不幸の小道


 あの日、俺はとてつもなく不幸だった。
 ひとけのない小道で、ニシキヘビと不意の見合いをするハメになったのだ。
 俺の通学路には、野原を横切るさびしい場所がある。
 あのニシキヘビは本当に大きかった。
 どこから逃げ出したのか、俺をのみ込むほどに大きく、もしかしたらアナコンダかもしれない。
 俺を見つめ、カマ首をもたげた。
 細長い舌をチョロチョロと出し入れする。
 俺は立ちすくんだ。
 草の影から突然現われ、距離は何メートルもない。
 蛇の舌の動きは、相手の匂いをかいでいるのだ、と弟から教えられたことを思い出した。
 つまり俺の匂いだ。さぞかしうまそうであろう。

「余計なことを教えおって」

 俺は弟を呪った。
 すなわち本日が、わが命日ということだ。
 ああ、はかなき人生。
 夏休みも目前であるというのに、はなはだ心残りである。
 あれもしたかった。これもしたかった。
 有名な虎屋の羊かんさえ、まだ一口も食べてはおらぬ。
 しかし天啓というものがある。晴天の稲妻のような突然のひらめきだ。
 それがこの時、俺を打ったのだ。
 弟に頼まれ、おもちゃ屋で、ついさっき買ったばかりのものがある。
 ヒモがついていて、ランドセルにつけてぶら下げる式のぬいぐるみだ。
 丸々と愛らしいモルモットの姿をしている。
 これならば蛇にとっても、食事前にふさわしいオードブルに見えるだろう。
 手の中で、俺はぬいぐるみを持ち替えた。

「OK蛇さん。アーンして…。口を大きく開けな」

 俺は運動音痴で、学校でもどこでも野球なんてやったことはない。だがそんなことは言っていられないのだ。
 そしてなんという幸運か、俺の手を離れたぬいぐるみは、放物線を描いてスポンと蛇の口に飛び込み、あっという間にのみ込まれたではないか。
 喉を通過し、もぐもぐと食道から胃へと消えたのだ。
 もちろんその隙に、俺は脱兎のごとく逃げ出した。ぼんやり立っている理由などない。
 茂みを抜け、階段を駆け下り、ついに事なきを得た。
 大きな道に出て、立っていられないほどの安心感を感じたのは、後にも先にもこの時だけだ。
 ぬいぐるみは失われたが、すぐに店へ取って返してもう一つ買い、弟に引き渡した。
 めでたし、めでたし。

(追伸)
 あのニシキヘビは動物園から逃げ出したもので、その後、無事に捕獲されたと新聞に出た。
 けが人も犠牲者もなし。
 しかし動物園に帰ってから、ニシキヘビはひどい消化不良をわずらっていることが判明し、逃げていた間に何を食ったのかと、飼育係の首をひねらせているとのこと。

不幸の小道

不幸の小道

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-12-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted