アルマース共和国海軍通史

1.まえがき

海軍通史を書く!
なんと心地の良い言葉だろうか。是非もなく私もその列に加わりたかった。だが、私には専門となる史学の知識などはなく、文献を探る暇もない。
ならば架空の国の海軍通史を書すこととしよう。

本書は拙作「世界を救う勇者のパーティー」における覇権国家。アルマース共和国の通史および海軍通史である。
このアルマース共和国ははるか遠い国の話であるから、まずその国の通史を知ってもらうため。このような回りくどい導入をせざるを得なくなった。
本書の構成上。各時代ごとに通史を記し、その後で時代別の海軍の状況を記述する。海軍の海軍部分の構成としては、政策上の課題、組織体の構成、技術、艦隊の規模、主要な海戦を記述していきたいと思う。

最後に。本書執筆の動機となったさくさくクッキーこと木栓士官氏、アドバイスをいただいた氏に本書を献呈する。

2-1.勇者様の時代(共和国元年-120年)

ー勇者は世界を救い、世界を導く。今までも、そしてこれからもー

…世界を救う勇者のパーティーの標語

これは、世界を救う勇者のパーティーの物語
 古龍が滅び、人類の時代が開闢して何年が経っただろうか。神の嫡子たる不死のエルフたちによる世界支配も、古代世界もはるか昔となった諸王の時代。いわゆる中世世界の終わりに、ユマナの大陸に海の向こうから侵略者がやってきた。彼の軍団は強大で、中世の最後で人類の時代は終わり今は魔王の時代であると呼ばれた可能性もあっただろう。
 そうはならなかった。
「私は私を育ててくれた大司祭様が憎くて首を落としたのではなく、モンテ・サン・フラムの富貴が欲しくてこの山を押領した訳でもないの。私は魔王を倒したいのではなく、世界を救いたい。世界の諸王に問います。汝ら世界のための王なりや? ならば集い、世界を救いましょう。さもなければ、世界のためにあらず王、王にあらず。この炎の聖剣を以て、その相応しからぬ玉座から、首ごと落として差し上げましょう」
 燃えるような赤い髪の焔の巫女は、斧を片手にモンテ・サン・フラムの精霊領を掌握し、聖剣を携えて世界に呼びかける。彼女こそ後世に救世者として崇められる赤毛の少女だった。
 当時はリブラルと呼ばれていた大図書館のあった都市に程なく13人の勇者が集まる。
 人間、エルフ、オーク、ドラゴン。種族の隔てなく集まった彼ら13人の勇者とその郎党は、瞬く間に既存の人類圏から彼ら以外の勢力を糾合し、ユマナの大陸から魔王の勢力を駆逐し、魔王の大陸へ渡るのだ。
 この魔王の大陸の西海岸にはいくつかの拠点が築かれ、それぞれ序数で呼ばれた。後に西海岸の植民地の起点となる都市となるが、初期は屯田を行う兵営でしかなかった。

救世者の死
 さて、魔王の大陸の西海岸に勇者達が上陸し、いよいよ魔王の本拠地へ向けて東進しようとする頃。救世者の天寿が尽きつつあった。これは13勇者がリブラルに集まってから10年。救世者は人間であったがまだ若く、他の勇者(既に寿命で死んだ勇者、戦死した勇者もいた)達には到底受け入れられる内容ではなかった。
 救世者は我らとともに魔王を誅殺し、あと60年は世界を導くであろうに。
 天寿を伸ばす方法がないわけではなかった。パーティーの書記、第二の勇者「御使殿」(みつかいどの)こと「黒のアルマース」は神より与えられた仕事ー告死ーにより、逆に延命を神へ請願することができると考えられていた。実際アルマースは、勇者のパーティーに参加する以前に御使殿として反魂の請願を聞き届け死者を生き返らせたり、告死から死までの延命の請願を受け喪主のためであればと神に願うこともあった。
 御使殿と呼ばれていた彼女にアルマースという名前を付けたのは救世者で、一度そうだと決めた時の彼女はあまりにも頑固であり、他の12人の勇者の説得すら耳を貸さなかった。
 アルマースの態度に辟易した救世者が「このアルマース(ダイヤモンド、黒いカーボナード状の物を指す)は書いたことは消さない、書き換えろと言っても頑として聞かない。私達の冒険の書記にはぴったりだと思わない?」と言って以来、彼女は勇者のパーティーの書記としてアルマースと呼ばれる様になった。尤も、御使殿として格の高い彼女に対してそのような呼称は畏れ多い。不死のエルフたちからはアルマースは姉さま、長子さまと呼ばれていたし、勇者のパーティーとして生きた人は相変わらず告死の御使殿と呼んでいた。
 世界の救済は大事であるので、せめて魔王を誅するまでは天寿を伸ばせないだろうか。
 新大陸にわたった勇者全員の総意として、アルマースは救世者の横たわる病室に向かった。

 救世者の眠る病室から出たアルマースはこの旅の中で、いや神の嫡子たる第三勇者「白のエルマル」や神の末子であり、アルマースやエルマルの妹である第十三勇者「金のミルカ」でさえも滅多に見ることのない表情をしていた。
 後年になって「御使殿の4フィート半の体躯が小さく見えたのはあの日だけだ」と第七勇者「青のレクス・タイラント」は長男のタルボ・タイラントに時折こぼした。
 アルマースは引きつった顔で、震える唇で言う。
「あの人は延命を望まなかった。これは天命だから、干渉しないで。後事は生者に、ただ望むのは最も固き石の上に墓所を……と……」
 即座に「ありえない!」と憤慨したのは人間では救世者に次ぐ地位、四番目の勇者「紫のシャルロッテ」。最も固き石の上に墓所を。という言葉はアルマースを喪主とすることを意味するのではないか。シャルロッテには受け入れられる内容ではない。
 確かに本当に望んでいなければ、無理やり蘇生することはできない。だが、アルマースは道理に従うために、遺言を書記するために救世者の病床に向かったのではない。
「大事を成すために、救世者を説得できなかったのか」
 救世者を延命せずに喪主となろうとするアルマースを糾弾するシャルロッテ。
 唇を噛んでただ睨み返すアルマース。
「本当は説得などー」
「やめろ! それ以上は言うな!」
 問答の末に、レクス・タイラントの制止でパーティーは決定的に分断された。

パーティーの分裂
 最初に動いたのは第三勇者のエルマル。世界の王たる偉大なエルフの彼はただ「飽きたな」とだけ言ってその場から消えてしまった。
 分断は修復を拒み、混沌は加速していく。
 シャルロッテが詫びを申し入れる前に、アルマースは救世者の棺を押領することで救世者の遺言を執行しようとした。暴挙であったが、シャルロッテが救世者の遺体を確保しようとする動きに先手を打ったものとみられる。
 補繕は、できないのか。
 一触即発の中で、勇者たちは妥協点を見出すべく再度交渉が行われた。勇者のパーティーの最後が喧嘩別れであっても、本旨を見失ってはならない。
 交渉の結果として、シャルロッテや第六勇者「浅紅のサクラ」を始めとする人間の勇者たちはパーティーの解散を提案。受け入れられなくとも我々は海をわたってユマナに帰る。と。
 アルマースに異論はなかった。この場で彼女が欲したのは、救世者の遺言の執行だけ。
 既に9人となっていた勇者のパーティーで、最後に採択されたのは勇者のパーティーによる世界の封建。
 救済されたことと糊塗した世界の分割によって当面の抗争を回避する妥協案。
 例えば、全人類の王を名乗るエルフの王エルマルは、その場にいないにも関わらず全てのエルフに対する宗主権と当時の人類社会の4割にも及ぶエルフィナ群島全域の支配権を安堵された。
 ミルカは兄より封建されている大バサラビア島の安堵に加え、ユマナ大陸側対岸の六郡を非エルフ式統治の北バサラビアとして獲得。エルフの爵位としては世界救済の大功を以て公に大を付けてバサラビアの大公位が認められた。
 レクス・タイラントも本貫である東七郡(エスターズィーベン)。つまり大陸東部七州の大君位と全てのドラゴンの王位を安堵された。シャルロッテやサクラなど、パーティーを離脱した勇者たちは既に征服したユマナの大陸西部の諸邦についての請求権を認められた。彼らは土着の王侯ではないが、勇者としての実力を示せば彼らを傅かせることができるだろう。
 なお、第九勇者であったトランスエルペ王は渡航せず、既に自国で軍隊を解散してしまっていた。トランスエルペは本領を安堵されているがこの事実を以てトランスエルペ王こそ勇者のパーティーの離脱第一号だと、東七郡の人々は500年後も嘯く。
 最後に、遠征の継続を主張したアルマースは押領した救世者の遺体に加えて、旧大陸の報酬がないことと魔王討伐の代償の先渡しとして、魔王の座す大陸全て切り取り勝手とされた。ただし彼女は御使座所であった大図書館、リブラルの退去を義務付けられた。13勇者の集結地。リブラルはメサイアノポリスと改称し、勇者の分割の対象外となる。
 シャルロッテからすれば体の良い島流しのつもりであっただろうが、ユマナの大陸に引き返した勇者たちの当ては外れた。
 この魔王の大陸。いやアルマースの大陸は西海岸から東海岸まで3,000マイル。南北は10,000マイル。世界を東西に割く巨大な陸塊であり、ありとあらゆる資源の眠る事実上の処女地を全て彼女のものとしてよいという正式な約定は、彼女に世界の1/3を支配させる根拠となったのだ。

残部(ランプ)パーティー
 共和国385年の共和国第一憲法で明確に定められるアルマース共和国の歴史は、共和国10年の封建でアルマースが魔王の大陸に封建された時点を起点としている。
 はじめの目的は、救世者の遺志を継いで魔王を倒すために。
 人間の勇者が去り、アルマースは残った勇者と空席を埋めるために二代目の勇者の選出を行った。この行為により、アルマース主導の勇者のパーティーは初期のパーティーと差別化するために残部パーティー、ランプパーティーなどと呼ばれるようになる。
 これは対抗する概念である汎人類統一帝国を建国したシャルロッテの子孫からは不完全な勇者のパーティーと見なされたからではあったが、アルマースは正当な勇者のパーティーの後継を自認自称した。
 魔王の討伐を継続するために、世界を救うために。

勇者様の時代の終わりに
 アルマースの残部パーティーは以降70年に渡って大陸を東進し、魔王の軍勢と交戦し、やがて魔王を倒す。アルマースに期待されていた宿願は成し遂げられたか、に見えた。
 否。勇者が集まった理由は、救世者が立ち上がった理由は魔王を倒すのが目的だったのか?
「私は魔王を倒したいのではなく、世界を救いたいの」
 救世者は13勇者が結集する際に、明確に呼びかけているのである。それは既に封建された後の世界を見ても変わらない。
 13勇者結集から既に80年近くが経過し、定命の勇者のうち最も寿命の短い人間の勇者は死に絶えていた。シャルロッテはユマナの西部の大半を征服し、汎人類統一帝国を自称する大帝国を築くが、その版図は彼女の故地の相続法に則り、20人の子と100人以上の孫に分割されている。
 残部パーティーに残った定命の勇者も、オークのルクレールとドラゴンのレクスだけが余命を僅かに残すのみ。
 救世者が帰天し、魔王が倒れた後も、世界は続いていく。
 世界を救う勇者の末裔は、果たして意志を継いでいくのだろうか?
 動乱の秋は近い。

2-2.勇者様の海軍

ーヨーホーヨーホー……これじゃあ丸木舟の海賊! 父上からは我々がおとぎ話の主役になるのだとしつこく言われてるけど、他所のおとぎ話の真似までしなくていいのにー

…「花冠のシオン」シオン・タイラント、弟の初代海軍卿に擬せられる二代目の第十二勇者 タルボ・タイラントへ

 勇者の時代の海軍の特徴としては、まだこの時代には統一された海軍組織などはなく、各勇者が持ち寄った艦艇で組織が構成されていたことにある。海軍行政を統括する組織も当然存在せず、海軍司令官も存在しない。提督の概念すら、勇者によっては頭の中にないものもいた。極端な例としては救世者が旗揚げしたモンテ・サン・フラムは火山帯を精霊御料としていたし、アルマースが拠点としていたメサイアノポリス(リブラル)も馬車駅の中心地でしかなかった。

 さて、これは海軍の物語だ。勇者たちの当時の最大の課題へ戻ろう。
 どうやって魔王の大陸へ渡ろうか。
 当時、東の未知の大陸への航路などは当然存在せず、ユマナの大陸の東端は「世界の果て」でしかなかった。
 少数を送り込むならば極地から氷床の陸路を征けばいいというのは、この星の世界地図が完成してからの議論である。当時魔王の大陸が星を貫く大きさであるとは知られていなかったし、もし知っていれば救世者亡き後の封建で、アルマースに魔王の大陸切取勝手などという豪快な報奨が与えられることはありえなかったであろう。
 そもそも勇者のパーティーはこの頃郎党を含めて50万の規模に膨れ上がっており、魔王の軍隊との戦争については全軍でなくとも相応の軍隊が必要であると考えられていた。
 勇者のパーティーは、この大軍を魔王の大陸に渡航させなければならない。

ポートジャーニー
 まずは港湾の確保である。
 魔王の大陸側の橋頭堡は最終的に8つが建設されたが、ユマナ側の港湾として適当であったのはたった2つ。トランスエルペ領内の貿易港、ポートウンターキールと、大陸東端のアンダーゾン。後者は日の当たる場所という御大層な名前とは裏腹に醤油と鯨油の工場が1つづつあるだけの漁村で、ユマナ大陸の東端を外洋から守るように三日月型の堡礁が伸びて大陸の端でありながら湾を形成していた。また、いくつかの環礁が点在しており、潟の形状も将来の泊地として十分な可能性を秘めていた。このようにアンダーゾン地域は良港の条件は揃っていても、東七郡(エスターズィーベン)には既にエルフィナ群島に近接する奴隷と香辛料を貿易するための良港が存在していた。
 例えば世界を東回りで一周しようなどとでも愚かしく考えない限りは、東七群の東の果てに商業港などを作ろうとは考えられず、港は避難所止まり、停泊する船といえば捕鯨や巨蟹狩り用の沿岸カヌーであった。
 このような寒村に与えられたのが勇者が魔王の大陸に向かう旅立ちの港の栄誉。
「ここが旅立ちの港? あの丸木舟で航海するの?」というアルマースの不用意な一言で日の当たる場所は「ポートジャーニー」と名付けられ、後のアルマース共和国のユマナ側の基幹港へと改修されていく。
 他にも南回りでシャルロッテの故郷を経由して新大陸に渡る航路も検討されたが、右回りの海流が見つかり次第、右回り航路が確立されていった。

勇者様の船舶
 勇者のパーティーを魔王の大陸に運ぶという事業は恐らく有史以来の巨大事業であり、さぞや素晴らしい船舶が使われたであろうという大方の予想は全くの見当ハズレである。
 魔王の大陸に向かう港湾に検討が付いたとしても、そもそも、船舶が不足していた。存在しなかったと言ってもいい。
 東七郡やトランスエルペ王国など、外洋ー旅立ちの海と呼ばれるーに面していた諸侯は比較的航洋性の高い船舶(地球における、いわゆるキャラベル船のような帆船)を保持していたものの、そもそも旅立ちの海を渡洋して遥か彼方の大陸に行こうという技術の蓄積がなかった。
 エルフィナ群島は内海であり、櫂船を運用していて、これも大洋の彼方へ向かうには船体の構造があまりにも不向きであった。
 ならば、ユマナの大陸から魔王の大陸に渡ることは叶わないのか?
 希望はあった。第四勇者「紫のシャルロッテ」の故郷は南洋の島嶼にあり、彼女はカヌーでユマナの大陸に渡ってきていた。航海方法は原始的な天体観測。
 それは魔王の大陸に向かうただ一つの方法。有史以前の冒険技術。
 かつて人類がシャルロッテの故郷である南洋に進出したときのように、天測を繰り返して東へ。不確かな記録の中で数度の探検の後に、東の大陸はその姿を見せた。
 双胴または三胴のカヌーで海流に乗れれば片道10日から1週間(この世界においては勇者の人数が暦に影響し、1週間は13日である)。これが当時の大陸間航路の最適解である。
 見つかれば決断は早かった。勇者のパーティーは無計画に旅立ちの海を渡り、西海岸に橋頭堡を築く。魔王の大陸に送り込む戦力を維持するために要求される輸送量は莫大で、場当たり的に櫂船や沿岸カヌーを双胴ないし三胴カヌーに改造し、輸送量を満たそうと奮闘していた。
 しかし、三胴カヌーでの輸送に関しては西海岸に人員や必需品を送り込むことはできても、魔王の大陸奥深くに十分な兵力を送り込むだけの兵站を準備することはできなかった。
 後世の共和国の海軍関係者はこの時代を振り返って言う。救世者は病に倒れたのではない。旅立ちの海の貧弱な輸送路を見て東へ向かえない己を恥じて憤死したのだと。

残部パーティーの海上戦略
 貧弱な海路を恥じて救世者は帰天し、シャルロッテ他数名の勇者は旧大陸に戻った。
 残されたパーティーの面々に求められた戦いは、後年の華やかな海軍を築き上げるはるか手前。ユマナとアルマース2つの大陸間の海上交通そのものを確立させること。
 この時代の共和国での著名な海軍軍人はタルボ・タイラント公である。第七勇者レクス・タイラントの長男として生まれた彼は、父のように聡明かつ勇敢で、その上父のような破滅的な癇癪持ちではなかった。「天より与えられし王子」「暴君に過ぎたるもの」などと賞賛を浴びている彼は、その人当たりの良さから勇者のパーティーの中でも調停役として機能しており、アルマースによる残部パーティーの勇者補充を待たずに、既に二代目第十二勇者として任命されていた。
 彼はパーティーの分裂を見越し、自身が要求すれば領土を手に入れられるであろうにも関わらず封建には加わらなかった。一方で喧嘩別れ同然となったシャルロッテと交渉し、不要になった外洋カヌーを譲り受けると、航海方法の技術習得(主に天測である。幸運なことにこの世界には北極星が存在する上に、南極側にも同様の目印となる極星を見つけることができた)や当面の輸送の引き継ぎまでまとめ上げたのだ。
 もちろんシャルロッテへの対価はただではない。南洋の島嶼が故地であり、ユマナの大陸に基盤のないシャルロッテは、ユマナの人類領土を再征服するための資源を軍隊以外は何一つ持ってはいなかった。
 逆に言えば、東七郡やトランスエルペによるシャルロッテの大陸西部への後援の見返りならば、彼女は生まれ育った南洋や旅立ちの海を捨てることを厭わなかった。
 とはいえ、タルボ卿が引き継いだのはアルマース大陸への貧弱な海路であり、海路を支える負担は東七郡と竜王を筆頭とするドラゴン種族にのしかかるはずだった。

帆船とその大型化
 タルボ卿はシャルロッテからカヌー船団を引き継いだが、彼は死ぬまでクジラと戦いながら貧弱なカヌーを漕いで暮らすつもりなどは毛頭なかった。
 早々にポートジャーニーに造船所を建て、六分儀と羅針盤を積んだ200総トンの帆船を建造し始めたのだ。
 旅立ちの海に関わる造船と海運の両事業は東七郡の国家予算・祖業のアルベルト銀行の資産を注ぎ込んで行われ、200総トンの帆船は運用が軌道に乗り次第に400総トン、600総トンと拡大されていく。
 逆に、武装化の程度はおざなりと言わざるを得なかった。
 当時の帆船にはまだ見合いの大砲は開発されておらず、もっぱら人力において戦闘が行われていたのである。
 ドラゴンが乗っていれば、その膂力を活かして榴弾や火炎瓶、果ては銛を敵船や海獣に投擲する。訓練されたドラゴンであれば、投擲仕様の10フィート棒や鋼鉄のスリングで砲撃戦を仕掛けることができた。
 人間やハーフエルフの中で精霊と心を通わせる素養があるものがいれば歌で精霊の機嫌を取って、海獣を焼き、切り刻む事ができる。特に風の精霊信仰者は蒸気船の発明以降ですら、船乗りとして最上位の敬意を払われる存在になった。
 最終的にタルボ卿は1,000総トンを超える大型帆船を基幹とした商船隊を整備し、その隻数は共和国100年前後には500隻を数えた。

大陸間貿易
 船団を整備したところで、両大陸間に運ぶものなどあるのだろうか?
 アルマース共和国の黎明は、勇者のパーティーの大義に覆われた世界だった。ユマナであればいざ知らず。貧弱な新大陸の国家においては、勇者のパーティーで大いに発揮された正義感による軍税や軍事的徴発に求めることはできなくなった。
 魔王討伐の原資を、これからはアルマース大陸に求めなければならない。幸いなことにこの大陸には資源に事欠くことはなかった。
 初期の貧弱な海上輸送の時期については材木と軍需品の貿易が主であった。アルマース大陸に渡った人民の大半は傭兵とその家族であり、魔族討滅のついでに東へ植民して財をなそうとする人々だった。彼らはしばらくは農園を作っても食糧を自給するのが精一杯の状況であり、大陸側では造船をするマンパワーも存在しなかった。
 ところが船腹が揃い始めてしばらくの頃に、アルマースが奇跡を起こした。
 西海岸を一週間の豪雨が襲った後に、流された河川とその河辺が金に変わっていたのだ。
「アルマースの大陸は黄金の国であり、その産物は掘り出した人のもの」
 風聞は瞬く間に海を渡り、一攫千金を夢見る人々は、未だに魔王が大半を支配する大陸に夢を見る。
 材木と軍需品の貿易は瞬く間に黄金を主とする貴金属と入植者の貿易に入れ替わった。西海岸の金を採掘し尽くす数年のうちに、アルマース共和国は魔王討伐を継続する数万人の軍事国家から、新大陸を開拓しようと意気込む人口150万人の大国に変貌していたのだ。
 入植の促進によって、大陸での食糧自給の他にも産業が生まれつつあった。
 エルフィナ群島、特に大バサラビア島での奴隷プランテーション作物が試験的に栽培され、砂糖、香辛料、タバコ、薬物の原料などの嗜好品や綿花の栽培が成功し始める。
 極端な例としては後年嫌煙家として苦言を呈するようになるアルマースも、この時代は健康によいとされていたため、薬としてまたは財源としてのアピールのため一日三回タバコを吸っていたし、周囲の人間にもしきりにタバコを勧めていた。
 ユマナ行き1週間。アルマース行き7日で旅立ちの海を横断するタルボ卿の船団の輸送力は、現代(共和国500年)であれば戦時標準船の1船団に及ばない程度の輸送力であるが、平均週30万トン、最大50万総トン。この巨大な輸送力が移民をアルマースに運び、嗜好品をユマナに送る。
 タルボ卿は自ら作り上げた交易路を独占し、アルベルト銀行より暖簾分けを受け大陸間為替の主役となり、世界最大の造船業者となった。
 タルボ卿の姉である竜王の長子「花冠のシオン」は、彼に尋ねた。
「あなたはいつも海、船、貿易……鯨にでもなったつもり?」
 タルボ卿ははにかんで笑った。
「先主アージェント公(レクス・タイラントの父、アルベルト・ターラーを指す)は商人だったんでしょう? 俺はその血が濃かったんですよ」
 タルボ卿には東七郡の大君位も竜王の座にすら興味はなかった。彼は偉大なるカマラの女婿として、実力で第十二勇者となっていたし、父・レクスを介してアルマースに警戒されるようなこともなかった。
 初代海軍卿として擬せられる彼の野望はただひとつ。
「姉さんは適当に竜王にでもなってついでに東七郡でも貰えばいい、書記長は貰った大陸を好きなだけ救うといい。俺はこの海を貰う」
 強力な艦隊を編成し、アルマースの大陸とユマナの大陸との貿易を独占する。
 海上交通の支配による両岸の支配。旅立ちの海の征服者。
 ……タルボ卿の認識にただひとつ誤りがあるとすれば、彼自身は鯨や巨蟹を征服する偉大なる海竜ではなく、所詮は陸に生き、陸に死ぬドラゴンであったことだろう。
 シオンの指摘は間違いなく正しかった。
 ひとは陸から離れて生きることはできないのだ。

3-1.動乱時代(共和国120-385) 仮題

ー13人の勇者、12の大陸州、11の王統、10の同盟国、9の自治州(東七郡と北バサラビア、南洋州)、8の言語、7の派閥、6の宗教(四大精霊信仰とドラゴンと人の造物主信仰)、5の種族(エルフ、オーク、ドラゴン、人間、人形)、4の聖地、3人の特権的永世者、2つの大陸に跨るただひとつの国ー

…共和国380年代のアルマース共和国についての形容句


以下作成中

3-2.動乱時代の海軍

ー探検隊は魔王が永遠に眠る山脈を越え、果てしなく続くと思われた草原や森林を抜けてついに海に出た。報告を聞いて航路を独り占めしていた俺の胃には穴が空きそうになった。この星は丸いのだから、海の向こうにはきっとユマナ(大陸)がある。もし、南に出てアルマース(大陸)を回り込むことができなかったらどうしよう? 商船隊と海軍がもう一セット必要じゃないのか? そんなもの、と俺は言いかけてやめた。俺がもし海を愛さなくなっても、そこに海は広がっているのだからー

…初代海軍卿に擬せられる二代目の第十二勇者 タルボ・タイラント

以下編集中

アルマース共和国海軍通史

アルマース共和国海軍通史

架空世界の海軍通史です。現在作成中なので、物語は膨らんでいくと思いますよ。

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • ファンタジー
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2024-11-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1.まえがき
  2. 2-1.勇者様の時代(共和国元年-120年)
  3. 2-2.勇者様の海軍
  4. 3-1.動乱時代(共和国120-385) 仮題
  5. 3-2.動乱時代の海軍