『つなぐ。』
貴方はもう何一つ語る必要がない。
私はつまびらかに語ろう。
貴方には品位がある。
私にはない。
貴方はここを退く。
私は生憎まだ息を吸った。
ここで貴方が見ていた景色をまさに私は視ている。
私は語る。
不様で滑稽なほど執拗に。
それはいつも夜からはじまる、世界を捉え直す物語。
なんのために。
貴方によく似た人間が喘ぐよう沈み込む日常で、私によく似た人間が優しい嘘を生み出さなくてすむように。
私の物語のなか、貴方は今も自由だ。
そしていつまでも貴方の言葉は空白なのだ。
貴方は。あの時鋭い沈黙を語った。
それを聴いた人間が世界中にどれだけいただろう。
夢のあとに遺されていたものは、手触り重い現実だった。
私は覗き込む。
私のなか嘲笑や恐れ、排除の底に寝そべる仄暗さを。
そしてその先を勇気をふりしぼって弱さとして組み立て直す。
遠のく貴方へ向けて私は語っていく。
さようならだけでは終わることができないストーリー。
なんのために。
楽観ではない厳しい希望を遺すため。
それを教えてくれたのは貴方の真っ当な静けさ。
一度存在してしまった貴方は無かったことにはならない。
現実を生きている以上、表だけをなぞることも裏だけを探すことも意味がない。
私にとっての善意が誰かにとって濃い影をおとす世界に、私はいる。
おびただしい瓦礫のなか埋まっているはずの正しい答えはもういらない。
あるものでつくりだす。
私のこの、愚かなてのひらから。
ふざけながら圧倒されながら。それでもあきらめきれずに。
皆を護った無言。
決して間違っていないそれに私は今さらなんと答えよう。
世界には貴方も私もいる。
傷みと希望と祝福を全てのひとびとがたずさえているのに、わかりあえない。
それは、わかろうとする以上にわかって欲しかったからだ。
貴方が言えなかったこと。言うことをあきらめたこと。
言うことを律したことがある。
貴方の沈黙は今もって豊かに遺る。
私は語る。
報われるためではなく報いるために語る。
世界が私を大量に消費する。
これは喜劇だと手を叩く。
私はにこやかに世界へ手をさしのべた。
ようこそ。
今、私にあふれてくるものは貴方の背中。
ちゃんと届くように語る。だからちゃんと聴いて欲しいんだ。
ここで。皆の国で起きたこと。
静かな祈りを聴いて欲しいんだ。
世界がはじけるように笑って価値をつけた。
私はくちびるを引き結んで黙って、お辞儀をした。
すぐにうつろう気まぐれなひとびとの拍手にまぎれて、私は聴く。
雨音のような貴方自身の言葉を。
私は顔をあげる。
世界のなか生き抜く貴方へ微笑する。
そうだね。
とるにたらない、この嘘で、ほんとうをあらわすよ。
私たちの劇場。忘れられない。
幕は新たに、開く。
世界中のはしゃぐ笑い声も届かない、値段だってつけられない。
私たち自身の人生のために私たちの喜劇は開く。
世界中の夜が明ける。
私は語る。
貴方から手渡された物語を、語る。
『つなぐ。』
あのとき。
わたしのいのちの糸を声でつないでくれた、貴女へ。
このドキュメントを捧げます。
そのせつはほんとうにありがとうございました。