浪漫主義-カミの来訪・星のねがいを3
相手の目線が一瞬落ちた。瞼の陰に瞳の色がさっと隠れて思わずひやりとする。指が解かれて首をもたげたあとに、返答があった。
『難しいな。肉体ももう散ってしまった。魂ごと、星のひかりに吸収されたのだろう』
何の響きもない声で簡単に答えられてしまった。それもそのはずだし、随分と身勝手な考えを口にしてしまったと思った。
では、僕はこれからどうすればいいのだろう。星人のひかりはもう奪いたくない。父さんの命令に背いて、星くんと一緒に逃げ出してしまおうか。でも、父さんの世界は広く、至る所につながっている。どこに逃げてもすぐに見つかってしまうだろう。見つかったその後は……
僕は首をぶんぶんと横に振った。簡単に逃げ出せそうにない。それにもし逃げられたとしても、星人たちには父さんの次なる魔の手がすぐに忍び寄るに違いない。この問題から何とか解決しなければ。
僕は顔を下に向けたまま、また相手に上向きの目線を注いだ。彼には縋らせる何かが、それでいて何でも解決してくれそうな何かがあった。胸の前で腕を組み直している彼の顔には、星くん本人では見たこともないような優しい微笑みが浮かんでいた。その表情はなぜだか僕を安心させてくれる。
『アストライオスは大陽世界をリセットし、新しく作り替えようとしている。星人に肉体のない、地球に生命が生まれない世界へ。これはわかるな。だが、アストライオスの目を欺いて任務に背くのは今はまだ難しい』
「まだ……ってことは、手立てはあるってこと?」
『あるにはある。が、まだ早い。おまえの気持ちの問題だ』
「僕の気持ち?父さんに反抗する覚悟はできているつもりです。もしあなたも同じ気持ちなら――」
『その問題ではない。それに、ここはアストライオスの世界だ。私もいくつか対策を試みたが、大きく干渉することはできない。創造主たる星の神の思し召しは、誰であっても侵してはならない。全ての星にひかりが戻り、生命の根源を失くした星人の肉体は散り、魂は彷徨う。そのような運命なのだ』
落ち着いた声音で言われてしまって、全身の力が抜けそうになった。僕に足りない気持ちって何?目の前のスノーボール・クッキーを口に放り込んで、勢いをつけて噛む。その様子に相手は吹き出した。これも星くんでは見られない顔。粉砂糖を冷めた紅茶で流し込んでいると、彼は目を半分伏せかけた。今度は赤と青の優しいひかりが漏れ出すのがきちんと見えた。
『知っているか?地球上の人類は太古の昔より、星々に願いをかけてきた』
「星に願いを?」
『ああ。おまえが星からどんどん連想したように、太古の人類は夜の道標となるように星をひとつひとつ繋ぎ、座標を作った。それが星座というものだ。おおぐま座やこぐま座の北極星はいい例だ』
彼の指先は魔法をかけるように宙を泳いだ。それを辿った先に北極星があった。もう合わせられる顔なんてない。そう思っていたのに、僕の目線は離れなかった。あの時に出会った青年が空の上からこちらを見返しているような、だからこそ目線を外してはいけないような気がした。
『それから、暗い夜も子らが眠れるように星座に物語を与えた。星は動く。人類が足を着けている地球も、夜空を照らす月も同様だ。そこから、人生の指針となるようにと、時間をつくった。――人類はすばらしいだろう?』
茶目っけ混じりの彼の言葉に、張り詰めていた糸がやっと途切れた。僕は愛想笑いを浮かべるしかなかったけれど、最後の意見には同感だ。僕の脳裏には、地球で出会った人々のことを思い出していた。どんどん過去に遡ってしまって大変だったけれど、思い返すと楽しい任務だった。飛行機の夢をもっている人、太陽のような王様を敬愛する絵描き、断頭台の女王様。人類は星人のように、眩く輝くひかりの瞳をもってはいなかったけれど、でもきっと、その内に見えない何かが燃えている。そうに違いないと思った。
「でも、父さんは……。人類が嫌いだ。彼らまで消そうとしている」
『そうだな。おまえの人類に対しての考えも聞きたいところだが、話しを戻そう。星は動く。自らひかり輝く星の多くは、そう見えているだけだがな。それから、宇宙空間で弾けた岩や粒の塊があるとして、あてもなく漂流している。そうして地球に段々と近づいた時、強い力で引っ張られたそれはやがて速度を得て、燃えながらさらに近づいてくる。夜空でそれが見えた時、どう見えると思う?』
「燃えている粒……星みたいに見えると思う。でも一瞬で流れて、どこかへ行ってしまう」
『そうだ。正体が拙い岩であっても、人類は夜空を横切って流れる特別な星だと考え、流星とか、ほうきのように見える星として彗星と名付けた。そうやって――意味を見出したのだ。一瞬のうちに流れ、どこかへ消えてしまう小さな星。この一瞬間に願い事を三回唱えれば、どんな願いでも叶うと。これが「星に願いをかける」の真髄だ』
「すごく詩的な……ロマンチックですね」
『ああ、浪漫主義なのは人類の性だな。手が届かなくともいつも見えるものに標を見出し、一瞬に遠ざかるものに願いを託す。では、星は?星々は何に願いをかければよい?』
浪漫主義-カミの来訪・星のねがいを3