『LUMIÈRE / PRIÈRE』展

誤字の訂正及び内容の一部を加筆修正しました(2024年12月10日現在)。



 現象を写す、とはどういうことを言うのだろう。
 理屈っぽく考えれば、この世にあるもの全てが物理法則に基づいて生じている現象といえる。けれど被写体となった具体的な存在を人が「現象」という広い言葉で認識することは先ずない。概念や固有名、あるいは形状や機能といった特徴を把握し、より詳しい世界を構築するための情報として処理していくのが普通だろう。
 他方で、プロ又はアマを問わず写真を嗜む人々が光の作用といった撮影行為を成立させる物理法則に狙いを定め、その移り行く様を作品として記録しても、それが現象の真実に直結するとは限らない。いや、確かにそれは現象の有り様を写し取ったものではある。しかしながらそれらの記録物はどうにも技術的に過ぎると筆者には思える。勿論、写真撮影は技術あってこそのものであるし、ときに文学的又は哲学的なテーマをも内包する作品表現の良し悪しなどは批評家に任せるべき事案ともいえるのだから、テーマに掲げる「現象」を現実の要素に因数分解するのは写真家として当然の身振り。仕上がったその一枚に認められる技術の巧拙、あるいは抽象的な作品表現としてのコンセプトに関心を寄せ、そこに写し取られたものの実態は積極的に探らない。当然といえば当然の話なのだ。
 いや、しかしだからこそ、目の前の一枚から技術的項目を洗いざらい語り尽くしても尚、そこに写し取られた光景に覚える現実の不在、あるいはその前後にあったはずの時間感覚をラディカルに問われる結果、現象としての総てがそこにあると確信できる瀧本幹也(敬称略)の作品表現に筆者は心惹かれる。
 映像作家としても活動する瀧本幹也の仕事を目にしたことがある人は多いと思う。例えばサントリー天然水のCM。俳優である柄本佑(敬称略)が子供を乗せた自転車を一所懸命に漕ぐという様子から流れる出る汗と、喉を潤す水の美味しさを映し出す映像は身体的な共感を引き起こしつつ、自然の中で繰り返される循環システムの有り難さを指摘する優れた広告となっている。
 現在、代官山ヒルサイドフォーラムで開催中の個展、『LUMIÈRE / PRIÈRE』でも「PRIÈRE」と題された映像作品を鑑賞できるが、事象に向ける眼差しがやはり違う。雨が降り落ちる水面という題材ひとつとっても、そこに生まれる波紋の美しさ以上に「水に還る」という事実が重みをもって伝わるし、生い茂る木々の様子も、時季の変化という大きな時間軸の中で丁寧に残されていく。
 コロナ禍において瓦解した日常的な枠組み、それをもう一度大きく編み出す契機となった宇宙観がミクロな視界に圧縮された「PRIÈRE」はその言葉どおりに世界に向けた祈りであり、カメラを手にした写真家の個人性を敷衍した表現でもある。その到達ぶりを普遍と評するには正直に躊躇いを覚えるが、けれど美しさを追うとか、感動を切り取るとかそういう思考とは無縁の意志が大袈裟な感情を避けていく姿勢には大いに影響を受ける。同じ志向性をもって記録されていく京都の古寺の様子にも、信仰の営みとして場に育まれた時間が流れていた。
 その連なりとして体感する『雪の底図 天井枯山水』は地下に設けられた真っ白な空間を利用するインスタレーションで、「SNOW MOUNTAIN」という俯瞰風景で撮影されているにも関わらずその山肌の詳細な情報に意識を取られるシリーズ作品が天井に展示されるユニークなものであったが、それらをソファーにもたれて鑑賞していると世界のスケールが拡大されたまま縮小されていくような奇妙さに襲われて非常に興味深かった。主観的な感想になって申し訳ないが、そこで生まれる変容は脳内で行われる認識作用をも肉体的に叩き上げる側面があったように思う。不勉強な筆者が現象学を語れる訳もないが、かの哲学者たちが語ろうとしたことはこういうことだったのでは?という直観が展示会場を後にしても収まらなかった。
 現象を写す。いま一度、ここで再び口にした時の響きに覚えるものを創造的に読み解き、主観的な形にする。そこから始まる客観にこそわれわれは口を閉じ、感じ取るものを多くしなければならない。そのための視座。怠らない移動。終わらない旅をこそ、文学的に又は芸術然とした物事として揶揄されることのないリアルとして続けていかなければいけない。だって私たちは、これからもずっと「そう」なのだから。




 瀧本幹也の『LUMIÈRE / PRIÈRE』の会期は今月の15日まで。期間は短いが、開催場所となっている代官山ヒルサイドフォーラムは最終日を除いて午後20時まで入場可能となっている。とてもいい展示なので、平日でも時間を見つけて来場するのをお勧めしたい。

『LUMIÈRE / PRIÈRE』展

『LUMIÈRE / PRIÈRE』展

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-12-09

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