古仁屋(こにや)
息づくヤモリの声のように、加計呂麻の灯りが揺れている。闇それ自体が、たぷん、たぷんと寝息をたてる。
朝焼けが雲を茜色に染め始めると、紬を織る糸のように寄せ合い、重なり合うその姿が見える。遠く聞こえる漁師の掛け声に応えるかのように、波は囁き合っている。
ここは祖父の暮らす町、両親の過ごした島だ。いま足元の海に隔てられたこの私も、森や、船や、散歩をする老人と共にあったのかもしれない。島の娘と恋をして、あの声の一つになったのだろうか。
果てしない曇り空が、頭上を覆っている。すっかり日は昇った。私は振り返り、妻子の寝ているホテルに向かう。
古仁屋(こにや)
注:古仁屋は奄美大島南端に位置する港町で、加計呂麻は奄美大島南隣に位置する島。作中にあるように、古仁屋から見えるしフェリーが一日数便出ている。
奄美は私のルーツとなる土地であるが、加計呂麻には一度しか行った事がない。しかし、加計呂麻で過ごした半日は、私の人生で最も豊かな時間であった。