愛し君へ
For it is plain as anyone can see. We’re simply meant to be.
誰でもわかるくらいシンプルなことさ。僕らが一緒にいるのは運命なんだ。
『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』
(1993)
やけに勢いのある冷え冷えとした夜風がマンションの窓を叩き、先週末、漸く再舗装が目的の工事が済んだばかりの道路の上を、晩秋の木の葉がひっきりなしに舞い上がっている深夜一時一寸過ぎ。
もうとっくにクローズ作業が済んでいる占いの館『ポアロ』の待合室には、「灰色の脳細胞」と謳われたポアロに相応しく、来客用の灰色のソファーにゆったりと足を組んだ状態で腰掛けた、一足早目の冬服を纏った『スターレス』の顔であると同時にチームWの顔である黒曜の姿があった。
誰かと思えば、婿殿かい。
一昨年の秋、『ポアロ』の真向かいにある故買屋『ハワイアン・ギター』のサンタクロース顔負けの白髭の主人から、実質タダで譲り受けたチャイニーズ・ランプの光量を調節し乍ら、此の占い館の女主人であり、且つ此の界隈で今大評判の占い師・吉岡涙香は、真っ赤な龍が描かれた陶器の灰皿の中に、まるで木材の様に積み上げられた吸い殻と燐寸の燃え殻から察するに、今夜此の場所に足を運んでから、早三本目になるらしい紫煙を吸い始めたばかりの黒曜にそんな風な「挨拶」をした。
外の月が余りにも綺麗で、ついフラフラっと。
蜻蛉釣り
けふは何処まで
行ったやら、か。
風呂上がりでつい先程乾かしたばかりの黒髪を軽く靡かせ乍ら椅子に腰掛けた涙香が、まだ火の点いていない紫煙を口に咥え乍ら皮肉交じりにそう溢すと黒曜は、あはは、こりゃ一本獲られたな、と笑みを浮かべつゝ、涙香の紫煙に火を点け、塵箱に紙屑を放り込むが如く、独特の匂いを放つ燐寸の燃え殻を勢いよく投げ棄てた。
で、如何なの?。
最近のあの娘。
相変わらずですよ。
何処に居ようとしっかりと我を通す。
涙香の言う「あの娘」とは、チームCのリーダーであり、黒曜にとっては人生最良の友で且つ最良の伴侶であるモクレンの事で、涙香は其のモクレンの八つ歳上の姉なのだった。
じゃあ退屈しないんじゃなくって?。
と言ってもつい一年前に目出度くゴールインしたばかりの御熱い御関係な御二方に、此の問いかけは野暮だったわね、失敬、失敬。
構いませんよ。
新婚さんは冷やかされてナンボだって、相場が決まっていますからね。
流石私が選んだ婿殿。
腹が据わっていて実に宜しい。
其の据わった腹が幸せ太りにならぬ様、精々気を付けますよ。
やあね、幾ら私がお婆ちゃんだからと言っても、体重の話は御法度。
褒められたかと思えば窘められる。
まるでエレベーターにでも乗っけられている気分だ。
あら、最近はドローンって言った方が判り易いんじゃなくって?。
流石お義姉さん、言葉には敏感ですな、勿論良い意味で。
褒めたって何も出て来やしないわよ。
そうですね、お義姉さんの御職業は占い師で魔術師ではありませんから。
そうそう、期待するだけ損よ。
そう言い乍ら涙香が味のすっかり薄れた紫煙を揉み消そうとすると、チェスの際に駒を動かすが如く、黒曜は涙香の方へと灰皿をさり気なく移動させ乍ら、他人には期待するだけ無駄、家庭教師からも良く言われます、と微笑を浮かべつゝ、自身の紫煙の火もそっと揉み消した。
家庭教師があの娘だとしたら、さしづめ婿殿は其の家庭教師に毎日躾けられている生徒って所かしら。
灰皿の上で紫煙の火を涙香が静かに揉み消すと、黒曜は腰掛けていたソファーからゆっくりと立ち上がるなり、まあそんな所です、と返事をしたのち、待合室の片隅に設置されたミニサイズの冷蔵庫へツカツカと近付いていって、冷蔵庫から薄らと漏れる灯りを頼りにコーラの瓶を二本取り出し、とは言え、出来が良いか惡いかはまだ判りかねますがね、何せまだ、成績表を受け取る時期じゃ御座いませんで、と言葉を続けつゝ、冷蔵庫の設置された壁の近くにぶら下げられた栓抜きで勢いよく瓶の蓋を開け、テーブルの方へと戻って来るなり、其れを涙香にそっと手渡した。
で、何の為に乾杯する訳?。
製造過程に於いて、甘さが控えめに設定してあるコーラの香りが鼻腔を軽く擽り、透き通った水滴が瓶を握り締めた右手をそっと濡らす中、普段彼女が商賣道具の水晶玉を覗き込む時よろしく、チャイニーズ・ランプの光を浴びて、今夜の様な月の美しい晩にしっとりと光り輝く海面の様なコーラ瓶の中を両の眼
〈まなこ〉で涙香がじっと見据えると、涙香にコーラ瓶を手渡したばかりの黒曜は、今一度ゆったりとソファーに腰掛け乍ら、そうですね、此処は一つ、一組の夫婦の為に、なんて如何でしょうか、と呟いて、ニカッと笑みを浮かべた。
其の様子をコーラの液体越しに見遣った涙香が、はいはい、其れが親族の務めと言うモノですからね、と敢えて芝居がかった様子でグッと前へ乗り出し、そんじゃ乾杯、と、宛らアレクサンドル・デュマ・ペールの冒険活劇小説『三銃士』よろしく、瓶の呑み口を高く掲げると、黒曜も其れに倣い、乾杯、と呟くや否や、御喋りを楽しんでいるうちにすっかり渇いてしまった喉を潤そうと、瓶の中のコーラを半分迄呑み干した。
ひと仕事終えた後の糖分補給は身体に沁みるってな御顔ですね。
楕円形の硝子テーブルの上に置かれたペーパーで口許を綺麗に拭き取り乍ら、そんな風な事を黒曜が述べると、中々に神経使うモノなのよ、他人様のこゝろの奥底にある氷を溶かす作業ってのも、って一端の組織の長である婿殿相手にこんな言葉を溢しちゃ、罰が当っちゃうわね、と言い乍ら涙香は、早ふた口目となるコーラをグッと流し込んだ。
いえいえ、同じ接客の世界に生きる身、其処に上下の差別隔て無し、ですよ。
そんな風にフォローを入れた黒曜が涙香に新品のペーパーを両手で手渡すと、裏口から聴き覚えのある足音を響かせ乍ら、やっぱり此処に居たか、と数週間前、黒曜がプレゼントをしてくれたばかりの薄茶色のロングコートと革手袋、そして伊太利製のブーツを履いたモクレンが二人の前へスッと姿を現した。
珈琲の香り。
死んだ様に眠っていた所をのそのそと起きて来たって所かしら。
掛けていた鯖江産の鼈甲眼鏡のレンズに付着していた汚れを、自身の羽織っている紺色のカーディガンの内ポケットから取り出した黒色のハンカチで綺麗に拭き取り乍ら涙香が軽く茶化すと、モクレンは黒曜が差し出した飴を舐め乍ら、ひと言、御名答、と呟いた。
そしてまるで猫が陣取りでもするが如く、黒曜の隣へのっそりと腰掛け、黒曜が自身の鞄の中から取り出したソーダ味のガムを口に含みつゝ、そろそろ年貢の納め時かな、使っているシャンプーを変えた所を見ると、と言ってから、父母譲りの綺麗に整った鼻をスンスンと動かした。
と、言う事は、へぇ、作家先生と愈々ゴールインですか、御目出度う御座います。
瓶を空にしたばかりの黒曜が、歓迎の為の拍手をすると、涙香は妙な時に妙な所を突かれたと言わんばかりの表情で、前々から獲りたいって彼が言っていた賞を獲れたから、其の御祝いも兼ねてね、と照れ臭そうに呟いてから、其の照れを隠す意味も込め、黒曜から受け取ったガムを放り込む様に口へ含んだ。
栗原京助。
年齢三十八歳。
出身は涙香と同じ東京都で、父の幸助は涙香が良く立ち寄る居酒屋『甚五郎』の三代目亭主であり、何かと世話焼きな『甚五郎』の常連客も含めた周囲の御膳立てを通じ、京助と二人して酒を酌み交わすうちに両想いになった、と言う良くある戀愛パターンでくっ付いたのだが、前々から獲りたかった賞を云々と言うのは、京助が涙香との関係を今一歩前進させる為に自身のハートに発破を掛けようと出た話で、其れが目出度く実って結婚に辿り着いたのである。
尚、黒曜は嘗て「ショーレストラン」と言う商賣形態に興味を抱いた京助から複数回取材を受け、其の度に呑み喰いに誘って貰ったと言う「恩義」があった為、決して器用とは言い難い男女の戀のバックアップを担当していてたのだが、此の度京助と涙香がゴールインしたと涙香の口から聞いた瞬間、内心ホッとした気分であった。
挙式だ披露宴だと言った催し物とは無縁の人生だと思って生きて来たけれど、まさかこうなるとはね。
色々とやらなきゃいけない事があるから、疲れない様にお気をつけあそばせ、お姉様。
ここぞとばかりに「先輩格」としての面構えをしたモクレンに対し黒曜は、こらこら、そう威張るモンじゃねェっての、と寝起きも相俟ってか、若干くしゃくしゃ気味のモクレンの頭を自身の右手でそっと撫でた。
ちょっとちょっとお二人さん、戯れ合うのは部屋に帰ってからにして頂戴な。
さてと、もう良い時間だし、御開きにしましょ。
涙香が苦笑を浮かべ乍ら立ち上がると、其れに気が付いた黒曜は片付けを始め乍ら、きっと幸せになれますよ、お義姉さんなら、と涙香の背中を押した。
あらあら。
ま、今夜ばかりはお株を奪わせてあげるとするわ、新婚さん達に免じて。
待合室の片付けを済んだのち、式の日取りを決めるだなんだでゆっくり会っている暇も無いだろうから、と言う涙香の言葉に従い、三人は今夜の記念の写真を撮る事になったのだが、其の際涙香は自室から自身のスマートフォンと自撮り棒を持って来ると同時に、三人分の猫耳のカチューシャと尻尾の入った段ボールを抱えていた。
ははは、宴の締め括りは皆んなして猫を被ろうと言う訳ですか。
カチューシャを受け取った黒曜は、早速モクレンを待合室の立ち鏡の前へと立たせるや否や、先ずはコートを脱がした後、モクレンにカチューシャと尻尾を装着し始めた。
万聖節はとっくに終わったが、ま、悪い趣向じゃないな。
そう言ってモクレンは悪戯な微笑を浮かべたかと思えば、今度はカチューシャと尻尾が似合っている事に対する満足気な表情を鏡越しに黒曜へ向けて放った。
其の様子を側から伺っていた涙香は、まるでディズニー映画の世界ね、眩し過ぎて眼が眩みそうだわ、と軽く笑い聲を響かせ乍ら自身の準備を進めた。
短い時間だったが、中々に良い姉さん孝行が出来たんじゃないのか?。
記念撮影を無事済ませ、モクレンと共に手を繋ぎ家路を歩く黒曜の左手には、自分達が装着をしたカチューシャと尻尾、そして明日は年に一度の「ポッキーの日」だから、と涙香からお土産に貰ったポッキーの詰め合わせが入った有名な百貨店の紙袋がしっかりと握り締められていた。
まるで楽器の様な軽やかな黒曜の聲を耳にしたモクレンは、革手袋の上から黒曜の右手をギュッと握り締めつゝ、姉さん孝行、か、と呟いたのち、ま、良いだろう、昔から立つ鳥跡を濁さずの喩えだ、今宵はお前の言いたい放題を赦してやる、と言って、信号が赤から青に変わったばかりの横断歩道を大股で歩き出した。
言いたい放題は何方の方やら。
黒曜は其の言葉を胸に仕舞い込むや否や、すっかりひと気の薄れた深夜のビル街に、早馬が駆け抜けるが如く冷たい夜風が音を立ててサッと吹き、箒に乗った魔法使いが腰掛けでも居そうな雲間から顔を出したばかりの三日月の光が降り注ぐ中、そう遠くない場所で潮騒の様に鳴り響くクルマの走行音を耳にし乍ら、モクレンの大股に付き合わんと其の足を早めた。
さっきは気が付かなかったが、首飾り、付けてくれていたんだな。
十二階建てのマンションのエレベーターに乗り込み、中央に嵌め込まれた鏡に映った自身の姿へと視線を向けつゝ、身に付けていた革手袋を外し乍らモクレンがそう呟くと、操作盤が直ぐ側にある方の壁にべったりと寄りかかった状態で黒曜は、お前の愛のこもった贈り物だ、飾っておくだけじゃ勿体無いと思ってな、と言って、丁度寝る前の子供がぬいぐるみを抱き抱える時よろしく、エレベーターに乗り込む迄は片手で持っていた紙袋を両手で抱え込んだ状態で、嬉しそうに愛妻の横顔をじっと見据えた。
モクレンは其の嬉しそうな表情を横目で見つめ乍ら、今のお前の顔、純朴な乙女と良い勝負だぞ、と揶揄い気味に言って、くるりとエレベーターの扉の方へ身体の向きを変えた。
純朴な乙女と良い勝負か。
人間生きてりゃ、そんな顔をしたい時も偶にはあらァな。
エレベーターが二人の住居がある十階に於いて停止をした瞬間、操作盤の「開」のボタンを押し乍ら、黒曜がそう呟くと、モクレンは黒曜の言葉を軽く受け流す様に、ひと言、其れもそうだな、と言ってエレベーターホールへと出て行った。
周囲に迷惑が掛からぬ様、部屋の鍵をゆっくり開けると、『スターレス』に足繁く通う方から二人へのプレゼント名義で貰った白蘭の消臭剤の香りが、玄関の灯火の下で靴を脱ぎ始めたばかりの互いの鼻腔を軽く擽った。
如何する、此の儘寝るか?。
其れとも一杯やるかね。
大きな身体をグッと屈め、モクレンが脱いだばかりの靴を靴箱の中へと片付け乍ら黒曜が質問をすると、モクレンは衣服のある部屋へと歩き乍ら、お前に任せる、と答えた為、そんなら、お土産のポッキーで一杯やるか、と言って黒曜は立ち上がるなり、モクレンの背中を追いかけ、自らの着替えもそこそこにモクレンの着替えの手伝いを甲斐甲斐しく務め始めた。
そう言えば駅ビルの中に新しい麵麭屋が出来たそうだな。
黒曜が毎朝決まった時間に丁寧な掃除を施しているお陰で、文字通り汚れ一つ無い立ち鏡の前に於いて上半身裸になったモクレンがそう言うと、其処の店主、仏蘭西は華の都・巴里、伊太利亜は歴史の都・羅馬に於いて其々五年ずつ修行為さったそうな、でもって今働いている従業員の半分は其の頃に知り合った日本人友達なんだと、と黒曜は脱がせたばかりのモクレンの衣類を慣れた手付きで片付け乍ら、丁度今から一ヶ月前に開店をしたばかりの麵麭屋『シャノワール』(仏蘭西語で黒猫の意)に関して、自らの知っている事をつらつらと開陳をした。
尚、何故に黒曜が此の様な事を知っているのかと言えば、駅ビルの直ぐ近くにある喫茶店『コロンブス』の若き店主と黒曜は呑み友達であると同時に、しょっちゅうポーカーだのダーツだので遊んでいる為、其の際に界隈の情報が自然と黒曜の耳にも入って来るのだった。
其の店のお勧めは?。
今のトレンドはクロワッサン。
伯剌西爾の豆を使っているって言う珈琲と一緒に嗜むと、此れが中々にイケるぜ。
なら今度奢れ。
今度どころか、もう買ってあるンだな、此れが。
スイーツと一緒に冷蔵庫の中に明日買ってあるから、明日の朝にでも楽しんでいただこうかな、と。
勿論、珈琲も込みでな。
相変わらず手回しがお早い事で。
モクレンはそう言って黒曜から受け取ったヒートテックとズボンを羽織ると、授業終わりの生徒又は學生よろしく、其の場で大きく背伸びをし、首をぐるりと回した。
そして今一度鏡に向かってそっと視線を向けると、黒曜が実にさり気なく猫耳のカチューシャを装着して来たモノだから、余程気に入ったらしいな、私の艶姿が、と言って本日二度目となる猫耳ヘアをまじまじと見つめた。
付き合ってくださるンだろ、俺の我が儘に。
モクレンの耳元迄顔をグッと接近させ、和菓子の様に程良い甘さの聲色で黒曜がモクレンに囁くと、モクレンは急な囁きに対し、廣島は宮島の紅葉の様に両耳を赤く染めつゝ、卑怯だぞ、色男、と言う具合に黒曜の事を罵倒したが、へへ、そんな可愛い反応をするんなら、もっと可愛がってあげたくなるぜ、と如何にも大人のオトコらしいあっけらかんとした態度で黒曜はモクレンの罵倒を交わし、自身も今一度猫耳のカチューシャを装着をしてのけた。
お前だけに「コレ」をさせんのは、此の場合フェアじゃあなかろうて。
そう言い乍ら黒曜は猫耳のカチューシャを装着した状態で漸く自身の寝巻きに着替え始めたのであるが、筋骨逞しい上半身が露わになった途端、壁に寄りかかった状態で着替えの様子を覗っていたモクレンは、小腹が空いたお腹の底から何とも言えぬ笑いがこみ上げてくるのを堪えられなかったと同時に、やっぱりお前さんって人間は、と眼の前の男に対する愛おしさが湧き上がるのをひしひしと感じた。
そして黒曜の着替えが一通り済んだ途端、背後からギュッと抱き締め乍ら、ボソッと、大好きだぞ、と本当に黒曜にしか聴こえない聲で呟いた。
其れに対し黒曜は、俺も大好きだぞ、と返事をし乍ら、酷くこなれた手付きでポッキーの箱とポッキーの詰まった袋を開けるなり、色とりどりの果物がたっぷりとグラスに盛り付けられたトロピカルジュースに刺さっているストローを咥える様な要領でポッキーを咥えてのけると、自身の身体をモクレンの方へスッと向き直るなり、遊ぼうぜ、此れで、と誘い水を撒いた。
仕方ないなぁ。
モクレンは態とらしくそう言って黒曜同様にポッキーを咥えると、ガリガリと其れを食べ始めた。
軈て彗星が爆発をするが如く勢いよくぶつかり合った互いの唇は、何時も以上に甘々であり、同時にオトナの味がした。
翌日二人は、部屋の中で文字通り二人きりの撮影会をしたのだが、其の時も猫耳は装着をしっ放しであった。
でもってお互いの手により撮影された写真の中には、普段『スターレス』で身に纏っている接客用の服装と同型の衣装を纏い、例の新しく出来た麵麭屋に於いてモクレンへの「御褒美」と称し購入をした、ささやかだが甘さたっぷりの苺のカップケーキを片手に持ったモクレンの姿を収めた写真もあったのであるが、其の時に垣間見せたモクレンの所謂「ドヤ顔」は、撮影者である黒曜の眼には愛らしくそして迚も美しく映った。
「愛し君へ」
此れ等の写真を収録したフォルダに、黒曜はそんな題名を名付けた。
〈終〉
愛し君へ