お届けもの

今は頻度は低くなったけれど、ホラーよりもホラーを身を以て経験します。
ただ、それをそのまま描くのはつまらないので、どこがノンフィクションかフィクションか分からない、その具合に仕立てていっています。
時期外れではあるけれど。

拾ってはいけないものもある

この話はあくまで夢で起きた話です。
僕は夢を毎日見ますし、鮮明に覚えてもいます。変な言い方をすれば、丁寧に夢を見るようになっています。
この話しは9月になってもまだまだ暑い日が続く、そんな時期での出来事です。

僕はその晩、クーラーは効いていても、全身の筋肉にたまった熱も手伝って、言い知れぬ苛立ちに包まれていました。現状やいわゆる俗世がのっぺりと塞がっていたのです。ぶつけようにも、ぶつけどころがないそんな塞がった苛立ち。母親はいましたが、話し相手には到底なり得ません。別に母親だからではなく、誰に話そうが、伝わらない、そんな心情です。いくら自分で噛み砕いて分かりやすく話しても、誰にも伝わった試しがなかったのです。
誰もが持ちうる言葉にならない、なっても伝わらない、そういった孤独の領域に僕はずっといました。伝わらないことは重々承知していても、話したかった。しかし話せない。会話にならないのです。
もんもんとし、恐らく表情は険しくなっていたはずです。肉体労働のバイトの日々で疲れてはいただろうに、全く疲れを感じないほどに。窒息してしまうぐらいに空気を侵してしまってました。
手持ち無沙汰につけたテレビも、全てが上の空でした。
そして明日のバイトのためにと、10時には床に就いていました。これはもうすっかり習慣になっていたのです。
何時ものように眠剤をのみ、もやもやした気持ちを押し殺すように暗闇に身を任しました。
新しく移ったマンションの、追いやられて取って付けたような床の間に。


僕は小さな川を挟む堤防に立っていました。その川は浅くやや濁って、頭上の空は大きく広がっています。よく知る風景です。なにせ今のマンションに移る前に住んでいた、一戸建ての実家の側を流れる川ですから。そこは通学路として学生の頃毎日通った堤防です。辺り一面見渡せることができ、家々は立ち並び在るのですが、太陽がないにも関わらず、灯り一つありません。そう、昼ではない、また新月の夜でもないのです。ただの暗闇です。しかし僕には至って普通に色彩も含め見渡せました。夜行性の動物のように。
知った風景の中でただ一つ、川に架かる橋は違いました。一昔前のヨーロッパによく見られるような、石橋でした。それも綺麗に幾何学的に整ってなく、継ぎ接ぎのような古ぼけた石橋でした。
僕の隣には知らぬ顔の同い年に見受ける男がいました。僕らは親しく話し合っていました。
すると対岸からそのいびつな古ぼけた石橋を二人の女性が手を振りながらやってきました。僕はこの時に既に何かいやな気分を感じていました。
いや、知らぬ顔ですが、二人の女性は隣の男と同様に、親しい間柄だということは分かってました。僕たちは友達なのです。
しかし、渡ってきて欲しくなかった。そう、彼女たちが近づいてきてはっきりしました。一人の女性の手には、これまた古ぼけた板で出来た御札を持っていたのです。僕の勘は当たりました。さっきそこで拾ってきたらしいのです。
僕は拾うなよとも、また捨ててしまえとも言えません。こういうものは手にしたら、そう簡単に捨てられないことを承知してましたから。
彼女らが僕たちの前に着くと、嬉しそうにその御札を僕たちに見せびらかしました。僕は話に乗りませんでしたが、隣の男は一緒になって楽しく話してました。なんともない会話でしたが、僕は嫌でした。一時その場で過ごすと、僕の一戸建ての実家に行くことになりました。泊まりにです。
家に着くと、時計は3時を指していました。
全員が家に着くと急に眠気がきたようで、身支度をし始めました。僕はまぁ当然だよと内心思いました。なんだって深夜3時をまわっているのですから。恐らく現実の時間も同じだったろう。
御札を手にしてきた一人の女性がはじめに寝入り、次に女性、そして男も寝ようとした時に、いきなり家のベルが鳴りました。
こんな真夜中に誰が訪ねてくるっていうんだと、僕とその男は目配せしました。そのベルは何度もゆっくりと鳴り続けます。
女性らはすっかり夢の中で、僕らは硬直したままで、身動きできませんでした。鳴り続けるベル。どうしようかと目配せ続ける僕ら。同時に僕は、確かにマンションの床の間で寝ているのが分かっていました。
するとぴたっとベルが鳴り止みました。僕と彼はまだ緊張してはいましたが、ほっと肩を少し撫で下ろしました。
次の瞬間背筋が凍り付きました。4人がいるこの二階の部屋。二人は横になり二人は立っている。その間にもう一人濡れた髪が青白い肌に張り付き、むき出した目玉をこちらに向けて立っている者が前触れもなくいるのです。
「お届け、もの、です」
そいつは口元を仄かに釣り上げて、奇妙な笑みを浮かべていた。
僕らは言葉も無くし、仰け反っていた。そいつは腕をだらりと下げて、薄汚れボロボロになった赤いシャツを着ている。
繰り返す。
「お届け、もの、です」
僕は堰を切って予想以上に大きい声で怒鳴った。
「何も頼んでねぇよ」
そいつは不敵な笑みを崩さず、同じ言葉を繰り返した。
「何も持ってねぇじゃねーか」
そう言い放つとすうっと部屋のドアをすり抜けた。何故か僕はそいつが玄関に行くことがわかり、追ってしまった。
まるで僕がそうすることを知っていたかのように、玄関で佇んでいた。そいつは、相変わらず奇妙な笑みを向けている。ただ、ボロボロの服の下に、顔の青白い肌にむき出した目玉と同じような目玉が二つ、肩から覗いていた。僕は戦慄を覚えて、現実で覚えていた魔除けの祝詞を唱えようとしたが、うまく口が回らない。
「お届け、もの、です」
何の影響もなくまた繰り返すと、そいつは青白い骨ばった手を、僕を捕らえようと伸ばしてきた。
僕は捕まらないように避けたはずなのに、そいつの手はしっかり僕の右の手首を掴んでいた。
僕は今マンションの床の間に寝ているんだと頭で何度も唱え、そいつに掴まれた手首を必死に振りほどいた。


僕はここで目覚ましのベルの音で目を覚ました。あぁやっぱりここに自分はいたんだと安堵しました。しかし右の手首は微かに握られた跡が………。

知らぬ顔の3人の友達がその後どうなったか、僕には知る由もありません。僕は目を覚ましたのですから。

僕はよく悪夢を見ます。このような呪いや霊的なものから、殺されるもの、惨殺のグロテスクなものまで、何かにいつも追われている夢を。

お届けもの

過去の作品を、この時期外れと言っていい”ホラー”をいつアップするか迷っていましたが、あげてみます。

お届けもの

その日は、疲れていて、またどこにもぶつけられない苛立ちに覆われていた。自分のその雰囲気が重々しいと言うことは分かっていても、それを納めるのは寝入ることしかその時は思いつかなかった。 その夢での話し。 夢で僕は知らないけれど、友人と一緒に堤防にいた。夜とも昼ともどちらとも分からない世界で。そこはよく知った所。 そこに対岸から、これもまた知らないけれど、友達が近づいてくる。楽しげに。しかしそれが僕には厭でたまらなかった。その友達の手にはそこで拾った古いお札があったから。 けれど、自分ちに止まるという流れは遮れずに、みな自分ちに止まった。深夜3時の出来事。 チャイムが鳴り、背筋が凍って、、、。 起きた時、夢で終わらなかったお話。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-25

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