DESIRE

序章

「断る」

低く唸るように発した言葉は存外怒りを含んものになって相手に届いたらしく、少女はビクリと肩を震わせる

「まだ此方は依頼内容を話しておりません」

少女の横に立つ女の言葉に何でも屋はフッと短く溜息を吐いた
「金さえ積めば何だって引き受ける」
そんな噂を信じていたからこその発言だろう
間違いではないが、何しろ今回は相手自体が問題だ

改めて扉の前で立ち尽くす少女を見る
何故こんな廃ビルにわざわざ…そう言いたくなる程に相手は身綺麗で、見るからに世間知らずなお嬢様然としていた

その傍に控える女は、そんなお嬢様の世話係といったところか

この場にはある意味全く似つかわしくない二人
裏の者からすれば格好のエサでしかないことを分かっているのだろうか

「あの、お話だけでも聞いてもらえないでしょうか」

無駄に勇気があるのか、見かけによらず図太いのか、おずおずと申し出る彼女に

「ダメだ。帰れ」

何でも屋は完全にそっぽを向いて冷たく言い放った

* * *

「よぉ、見てたぜ色男」

聞き慣れた声に見慣れた顔
奥から出て来たのは何でも屋の相棒(バディ)(を勝手に名乗る)青年だった

蛇を思わせる少しキツめな印象を与えるものの、スラリとした体躯で整った顔立ちの彼のほうが色男と呼ばれそうなのだが

皮肉の効いたジョークは甘い菓子と同じくらい大好物ではあるが、そのムカつくニヤニヤ笑いのせいで笑えない
ギロリと睨みつけるも「今日も機嫌悪ぃな」とスルーされる

「あんな可愛い子を直ぐさま振るなんざ、色男としか言いようがねぇだろ
あのお嬢様、巷ではFemme Fatale(ファム・ファタール)って呼ばれてるらしいじゃねぇか」

「Femme Fatale」
運命を感じさせる女、もしくは魔性の女

先程までいた少女はお世辞にも「魔性の女」を想像させる派手な美貌や蠱惑的な雰囲気は全く感じなかった
どちらかというと、小動物を思わせる愛らしさと、ひっそりと野に咲く花のような素朴な可憐で慎ましい雰囲気だ

お嬢様なだけあってか、その仕草や立ち振る舞いは気品を滲ませるも、大層な名前で呼ばれる程の魅力があるとはどうしても思えなかった

とはいえ、彼女に手を出そうと近付いた男は数多く、そしてその誰しもが不幸な末路を辿っていると聞く

「何にせよ、依頼は受けなくて正解だったな
お嬢様に付いてるあの女給(メイド)…俺の予想じゃ結構な曲者だぜ
俺の勘はよく当たるって知ってんだろ?
調べたら面白いもん出てくるかもな」

ポンポンと青年に頭を数回撫でられ、大袈裟に仰け反って手で髪を払う

「相変わらず触られんの嫌いだな
ンな風に拒絶されたら傷つくじゃねぇか」

* * *

心地の良い風が吹く昼下がりの午後
絶好のティータイム日和とは裏腹に、女給の淹れた紅茶を啜るお嬢様の表情は暗く翳っていた

「どうしよう、マリヤ…まさか要件も聞かずに追い返されるなんて」

「噂とは違ったようですね」

「そうね。お金にしか興味がない冷徹な方だと思っていたけれど…噂なんてアテにならないわ」

噂を聞く限りでは“守銭奴”という言葉がピッタリな程、金にしか興味が無い人物といった印象だった

だが実際の彼はそれとは大きく違った

「別の方法を考えないといけないようですね」

「えぇ…それに…
私、あの方のことをもっと知りたいわ」

そう言うお嬢様の瞳は輝いていた


「見ろよ相棒
やっぱあの女、普通の女給じゃなかった」

青年がテーブルに広げた資料を見る
「毬谷夕香子」
彼女は女給として幾つかの屋敷に奉公していた経歴があるようだが、一つ不審な点があった

「経歴は本物みてぇだが、よっぽどマリヤって名前が気に入ってんのか、ずっと同じ偽名を使ってる
…で、多分本名はコレ」

青年が指差す先には「秋宮薫子」とあった

「んで、女給に関係性がありそうな奴で毬谷姓がいねぇか調べたら此奴がヒットした」

「毬谷夕佑…」

「秋宮薫子の元同僚の男
女給がマリヤを名乗ってんのは、毬谷夕佑の恋人か婚約者だったか
んで、夕香子ってのは自分と毬谷夕佑の名前を組み合わせたんだろ」

「何故そこまで分かる」

「ん?…あぁ、相棒は東洋文字には疎かったか
「香」と「薫」は同じ読みなんだよ」

それより「本題はこれだ」と差し出されたのは、とあるCLUB「DESIRE」についての資料だった
どうやら毬谷という男はこのクラブに関わったことで始末されてしまったようだ

「主人の命令に従った結果がコレってのはさぞや悔しい思いをしたろうな


「全てお調べになったのですね」

足元に落ちていた資料の一枚を拾い上げ、女給は悟ったように呟いた

「あぁ…
だがアンタから直接聞きたい
どうしてその名を騙った」

「騙ってなどおりません
私は本来ならば毬谷姓になるはずだったのですから」

「なら夕香子という名前は」

「私の……娘に…付けたかった名前です

彼とは婚約社であり、子供も授かっていました
ですがその子も…
とうの昔に亡くした婚約者を今だに想っているなど、貴方々からすれば私はさぞや滑稽な女に映っていることでしょう
それでも、夫となるはずだったを忘れられなかった
産まれてくるはずだった娘を、お嬢様と重ね合わせられずにはいられなかった」

女給は淡々とした口調で、だが悔しさと悲哀を滲ませていた
心做しか口元は僅かに震えていたようにも思えた

「私は、全てを忘れるため、あのクラブに復讐するため、何としてでも貴方に依頼を受けていただく必要があったのでございます」

「良いだろう
その依頼、引き受けてやる」

これも何かの縁だ
自分も女給と同じように、クラブへの復讐を


女給から進捗を聞いてはいたものの暫しの間貸している別荘にお嬢様自身がやって来るのは、あの日以来だった

「お久しぶりです、何でも屋さ……」

驚きで固まってしまっているのか、部屋に入って来たお嬢様が何でも屋を見るなり大きく目を見開く

それもそうだろう
数ヶ月に見た彼とは、とても同一人物とは思えないほどに様変わりしていたのだから

美しく輝く白金髪、そして隠されていた美貌が顕になり、何処ぞの貴公子と言われても違和感のない風貌だった

変わらないのは気怠げな雰囲気と鋭い眼光くらいか

「準備は整った」

クラブには既に宣戦布告の手紙を送ってある
内容はというとクラブに対して勝負をふっかけるというもの
無謀ともいえるが利は向こうにある
きっと興に乗ってくれるに違いない

「い、いよいよですね」

「えぇ、では参りましょうか
地獄(DESIRE)へ」


今宵、それぞれの運命を賭けた勝負が始まる──

DESIRE

DESIRE

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-11-27

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