
百合の君(41)
ピュルリーピュルリー
黄鶲の声と共に矢の雨が降り注ぎ、男達に刺さった。
立ち上がると、木から下りて来た仲間達に振り返る。
「ご苦労様でした」
「あの」
勝ったというのに弱々しく声をかけてくるのは、川照見の妻、芽衣だ。背が高く彫の深い夫と対照的に、小柄で柔和な顔つきをしている。背の矢筒が、子どもが親から借りた着物のように大きい。
「囮など、やはり私にお申し付けくださればよかったのでは・・・、一歩間違えれば、奥方様が危ない所でした」
穂乃は微笑んだ。
「私は、この国の国母です」芽衣はきょとんとしている。「私が国母であるのは、単に出海浪親の妻だからというのではありません。夫がこの国を守るために戦っているように、私もみなのために戦うからこそ、国母なのです」
並作に武器を借りてからの二か月、ずっと考えてきたことだった。
「みなさんは、私が守ります」
芽衣たちはひれ伏した。
「なんと気高い」
そしてわきに咲いている白百合を折り取り、穂乃に捧げた。
「まるでこの花のようです」
夏山にその白はよく映えた。まだ荒いままの息が、その香りを大きく吸い込んで、穂乃は少しむせた。少し大げさ過ぎただろうか、いや、言えもせぬ事が成せるはずはない。
穂乃は息を飲み込み、努めて凛々しい表情を作った。
「百合の花・・・純潔、私達にぴったりですね。そうだ、この部隊を百合隊と名付けましょう」
「ユリタイ、ですか」
恐縮したような芽衣を見て、穂乃は微笑みかけた。
「でもちょっと弱そうですね、ヒャクゴウタイ、はいかがでしょう」
釣られて芽衣もいたずらっぽく笑いかけてくる。
「では、奥方様は百剛の君、とお呼びしましょうか?」
「それは嫌です、それじゃあまるで益荒男です」
「では、百合の君では」
爆ぜるように笑いが広がった。その瞬間、目の前の百合の花から真っ白な光が広がった。それは女達だけでなく、木の洞に隠れたクワガタムシをも照らし出し、百合隊の仲間に加えた。まるで、自分がこの山になったような気持ちだ。
これだ、と穂乃は直感した。奥で物語を読んでいては決して得られないもの。そして人が人である以前の、もっと根源的なもの。
「気に入りました、是非そうお呼びください。いずれ別所沓塵をも討ち取って、その首を殿の御前に差し出してやりましょう」
オォー!
黄鶲を押しのけて、女達の声が山にこだました。
百合の君(41)