還暦夫婦のバイクライフ 40

奥祖谷のつり橋にジニーは恐怖し、リンは歓喜する

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を越えた夫婦である。
 11月3日に東平に行った二人は、翌4日にリンの一声で奥祖谷に行くこととなった。どうやら高いつり橋があるらしい。そこで朝からジニーはご飯を作ったり洗濯物を干したりしていたが、リンが起きてこない。昨日東平から一気に走って帰ったのが堪えたのか、あるいはさんざん山中を散策したのが効いたのかのかもしれない。ジニーが時計を気にしていると、リンが起きてきた。
「ごめ~ん、すっかり寝てた」
「ええよ~」
寝不足で道中呪文を聞かされるよりはよっぽど良いと、ジニーはつぶやいた。
「何か言った?」
「いや?何にも。リンさん行くよね?」
「行くんでしょ?」
「ああ・・・行くよ」
二人は身支度を始めた。
 すべての準備が整って、10時丁度家を出発した。いつものスタンドにより、給油する。それからはなみずき通りを南下して、松山I.C導入路から高速道に乗り入れた。
「ジニー入野?」
「そう」
少し早いペースで走り、風切り音でインカムが使えないまま1時間ほど走り、入野P.Aに到着する。駐輪場に停めて、ヘルメットを脱ぐ。二人は何するでもなくコンビニに入り、うろうろする。
「ジニー何か食べる。腹へった」
「朝ごはんは?」
「食べてない。コーヒーだけ飲んだ」
「マジか。おむすび?パン?」
「ん~、今食べたいのは、そうねえ」
リンは店内を見回す。
「あれだ!」
リンは蒸し器に入ったまんじゅうに目を付けた。早速レジに並ぶ。
「肉まん一つと・・」
「ごまあんまん一つ」
最近あんこにはまっているリンは、あんまんを注文する。冷たいほうじ茶も合わせて購入して店を出る。いつものベンチに向かい、腰を下ろす。
「いただきま~す」
リンがあんまんに喰いつく。
「ん~うまい。あつっ!!」
あんこで口の中をやけどしそうになりながら、おいしそうに食べる。
「ジニーお茶頂戴。少し焼いたみたい」
リンは冷たいほうじ茶を飲んで、口内を冷やす。それを横目に、ジニーは肉まんを食べる。
「僕はやっぱりこれが良いや」
ジニーは付属のだしをかけながら、あっという間に平らげた。
 入野で30分ほど休憩して、11時30分出発した。
「リンさん、このまま池田I.Cまで走りますよ」
「わかった~」
松山自動車道から川之江JCT経由で徳島道に乗り換える。
「ジニー、池田I.Cって、思ったより遠いねえ」
「うん。四国中央から一般道走ってたら、まあまあ時間かかるな」
やがて到着した池田I.Cで高速を降り、R32を高知方面に向かう。
「ジニーお昼どこかで食べよう」
「そうだな。ちょうどお昼だし、この辺食べる所あったかなあ」
「そう言えば誰かのツーリング動画で見たんだけど、この先に良さげなところがあったような」
「ふ~ん。何て所?」
「覚えてないや。大衆食堂って感じの所。いろんなメニューがあって、しかも安いというのは記憶にあるけど」
「肝心のお店の名前が分からんのじゃねえ」
「場所は憶えとるよ。確かこの先にあるはず」
ジニーはリンの言葉を受けて、ペースを落とす。探しながら進んでゆくと、それらしい所を見つけた。
「リンさんここじゃね?」
「あ!ここ!」
ジニーは行き過ぎかけて、バイクを道端に寄せて止めた。店の前に広いスペースがあり、そこにバイクを置く。ヘルメットを脱いで店内に入る。中は広く、何組かの人達が食事をしていた。厨房には壮年の御夫婦が料理を作っていて、フロアは威勢のいいお兄さんが仕切っている。
「いらっしゃい。どうぞお好きな席に」
ジニーとリンは、吉野川の渓谷が一望できるカウンター席に座った。
「リンさん、何にする?」
「う~ん、意外とあんまんが効いてるのよね」
「あんまんって、あ~まだ1時間経ってないのか」
「そうなんよ。ん~何にしょっかな」
悩んだ挙句、リンはいなりと祖谷そばに決めた。ジニーは天そば定食を注文する。お兄さんが注文を厨房に通しているとき、いきなりバツンと音が響いた。
「あーブレーカーが落ちたー」
お兄さんはバタバタと動き始める。照明はついているが、厨房周りが停電している。レジも使えなくなっているようだ。
「だめだ!今日は店じまいだ。準備中の札出すぞ」
お兄さんが店主に言っている。威勢がいいので丸聞こえだ。
「大丈夫かな?」
「どうだろう」
ジニーは店内の様子をうかがう。厨房からは出来上がった料理がカウンターに並べられていく。お兄さんはそれを順番に運んでゆく。ジニーの注文した料理もやってきた。
「リンさん、そばより早く天そば定食が来た。もしかしたらリンさんの注文が飛んでるかもよ」
「そんな気がする」
ブレーカーは相変わらず入ったり切れたりしている。お兄さん達は浮足だった感じで仕事をしている。ジニーが定食を食べ終わる頃、お兄さんが注文を飛ばしているのに気付いたようだ。
「このいなりは?」
カウンターに出ているいなりを見て、首をかしげている。ジニーが横目で見ていると、オーダー表をチェックしているおやじさんが、あ!と小さく声を出した。それからものの3分ほどで、リンさんの前にそばといなりがやって来た。
「すみません、遅くなりました」
お兄さんが頭を下げる。
「いえいえ、かまいませんよ」
ジニーが答えた。リンもあんまんの効力がなくなって程よく空腹になったようで、そばをうまそうに手繰る。
 充分休憩をして、12時50分お店を出た。
「ジニー見た目より広いし、お手頃だし、バイク屋さんツーでも行けるんじゃない?」
「充分行けると思う。今度来る事があったら、うな重1,450円にチャレンジしてみよう」
「1,450円、気になるよねえ。次はそれでよろしく」
停電でバタバタしたが、二人にはリピートするお店のようだ。
 R32を南下してゆくと、かずら橋の案内板があった。それに従って左折して橋を渡る。山を一つ越えて谷へと下ってゆき、道の駅にしいやを右手に見ながら通過し、かずら橋方面へ進む。道なりに走ってゆくと、左が狭い道、右が広い道のY字路に出た。ジニーは迷わず広い道を走ってゆく。
「ジニーそっちじゃないって!」
「え?そうだっけ?」
「こっちはかずら橋の駐車場よ。全く!前来た時も間違えたのに」
「あ~そうだな。でも確かこのまま走っていったら、元の道に合流しなかったか?」
「そうだっけ?」
二人は広い駐車場を抜け、狭くなった道をゆっくりと進む。かずら橋を渡った人達が大勢歩いているのだ。少し行くと、かずら橋と並行に架かった普通の橋があった。そこを渡り、上り坂を走り、元の道に合流する。
「リンさん戻った」
「全く!見るつもりもなかったかずら橋見ちゃったじゃない!」
「ああ」
リンはなぜか、かずら橋に八つ当たりした。ジニーは気を取り直して、どんどん先に進む。しばらく走ると、竜宮崖公園の案内があった。わき道に入り、旧道と思われる狭い道を少し行くと、公園入口のつり橋があった。広くなった所にバイクを止める。
「リンさん着いた。何時?」
「13時40分」
二人はヘルメットを脱いでバイクに固定して、橋に向かう。
「結構しっかりした橋ね。真ん中にセメントボードが敷いてあるわ」
そう言いながらリンは早速橋を渡り始める。高い所が嫌いなジニーが、へっぴり腰で付いてゆく。
「リンさん、これは高い。真ん中にボードが無くてグルーチングだけだったら、一歩たりとも前に行けないや。足が震えるし、膝裏がすかすかする。何メートルあるんだ?」
「え~っとね・・・・・。川面から70mだって」
「・・・聞くんじゃなかった」
ジニーは膝を震わせながら前へ進む。絶叫マシン大好きなリンは、目を輝かせてグルーチングの上に乗り、身を乗り出して写真を撮っている。それから自撮り棒を取り出し、スマホを固定してジニーと二人で記念写真を撮った。
「りんさん、それを橋の外に出したらいかんよ。そいつ、この前からグリップが甘くてスマホ落っことしているから」
「そうね、ここから落としたら、回収不能だわ」
リンは再度ホルダのグリップを確認する。
 橋を渡り切って、公園に向かう。山の斜面にコテージが何軒か建っていて、炊事場やトイレ、バーベキュー場とかが整備されている。
「ずいぶんお金かかってそうだな。利用者居るのかな?」
「いるんじゃない?このコテージなんて、新築だよ」
リンは真新しいコテージを、下から見上げる。
「キャンプブームはまだ続いてそうだし、こういう施設も人気なんじゃない?」
「そうか」
「さて、戻るよ」
二人は再びつり橋を渡る。対岸に戻って改めて公園を見ると、コテージ群の裏山は、断崖絶壁だった。
「うわあ。崖の下の斜面にあるのか。良く作れたなあ」
ジニーが感心している。
「さてジニー。満足したから帰るよ」
「オッケー」
14時20分、二人は竜宮崖公園を出発した。県道32号を戻る。かずら橋を通過し、途中フォレストアドベンチャー祖谷に立ち寄る。お土産を物色するつもりだったが、思うようなものが無かった。
「リンさん。久しぶりに見るけど、ここのジップラインはやっぱりすごいな。しかも往復で2,500円は安いと思う」
「そうだね。何年か前に初めてやった時には高いと思ったけど、ほかのジップラインに比べてもこの規模で2,500円は安いねえ」
「うん。ところで今気づいたんだけど、ここの駐車場有料っぽい」
「え?そうなん?いつからだろう」
「さあ?」
ジニーは首をかしげる。
「申し訳なさそうに料金箱があるな。有料ならもっとしっかり有料アピールすればいいのに」
そう言ってジニーはコインを投入する。
「ジニーどっち向いて帰る?」
「ん~、R32を南下して、大豊I.Cから高知道に乗って帰る」
「池田じゃなくて?」
「うん」
「じゃあ、行きますか」
二人は祖谷を離脱して一つ峠を越える。吉野川を渡り、突き当りのR32を左折し、大豊方面に向かう。高知に向かって走る呑気さんの集団の後ろに付けて、のんびりと走る。
「ん~眠い」
リンがつぶやく。
「リンさん、高速乗ったら馬立P.Aで休憩しよう。お土産も買いたいし」
「わかった~」
R32をだらだらと走り、やっとR439への分岐までやって来た。呑気さんの車列と別れて信号を右折し、トンネルを潜る。トンネルを出るとすぐに大豊I.Cがある。左折して導入路に入り、高速に乗り込む。
「高知道は、結構ペース早いよねえ」
「そうだな。おかげで眠気もどこかに行ったみたいだ」
順調に流れる車列と一体になり。高知道を北上してゆく。しばらく走ると、馬立P.Aが見えてきた。導入路に侵入してP.Aに入り、駐輪場にバイクを止めた。
「めずらしいな。バイクが1台も居ないや」
「本当だねえ。少し寒くなったから?」
「いや、今日は暖かいけど」
「まあ、そんな日もあるんじゃない?」
「結構バイク走ってたけどなあ」
ジニーはそう言いながらトイレに向かう。リンは売店に向かった。店内を見て回っていたら、ジニーが戻って来た。
「入野でトイレ行ってからずっと行ってなかった。冷や汗が出たよ」
「アホやねえ。どこでも行けたでしょう?」
リンがジニーを冷ややかな目で見る。
 馬立P.Aには、二人が見たこと無いお土産があった。これもこれもで6点ほど取って、レジを通す。ついでにコーヒーも買って、テーブル席に座って一息ついた。
「ここはいつも人が多いなあ」
「お土産も充実してるし、丁度休憩したくなる位置にあるからねえ」
「そう言えば、改装前にあった水琴窟が無くなったな」
「機能性重視のP.Aに変えたんじゃない?」
「なるほどねえ」
ジニーは納得したようなしていないような反応だ。
「さてリンさん、16時40分だ。暗くなる前に動くよ」
「うん」
二人はバイクに戻り、準備を整えて出発した。少し早いペースで高知道を北上し、JCTで徳島道と合流して、さらに松山道に乗り換える。そのまま松山方面に走ってゆき、松山I.Cで降りる。市内を抜けて家に到着したのは18時前だった。
「おつかれ~」
「お疲れ様でした」
バイクを順番に車庫に片付け、荷物を持って家に入る。
「ただいま~」
バッグを置いてウェアを脱ぐ。ジニーはバッグからお土産を取り出した。
「え~と、まずは高知定番の土佐日記だな。それからこれも外せない塩ケンピ。あと、これはなんだ?」
「あ、それ私が選んだ奴。高知あんバタ焼き。おいしそうだなって」
「それと、これは初めて見るな。田野屋塩次郎シューラスクと、アーモンドサブレ。早速食べてみよう」
ジニーは田野屋塩次郎アーモンドサブレの封を切って一つ取り出す。
「・・・うま!これ、旨い!」
「本当。これはおいしい。どこにあるの?」
「えーとね。田野町」
「どこ?」
「ん~とね」
ジニーがグーグルで検索する。
「奈半利の手前」
「あ~。・・・知らない」
「知らんなあ。でもおいしいなあ」
「高知に行ったら外せないお土産になりそうね」
「土佐日記の次にね」
そう言ってジニーはもう一つ取り、口に放り込んだ。

還暦夫婦のバイクライフ 40

還暦夫婦のバイクライフ 40

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-12-04

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