手向け-カミの来訪・星のねがいを4
星のねがい。難しい質問だ。僕は押し黙ったまま唸った。
『星は星人として肉体を得て、意識を、意志を……魂を得てしまった。それが生というものの意味のひとつだ。肉体が奪われることで、生が奪われる。では、遺された魂は。どこをよすがにすればよいか?』
ねがいとか、魂とか、聞き馴染みのない言葉ばかりが彼の口からするすると飛び出す。どれも父さんが聞いたら卒倒しそうなものばかりだ。でも僕は、どうやら父さんとは真反対の主義らしい彼の論の方が好きだった。初めて会ったばかりなのに直感でそう思った。僕がずっと求めていた星人や地球に対しての暖かさをこのひとは持っている。そこが好きだった。
「生きることを勝手に奪われて、黙っていられるわけがないですよね。だからこそ、その声を聴く。星人の魂に遺されたさいごのねがいを」
相手の目が大きく見開かれ、ああ、と力強い返事があった。そこに喜びの色が溢れて、僕は内心で飛び上がりそうなほど嬉しかった。
『消えゆく生へのせめてもの手向けとして。星人の心からの……魂のねがいを聴いてやってほしい』
私からも頼む、と目の前で頭を下げられてしまう。それを止めようとしたけれど、相手はあっ、と言って自分から顔を上げた。
『おまえはどうする?どうしたい、サン?』
全く、丁寧で優しい神さまだ。答えは決まっている。
「あなたが力をくれるというのなら。僕はその力で、できることをする。星人のおねがいごとを聴いて、できることなら叶えたい」
満足そうに頷くと、手を差し出してくる。僕はそれを受け取った。星くんと同じ形の指先でも、彼のは暖かかった。
『私が来たことも、この話も。アストライオスには内密に』
「じゃあ、星くんには話しても?」
『聞かれたときにだけ答えればいい』
僕は唇をぎゅっと噛んだ。口が滑ってしまわないように気をつけなければ。それを見て、相手は優しく笑った。これまでで一番優しい笑い方だった。
『私の望みは、おまえたちが自分の望みのままに生きることだ』
「たちって、星くんのことですか?」
「おれがどうした」
いつも通りの抑揚のない声に反射的に振り向くと、そこに立っていたのは星くんだった。林檎色の右目と地球色の左目、色のない顔、それから思わず片手を取ると、ひんやりとしている。僕はほっとした。こっちがいつもの星くんだ。
「おはよう、星くん。朝ごはんは食べた?今、素敵なお客さまとおしゃべりしていて」
「ああ、もう帰ったのか?随分と早い来客だったな」
「星くん、見えないの?」
僕がまたお客さまの神さまの方を振り返ると、そこはもぬけの殻だった。空になったティーカップだけが向かい側の席に残されている。星くんはお客さま用のカップをどけてその席に着くと、自分用のカップに淹れなおした紅茶を注いだ。
「いつの間に帰ったのかな。星くん、見なかった?君が来る時までにはいたはずなのだけれど……。さよならも言いそびれちゃった」
「黙って出ていくとは。不躾な客だな」
「そんなこと言わないで。ほんとうに素敵なお話しを聴かせてくれたんだ。ねえ、流れ星って知ってる?一瞬で空を駆け抜けてしまう星なんだけど、その間にお願いごとを三つ唱えたら叶うんだって」
「随分と浪漫主義なやつなんだな」
その言い方に一瞬だけ固まった。星くんと先ほどの神さまとで、普段の言葉遣いが妙に重なったのだ。声音や口調は神さまの方がわずかに優しいが、ニュアンスや雰囲気が似ているような気がした。それは神さまが星くんの姿をまねていたからだろうか。
「それより、新しい任務だ。朝食前にアストライオスから呼び出された。ほうびの話だった。星人のひかりを回収し、星に還す作業が一通り進んだら――、おれたちに休暇をやるらしい」
「休暇?どのくらい休めるの?」
「地球年で換算してほぼ一年。なかなか長い休暇だ」
僕は内心でどきりとした。父さんが僕たちを休ませるなんて珍しい。いやそもそも、任務がない時はほぼ自由の身の僕たちにとって、休暇という概念は今さらないに等しかった。何か勘付かれたのだろうか?
「サン、どうした?浮かない顔だな。約束しただろう、宇宙旅行のチャンスだ」
「ううん、なんでもないよ。楽しみだね、宇宙旅行」
チョコレートの包みを引っ張ると、トレイに積み上がっていた粒菓子が落っこちた。それに構わず、包みを開けて放り込む。ミルクの甘さが口いっぱいに広がった。訝しげな顔で星くんに見つめられて、熱く溶けたチョコレートの弾みで全部説明したくなる。でもなんとかしてそれを飲み干すと、一口にも満たないカップの底の紅茶を無理やり流し込んだ。今はまだ、僕がしようとしている悪あがき――星人のねがいを叶えるということを誰にも、星くんにも言うべきではない。
手向け-カミの来訪・星のねがいを4