『須田悦弘』展



 『須田悦弘』展が渋谷区立松濤美術館で開催中である。 
 ホームページの紹介文にも記載されている通り、須田悦弘(敬称略)の作品表現は朴の木を材料にして実物大の植物を精巧に作り上げ、それらを思いがけない場所に展示する点に特徴がある。遊び感覚で行えるその探索と発見の驚きは①能動的な鑑賞体験として非常に面白く、また②本物と見間違う程に再現された植物が室内にあることで覚えざるを得ない周囲との異和を整えようと、活発に働き出す認識作用により変容する「場所」の様子こそが主眼なのだと気付かせるきっかけになっていると感じた。
 場所ないしは空間に対する強い関心は松濤美術館の地下一階で鑑賞できる二つのインスタレーション作品、《朴の木》又は《東京インスタレイシヨン》を展示するにあたり作者が室内に別の展示空間を拵えていることからも窺えるが、その狭い入り口を通った先にある木彫作品の異様さは、松濤美術館の内部に直接展示される他の作品と一線を画すものである。
 不自然極まりないというべきその佇まいは周囲の雰囲気を掻き乱す装置のようでいて、しかしながら「正しくないのはそちらの方」といわんばかりの存在感を放つ。その揺るぎなさに、統一された秩序を好む人間の脳機能が道を譲るのは当然で、寧ろそれこそが儀式性の持つ意味だと教えられた気分で美術館内に戻れば、今度は「松濤美術館」という空間のオリジナリティに圧倒されてしまう。他の美術館と比べて決して広いとはいえないはずの敷地に保たれている「広さ」の感覚。建物の構造によって切り取られる空の形。光の訪れ方、内装の灯され方。総じていえば、意思を持って外界と関係するような佇まい。哲学する建築家と称された白井晟一(敬称略)の設計による展示空間はそれ自体として見れば確かに異様で、須田悦弘が作る「植物」と共に鑑賞すればごくごく自然な風景として受け止められる。本展で鑑賞できる数少ない須田の絵画表現としての《木蓮》と《紫木蓮》に認められる特異な印象、すなわちモチーフとなる花の美しさより、その絵を描くのに必要だった材料の経年劣化こそ縫い止めようとしたかのような仄暗さも、ベルベットの壁布が施された内装とセットで見れば建物自体に宿る命のようで実に美しかった。場所の変容、と筆者が前記した意味はここに収斂する。空間と作品、それぞれが梃子となって様変わりさせる印象、あるいは裏にも表にも覆るような関係は極めてダイナミックで、かつ興味深い。本展のハイライトと評すべきポイントである。




 本展の会期は2月2日まで。展示マップが配布されており、また作品番号も順に振られてはいるが各々の自由で鑑賞してもさして問題はない(因みに、4番の番号が振られた作品は帰りに鑑賞することをお勧めしたい。その場所に置かれていることの理解度が段違いに変わる)。興味がある方は是非。その建物ごと愛せる展示になることを筆者が約束する。

『須田悦弘』展

『須田悦弘』展

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-01-16

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