呪文
段落を変更し、また内容の一部を加筆修正しました(2024年11月16日現在)。
間取り、それが決め手となる理由だった。
片付け過ぎじゃない?とよく言われた。どこが?と訊き返すのも、いつものことだった。生活するのに必要な最低限の物に加えて、本やフィギアといった趣味趣向のアイテムも沢山置いていた部屋だ。掃除は週に一回。本棚の後ろとか見えにくい所は年末の大掃除にしかしない、そういう手抜きを平気でやっていた。汚い、と感じない程度の清潔を保つ。それぐらいの片付けしかしていないと補足して、「それでも?」という疑問を投げ返し、
「うん。」
と強く返される答え。それが深い折り目となって、自分の目で見ても、部屋の様子が一段と変わる。違和感ともいえない、喩えれば、鶴を作ろうと手順通りに進めていて、その途中で知らない誰かの手が入った。そのせいで(お陰で?)、作ろうと思っていた形からどんどんと遠ざかる。でも、目の前にある紙の形からは何かができそう。そう予感するからやり直せない。やり直せないから続ける。続けるから、また知り合った誰かを部屋に迎える。迎えるから、また、変わる。その繰り返し。
片付け過ぎじゃない?というその言い方にはまた加減の誤りを指摘する、そういう単純さがあったから、戸惑いを覚えることなく、じゃあ、と気軽な気持ちで掃除のペースを更に長くしたり、掃除の仕方も荒くしたりした。けれど、自分の生理的な感覚は落ち着かない。目立つ汚れはやっぱり目立つ。で、いつも通りに。ペースを戻したそのタイミングで入る予定ないしは約束。また言われる言葉。片付け過ぎじゃない?
悩むことじゃないし、皮肉混じりの苦笑を浮かべたりもしない。僕は僕で、この人はこの人。その間でゆらゆら揺れる、揺れて保てるものを眺める。落ち着かないようで落ち着く気持ち。見える角度でその表情が変わる、能面みたいな毎日にあって必要な物の意味も様変わりした。その数が増えたり、減ったりする変化に見出せる拘りも次の日にはあっさりと解消されたりして、気分屋だなと思いながら続けていた自己観察の分析結果もまた冷房の風に吹かれて、パタパタする。その様子を書いた文章の裏面を落書きに使って、遊んで捨てたり。片付け過ぎてない?と誰かになったつもりで、自問自答したり。ゴミ箱から拾い出して、また煮詰めたり。思い出したり。
夜遅く、招いた人を近くの駅まで見送る、その帰り際に何の理由もなくお互いに大きな声で笑って泣いたりした、その時の実感をグー、パーしながら持ち帰る、そんな時の足元を照らす明かりからすぐそこの街灯へ、その真下を通り過ぎたら今度は電柱より更に遠くへと移る視線、意識。『気付くこと』、綺麗な形の月がある。強い光が届いてる。遮る雲が見当たらない。『気付けること』、多分、自室のカーテンを閉め忘れた。じゃあ、あの光の恩恵を部屋のあちこちが与れてる、はず。日当たりはいいから。そう類推する。想像する、色んな方向に折られた記憶が、部屋が、誰もいない隙間を狙ってパタパタと成形されていく、鶴にもライオンにも化け物にもなり得るその完成、その瞬間に立ち会うのなら部屋のあちこちは、片付け過ぎなぐらいが丁度いい。寝静まる街の様子を知る為にはひとり起きていなければならない、そういうことと多分、一緒だから。グー、パー。グー、パー。
摘まれた羽を広げられて、鶴の形を成しても紙で作られた「それ」は飛べないし、紙飛行機のように飛ばすこともできない。その為に作られるものじゃないんだから、機能性なんて、酷く似合わない言葉なんだ。ようやっと迎えた感のある衣替えの必要に応じて整理するクローゼットの中身を、着れる服か又は着れない服かではなく、着たい服か又は着たくない服かの判断で埋めながら、扉を閉じて、振り返る。「それ」は採光に優れた間取りで、日光浴も月光浴も等しくできた。包まれるように育まれる、そういう予感にドキドキした。思えば、そこからして過剰だったんだ。袋から取り出したばかりの、折り紙みたいに。
いつもの拭き掃除を終えて、掃除機もかけ終えて、戸棚から取り出したグラスはただの来客用として屈折した光をこちらに寄越す。その眩しさと美しさに注ぐ冷たさを、例えば水に、あるいはコーヒーに変えてごくごくと飲む。その間にできない会話には、じゃあ、何が宿るんだろうか。見つめ合うことも、微笑み合うことも「それ」に代わることはできない。尽きない興味。だから僕は、これからまたここで、人と会う。それでまたきっと、同じことを言われる。
片付け過ぎじゃない?
片付け過ぎじゃない?
割れない卵のように落ちて、接着してからはボールのように弾んで、どこまでも。どこまでも、跳んでいくその帰りを待ち侘びる、大切な気持ちで受け止める。お皿のような手のひら。崩れない形。その、立ち姿について紙の上を走る、イメージに富む、温もり。不思議じゃない。終わりのない、
世界を変えた。呪文だった。
呪文