ネコといつまでも・にゃー

「かーちゃん、メシー」
 返事は。
「は?」
「えー」
 いくらなんでも。
「メシだよ、メシー」
 無視。
「かーちゃん、メシはまだかーい」
「さっき食べたでしょ」
 じいさんか。
「食べてないってー」
「食べるの?」
「食べるよ!」
「生意気ね」
「なんでさ!」
「稼ぎもないクセに」
 ぐさっ!
「それは言わない約束で」
「おい」
「はい」
 小さく。
「あんた、それでもネコノリって言えるの」
「うう……」
「甲斐性なし」
 とどめの。
「うわーん!」
 飛び出す。
「ちゃんと稼いでこないと家に入れないよ! わかったねーっ!」


 行きつけの店。
 ここでも。
「やーん、オトコらしー」
「もっと呑んでー」
「ママ-、こっちボトル追加ー」
 大歓迎。
 されていたのは。
「く……」
 悔しさに。
「あーら、来てたのー」
 こちらは。
「まー、テキトーに水でも飲んでて」
「水って」
 せめて、ミルク。
「にゃー」
 猫。
 ネコノリのささやかなアピール。
「はい」
 出た。
 餌の皿に入って。
「にゃあー(涙)」
 どんなに泣いても鳴いても。
 無意味。
「わかってんでしょ」
「に……」
 わかってる。
 大きな獲物をとってきたものが偉い。
 港の絶対的ルール。
 日帰りの小魚より、遠洋航海の巨大魚。
 それがゆるぎない掟なのだ。
「にゃー」
 ぺろぺろ。
「ほーら、おなかいっぱいお飲みー」
 屈辱。
「ほらよ」
「あ!」
 そこに。
「マドロス!」
 飛びつく。
「にゃー❤」
 猫そのものに。
「おー、よしよし」
 こちらも。まんざらでもないと。
「ぺろぺろぺろ」
「あははっ。くすぐったい、くすぐったい」
 やらさせたい放題。
「おっと」
 手を。
「悪いクセは治ってねえなー」
「に、にゃあ」
「ヒト語で話せ」
「ごめんにゃさい」
 微妙に。
「一杯おごってやるんだから我慢しろ」
「ケチー」
 途端。
「ぐほっ!」
 横から。力いっぱい。
「誰がケチだってぇ」
 ずらり。並ぶ。
「今夜この店はね、マドロスの貸し切りなんだよ」
「まー、まともに漁に出られない誰かさんには無理なハナシだけどー」
 ぐさっ!
「出たくなくて出ないわけじゃ」
 つんつん。指を。
「ねーん、マドロスぅー」
 さらり無視され。
「あたし、買ってほしいものがあってー」
「やーん、わたしだってー」
「みんなばっかりずるーい。わたしもー」
(く……)
 完全に。
「マドロス!」
 たまらず。
「ちょーしにのるなよ!」
 とたん。
「ううっ」
 向けられる。無数の冷めたい目。
「やーねー」
「わかってない子ってー」
(ううう……)
「あれ? 負け犬の遠吠え?」
「負け猫じゃない」
「猫って遠吠えするのー?」
 大爆笑。
「う……ぐぐっ……」
 屈辱。
 もう止まれない。
「せからしか!」
 どこ弁だと。
「勝負だ!」
 言っていた。

「それで」
 あきれて。
「なんとかしてほしいと」
「ほしいっス」
 またもの舎弟口調。
「あのね」
 あきれる。
「あなた、わたしに何をしたか忘れたの」
「忘れたっス」
(こいつは)
 本当だからタチが悪い。
「あのねぇ」
 噛んで。ふくめるよう。
「殺されかけたの」
「誰に」
「………………」
 マジか。
「殺されかけたんスか」
 驚き。本気の。
「悪いやつがいるもんスねー」
(頭が)
 言ってやりたい。
「とにかく」
 言ってやる。
「イヤだから」
「そんなー」
 ずるずるずるー。
「ひっつくな」
「やーだー」
 駄々っ子か。
「神なんス」
「は?」
 またいきなり。
「港町には、五十軒くらい酒場やクラブがあるっス」
 知らない。
 そういうところにはあまり近づかない。
 近づけないと言うほうが正確で。
 地元。
 その濃厚な空気が。
「そこでは絶対の掟があるんス」
「はあ」
 あるんだろうな。とは。
「差別っス」
 差別。
「マグロが一番」
 ふーん。
「サンマもイワシもぜんぜん後っス」
 へーえ。
「それが伝統っス」
 伝統。
「伝統的差別っス」
 だから?
「何年かに一度、クジラっス」
 だから?
「これには誰も勝てないっス。ナンバーワンっス」
「わかったから」
 わかってはいないが。
「普通じゃ勝てないんスよ~」
 泣きつかれる。
「クジラレベルがほしいんス~」
 そんなこと。
「知らない」
「そんな~」
 逆に。
 なんで、どうにかなると思った。
「あるんじゃないスか~?」
 何が。
「裏技っスよ」
「………………」
 追いつかない。
「何の」
 とりあえず。
「勝利の方程式っス」
 つかめない。
「えーと」
 なんとか。
「なんで」
 聞く。
「それをわたしが知ってると」
「先生じゃないっスか」
「………………」
 皮肉で言っているのか。
(いや)
 違う。
 バカなのだ。
 根っから。
「はーあ」
 あきらめるしか。
「いいわよ」
 腹を決め。
「あなたには借りがあるから」
「さすが、姐さん」
 誰がだ。
「で」
 本当にいまさらながら。
「何がしたいの」
「勝ちたいんス!」
 それはそうだろうが。
「どうやって」
「お願いしまっス!」
 丸投げか。
「あのねー」
 大体。
「何の勝負なの」
「オトコの勝負っス!」
 でなくて。
(あー)
 イライラする。
「要点だけでいいから」
 とにもかくにも。
「わたしに何をしてほしいの」
「お願いしまっス!」
「ちょっとは具体的に言え!」
 キレた。
「具……タイ?」
「何を想像してる」
 聞きたくも。
「それっスよ!」
 快哉を。
「タイっス! これなら勝てるっス!」

「かいせーっス!!!」
 無駄に。元気いっぱい。
「ぜっこーのばくちょー日和っスよ!」
「………………」
 なぜに。
「と、思うのが素人のあさはかさっス」
「えっ」
「あかさかはっス」
 言い直すな。
 言えてないし。
「あたかたは……あれ? あかさたな……んあ?」
 なぜ、どんどん言えなくなる。
「あたたたた」
「おい」
「言えた」
「おい!」
 我慢できず。
「なんでよ!」
「聞きたいっスか」
 得意げに。
「快晴だと見通しが良くなるっス。それは海の中でも同じ。つまり、サカナからもこっちが丸見えなんス」
「そうじゃなくて」
「だから、一番いいのは薄曇りの日! それより天気が悪いと今度は海が荒れるから、やっぱり漁には」
「あのねぇ!」
 いいかげんに。
「なんでよ!」
 うわずる。
「なんで、またこれに乗せられてるのよ!」
「ネコっス」
 ちちっ。指を。
「コレじゃなくて」
 そんなこと。
「タイっス」
「えっ」
「ネコでタイを釣るっス!」
 ことわざか。
「って」
 どんな規模だ。こんな巨大な。
「さー、釣るっスよー」
 無駄に気合を。
「あれ?」
 入れ。かけ。
「エビでタイを釣る?」
「そうよ」
 いまさらながら。
「エビ……」
 今度は何を。
「そんなの乗ったことないっス」
 乗るって。
「動かし方だってわからないっス!」
「違う」
 さすがに。
「エビでタイを釣るのよ」
「え?」
「あ……」
 これでは。
「だ、だから」
 照れまじり。
「エビを使ってタイを釣るの!」
 これでも。
「エビを餌にしてタイを釣るの!」
 これで。
「ええっ!?」
 仰天。
「どんだけデカいタイっスか」
「いやいや」
 何を想像して。
「大物っスね」
 それはそうだろう。
「デカタイ」
 意味が。
「デカタイたい」
 なぜ博多弁。
「燃えてきたーーーーっ!!!」
(勝手に)
 燃えるなと。
「!」
 呼応するように。
「きゃーーーーーーっ」
 急動作。
「ゆ、ゆっくり! ゆっくりって言ったでしょーが!」
「初体験じゃないんスから」
 なんだ、そのオヤジギャグ!
「いいから、ゆっくりーーーっ!」
 叫びも空しく。
「うきゃーーーーっ」
 しがみつくしか。
「静かにするっス」
 できるか!
「騒ぐと獲物が逃げちゃうっス」
 だったら、騒がさせるな!
「む!」
 ピーン!
「っっっ!?」
 突然の。
「な……ななな」
 すべり落ちそうに。
「何なのよ、このななめ体勢!」
「いい角度っス」
 何が!
「これは釣れるっスよー」
 こちらにはまったく理解できない期待満々で。
「竿おろしてーっ!」
 気合の。
「タイの一本釣りっスーーーっ!」
「!!?」
 ぐぐぐっ。
 またも。大きく。
「うりゃーーーーーっ!」
 ふるわれた。その衝撃がビリビリと。
「っっ……!」
 悲鳴もあげられず。しがみつき続けるしか。
「来るっスよー、来るっスよー」
 じわり。動きがゆっくりに。
「は……ははっ……」
 こちらも。なんとか息を継ぐ。
(早く……)
 何でもいいから終わらせて。
「来た!」
 ぐぅんっ!
「!?」
 いままで以上。
「お……おおお!?」
 ビリビリビリビリビリビリビリビリッ!
「暴れてるっス」
 そうなのか。
「悪あがきしてもムダっスよ」
 力が。こめられる。
 操舵管を通して。
(おお……)
 それでも。
 感じる。
 間接的ではあるが。
(あっ)
 よく考えてみれば。
 ほとんどの漁は『間接』と言ってよくて。
 網だって釣り竿だって、それは間接的な手段で。
 直接と言ったら手づかみしかない。
(ネコだって)
 その延長だと。
 巨大すぎではあるが、それだって遠洋漁船に比べれば。
(って)
 その巨体で。
 格闘する魚とは。
(一本釣り)
 言っていた。
(どんな)
 魚なのだと。鯛なのだと。
 正確には『サカナ』で『タイ』なのだが。
(サカナ……)
 それは。
 まだ完全には解明されていない“現象”。
 いや、正確には、ほとんど何もわかっていない。
 ネコと同じで。
(だから)
 自分は。居続けなければ。
 世界の果てと言っていいこの――
「いまだ!」
 ぐぅん!
「!」
 ついに。
「フィーーーーーーーーッシュ!!!」
 大瀑布のごとき。
 豪快すぎる波しぶきと共に。
「!?」
 それは。

「はーあ」
 がっくり。
「逃がしたサカナは大きかったっス」
(いや……)
 それは、実際はそれほどでもないということの例えでは。
(まあ)
 大きいことは、大きかった。
(なんで)
 理解が。
「はーあ」
 ため息。
「けど、前向きに考えるっス」
 前向きとは。
「逃がしてないほうで」
 つまり。
 釣り上げた『それ』で。
「何するの?」
「履くっス」
「履く!?」
 履けるわけ。
「長靴なのよ!」
 長靴は履くものだ。
 しかし。
「大きすぎるでしょ!」
 そう。
 この巨大な乗機が手こずったほどで。
「大きいからいいんスよ」
 どういう。
「履けるんス」
 だから。
「ネコが」
「えっ」
 一瞬。
「長靴を」
 ネコが。
「長靴を履いたネコっス!」
 やっぱり。
「さー、これで勝てるっスよー」
 なぜ。
「海で長靴と言えば何スか」
 別に。普通に見るのでは。
「潮干狩りっス!」
 またもや。
「でっかいシオをヒガるんすよ」
 なんだ『ヒガる』って。
(いや……)
 いるのか?
「シオが」
「いるっス」
 言われる。
「さー、ヒガるっスよー!」
「!」
 スピードが。
「ちょっ、いるとかいないとかどうでもよくて! ゆっくり! お願いだから!」
「のんびりしてたら逃げられるっス」
 シオが? って、逃げるものなのか!
「待ってるっスよ、シオヒーっ!」
 シオ『ヒ』!?
「シオヒを狩るっスーーっ!」
「何を狩るってぇ!? って、それもどっちでもいいからーっ! しぎゃーーーーーーーーーっ!!!」
 まともな。悲鳴に。
「にぎひゃーーーーーーーーーーっ!!!」

ネコといつまでも・にゃー

ネコといつまでも・にゃー

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-01-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted