zoku勇者 ドラクエⅨ編 26
悲しきリブドール2
マキナはエライ剣幕でジャミルに詰め寄り怒り出す。ジャミルの方も
今回初めてマキナと会った筈なので、思い当たる事が無く……。だが、
アイシャもアルベルトもちゃんとジャミルを庇いフォローしてくれた。
普段ケンカばっかりしてるとは言え、やはり持つべきは友。
「マキナさんっ!幾ら何でも酷いわ!!ジャミルが一体何をしたって
言うの!?」
「そうですよ!……ジャミルがあなたに怒られる筋合いは無い筈です!!」
「アイシャ、アル……」
「出て行ってーーっ!!もうあなた達に船なんかあげないっ!!
マキナを……、マキナを連れて行こうとしてるんでしょ!!
そんな事させないっ!!早く帰ってーーっ!!」
「ハア!?マキナはオメーだろうがよっ!訳分かんねー事言うなーーっ!!」
「うるさいのーーっ!!もう帰ってーーっ!!あなた達なんかもう
絶好よーーっ!!」
……マキナvs3バカトリオのやり取りの大声は屋敷中に
響き渡っていた。その大声は屋敷の掃除の手伝いに来ていた
お手伝いさんの耳にも……。先程、ジャミル達を応接間に案内
してくれたのもこのお手伝いさんだった。先代の領主である父親、
母親は既に他界、マキナは屋敷の執事、働いていた使用人を全て
屋敷から彼女が叩き出した為、屋敷内にはマキナしか住んでいない。
だが、様子を心配した近所の者が許可を得、時々こうしてお手伝いの
ボランティアで訪れてくれているのであるが。
「やれやれ、又始まったか……、しかし今回の客は凄いなあ、あの
お嬢さんと本気でケンカしておる、……本気で……、……ん?本気……?
あのマキナさんと……?」
「も、もう……、あなた達何なのよ……、初めてだわ、こんなうるさくて
嫌らしい人達……」
「嫌らしくて結構だよっ!もう船なんかいるかってのっ!行こうぜ、
アル、アイシャ、やっぱり船は別の処で譲って貰うか貸して貰おうや、
冗談じゃねえや!!」
「マキナさん、先程のご無礼は僕らも申し訳なかったです、ですが……、
あなたの方も他人に対してもう少し思いやりや気配りを持った方が
宜しいかと……」
「……何ですって……?わ、私に文句を言うの……?お説教までするの……?」
「その内、気がついたら本当に誰からも相手にされなくなっちまうって事さ、
……こんな事ばっかりやってるとよ……」
「も、もうっ!本当に許さないっ!!あなた達なんか本当に大嫌いっ!!
みんな、みんな……、早く此処から出ていってーーっ!!」
「……マキナさんっ!!」
アイシャが心配するが、マキナはエライ剣幕で部屋のドアを閉め、
そのまま鍵を掛けてしまい応接間に引き籠もってしまうのだった。
「アイシャ、ほっとけよ、あんなのもう手に負えねえよ、それより
宿屋に戻ろうぜ、……1人でモンの面倒見てくれてるダウドも
心配だしな……」
「これからの事も相談しないとだしね……」
「うん……、そうだね……」
ジャミルとアルベルトは応接間に背を向け歩き出す。しかしアイシャは……、
やはり女の子同士、何か思う事があるのか、マキナが引き籠もってしまった
応接間の方を心配そうに見つめていた……。
「マキナさん……」
そして、ジャミル達がいなくなった後、残されたマキナは独り応接間で……。
「何よ、みんな、みんな大嫌い……、やっぱり私のお友達は……、マキナ、
あなただけよ……」
(……マウリヤ……)
一人ぼっちのマキナを見守る様に、マキナの背後に幽霊の少女が現れる。
……その容姿はマキナとそっくり、うり二つだった……。
「マキナさん、いるかい?今日の分の掃除は終わったからお暇するよ……」
「……」
「やれやれ、何も言ってくれないか、仕方が無いが寂しいもんだな……、
じゃあ……」
お手伝いさんも応接間にいるマキナにそれだけ伝え、帰って行った。
そして、宿屋への帰り道を歩くトリオの前に……。
「おい、お前らーっ!!」
「な、何だよ……」
先程、屋敷でマキナと対面していた男と少女である。2人は揃って
腰に手を当て、物凄い勢いでジャミル達に掴み掛かって来た……。
「ちょっとっ!どうすんのよっ!マキナさんあんなに怒らせちゃってっ!!
責任取りなさいよっ!!」
2人とも……、帰ったと見せ掛け、こっそり隠れてトリオの様子を
覗っていたのだった。
「せ、折角、マキナさんと友達になれたって言うのにっ!お前らの
所為で台無しだっ!マキナさんが怒ってしまわれたじゃないかっ!!
どうしてくれるんだっ!!」
「知るかよ、第一お前ら、本心からマキナと仲良くなりたい訳じゃ
ねえだろ?ただ、ダチのフリしてマキナから色んなモン貰おうと
してただけだろがよ!!」
「うっ!……こ、こいつめっ!……う、うわあーーっ!?」
男はジャミルに殴り掛かってくるが、ジャミルはさっと素早く男の
股間を蹴り飛ばした。……少女の方は慌てて逃げて行ってしまった……。
「まだやるか?やるなら年中無休で相手になるけど?」
「……ちっ、畜生ーーっ!マジで何だよこいつっ!ううう、お、
覚えてろーーっ!!」
「はあ、どいつもこいつも……、こんなのばっかりなのかよ……」
ジャミルは再び歩き出した。……その後を無言でアルベルトと
アイシャが付いて行く……。
(ふう~っ!ホントマジ最悪だよネー!あのマキナって子!何なの!
何か1人でブチキレてるし!)
「ガングロ……」
発光体のサンディが飛び出す。サンディはまたマキナに対して態度を一心。
本当にコロコロ変わる……。
(でも、何としないと船貰えないしネ~!どうしよ?あの子が機嫌
直さないとねえ~……)
「……此処の船はもういいんだよ、別の場所を探すからよ……」
(え、えー!?そんな手間の掛かる事わざわざしなくていいじゃん!はあ、
誰かマキナと仲のいい子がいればさあ……)
……そんな奴、いる訳ねえだろとジャミルは思う。だが内心は……、
マキナにああ言った物の……、ジャミルも根は優しい性格の為、
一人ぼっちの孤独な我儘お嬢が心配で仕方がないのだった……。
無言で歩いている内に、やがてトリオはいつの間にか宿屋の前まで
戻って来ていた。
「おかえり~、どうだった~?」
「モンー!」
「オウ……」
宿屋に入ると直ぐにダウドとモンがロビーで出迎えてくれた。モンは
ダウドに相当遊んで貰ったらしくすっかり機嫌も戻っていたが、
ダウドはヘアスタイルの乱れ具合からして、又頭を相当叩かれた
らしかった……。
「ダウド……、ごめんよ、大変だったろ……?」
「ううん、アルも皆も心配してくれて有り難う、大丈夫だよ、
もう慣れてるからさあ、それよりそっちの話も聞かせてよお、
何か飲もうよ、オイラ皆が来るまで待ってたんだあ!」
ちなみに、此処の宿屋は。世界宿屋協会、宿王グランプリ、第2位、
世界が認めた最高級の宿屋……、らしい。
「じゃあ、俺、あまり甘くねえアイスコーヒー頼むかね」
「僕はアイスティーを……」
「私、オレンジジュース!」
ダウドはジャミル達の注文を聞くとカウンターまでセルフで飲み物を
オーダーしに行く。やがてメイドさんが来て、注文したそれぞれの
ドリンクをテーブルに置いて行った。……色々あって疲れていた
ジャミル達は席に届いた冷たいドリンクで喉を潤す。
「そっかあ、船の交渉はやっぱり駄目だったんだね……」
「悪かったなあ、散々待たせちまった割には何の成果も無くて……」
「しょうがないよお~、まあ、又別の港町を探すしかないよね……」
ダウドも注文したアイスココアをストローで美味しそうに啜った。
この件に関しては納得してくれた様だった。
「……に、してもあのマキナって奴腹立つなあ!偉そうにしやがってからに!!」
「ジャミル、もうその話は終わりにしよう、……モンもいるんだから……」
アルベルトも溜息をつきながらアイスティーに口を付ける。しかし、
口ではそう言っているが、アルベルトも心ではマキナに対しての
やるせなさで呆れ返っていた。
「ほう、君達も大変素晴らしいマキナお嬢様のお屋敷へ行かれたのかね?」
「ん?おっさん、誰……?」
隣のテーブルで宇治金時を食べていたおっさんがジャミル達に話し掛けて来た。
「私はこの町の町長であるが、私が知っている情報を教えてやろう、
君達は黄金の果実の話を聞いた事があるかね?」
「……果実?って、えええーーっ!?」
「うむ!」
4人は思わず顔を大きくし、声を揃える……。まさかまた此処に来て
女神の果実の情報が聞けるとは夢にも思わなかった……。元々この町に
は船の件で訪れたのであるからして。
「その果実は万病に効くらしいぞ、町一番のお金持ち、マキナ様は、
他国から取り寄せた不思議な黄金の果実を口に入れた処、何と!
不治の病が治ってしまわれたそうだ!」
「……ジャミル……」
「ああ、まずいな……」
ジャミルとアルベルトは顔を見合わせる。船は諦めてもうこの町を
出る筈が……、マキナが女神の果実と絡んでいるかも知れない以上、
これでは簡単に、はい、さよならあ~!……する訳にいかなくなって
しまった。しかもジャミル達はマキナを相当怒らせている。
「まいったなあ~……」
ジャミルが困って高速で頭ポリポリ掻いていると、其処に……。
「あの……、お話が聞こえてしまった物ですから……」
「あんたら、マキナお嬢さんと会ったのかい……?」
「私達は……、マキナ様のお屋敷で以前に使用人として
働いていた者です……」
「かつては屋敷で執事として使用人達を纏めていたこの私が……、
一体何故、この様な酷い仕打ちを……、あんまりです……」
「!?」
4人の前に現れた人物。この宿で働いているコック、先程のメイドさん、
屋敷の元執事と言う男。どうやらマキナと面識の有る人物らしい……。
これは天の助けかも知れなかった。
「そうでしたか……、マキナお嬢様が心を閉ざしてしまわれたと……」
コックが頭を抱え、側で話を聞いていた執事とメイドさんも
悲しそうに俯く……。
「ねえ、ジャミル、アル……、本当は私、このまま逃げるなんて
嫌だったの、マキナさんを怒らせたのは私達にも原因がある訳だし……」
「アイシャ……」
アルベルトはアイシャの方を見る。素直なアイシャはマキナと何とか
仲直りして謝りたい……、ずっとそう思い、彼女も心を痛めていた。
「た、頼むよ、何か知ってる事があれば教えてくれないか?それに、あんたらも
どうして此処で働いてんだい?」
「そうですね……、色々話すと長くなるんですが……」
ジャミルが尋ねると、最初にメイドさんが口を開いて話をしてくれた。
……此処で働いている者は皆全てマキナの我儘により解雇され、屋敷を
追い出され今はこの宿屋のオーナーの下、世話になり、働かせて貰って
いるのだと言う。コックと執事はマキナが幼い頃から屋敷に勤めており、
病弱だった頃のマキナの姿も見ている。彼女の様子が変わったのは
その黄金の果実を口にしてからだと言う。
「マキナお嬢様は生まれつき、それは身体が弱くてな、殆どベッドから
起き上がれない状態だったのさ、でも、他国から取り寄せた不思議な
果実を口にしたら……、忽ち病気が治ってお元気になられたんだよ」
「そうだったのか……」
「旦那様も奥様も亡くなられて……、今はお嬢様一人ぼっちさ、
屋敷を追い出されても俺らお嬢様の事が心配なんだよ……、
様子も見に行けないしな、どうしたもんやら……」
「私は正直この宿で働くのは苦痛でございまして……、うう……」
「私、マキナ様の事が心配で……、身体はお元気になられましたが、
大きなお屋敷にいつも一人ぼっちで……、だから町の人達に
利用されてつけ込まれてしまうんです……」
「僕らも……、マキナさんを怒らせてしまって……、一体どうしたら
いいのか……」
「……」
「モン~?」
……ジャミルを始め、皆黙りこくってしまう……。モンは不思議そうに
そんな皆の様子を首を傾げてきょとんと眺めていた……。その直後、
再びメイドさんが口を開いた。
「そうだわ、確かこの町には……、昔お屋敷に勤めていて、お嬢様の
乳母をなさっていた方がいるとか……、私がお屋敷に来る前にもう
お姿はなかったのですが……、もしかしたらその方ならお嬢様も
心を開いて会って下さるかも……」
「ほ、本当かい!?」
「ジャミル、まずはその人を探しに行こう!」
「決まりだねえ、でも、まーた簡単には此処から出られなく
なっちゃったのかあ~、仕方ないよね……、……何かまた
この先なんか起きそうだなあ~……」
ジャミルとアルベルトの会話にダウドは半分諦めた様に、残りの
アイスココアに再び口を付けた。……何となく先の話をもう読んでいる……。
「頼むよ、俺らお嬢様の事が心から心配なんだ……」
「どうかお願いします……」
「出来ればかつて旦那様と奥様のいらっしゃった思い出のお屋敷に
戻りたいのです……」
コックもメイドさんも執事も……、必死で4人に頼み込む。屋敷を
追い出された酷い仕打ちを受けたにも関わらず、使用人さん達は
マキナの事をとても心配している……。
「何とか俺らもその乳母さんを探してみるよ、じゃあ、行くか……」
ジャミルが椅子から立ち上がり、アルベルトとダウドも頷く。だが。
「アイシャ……?」
「ん~、ジャミル……、あのね……、私……、お願いがあるの……」
「……ちょ、おま……」
「うん、あのね……、私も考えていた事があって……、うふふ、
聞いてくれるかなあ……」
アイシャはテーブルから身を乗り出すと、ジャミルの顔をじっと
見つめる。ジャミルは後ずさりし、冷や汗を掻く。……こういう時の
彼女は何かとんでもない事を思いつき、言い出すからである。
……果たして、アイシャのお願い事とは……。
「マキナさんの婆やさんを探すのは皆にお任せして……、その間に私は私で
出来る事をしたいの!」
「……ハア?」
「私、マキナさんと仲良くしたい、本当のお友達になりたいのっ!」
「……無茶言うなっ!出来る訳ねえだろうがよっ!!」
まーた彼女は突拍子もない事を言い出す。しかも瞳は輝いており、
やる気満々だった。……こう言う時の彼女は何を言っても聞かないので……、
アルベルトもダウドも困っている。ジャミルが2人の方を見ると……。
両者とも、君に……、ジャミルに任せるよお……、の表情……。
「やってみなくちゃ分からないわ!女の子同士、友情を深め合うのよっ!
マキナさんに本当の友達の意味を教えてあげたいの!!」
「こ、こいつ……、オメーいい加減にしとけっ!デコピンするぞっ!?」
「何よっ!やるならしなさいよっ!!私、絶対にマキナさんと
お友達になるんだからっ!!」
ジャミルのデコピンの脅しも聴かず……。暴走しだしたアイシャに
困り果てていると、アルベルトが……。
「ジャミル……、確かに女の子同士……、もしかしたら何か切欠が
生まれるかも知れない、特にアイシャは友達を作るのに関しては
心配ないし……、偽りの友情で無く、本当の友情が……」
「アル、ありがとうーっ!任せてーっ!」
「ま、またオメーも……、どうしてこう……」
アイシャに甘いんだよ……、と、思う。だが、アイシャの人懐こい
性格も考えると、もしかしたらマキナの氷が溶けるかも……、
そう考えられる様に……。どうにも不安は拭えない物の……。
「ジャミルさん、私からもお願いします……、アイシャさんはお嬢様に
偽りで近づく町の人達とは感じが全然違います、私、感じたんです、
本当に心からお嬢様の事を心配してくれている……、こんな優しい
お嬢さんは初めてです、もしかしたら本当にマキナお嬢様とお友達に
なれるかも知れません……」
「俺からもお願いします!アイシャさん、どうかマキナお嬢様と
仲良くしてあげて下さい!!あんたを信頼します!!」
「……わ、私もです!!どうかどうか!!」
メイドさん、コック、元執事も……、アイシャに頭を下げ、
頼み込むのだった……。
「皆さんも有り難う!私の事、信じてくれるのね!!」
「モン……、マキナは意地悪モン……、マキナはアイシャに
意地悪するかも知れないモン、ドアの隙間に黒板消しを挟むかも
知れないモン、そんなのモンは嫌だモン……」
「モンちゃん、マキナさんは本当は寂しいのよ、我儘を言うのも、
意地悪を言ったのも、それは駄目だよって心から言ってくれる
お友達がいないからだわ、私、マキナさんのその心の寂しさの
隙間を少しでも埋めてあげられたらって思うのよ、ね?」
「モォ~ン……」
モンはアイシャに抱きつく。アイシャはモンを優しく撫でるのだった。
その姿を見て、ジャミルは呆れる。そして改めて感じる。……暴走
天然女神様の優しさを……。
(ね、みんなこんなにアイシャに期待してんだし、此処は任せてみたら?)
「ガングロ……、オメーまで……」
マキナがアイシャに心を開き、そして、ジャミル達がマキナの育ての
親の乳母を探して連れてくれば……、彼女の気持ちは完全に収まるかも
知れない。だが、そう事が上手くいくのかと……。
「ジャミル、アイシャの気持ちも分かってあげようよお、アイシャは
本気でマキナさんと仲良くなりたいんだよお……」
「ダウド……」
「あの、ジャミル……、やっぱり反対……?かなあ……」
「……」
アイシャは切なそうな顔でジャミルを見る。……心配じゃねえ筈
ねえだろうがと、思う。何せトラブルに巻き込まれる、何をしですか
分からない暴走娘なので……。本当は、反対だよっ!……と、ガチで
言ってやりたかった。だが。
「分かったよ、その代わり一日だけだぞ、今日はもう動くのは止めだ、
明日の間に俺らも婆やさんをどうにか探す、後は無理させねえ、屋敷
壊したら俺らも責任取る余裕ねえからな……、一日で何とかしろよ、
約束だぞ……」
「ジャミルっ!!」
ジャミルはアイシャの顔を見て、しゃ~ねえ、と言った苦笑いをする。
それを見た元屋敷の使用人達からも歓声が上がる。
「ありがとうーっ!ジャミル、皆さんも!私、いっぱいいっぱい
頑張るね!絶対にマキナさんとお友達になるわ!!って、屋敷
壊すって、何よジャミルっ!!」
「アイシャさん……、お、お嬢様の事、お願いします、どうか……」
メイドさんも涙ながらに改めてアイシャに思いを託す。コックは、
かつてマキナが好んで食べたと言うお菓子を作り明日持たせると
言ってくれた。執事は大泣きし、何度も何度もアイシャの手を握り、
握手した。
「アイシャ、くれぐれも無理はしちゃ駄目だよ……」
「でも、アイシャなら大丈夫だとオイラも思うよ!」
「……もしもマキナがアイシャに意地悪したらモンがおならで
お返しするモン!!」
(アイシャ、ファイトだよーッ!ガ~ンバっ!)
「うんっ!みんなもありがとうーーっ!!」
「……」
仲間達にも激励され、益々アイシャは明日に向け、張り切り出す。
しかし、どうにもジャミルだけは不安が拭えず……。明日が無事に
過ぎてくれるのをとにかく待つしかないのだった……。果たして、
アイシャの行なう事が善と出るか、吉と出るか……。
「あのね、メイドのお姉さん、少しいいですか……?」
「あ、はい……?」
アイシャは恥ずかしそうにメイドさんの耳元で何やらぼしょぼしょ話す。
最初メイドさんは不思議そうな顔をしていたが、直ぐに笑顔になった。
「分かりました、私が昔着ていたサイズのがありますから……、
明日お渡ししますね」
「本当ですか?有り難うございますーっ!!」
「ふふふ……」
内緒の話をしたメイドさんとアイシャはにっこり。そして、その夜。
皆が明日に備え、寝静まった頃、厨房ではメイドさんとコックが
会話を交わしていた。
「いやあ~、まさかあんな子が現れるとは……、世の中まだまだ
捨てたもんじゃないなあ、いや、俺は正直最初びっくりしたがね、
マキナお嬢様と心から友達になりたいと言ってくれるなんて……、
しかも見ていて言葉に嘘も偽りもない、……あんな子初めてだよ……」
「ええ、まるで本当に天使様の様な女の子です、……もしかしたら
本当にマキナお嬢様の心を救って下さるかも知れませんね……」
「おい……、お前ら何べらべらくっちゃべってんだよっ!仕事は
終わったのかよっ!!」
「あ、お、お坊ちゃま……」
「申し訳ございません!でも、私達ももう今日の分の仕事は
終わりましたので……」
厨房に怒り心頭でなだれ込んで来た青年……。この宿屋のオーナーの
一人息子。何れは父親の後を継ぎ、この宿屋の跡取りとなる存在。
だが、性格はとんでもないクズ、所謂ボンクラ息子だった。
「言い訳はいいんだよっ!こっちは払いたくもねえ、糞給料テメーらに
わざわざ払ってやってんだからなあ!その分もっと働けよ!……役に
立たねえクズ使用人共目が!!」
「……」
メイドさんもコックも……、屈辱に耐え、ドラ息子に只管頭を
下げるしかないのである。生きていく為には……。例えどんな
暴言を言われても……。
「はあ、糞親父もよう、何であんな糞マキナにヘコへコしてんだか、
そりゃウチの宿屋はマキナが資金提供してくれてるから、金も
貰ってるけどよう……、ははは!」
ドラ息子は言いたい放題言うと厨房を去る。自分達は何を言われても
いい、だが、主であるマキナの暴言を言われるのはコックもメイドさんも
……、それだけは本当に許す事が出来ず、心からの悲しみと怒りを
覚えるのだった……。
「ふんふ~ん、あれ、皆さん、どうなされたんですかあ~?随分
お顔が暗いですねえ~」
……厨房に入って来た、トランプのジョーカーの様なフードを被った
胡散臭い容姿の男……。数日前からこの宿屋に突然訪れ、働かせて
くれと言い、働いているのだが……。仕事をするフリをしているだけで、
実際は殆どサボっている。それでも、メイドさんやコックよりはボンクラ
息子にどういう訳か、あまり注意されていないのである。
「……」
「ムシですかあ~、虫の居所が悪いんですねえー!なーんちゃって!
こっちはもうすぐちょっとした嬉しい事が起こりそうでしてね、
もう堪りませんよ!はははは!」
この男も言いたい放題言い厨房を出て行った。一体何をしたかったのか……。
「じゃーん!見て見てー!どう!?似合う!?」
「おい……、何だその格好はよっ!!」
翌日。アイシャはメイドさん服を着ており皆にご披露。頭には猫耳
カチューシャのオプションが。
「どうですか?アイシャさんからご希望がありまして、私の、
昔着ていたお古をお譲りしたんです」
「はあ……」
「えへへー!」
メイドさんはそっとアイシャの肩に触れる。どうやら彼女がプレゼント
してくれた物らしいが。昨日、アイシャがメイドさんにこそっと頼んで
いたお願いはこれだったのである。
「私、まずはお手伝いさんの形から入って自分を磨こうと思うの!
最初は屋敷のお掃除からするわ!そして段々マキナさんと交流を
深めて行きたいと思ってるの!」
「あう……」
ジャミルは色々考えてクラクラする。もしかしたらアイシャは本当に
屋敷を破壊する気かも知れんと……。
「……だから何よっ!失礼ねっ!!」
「ほう、中々似合いますね!いやあー、私もいい歳ですが、是非
一度はご主人さまあ~、はにゃ~ん!……などと言われてみたい物です!」
「お、お恥ずかしながら私もです……、あせあせ……」
……コックは、はははと笑い、元執事は赤面……。おいおい、
この親父共マジかよ……、と、ジャミルは段々冷や汗が流れて来た……。
「そうですか?じゃあ、練習用、はにゃあ~ん♡」
「止めろっ!!この暴走アホ娘っ!!」
「……何よおーーっ!!」
(でもサ、あんた異様に興奮してんじゃん、隠したってアタシにはモロ
分りなんですケド!)
「じ~、しっかりおチンが尖ってるモン……」
「ガングロっ!やかましいっ!!モンもだっ!!……み、見んなっ!!」
「そうだよ、人間素直になりなよ……、全く、相変わらず素直じゃ
ないんだから……」
「ジャミルがスケベなのは隠せないんだからさあ~……」
「うるせーっ!この腹黒―っ!!ヘタレめーーっ!!」
「ふんだっ!ジャミルのバカっ!じゃあ、時間が押してるから
もう行かなきゃ!皆さんもお見送り本当に有り難うございます、
皆も有り難う、私、一生懸命頑張る!夕方又ね、じゃあね!」
「お気をつけてーっ!!お嬢様をどうか宜しくお願いします!!」
使用人達に見送られ、アルベルト達も元気に掛けだして行くアイシャに
手を振るのだった。
「さて、僕らの方も動かなくちゃね、早くマキナさんの婆やさんを
探さなくては……、ジャミル、聞いてる?……ジャミルーーっ!!」
「……は、はっ、き、聞いてるっての!!んだよっ!!」
「……」
弁明するジャミルにアルベルトは呆れる。やはりジャミルはさっきの
メイド服姿のアイシャに奮起してたな……、と。そして、それぞれの
行動に別れ、一日がスタートするのだった。
「よおーしっ、お屋敷までもうすぐね!マキナさんとお友達大作戦、
頑張るわよーっ!……あら?」
屋敷の門まで来た時に、丁度昨日のお爺さんを見掛ける。今日も
ボランティアで訪れてくれたのだろう。アイシャはお爺さんに声を掛けた。
「お早うございまーす!」
「おや……、確か昨日の……」
アイシャは今日、自分が屋敷に訪れた過程と目的をお爺さんに丁寧に話した。
「そうか、お嬢ちゃんが……、成程な、いや、儂も此処の処、正直
身体の調子が余り良くない日もあってな、確かに若い子に交代して
貰えると有り難いが……」
「はい、でも、今日一日だけ、限定ですけどね、でもその間に
何とかマキナさんと打ち解けてお友達になれたら嬉しいな……、
って、思うんです……」
「君は……」
お爺さんは昨日、この子達が屋敷に訪れた時、本気でマキナに怒って
いたのを思い出した。そしてこのお爺さんも感じていたのである。
明らかに本当に財産や物目当てでマキナに近づいて来たのでは
ない事に。……だが。
「しかし……、お嬢さんは手強いぞ、我儘も酷い、……それでも
耐えられるのかね?」
「大丈夫ですよっ!私、覚悟の上で来たんだもの!頑張ります!!」
ガッツポーズを取るアイシャに、お爺さんは、……この子なら
もしかしたら、本当に……と、希望を見いだす。
「そうか……、君なら本当に……、では、お任せしよう、だが、
くれぐれも無理はしない様にな、もし何かあったら直ぐに相談しに
来ておくれ、儂はこの近所に住んでいるからな……」
「有り難うございます、でも、折角頂いた時間、私、自分の力で
一生懸命頑張りたいの!弱音は吐かないわ!」
お爺さんは何処までも純粋で真っ直ぐなアイシャの姿に本当に
安心感を覚えた。疲れたらお食べと、自分の分のお昼のお弁当を渡し、
家へと帰って行った。アイシャもお爺さんの心遣いに感謝しながら、
今日一日精一杯頑張ろうと改めて誓い、気合いを入れた。
「よーしっ、まずはと……、うんっ!」
「……」
あれからマキナは応接間に鍵を掛け、ずっと引き籠もっていた。
応接間の奥に自分の部屋があり、一人ぼっちでベッドに横に
なったままずっと動かず状態で……。
???:マキナさーん、こんにちはー!!
「……だ、誰……!?あっ!!」
「えへへー!」
「あなた……」
マキナは目を見張る……。枕元に立っていたのは、昨日最後に屋敷を
訪れた変な3人組の内の一人の少女……。
「ちょっと!何しに来たのよ!それに応接間には鍵が掛かって
誰も入れない筈よ!?」
「細かい事はいいんですー!さ、朝ですよー、いいお天気ですからー!
お部屋のカーテン開けましょ!」
「ちょっとっ!いい加減に……」
「わあー!」
マキナは怒鳴るがアイシャは構わず部屋のカーテンを開ける。朝の日差しが
部屋中を照らし、一気に部屋の中が明るくなる。
「本当にいきなりごめんなさい、私、マキナさんと仲良くなりたくて、
お屋敷のお掃除も兼ねて今日一日だけお手伝いに来ました!宜しくね、
マキナさん!!」
「な、何なのよ……、て、言うか……、だからあなたどうやって
この部屋に入って来たの!?」
「えへ、内緒です!」
「……はあ?」
アイシャは口元に指を当て、ないしょ!の、ポーズを取る。
……どうやって部屋に入ったかは、……これである。キャプテン・
メダルから景品で貰った盗賊の鍵。これがあれば、ごく普通の
一般家庭の扉ぐらいなら軽々と明けられてしまう。
(……なんか泥棒さんみたいだけど、この際いいよね、えへ!)
「さーてと、まずはっと、マキナさん!」
「……な、何よ……」
アイシャは腰に手を当て笑顔でマキナに詰め寄る。その姿に
マキナは焦り出す……。あの天然のマキナが……。しかも
アイシャも天然ボケである。天然と天然のぶつかり合いが始まろうと
していた。果たしてアイシャはマキナの心を開き、友達になれるのか……。
zoku勇者 ドラクエⅨ編 26