カルメン その愛と性

「カルメン」というオペラ作品は、世界的に有名なもので、様々な国で多種の公演が行われている。
情熱と愛の物語として知られているストーリーだが、そこには言葉に表されていない影の部分もあるのではないだろうか。
そんな部分を、あえて表現してみました。

カルメンというオペラに参加し、それがきっかけで「カルメン2024」という、ストーリーを現代風に表現した
作品も書いたが、こうやって細部を追及していくと、文章や芝居に書かれていない矛盾点がいくつか浮き上がってくる。

オペラを観たり、文章を読んだりしても、何気なく素通りしてしまうような、些細な部分だ。
それは、普通は触れない(触れてはいけない)とされている、赤裸々な性の部分ではないだろうか。

当時の流浪の民の女に、性良識とか貞淑性などというものは無かったか、
有ったとしても、現代の感覚とは異なるものだろう。


現代も、かつての道徳やら宗教的な拘束やらが薄れてきていて、好きになればくっつき、嫌になれば別れる、
したいと思えば交わり、性売買で小遣い稼ぎをするような女学生も居る。
かつての自由奔放な時代に回帰しつつあるのかもしれない。

本来、人は性の快楽を好む。そうでなければ子孫が繫栄せず種族は滅亡する。
それが過度に乱れることを防ぐために、道徳とか宗教などで制限をしたのだろうが、本能的なものが復活しつつあるのかもしれない。


そんな部分の、私なりの解釈をしてみたいと思う。

ストーリーはご存じとの前提で話を進めるので、
もしも、お話を知らずにこの文章を読んでいるのなら、
一度オペラを鑑賞するか、私の書いた小説を読んでいただきたい。

https://slib.net/125405


1.カルメンとは何者なのか?


煙草工場で働く娘、密輸団の一味、パスティアの酒場の踊り子、
様々な形で登場するが、ロマ(ジプシー)の娘とされている。
つまり、流浪の民だ。

美貌で男たちを惹きつけ、ドン・ホセやエスカミーリョと恋をし、ホセの嫉妬により、その生涯を終える。

当然、ホセやエスカミーリョとは、性の交わりもあっただろう。
しかし、それだけでは、このストーリーは解釈できない部分がある。



カルメンがセビリアに流れて来たのは、密輸団がアンダルシア地方に移ってきたからだろう。
それまでの経緯は不明だが、別のエリアで官憲に追われたか、
こちらのエリアでの仕事の方が実入りが良いと判断したか、
一団でアンダルシアに来たのだ。

一味の結び付きが、どの程度のものかは解らないが、
カルメンの喧嘩騒ぎの時に逃走の手助けをしているのだから、それなりの仲間意識はあったのだろう。
おそらくロマの一族がそのまま密輸団として活動していたのだと思われる。

その中で、船乗りとの交渉や移送ルート、販売先の選定など、メンバーが手分けして役目をこなしていたのだろう。そこでの、カルメンやメルセデス、フラスキータなどの役目は何だったのだろう。
これはダンカイロがはっきり口にしている。道中のお役人を騙す役目だ。

そこで一つ見えてくるのは、ダンカイロが執拗にカルメンの同行を求める場面だ。3人の見張りの役人が居るから、お前も必要だと語っている。
もしも、クラブのホステスと客のような対応で酒の相手でもして役人を騙すつもりなら、3人の役人に対してメルセデスとフラスキータの二人でも対処できるだろう。

もっと踏み込んだハニートラップだったのだろうと、私は考えている。
つまり、役人をベッドの中に引っ張り込んで、お愉しみの時間を過ごさせ、
その間に密輸品を通過させたのだと思う。だから、三人が必要だったのだ。

当時の時代背景を考え、密輸団という犯罪組織の一員と考えれば、自然にそこまでの想像はできる。
(そもそも、原作の小説では、この一味は密輸だけでなく窃盗でも強盗でもするような犯罪組織として描かれているらしい。。その後、オペラ化されて密輸団となったのだ。)



ということは、カルメンやその周囲の女たちは、身体を使って報酬を得るような(報酬を得るためなら、男に抱かれることも厭わない)仕事をしていたことになる。



パスティアの酒場では、女は男たちの相手をして酒を飲ませ、歌や踊りで楽しませる。それと同時に、その酒場の裏側にはベッドの置かれた狭い部屋がいくつかあり、お客が店の女性と別のお愉しみも出来るようになっていたのではないだろうか。

当然のことながら、当時は売春禁止法なども無く、女が春を売るのも商売として成立していた。

カルメンもメルセデス、フラスキータも、そういう女だったと考えると、ストーリーの細部にも納得できる点が出てくる。

まあ、カルメンのような気位が高く我儘な女が、それをメインの生業にしていたとは考えなくとも、その相手の容姿や口説き方、チップの多寡などで、ベッドを共にすることも拒まないような女だったという見方は出来そうだ。



2.薔薇の花の意味

カルメンは、夜の商売で酒の相手やベッドの相手なども出来るのに、なぜ煙草工場で働いていたのだろう。

一つには、もっと稼ぎたかったという理由もあるだろう。
当時の性売買の相場は判らないが、そう高額ではなかったと考えられる。
しかし、カルメンは美貌で噂になるような女だ。地道に色を売る商売で稼げば
それなりの稼ぎはあるだろう。
まあ、密輸団としては、物を売りさばいて初めて稼ぎが入るのだから、それまでの男たちの生活費も必要になるだろうし、遊んで暮らせるとも思えない。
国営の煙草工場の給金の方が、魅力的なのかもしれない。

次に考えられるのは、カルメンのきまぐれだ。
流浪の民として暮らしてきたカルメンが、セビリアという大きな街に来て、
ある程度の期間そこに定住するとなれば、いままでとは変わったこともしてみたくなるだろう。工場で女工を募集していると聞けば、そんな仕事もやってみようかと考えても不思議ではない。

それともうひとつ、そうやって昼の仕事をすることで、何らかの利益があることも考えられる。
例えば、密輸品の宝石などを欲しがっている客になりそうな相手を物色するとか、兵士や街の男たちと顔なじみになるとか。
「私、夜はパスティアの酒場に居るの。遊びに来てね。」などと告げれば、
その言葉に釣られる男も多いはずだ。
単に酒を飲んでカルメンとお話をするだけでも良いという男も居れば、
有り金はたいてもベッドを共にしたいという男も多いだろう。

しかし、希望者多数でもカルメンの身体はひとつ、それにカルメンはきまぐれな女だ。一夜の金額もその時の相手との交渉次第だろうし、逆にいくら金を積まれても相手をしたくはない、という我儘も通用する。

江戸時代の花魁が「あちきは嫌でありんす。」などと言って豪商の旦那を袖にするなどという話があるが、それに近いイメージが湧く。

また逆に、この男は私の好みの好男子だと思えば、金など取らず、こちらから誘いをかけて一夜を共にすることもあっただろう。
そして、ドン・ホセはカルメンの好みの容姿をしていて、カルメンの方からアプローチをしたのだ。

それで、昼休みの時間に街に出ると、声をかけられたり好みの男を物色したりして過ごし、今宵の相手を見つけたら、手にした薔薇の花を渡していたのではないだろうか。
(一説によると薔薇ではなく金合歓という白い花だとも言われている。
まあ、世間では薔薇のイメージが定着しているから、ここでは薔薇としておく。)

つまり、薔薇を渡すという行為は、「今夜の相手はあなたを選んであげる。」という意味合いなのだろう。
優待券や無料券なのか、ファストパスなのか、それぞれ相手によって意味は異なるだろうが、カルメンが相手をしてくれるという最初の関門だったのではないだろうか。



3.男たちとの関係性

ドン・ホセは、最初はカルメンから声をかけられた。カルメンが薔薇を渡したのは、大勢の男たちの中で唯一カルメンの方を向かなかった男を振り向かせたいという、天邪鬼な欲求があったのだと思う。この時には、ドン・ホセの気持ちはミカエラに有った。
そもそも、ドン・ホセはどちらかと言えば田舎の出身で、宗教的な意味や道徳的な意味で保守的な考え方の持ち主だったはずだ。
男女の関係はすなわち結婚となるものだし、一度結ばれたら一生涯その相手との絆を守るのが常識だったのだ。

しかし、花を投げつけられて、ホセの男の本能が沸き上がった。
No1ソープ嬢から優待券を送りつけられたようなものだ。周囲の者は羨ましがるだろう。
しかし、ミカエラが、と悩みつつも、やはり営倉で過ごす間もその花を捨てなかったのは、ホセの男としての欲望のためだったのだろう。
カルメンとしては、イケメンの伍長を誘って一夜だけの愉しみくらいのつもりだったのかもしれない。

それが成り行きで組織のメンバーとなり、恋人同士というポジションになると、立場は逆転する。
夜を共に過ごし身体を重ね、ホセはカルメンの性技に夢中になってしまう。百戦錬磨の女だから、男を満足させる技などはお手のものだろう。
一方で、カルメンはホセに飽きてくる。回数を重ねれば技量も知れてくる、上手なのか下手なのか、きちんと満足させてくれるのか、自分だけが満足して終わるのか。顔は好みであっても、営みの満足度は違うものだ。
仲間に加わりながらもなかなか馴染まず、故郷や今までの生活や幼馴染に、いまだに心を残している性格も鼻についてくる。


そこに登場するのが、エスカミーリョ。
オペラの上では、エスカミーリョとの初対面はパスティアの酒場で、ドン・ホセが営倉から出て、カルメンがその来訪を待っていた晩だ。

一目でカルメンをお気に召して愛を語った。
カルメンが断ると、引き際も潔い。
その晩は、密輸団の仕事の打ち合わせもあるというタイミングだったし、
ホセが来ると、カルメンが思っている夜でもあった。

だが、その時点でのエスカミーリョの思惑はどのようなものだったのだろう。
このような店に居るのだから、金で身体を売る女だろう。一夜の相手として
この美女を抱いてみたい、という考えだったのかもしれない。

それに対してカルメンは、今晩はあれこれと立て込んでいるし、ここで慌ただしく一夜だけの関係を持つより、後日ゆっくりと一緒に過ごして、常連になってもらおう、などという思惑があったのかもしれない。


このエスカミーリョ、見た目も良く、金も有り、行動や会話がスマートだ。
最近グレナダの闘牛で注目を集めている闘牛士というのだから、大谷翔平や
井上尚弥とまで行かずとも、大の里くらいの有名人で人気者だ。

この店を去る時の会話
「それなら俺は待つさ。それに 希望を持つのは悪くない。」
「待つのはかまわないわ それに 希望を持つってのはいつもいいことよね。」
というのも、深読みすれば、
「次にまた来るよ。その時は期待していいんだね。」
「そうね。また来てね。たっぷりサービスしてあげるから、期待してても良いわよ。」
というようなやりとりに思える。


エスカミーリョが次に登場するのは、三幕の山の中の隠れ家のシーンだが、初対面からそこまでの間に、何度かカルメンと会って、夜を共にしているのではないだろうか。客としてなのか、恋人としてなのか、その関係は次第に親しいものに変化していったと考えても良いだろう。
山の中で、偶然隠れ家に辿り着くとも思えない。カルメンが枕語りに告げたのではないだろうか。
そして四幕の闘牛場のシーンでは、二人が腕を組んで登場することとなる。
人気者の闘牛士が恋人を連れてくるのだが、生涯を共にすることを誓った相手というよりは、今付き合っている華やかな恋人を連れたイケメン、という芸能界や人気スポーツ選手などの華やかさを誇るシーンである。


こういう華やかなシーンにためらいなく出て行けるのは、ミカエラに連れられ、ホセが故郷に戻ったからという理由もあるのではないだろうか。
ホセが、同じ密輸団の仲間として一緒に行動していれば、当然のように嫉妬するだろうし、ダンカイロなどに「あいつはもう嫌いになったからお払い箱にして。」などと言っても、どういう扱いになるのかは判らない。
都合よく、ホセが去ってくれたので、カルメンはエスカミーリョとの甘い逢瀬を愉しめたのだろう。



さて、もう一人、ストーリー展開で重要な役目をするのが、スニガだ。
大尉という位でドン・ホセが所属する隊の隊長だから、現在で言えば、
警察署長くらいか、県警本部長くらいになるか。
だが、カルメンを口説き落とそうとしても、いつも袖にされてしまう。
本人は、地位もあり金もあり、カルメンのような春を売る女など、簡単にものに出来ると思っているような節もあるが、「あちきは嫌でありんす・・」という風情で振られてしまう。

パスティアの店でのエスカミーリョに対しての態度は、遠慮を感じられる一方で、エスカミーリョがカルメンを口説くシーンに割って入って、
「闘牛士どの、我々もあなたの行列に加わりましょう。」などと言い、カルメンを取られまいとしている下心も感じられる。

さらに、カルメンが来なくて良いと言うにもかかわらず、点呼の後に戻ってきて、そこに居るドン・ホセと争いになる。
「兵隊ごときに乗り換えずとも良いものを」という言葉からは、もうカルメンを自分のモノのように勘違いしている感がある。
地位や金をかさにかけた傲慢さでもある。

そして、争いの際に密輸団の一味に抑え込まれ、どこかに連れ去られてしまう。
(一説によると、そのまま殺されてしまうとも言われている)
このスニガの登場が、ドン・ホセが一味に加わる分岐点となり、その後の悲劇を生むのだ。

スニガが来なければ、ホセはそのまま隊に戻り、(点呼に遅れたというペナルティはあるだろうが)無事に兵役を済ませ、故郷にもどりミカエラと結ばれたのだろう。
カルメンと一夜を共にしたとしてもそれきりの関係で、良い思い出となったか、ひと月の営倉暮らしの代償とでも思ったかで、終わってしまうはずだっただろう。


以上、あれこれと考察してきたが、根拠は無い想像だけの話だ。
だが、ストーリーの細部や、当時の風俗を考えると、それほどあり得ないことも無いだろう。

このように考えると、結局カルメンというストーリーは、様々な偶然が織りなす、性に自由な女の話だとも思えるのだ。


もちろん、カルメンのことをもっと清純で愛の為に生きた女だと考える人も居るだろう。あくまでも私見なので、それを否定するつもりはない。

ただ、
ロマ(ジプシー)の娘であること
密輸団の一員で有る事
パスティアの酒場で踊っていたこと
ドン・ホセを自分から誘惑したのに、飽きるとエスカミーリョに乗り換えたこと
等を考えると、私の考えもそれほどは違ってはいない気がする。

この先は、これを読んだ皆さまにお任せすることにしよう。

カルメン その愛と性

性は、人間として、生物としての根源的なものなのだが、現代ではあからさまに語るのはタブーとされている。
今回は、カルメンの中に描かれているそんな部分を、あえて表現してみた。
どのように受け止めるかは、読んだ方それぞれにお任せするが、これも有り得るストーリーだと思っている。

カルメン その愛と性

カルメンの性とは。名作の中に隠されたその疑問に迫ってみます。

  • 随筆・エッセイ
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  • 強い性的表現
更新日
登録日
2024-11-06

CC BY-NC-ND
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