森の奥
すこし昔、人があまり入ってこない森の奥に、仲の良い双子が暮らしていた。テーブル越しに顔を突き合わせて食事をしていると、姉の方が立ち上がって言う。
「私たちはもう小学三年生になった。」
「うん」弟の方が手を止めて返事する。
「だから、行かないといけない。」
「行くってどこに?」そっくりの顔で聞く。
腕を引かれたので、弟は食器を置いてあとに続いた。それはいつもの光景だった。
茂みをかきわけて進む。弟は不安になってきた。
「どこまで行くの。こんなところに来て、僕たちは帰れるの。」
「着いたよ。」突然立ち止まって、姉が言う。
背中にぴったり付いていた弟は、首を伸ばして視線の先を見る。そこには、いかにも深そうな洞窟があった。行くよ、と姉は呟き、弟はひとり残されるのがいやで、しぶしぶ従った。
洞窟のなかは意外と暖かかった。それに、不思議なことに奥に進むほど、先の方がぼんやりと見えてくるようになった。だんだん目が慣れてきたのかもしれない。
少し開けたところがあり、もっと不思議なことに、そこは明るくて周囲の壁がはっきり見わたすことができるくらいだった。壁には何か、模様みたいなものが浮かんでいるようだった。
「わっ。これ、人の手?」弟は驚いて声をあげた。顔を近づけてみると、模様に見えたものは無数の人の手形だった。手形は、ふたりを取り囲むようにして広がっており、弟は怖くなってきた。姉の方はいたって落ち着いていた。そして、腕を前に伸ばして、そのうちのひとつと自分の手の平を重ねた。
「お前たち」声が聞こえてきた。地面の底から湧き上がるような、低くて恐ろしい声だった。「いま、壁に手を当てた方が良いが、もうひとりはまだだめだ。ここから先には、とおせない。」弟は、震え上がりながら、自分のことを言われているのだとわかった。
「もう帰ろう。こんなところにはいたくない。誰かの声もそう言ってる。最初からこんなところに来るべきじゃなかった。」
「帰るなら先に帰って。私はもう少しここにいるから。」姉は壁から手を離さずにそう言った。
弟は少し迷ったが、踵を返して来た道を引き返した。走ったので、何度もつまづきかけた。そうすると、いつのまにか外に出ていて、小川のほとりに立っていた。
なめらかな石を拾って、低く構え、振りかぶった。水切りだ。リリースする直前に、どうしてか動きが緩慢になった。しまいには投げるのをやめてしまったかと思うと、上投げでやまなりに、小川に石を放り込んだ。何か思い悩む人のように、弟は小川をあとにして、また森のなかに消えていった。
森の奥