『文明開花。』

真冬の国の(あお)い雪を私は知ることはできない。
春の国にたどり着いた私は花の色を信仰する。
蒼い雪の(きら)めきに心を強く震わすことはなく、花嵐に自然と指を()ばす。
真冬の国にある雪の結晶は私のてのひらの温さに()(はかな)いだろう。
きっと、春の国の花びらたちは真冬の国で()てつき、よじれ砕け散る。


真冬の国に生まれても春の国に生きても世界の広大さの(はし)に触れている。
その美しさに息を()み驚かされて、世界が私たち見過ごし続ける。
けれど私たちは見落とすことができずに受けとっていた。
世界に置き去りにされた、私たちそれぞれに染みついた弱さを。


真冬の国のひとびとは今も、遠くの空からちらつく蒼い雪を真摯(しんし)に見つめる。
春の国に住みつく私は、そよ風にひらひらと舞う花々を手に受ける。
雪は花に、花は雪には変わらない。
変わらなくとも真冬の国には雪が、春の国には花が、おしみなく満ち足りて降る。


世界の贈り物はいつだって私たちを寂しくさせる。
そんな世界へ、ときには呪いを吐き出しときに祝う、私たちの暗がり。
生き残るように生きていた。
それぞれ護るものや報われるものが違っていても私たちはこの世界のただなかで。


真冬の国のきみたちは淡い色の花を視ることができない。
春の国にいる私は蒼い雪に触れることができない。
だからこそ私たちはお互いを奪い取れず盗み出せない。
(いた)みを生き抜く度に私たちは存在を(ゆる)していく。
国をこえて私たちは空を見上げた。
敵味方になるよりも、この大地に生まれてしまった共犯がいい。


雪も花も地に降り積もっている。
信じているのは、それらが私たちをいつだって生かすからだ。
世界から届けられる贈り物。
私たちは静かに自分自身の残酷(ざんこく)さを思う。
目の前の日常を信じているのなら、すでに世界をとおして私たちは繋がってしまっている。


私たちは生き延びる。
それぞれの居場所から今、はじめる。
物語の続きを世界へ贈るように。
世界は新しい未来が気になって仕方がなくて、いつまでも終わることができない。


真冬の国から春の国から、私たちは柔らかく笑い合う。
何一つ(そこ)なえなかった弱さは奪う必要のない幸せだ。
そんな私たちだからできる。
始まりから神さまも救世主もいらない。
つまらない支配を優しく征服(せいふく)する、春のようなきみたちと。
不自由な世界のなか、自由に笑う真冬みたいな私。


想像と約束で世界は負けてしまう。
そうやって私たちは開かれる。
空のまなざしの下、世界の広がりへ向けて。

『文明開花。』

『文明開花。』

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-11-20

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