DESIRE

噂の真偽

歩く度に埃が舞い、蜘蛛の巣がトラップのようにあちこちに張り巡らされ、人の気配など一切なさそうな廃ビルの一室

そこには、金さえ払えばどんな厄介事も引き受けてくれる「何でも屋」と呼ばれる人物が居ると専らの噂だった

真偽はともかく、度々この廃ビルに出入りする人間がいるとのこと
そんな噂を頼りに、ある者は明確な目的を持って、またある者は興味本位で、扉の前までやって来る
意を決してノックをすれば、気怠げな返事と共に中へと招かれるだろう

出迎えるはソファにどっかりと座った一人の人物
傷んだ白髪に不健康そうな生白い肌、濃いクマがありながらも射抜くような鋭い眼光
威圧感はあるものの、よくよく見てみれば、目元は幼く、頬は丸みがあり、案外と年若いようだ

きっと彼が好んで食していたのだろう、テーブル上に食べかけの菓子類が散乱しているのも幼い印象を与えた

「用件は何だ」

余計な言葉は一切ない
相手が依頼人だろうが、過去の知り合いだろうが、仕事上の間がらだろうが、彼が発するのはいつもこの一言だけだった

* * *


恐る恐る、ゆっくりと開かれた扉。入って来た二つの人影をジトリと見る
見るからに上等な衣服に身を包んだ少女と、クラシカルなメイド服の女
何でも屋が口にしたのはいつもの決まり文句ではなく、拒否の言葉だった

「断る」

低く唸るように発したそれに、少女はビクリと肩を震わせた

改めて、何でも屋は扉の前で立ち尽くす少女を見る
何故こんなところにわざわざ…
そう言いたくなる程、身綺麗でいかにも温室育ちなお嬢様には不似合いな場所だろう
その隣に控える女に、何でも屋は先程よりも鋭い視線を向ける
メイド服の女はお嬢様の世話係のはず。何故止めもせずに此処まで連れて来てしまったのだろうか

「まだ此方は依頼内容を話しておりません」

女の言葉に、何でも屋はフッと短く溜息を吐いた

「あの、お話だけでも聞いてもらえないでしょうか」

「アンタらみたいなのが来る場所じゃねー
他を当たれ」

何でも屋は完全にそっぽを向いて冷たく言い放った
これ以上、話を聞く気がないという態度に、二人は大人しく引き下がるしかなかった

扉が閉まり、足音が遠ざかっていくのを確認すると同時に、テーブルの飴に手を伸ばす

包み紙を剥がして無造作に口に放り込んだ

「よぉ、見てたぜ色男」

後頭部に降ってくる聞き慣れた声

──覗き見とはイイ趣味だ

振り返らずとも分かる
部屋の奥から出てきたのは、何でも屋の相棒(バディ)(を勝手に名乗る)青年だった

全体的にシュッとした見た目と、何処と無く蛇を思わせる、整った顔立ち
皮肉なのか、青年のほうが色男というにはよっぽど相応しい

バリッ──

何でも屋が力を込めて飴を噛み砕いた音が響いた

「アンタのジョークは毎回つまらねー」

「あんな可愛い子を直ぐさま振るなんざ、色男としか言いようがねぇだろ
なんで帰らせちまったんだよ、あれならいくらでも吹っ掛けられそうじゃねぇか」

──金さえ積めば何だって引き受ける

間違いではないが…

「そういう問題じゃねー」

「それにあのお嬢様、巷ではFemme Fatale(ファム・ファタール)って噂なんだよ」

「あれが……?」

「女は見かけに寄らねぇよ
まーでも、俺の相棒がうっかり取り込まれてなくて良かったぜ」

青年は情報屋としてなかなかに腕が良い
不本意だが、彼の持ってくる情報には何度か助けられた

「関わりようがない」

ガサガサとテーブルの上の袋を漁り、XXLサイズのマシュマロを取り出すと、その中心を串で貫いた

「どうだか」

青年がソファの背もたれ越しに何でも屋を見る
甘い香りがして、何だと覗き込めば、何でも屋の片手には銃の形をした小型バーナーが握られていた

「なぁ相棒、社交界ではこの噂で持ち切りなんだよ
関わった男は必ずと言っていいほど、彼女を好きになる
ま、あぁいう純情そうな娘(こ)が好きな奴は多いだろうな」

先程までの甘い香りが、いつの間にか焦げ臭くなっている。見れば何でも屋が串を握り締め、僅かに震えている
どうやら焦がしてしまったらしい

「…あのなぁ、こっちは真剣に忠告してんだぜ?」

それでもなお黒焦げになったマシュマロを見つめている何でも屋

「縁談だって六度も破談になってるって噂だ
さすがにこれは話を盛りすぎてるけどよ
それぐらい良く思ってない連中も多い」

意を決して一口齧るも、ビクリと肩を震わせる
火傷をしたのか、背中を丸めて熱さに耐えている
暫くの沈黙の後に、何でも屋は青年を振り返り、睨み付ける

「…………俺のせいじゃねぇだろ
しょうもない奴だな、相棒は」

青年は腕を伸ばして何でも屋の頭をわしゃわしゃ撫でる
手で払いのけられることもなく髪を乱される様にクスリと笑い、じゃあなと言って部屋を後にした
残された何でも屋といえば、乱れた髪を戻しつつ真剣にマシュマロを見つめていた


* * *

心地好い風が吹く昼下がり
美しく整えられた庭園。広げられたパラソルの下にはガーデンテーブル。その上には、色とりどりの菓子が置かれたケーキスタンドがあり、その向こうでお嬢様は両手で頬杖をついていた
ふわりと漂う華やかな香り。傍らで女給(メイド)が紅茶を注ぐ
揺れる紅茶の水面が、やがてお嬢様の浮かない表情を映し出す

数刻前、何でも屋が居るという廃ビルを訪れたものの門前払いを受けてしまったのは想定外だった

訪問を決めた時には、女給は止める様子を見せるどころか「かしこまりました」と一つ返事をしただけだった

(私が世間知らずだからって)

意地悪されたわけではない
言い出したら聞かないからこそ敢えて止めてくれなかったのだと理解している

「まさか一言目がお断りの文句とはね…」

「噂とは違ったようです」

「そうね。お金にしか興味がない冷徹な方だと思っていたけれど…
そんなに悪い人ではないと思うの
私達を見てすぐに追い返すだなんて、ちょっと変じゃない?」

お嬢様は何でも屋を訪ねたときのことを思い返す
扉を開け、中に入った自分たちを一瞥して「断る」と一言
仕立てのよい服、華美にならない程度の装飾品と、身なりには気を遣った
だというのに、最終的にはそっぽを向かれ、話を聞く気がないという態度を取られてしまった

「噂なんてアテにならないわね
…ねぇマリヤ
私、あの方のことをもっと知りたいと思うの」

「どうなさるのです?」

うーんと小さく唸って、カップケーキに手を伸ばす
一口齧り、そこでハッと目を見開く
あの部屋には菓子の甘い匂いが充満し、テーブルの上に数々の菓子が並べられていた
あれを一人で食べていたのならば相当な甘いもの好きだ

そこで一つ思い付いた

「マリヤ、この辺りで銘菓店はあるかしら
今回は追い返されてしまったけれど、甘いものが好きなようだったし
きっと手土産があれば少しくらい話を聞いてくれるはずだわ!」

「…お嬢様のお気に召すままに」

たった一度挫けた程度では諦めない
女給もそれを承知しているようだった

DESIRE

DESIRE

  • 小説
  • 掌編
  • アクション
  • サスペンス
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-11-27

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