燃える軍用列車


 ある時、俺と知人は賭けをした。
 一軒家が買えるほどの金額を賭けたのだが、俺いわく、

「人間とは本来、性悪で独善的で、あさましい存在である」。

 知人いわく、

「人間は性善的で、他者を思いやる高貴な存在である」。

 性悪であるか性善であるか、その証拠を明示したほうが勝ちとなるのだが、そもそも金目当てで始めたわけではない。
 坊ちゃん育ちのボンボンに痛い目を見せてやろうと思っただけのこと。
 数日後、大阪府警は一通の脅迫状を受け取った。

『大阪環状線の軍用列車に爆弾を仕掛けた。積荷が弾薬なのはもちろんだが、列車に少しでもブレーキがかかると爆発するよう装置を仕かけた。一切、手を触れぬよう警告する』

 あわを食った警察が調べてみると、その通りのことが起こっていた。
 前日深夜、何者かの手で列車が乗っ取られ、運転手は手足をしばられ、猿ぐつわをされて線路ぎわにほうり出されているのが発見されたのだ。
 運転手の話では、赤信号で停車したときに覆面男が突然乗り込んできて、手際よく装置を仕掛け、列車を再発車させて飛び降りていったそうだ。
 積まれている弾薬は相当な量であり、爆発すれば町の一つや二つ簡単に吹き飛ばしてしまう。
 電気で走る列車だから、スイッチを切らない限り、いつまでも走り続ける。
 しかも停車すると爆発する仕かけなのであれば、走らせ続けるしかない。
 だからポイントが操作され、軍用列車はぐるぐるとメリーゴーランドのように、大阪環状線をあてもなく周回することになったわけだ。
 だが、国民の多くはこの事件を面白がっていたというのが本当のところ。

「なんたって、おエラい政府や警察が手も足も出ないというのが痛快ですな」

「これで市民に金でも配った日には、昭和の義賊と呼びたいところですな」 

 これだけではない。
 ある新聞は、こんな懸賞広告を出した。

『事件が解決されるまでに、この列車は環状線を何周するでしょうか? 読者の予想をお寄せください。100周か150周か、はたまた200周か。見事的中した方の中から抽選で、12名様を温泉旅行にご招待!』

 これが評判になり、新聞社にハガキが殺到したのは言うまでもない。
 ちょうどこの頃、大阪府警のドアをたたいた男がいる。
 応対した警察官たちに、男は古田芳郎と書かれた名刺を差し出した。
 肩書きは某国立大学教授とあるが、もちろん俺の変装だ。
 古田芳郎という学者は確かに実在する。
 だが今はアメリカへ留学中で日本を留守にしていたが、警察はそんなことは夢にも知らない。
 例の軍用列車は、すでに数日間にわたって環状線をぐるぐると走り続けていた。
 何かの間違いでいつ爆発するかもしれないし、市民生活にも大きな影響が出ていたが、警察はまだ何の解決策も持たなかったのだ。

「古田先生、何か名案をお持ちですか?」

 警察官たちはにじり寄り、もったいぶった表情で俺は語り始めた。

「水の都と呼ばれるだけあって、大阪にはたくさんの大きな川がありますな」

「おっしゃる通りです」

「線路はそれらの川を長い鉄橋で渡っています。ならば軍用列車を、そういった鉄橋の中央で爆発させれば良いのではないですかな?」

「そんなことが可能でしょうか?」

「レールに細工をして、鉄橋の中央で脱線させればよろしい。爆発によって多少の被害は出ましょうが、場所は水上です。市街地とは比較にならない小被害ですむはずですよ」

 俺の口ぶりは自信に満ち、催眠術のような作用があったかもしれない。
 作戦はそれで決定したが、まだ問題が残る。
 どこの鉄橋で爆発させるのか、ということだ。
 候補地は二つあった。
 一つは神崎川。
 もう一つは東海道本線の淀川だ。
 鉄橋の構造、川幅などはどちらも似通っており、選択に苦慮することになった。
 実を言うと、いったんは神崎川に決まりかけた。
 ところが兵庫県が反対した。

「大阪のトラブルは、大阪で始末しろ」

 と兵庫県知事が抗議したのだ。
 神崎川は兵庫県内だから、一応の説得力がある反論だ。
 ところが、それでは困るやつもいる。

「東京と大阪、日本の2大都市を結ぶ東海道本線を、たとえ一日でも止めるわけにはいかない。兵庫は黙って犠牲になれ」

 と大阪府知事が述べた。
 後はもうムチャクチャだった。
 どちらの陣営も引き下がりはしない。
 走り続ける列車をそっちのけで喧嘩が続いたが、ラチが開かないと伝家の宝刀を抜いたのはどちらが先だったのか、それは分からない。
 兵庫も大阪も、ついに軍隊を動かしたのだ。
 兵庫軍は東に向かって歩を進め、待ち受ける大阪軍は、大阪駅に陣を置いた。
 なかなかの見モノではあった。
 目を血走らせ、何千もの日本兵同士が向かい合い、大砲を向け合っているのだ。
 どちらが先に発砲したのか、これもよく分からない。
 だがあっという間に戦闘になり、死者までは出なかったものの、それなりの負傷者があったのは事実だ。
 そしてこの時、一発の流れ弾が明後日の方向へと飛んでいった。
 敵陣めがけてではなく、なんと線路の方へ飛んだのだ。
 この砲弾は、線路上の架線を吹き飛ばした。
 列車へ電気を供給しているあの電線だ。
 当然ながら、例の列車への給電も断たれることになる。
 電気が来なくなったモーターは力を失い、力を失った機関車には、もはや列車をけん引する力はない。

「ああっ」

 そしてついに、市民が見守る中、列車はゆっくりと停止したのだ。
 その瞬間、両陣営のすべての兵がかがみ、あるいは地面に伏せた。
 だが何も起こらなかった。

「なぜだ? どうして爆発しないのだ?」

 そりゃそうさ。
 俺はそれらしい機械を運転台に仕掛けるふりをしただけで、起爆装置の『キ』の字も本当はありゃしないんだから。
 えっ? 
 賭けはどうなったのかって?
 もちろん俺が勝利した。
 大勝利さ。

燃える軍用列車

燃える軍用列車

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-12-10

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