最後の予言者たちは沈黙する
語り過ぎて声を()らしたのだ
その声はもう聞こえない
川のように流れていたのに

(マルク・シャガール『ポエム』)



世界各地で〈渦〉が発生しています、と
気象予報士が言う
気象予報士は
悪い冗談は()してくれ、と言わんばかりの
深刻そうな表情をしていた
これは深刻な事態なのだろうか
気象に疎い私には判らなかった
私は手元のスマートフォンで〈渦〉と検索してみた
検索結果は一件も表示されなかった
昨日ならヒットしたのだろうか
何らかの機関によって情報統制されているのだろうか
何のために?
何かを知られて困る者がいるのだろうか?
何を?誰が?
…………
私は外に出てみた
しかし、〈渦〉など一つも見当たらなかった
陸上なら台風
洋上なら渦潮を指すのだろうが
それらしきものも気配も何もなかった
目に見えない台風や渦潮など聞いたことがない
しかし、思い起こすと気象予報士は
台風とも渦潮とも言っていなかった
ただ、〈渦〉とだけ言っていた
それは物理的なものなのか
それとも精神的なものなのか
どちらともなのか、どちらでもないのか
しかし、精神状態を予報する人間がいるだろうか?
〈渦〉という精神状態とは、どういうことなのか?
てんで見当もつかない
翌朝、昨日と同じニュース番組を見ていると
昨日とは違う気象予報士が現れ
昨日の気象予報士○○さんは行方不明です、と告げた
〈渦〉は〈第二段階〉に移行しました、と気象予報士が言う
しかし〈第一段階〉がどのようなものだったのか
〈第二段階〉の詳細な予報は為されなかった
ただ、〈第二段階〉とだけ言っていた
いくつまで〈段階〉が有るのだろうか?
昨日の予報士はどこへ消えたのだろうか?
てんで見当もつかない
また翌朝、また同じニュース番組を見ていると
昨日とは違う気象予報士が現れ
昨日の気象予報士△△さんは行方不明です、と告げた
この瞬間合点がいった
おそらく、〈渦〉について予報しようとすると
何者かの手で消されてしまうのだ
予言によって真実を言い当てられてしまうことを恐れた何者かの手によって消されてしまったのだ
この調子だと、この世界から気象予報士は一人もいなくなってしまうのではなかろうか…
そんなことはなかった
別のニュース番組をかけてみると、天気予報で〈渦〉への言及は一つとしてなかった
私が続けて見ている番組だけが言及を止めなかった
謎の現象〈渦〉への言及を
そもそも私が見ているこれは本当にニュース番組なのだろうか?
一人目の予報士がした顔のように、悪い冗談なのではないのか?
この番組や、この番組に現れる予報士という存在自体が…
何が起きているんだ?何か有力な情報はないのか…
何が起きているかもわからず、ニュース番組を見続け、それから一ヶ月が経った
32人目の予報士が告げる
〈渦〉は〈最終段階〉に突入しました、と
世界各地に在る〈渦〉は全て合わさり、一つになりました
もはや我々に為す術はありません
いや、最初から為す術などなかったのですが…
ここでテレビの画面が暗転した
画面中央に一つ、〈渦〉を模したイラストが表示された
機械音声が流れる
間もなく全ては〈渦〉そのものになります
各々、心の準備をしておいてください
全ては〈渦〉そのものになる?
〈渦〉は全て合わさって一つになった?
我々に為す術はない?
これが〈最終段階〉?
どういうことなんだ!?
誰か最初から説明してくれ!!
俺が死ぬのが先なのか?
世界が滅ぶのが先なのか?(そもそも、世界が滅ぶことなど有り得るのだろうか?)
世界が滅んでもなお、生きていかなければならないのだろうか……
テレビ画面に赤文字が流れる
『教えを乞うことは欺瞞の正当化だ。
自らが教えることもまた。
我々が教わることなど何もない。
我々は白痴でいなければならない。
生が開いてから、閉じるまで。』
私は外に出た
しかし、〈渦〉など一つも見当たらなかった
それどころか、外に出ている人間が私以外に一人もいなかった……
家でニュース番組を見ているのだろうか?
全人類?そんなはずはない……
それとも皆、消されてしまったのだろうか……
教えを乞うことが欺瞞の正当化とはどういうことだ?
この世に真実は無い
真実に意味は無いということなのか……
誰かいないのか?誰か教えてくれ……
私は家に戻った
消された予報士たちのことを思った……
私はテレビ画面に呟いた
予報は間違っていた
〈渦〉は近づいてくるのではない
最初から在ったのだ、と。
ああ、〈手〉の気配がする
ということは、私も……

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-12-05

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