山桜


 ある村に子供がいて、名を作蔵といった。
 ある日、この作蔵が女物のサイフを手にしていることに、小学校の教師は気がついた。
 いかにも娘々したデザインで、淡いピンク色に銀メッキの金具。風に吹かれる白い花のイラストが描かれている。
 これを持って作蔵が、学校帰りに食料品店で買い食いをしているのに出会ったのだ。
「作蔵、お前そのサイフをどこで手に入れた?」
 作蔵はふりかえり、面倒くさそうに教師を見上げたが、
「これはオラのだよ、先生」
「どうしてお前が女物のサイフを持ってるんだ?」
「このサイフも中身も、全部オラのだよ」
 作蔵は声も態度も頑固だが、実は教師にはある予感があった。
 村のある家で、雪子という娘が数日前から行方不明になっていた。
 雪子は高校生で、隣町の高校へ通っていた。それが昨日、夕方になっても帰宅しなかったのだ。
「まさか自殺まではしないと思うが」
 前日に進路のことで家庭内でいさかいがあり、それが理由なのではと両親は心配していた。
「なあ作蔵、そのサイフはどこで手に入れた? 正直に話してみんか?」と教師は続けた。
「オラの木のところで見つけたんだから、オラのサイフだよ」
「お前の木?」
 不承不承、作蔵は説明を始めた。
 作蔵の家の裏山には、忘れることのできない木があった。
 山桜なのだが、春になると美しい花を咲かせた。
 祖父は山歩きを好む人物で、よく作蔵をつれ、険しい山道なども散歩したものだ。
 花の季節には、
「おじいちゃん、あの山桜を見に行こう」
 と作蔵から誘うことまであった。
「そんなに好きなのなら、この木はお前にやろう」
 まだ元気だった頃の祖父が、そう言ったこともある。
「だから先生、オラの木の根元にあったのだから、これはオラのサイフだよ。違うかい?」
「わかったわかった。じゃあその木のところまで連れて行ってくれ」
「そんなのウソでしょう。場所を教えたら、サイフだけじゃなく、他のものも全部取り上げるつもりじゃろう?」
「何も取りはせん。全部お前の物でいいから、ちょっとだけ連れて行ってくれ」
 なだめたり、すかしたり、やっと作蔵が同意したのは30分後のことだ。
 作蔵が教師を連れて行った先は、もちろん山桜のところだった。
 遠目にはただの樹木にしか見えないが、近づくにつれて教師は奇妙な気分になり、何度か足が止まった。
 あと数メートルの距離まで来たところで、すべての意味を悟った。
 桜の木そのものには、何の変化もなかった。ただ、1本の縄が枝からぶら下がっている。
 その縄を指さし、作蔵が宣言したのは、このときのことだ。
「ほら先生、そのサイフはオラのものだと分かったろう? これはオラの木だ。オラの木に実ったのだから、みんなオラの持ち物ではないか」

山桜

山桜

タイトルの短い作品はヤバい。警告しましたよ。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-12-08

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