込む。ミルクの甘さが口いっぱいに広がった。訝しげな顔で星くんに見つめられて、熱く溶けたチョコレートの弾みで全部説明したくなる。でもなんとかしてそれを飲み干すと、一口にも満たないカップの底の紅茶を無理やり流し込んだ。今はまだ、僕がしようとしている悪あがき――星人のねがいを叶えるということを誰にも、星くんにも言うべきではない。
カミの来訪