ショート*ショート

字数はばらばら、愛のジャンル、設定、ばらばらです。
1人で1000文字以内に押し込んだりして遊んでます。
読みやすいように台詞の間空いてます。
続けて読むより、キャプチャークリックした方が読みやすいかもしれません。

井本さんの喉仏

 谷本信弥(たにもとしんや)の、口から顎に落ちて喉仏に伝っていく水滴をじっと見つめていた。

 余程喉が渇いていたのだろう、彼は私の視線に気付く事もなく、すごい勢いで清涼飲料水を飲み干している。私はソレをこれ幸いと、何度も動く喉仏を観察する。今まで見てきた誰のどの喉仏より素敵で卑猥で私好みだ。
まるで思春期の学生のように、目に焼き付けようと必死になる。

 今や私は谷本信弥の、何より喉仏を愛していた。

 彼とは大学のサークルが同じというだけで、艶めいた関係ではない。いわゆるタダのサークル仲間でオトモダチだ。映画研究部なんて名前だけ。個々で観たい映画を持ち寄り、あらかじめ予定を合わせて一緒に観る人もいれば、偶々いた部員を捕まえて無理矢理一緒に観る人など。ジャンルも人種も様々だ。

 そして今日私は、以前から気になっていたホラー映画を持って部室に来ていた。1人で観るのは恐いけど、きっと誰かがいるだろうと思ったのだ。その誰かを誘えばいい、と。

 まさかその誰かが、素晴らしい喉仏をお持ちの谷本信弥だなんて、誰が想像出来た事だろう!

「ごめん井本さん、それ早く観よう?」
「…」
「井本さん?」
「えっあっ」

 ぼーっと喉仏を見ていた私の視界には、いつの間にか彼の指が何度も左右に揺れていた。しまった、見過ぎていた。
謝りながらDVDデッキにディスクを入れて再生ボタンを押す。
 大きいスクリーンに映し出されていく画面を眺めながら、彼の隣にそうっと腰掛ける。

 彼は私を気にしているだろうか、普段私達に関わりは無い。私がただ一方的に谷本信弥の喉仏を愛しているというだけだ。

 自分の体重が沈んでいくのを感じながら、彼の裾をちょっとだけ掴む。彼は驚いて私を見て、私も自分自身の無意識の行動にちょっと、すごく驚いてしまった。

「わ、な、に?」
「あ、その、恐いから、掴んでてもい?」

 誤魔化すのに必死で、彼の顔を見れない。思わず掴んでいる指に力を込めれば、彼はその指を慣れない手つきで剥がして、そのまま私の手を握ってくれた。

 あまりの事に再度驚いて彼の顔を見ると、彼は顔を真っ赤にして画面を真っ直ぐ見ていた。

「こっちじゃ、駄目かな」
「…ううん、ありがと」

 私もつられて顔を真っ赤にさせながら、彼の手を握り返した。彼から伝わってくる体温と鼓動は、私とよく似ていて。

 その事実に、頭がおかしくなりそうだ。
 

 谷本信弥の喉仏より、そっちを気にしている事に気付くまで映画1本分かかった。



:)

お風呂の中で私は、じゅんさんの髪をすく。


 ジャー。
 トプトポ...ドボドボボボ。

「………ね、どうしたの?」

 ドボドボドボ。

「…ねぇ、」

 トプトプ、ドボ、ドボドボボ。

 私は聞く事を止めた。是以上口を開いても無駄な事だと、身を以て思い知ったからだ。目の前で無言でお風呂にお湯を溜めているじゅんさんは、私を見向きもしない。

 何故私は、帰宅して早々お風呂に入れられようとしているのか。じゅんさんは何故一心腐乱にお風呂に湯を張っているのか。
 全く分からない。意味不明だ。
 しかも彼は、私の服を、私の抵抗を無視し脱がしてしまい、じゅんさんもまた何も身に着けていない状態だ。そんな丸裸の侭湯船に無理矢理詰め込まれ。

 今に至る。
 少しずつお湯が足元を埋めていく。じゅんさんは、体育座りをしている私の目の前に座る。私の足を挟むように座るので、とても目のやり場に困る。ずっと自分の爪先を見ていたが、ふ、と、じゅんさんを見る。相変わらず、じゅんさんは何も言わない。何も言わないで、私の瞳をじっと観察するように見ている。
 私も何も言わない。何かを言っても無駄だという事を、さっき嫌という程痛感しているからだ。
 暫く無言の侭でいると、じゅんさんがいきなりお湯を掛けてくる。あまりにいきなりの出来事で、思わず情けない声と肩が上がった。

「な、に」

 しまった。さっきあれ程思い知った筈なのに。つい口が開いてしまった。無意識の自分の行動に苦々しく思いながら、じゅんさんを睨みつけるように見上げ、ようとした。が、逆に両頬を押さえられて無理矢理顔を上げられる。勿論ここには私以外じゅんさんしか居らず、犯人はじゅんさんなんだが。だが、なの、だが。
 強い瞳でじゅんさんは私を射抜いた後、そっと、羽のように軽く私の唇に触れた。何度も何度も唇を重ねて、私の足の間に無理矢理足を割り込ませてくる。

「…っ!…ちょ、じゅ」
「どうかしてる。」

 帰宅して初めて聞いた言葉が
 どうかしてる
 なに、何がどうなって何だって?
 思わずじゅんさんを見て呆けてしまった。何もアクションが取れずにいると、じゅんさんが口を開く。

「すごくキスしたかった。すごくお前に触りたかった。…すげ、ヤバい」

 じゅんさんは疲れ切った様子で私の体を引き寄せると、ぎゅっと抱き締める。そっと、じゅんさんの背中に腕を回して、随分溜まってきているお湯を背中に掛けてあげる。背中だけでなく、髪の毛も、全てに。

 私は何も言わない。
 言えなかった。私を抱き締める腕が、いつものじゅんさんじゃないようで。何も、言えなかった。
 じゅんさんは何も言わない侭、私の体を抱き締める。お湯はとうとう胸の辺りまで浸かった。慌ててコックを捻る。キュッキュっと、音が決してお世辞にも広いと言えない浴室に広がる。
 チャプン、と音を鳴らしながらじゅんさんは私の体をゆっくりと離す。私の両頬に手を添える事は忘れずに。そうして少し間を置いた後、また唇を重ねる。頬についた髪の毛を指先で払われ、じゅんさんの両手は私の耳を塞ぐように移動していた。はっ、と軽く息を漏らし、唇を離すとじゅんさんの強い瞳に見つめられる。私はじゅんさんの瞳を見つめながら、同じ様にじゅんさんの両頬に手を回して、耳に髪を掛ける様に手を動かす。
 目を少し、反らす。じゅんさんの瞳は、すごく魅力的すぎて。すごく強すぎて。すごくヤバい。
 
 好き、という気持ちは唐突にやってきて、それはじゅんさんと私を襲うのだ。



:)

やめてよ、もう


 もう、私に構うのは止めて。

 はっきりと、私は龍太郎に言ってやった。ここ最近ずっと龍太郎は私の背中を追い掛けてきた。ちいちゃん、ちいちゃんと、ひょろひょろもやしの龍太郎は私の周りを付き纏っていた。登下校は勿論(家は比較的近かったが、いつも場所が決まっていた)、学校の中でも隙を見ては私に話しかけてた。鬱陶しい、という顔をしても態度に表わしても、龍太郎はへらへらと笑って、相変わらず私に纏わりついていた。

 そんな龍太郎に、とうとう私は言ってやった。
 放課後。夕暮時。委員会が長引いたせいで、帰りが遅くなってしまった。慌てて教室に荷物を取りに行くと、龍太郎が一人で佇んでいた。夕陽が龍太郎を真っ赤に染めている。一瞬、その光景に足が、息が止まる。そんな中、龍太郎はいつものしまらない顔でちいちゃん、と私の名前を呼ぶ。カッ、と胸が熱くなる。全身の血が、まるで沸騰したかのようにドクドクと唸っている。今が夕暮時で本当に良かった。自分の顔が熱くなっていることが、良く分かる。

 どうしよう。どうしよう。こんな、こんな事、何、何、なに。どうしよう。

「ちいちゃん…?」
 やめて、やめてよ。是以上!
「もう、私に構うのは止めて。」

 つるり、と口から零れ落ちた。言った瞬間にもっと顔が熱くなった。龍太郎の顔が見れなかった。どうしよう。どうすればいいのか、分からない。

 どれくらい時間が経ったのか。静かな教室に、時計の音が大きく響く。龍太郎は何も言わない。何も言わずに私の前で立ちすくんでいる。顔が見れなくて、龍太郎の足ばかりを見ていたが、あまりに反応がないものだから、勇気をふり絞って少しずつ顔を上に上げていく。膝、腰、胸と順々に。
 あまりの出来事に、私の心臓は壊れかけのオモチャのように狂ってきている。震えそうになりながら、ゆっくりと龍太郎の顔を見る。
 ああどうしよう。
 龍太郎の顔は思っていたより酷く歪んでいて、私は一息吐く時間も、龍太郎の顔を長く見る時間もないまま、柔らかく同時に固い物に強く押さえつけられる。それが龍太郎の胸板だということに気付いたのは、それが微弱ながらに震えていたから。
 龍太郎の震えが、私をも震えさせる。どうするも出来ない自分の手を、ぎゅっと握りしめた。

「…りゅ、たろ…」
「……………んで、」

 ん?んで?

「何でちいちゃんはそんなこと言うんだ!なに、何でちいちゃんは…っ俺の事が好きじゃないの?好きな癖に!ねぇちいちゃんっ…千莉!」
「っばか!」

 泣きそうな(実際泣いているかもしれない)声で、私に龍太郎は想いを投げ付けてくる。それに思わず叫ぶように発してしまった言葉。龍太郎は私を抱き締めている腕を離してくれようもない。むしろさっきよりも強くなっているような気がする。私は握りしめた拳を開き、後ろから龍太郎の背中を強く平手打ちした。一回だけ、とても強く。そうすると龍太郎は驚いたのか、私を抱き締めたまま肩を上下に動かした。そうして、私の手は両手とも龍太郎の背中に回されて、しっかりと龍太郎の服を掴むこととなった。

「ばか、ばかっ何で私があんたを好きなのよっ、こっちはいつでも付き纏わられて困ってるのよ!何よ、今まではそんなに一緒じゃなかったくせにっ」
「そ、そんなの…!ちいちゃんが悪いんじゃないか!ちいちゃんに好きな人が出来たって、ちいちゃんはもう付き合ってて、いつも」
 
 ん?ちょっと待て。少女漫画でいうところの、今はとても佳境で良い見せ場のはずなのだが、あまりに突拍子もないことに思わず頭の中が冷静になる。龍太郎の背中に腕を回したまま、疑問を口に出す。

「龍太郎、それ本当?私に彼氏がいるとかっていうの。」
「え、うん、あ?あれ、うん。あれ?ち、がうの?」
「うん。初耳。」

 暫く抱き締めあったまま時間が過ぎた。何だか気恥ずかしくってチラッと顔を覗き見しようと思ったら、ばっちし目が合ってしまった。龍太郎の顔はまるで私の大好きなトマトみたいに真っ赤で。

 なぁんだ、私龍太郎のこと、大好きなんだなぁ。
 なんて思った。思ったらこうしてることが嬉しくなってきて、目が合ったままアハハ!と声に出して笑った。笑うと龍太郎も楽しそうに、私に釣られるようにして笑った。二人で、抱き締めあったまま笑い続けた。

「なぁんだ、龍太郎、私のこと、大好きなんだねぇ」
「な!なんだよぉ、ちいちゃんだって、俺のこと大好きな癖に」
「うん、まぁね。」

 素直に頷いてやると龍太郎は熟しきれない程のトマトに成長して、私の体を力いっぱい抱き締めた。



:)

ヘビー求愛


 三浦君とお付き合いを始めて、一週間が経った。同じ会社の同僚でしかも同い年。背は私より高くって、ひょろーとしている。その割に三浦君は私の一歩先を行く。一歩なんてもんじゃない、三浦君はほんわかしてる癖に結構質が悪い。

 三浦君とお付き合いを始めて、一週間と一日が経った。その日は丁度本を貸す約束をしていて、家の前で待ってくれてた。そして丁度その時、お母さんが仕事から帰ってきてバッタリ初対面。私が本を入れる袋を探していた時の出来事だったらしい。

「お待たせっごめ」
「伊田さんとは結婚を前提にお付き合いさせて頂いてます!三浦智紀(ともき)です!」
「は、はぁ…」

 慌てて玄関から飛び出た私の目の前には深々と頭を下げている三浦君と、唯唯驚いているお母さん。思わず叫ぶ私。ぎゃーーー!な、ななななに言っちゃってるのー?!と言いながら、三浦君の背中を遠慮なく叩く。お母さんはニヤニヤしながら、うちの子を宜しくお願いしますね!なんて言っちゃってる。三浦君も三浦君で、はい!任せて下さい!伊田さんは僕が必ず幸せにします!ご安心下さい!だって。
 
 これだから三浦君は重い。

 三浦君はそれだけじゃなかった。三浦君とお付き合いを始めて三週間と二日後、初デートは定番中と言っても良い程定番な遊園地。しかも観覧車の一番てっぺんで初キス。ちゅっ、と軽く合わせただけのキスに真っ赤になってえへへと笑った三浦君は、やっぱり重くて私の気持ちにオモリを増やしていく。

 そして極め付けは今私がしている左手薬指の指輪。三浦君とお付き合いを始めて一ヶ月と六日が経っていた。今日は私の部屋で、本を読んだりゴロゴロしてみたり、おやつをお母さんと三人で食べたり。そろそろ帰る?と声を掛けると、いつもより若干真面目な顔で三浦君は私の手を握る。

「伊田さん!け、結婚を前提にお付き合いさせて頂いてるんだけどね!」
「うん、そうだね?」
「う、うん!その、あー、よ、予約しといていいかな?」

 そう言いながら三浦君はポケッとの中から小さな箱を取り出す。私の目の前でその箱を開けて、中身を私の左手薬指に有無を言わさず飾り付けた。キラキラと光輝く物ではなく、シンプルなちょっとだけの光り物。それを見た時、私の心はまたオモリを重くした。

 本物はもっと豪華な、伊田さんが喜ぶようなのを贈るよ!
 照れ臭そうに笑う三浦君を見て、あまりの事に心が追いついていかない。

 重い、重すぎるよ、三浦君。

 どうしよう、涙が止まらない。どうしよう、あまりに重くて心が耐えられない。
 伊田さん?伊田さん、もしかしてこれ気に食わなかった?ごめんね、もっと良い物買えれば良かったんだけど…
 三浦君がどんどん焦ってきているのが良く分かる。

「っううん、これが良い。嬉しい…」
「ほんと?!良かった~」

 涙を手の甲で拭って、三浦君の袖を引っ張る。これだから三浦君は重い。あまりに重すぎて私は耐えられなくなる。支えようとして逆に支えられて、三浦君の付属みたいになってしまう。

「こ、婚約ってことで…良い?だ、ダメかなっやっぱ、早すぎる?」
「んんっ」

 鼻を啜りながら、首を左右に振る。そんな事ない、そう表すために私は三浦君の袖をさっきよりも強く引っ張る。

「伊田さん…美幸、さん、」
「?ん…」

 不意に三浦君の袖を引っ張っていた手を逆に引かれて、必然的に三浦君に抱き締められる。それだけじゃなくって、三浦君にキスもされてる。
 
 重い、重いよ、三浦君。

 大好き。



:)

そんな事、言わなくてもいい


 愛してる、と思った。その泣きそうな背中が私を責め続けている。

 愛してるって言ってよー
 翔太は私にキスをした後、腰に手を回して甘えてくる。ソレを素っ気無く無視して腕も振りほどいて、いつも座っているソファに座って買ってきた本を読む。

「ほ~づ~み~!」

 それでも諦められないのか、翔太は無理矢理ソファの間に体を割り込ませて、後ろから強く抱き締めてくる。腰に翔太の長い腕が絡み付いて、ヘビみたいだななんて少し思った。

「何」
「ねぇ~愛してるって!言って、ってば!」
「うんうん、愛してるー」

 上の空の返事じゃ納得いかなかったのか、グリグリと頭を背中に押し付けてくる。やがてそれにも飽きたのか、頭の場所を首元に変えてまたグリグリと押し付けてくる。

「翔太」
「ん?ん?ん??」

 分かりやすいぐらい期待した態度に失笑し、落ち込むだろうなと思う一言をニッコリと笑いながら言う。

「邪魔」
「~~~~~~~っほづみの馬鹿!」
「馬鹿で結構」
「コケッコー!…じゃなくって!」

 一人ノリツッコミをする翔太を再度無視して読書を再開させる。すると翔太は完璧に拗ねたのか、ぎゅうぎゅうのソファから乱暴に抜け出すと、出入口のドアの前でこっちに背を向けて体育座りをする。いつものパターン。
 翔太は拗ねると、いつも私の見える所で体育座りをする。何故体育座りなのか良く意味が分からないが、丸くなった背中はとても可愛らしくて、少しお気に入りだ。だからつい、こんなに意地悪してしまうのかもしれない。
 無意識に笑ってしまっていたのか、翔太が俊敏にこちらに振り向く。目が合った瞬間、また俊敏に元の体育座りに戻った。

「翔太」

 ソファに座ったまま声を掛けるとまだ機嫌は治らないようで、体育座りは微動だにしない。開いていた本を閉じてソファに置く。その反動で立ち上がり、翔太に歩み寄る。体育座りの翔太を後ろから抱き締めるように抱き付く。

「愛してるよ」

 背中におでこをこつん、と当てるとこれまた俊敏に振り向き抱き締められる。

「やっと言ってくれた~天の邪鬼めっ」
「何よソレ」

 嬉しそうに私を抱き締めたまま、体を左右に揺らす。ぎゅ~っと強く抱き締める翔太の腕は、やっぱり蛇みたいに長かった。



:)

ショート*ショート

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さらっと短編集、1話ずつ話が違います。 恋愛話が多めです。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 井本さんの喉仏
  2. お風呂の中で私は、じゅんさんの髪をすく。
  3. やめてよ、もう
  4. ヘビー求愛
  5. そんな事、言わなくてもいい