庇護する女たち

男を隔離して崇める女たちの村で、旅人が見たものとは……

神話



「男に会おうなど、考えぬことだ」



旅人は少し驚いて、飲み物の器をテーブルに置いた。

村の中心にある大きな家で、旅人はこの村の(おさ)である老齢の女性から、もてなしを受けている。

長は旅人を(こころよ)く迎え入れ、村について詳しく話していたのだが、(たが)いがだいぶ打ち解け場が(なご)んだ所で、旅人が村の男のことを(たず)ねると、急に態度が変わった。

旅人は、自分の早計(そうけい)な判断を少し後悔しながら、気を(まぎ)らわせるように窓を見た。

窓の外には畑や牧場が広がり、丘の上には白い建物が太陽の光を受けて輝いている。


「あの丘を登ることが許されるのは、年に一度の祭りの時と、村の会議で認められた場合のみだ。私ですら男たちの(じゅう)(きょ)には、近づくことは無い」

なのに、よそ者である旅人など、もってのほか。と言いたげにも、旅人には聞こえた。


「神聖ゆえ不可侵」


彼女はそう言ってから、静かに語りはじめた。


かつて、混沌から分かれた神々の種族があった。

神々は世界を作った。

海と空、天と地、あらゆる生きもの。


やがて人を作り、人は増え繁栄した。

そして災いの時、人は滅びる(さだ)めだった。

だが神々は、特別な子どもを人に与えた。

それは男児だった。

人間にとってはじめての男である。


人々は彼によって生まれ変わり、栄え、国が生まれた。


「我らにとって希望、救い、恵み。言い尽くせる言葉など無い。まさに神々の恩寵(おんちょう)なのだ。みだりに姿を拝むことは許されぬ。よって会わせるわけにはいかぬ。たとえお前さんが()であってもだ」


旅人は、それ以上聞かなかった。


つまり、ここでは男は貴重なのだ。

噂のように男を奴隷にしたり、ましてや男児が生まれたら間引くなど考えられない。

かつて災害や疫病によって男が減った分、女たちが男の仕事もするようになった。そして少ない男たちと、子孫を残して今に(いた)るのだろう。彼女たちの神話(・・)は、それを物語るものに違いない。



旅人は長に謝罪と、もてなしの礼を言って席を立った。



アマゾネス。

彼女たちは、(みずか)らをアマゾーンと呼び(ほこ)る。
人と呼ぶには、あまりにも野性的な種族。
武装し馬に乗り、戦いと狩りを好み、男を()らう野蛮な女たち。

世の中のイメージとは裏腹に、ここの住人たちは畑を耕し、家畜を飼い、穏やかに暮らしている。


旅人は筆記具(ひっきぐ)を出して、今起きたことを書き()める。


「男は神々の恩寵……」


辺境に散らばり暮らしていた彼女たちは、周辺の国々にも住み始め、アマゾーンの名も広まり、定着しつつある。

その中のある王国から、この村の実態を探るべく、一人の旅人が訪れた。

旅人はアマゾーンの知識を持ち、研究している王国からの使者であった。

旅人



運が良かった。

石畳の道を歩きながら、旅人は考える。



村の門番をしている女に、自分が王国からの使者であることを伝えても、女は怪訝(けげん)そうな顔をして門を開けようとはしなかった。

こういう場合に備えて王国から武装した従者が派遣されたのだが、村の者が警戒心を(いだ)かぬよう、時が来るまでは戻らないように言いつけて帰してしまっていた。

交渉役も引き返す馬も無く途方に暮れていると、村の外で(あきな)いをして戻ったばかりだという、中年の女が声をかけてきた。

いきさつを話すと、女は長の娘で門番の女に話をつけた上、そのまま長の家に案内されたのだ。


(長の娘が来なければ、どうなっていたことか…)


長は、王国からの使者を神々の恵みだと喜び、家の者に命じて宴の用意をさせた。

「はるばる王国からわざわざ辺鄙(へんぴ)な村に来て(いただ)けるなんて、しかもこんなに美しい殿方(とのがた)に」

長は宴の席で王国のことをあれこれ聞くので、旅人も王国の近況など教えながら、アマゾーンの国を調査しに来た(むね)を差し支えない程度に伝えた。長は、こんなに良い日はめったに()い。と言って、さらに喜ぶのだった。


(打ち解けたと思って油断したのがまずかったか…しかし、村の(こと)はあらかた聞き出せたし(ほか)の村への( )()かりも(つか)んだ。先は明るい)



石畳の道が続く。



長の娘と、ここを通った時には、女たちが石を運んでいた。
ここは本当に女しかいない。

畑で牛に(すき)を引かせるのも女だし、村の入り口で門番をしていたのも女だった。


(あの女はずっと、自分の姿をジロジロ見ていたな)


ここでは男を見る機会が本当に無いらしく、女を見かけるたびに、相手は我が目を疑うような顔をして驚くのだ。
頭からつま先までまじまじと見る者、すれ違ってからハッと振り返る者、物陰から覗く者……


物珍しさからか、(ある)いは(ほか)の感情からか。


道沿(みちぞ)いには木造の家が並び、風が運ぶ木の香りが旅人の心を(なご)ませる。
建設中の家屋(かおく)では、がたいの良い女たちが作業をしていた。

(…あの建物は、誰が造ったのか)


旅人は丘の上にある、男たちの住居を思い出す。

(女たちが入れない場所なら、男たちが造ったのかもしれない)

(しかし、あれほど希少で大事にされている男たちを、労力にするとは思えない)



文献によれば、アマゾーンの人口は大半(たいはん)を、女が占め、男は一割にも満たないという説がある。
おそらくは男児の出生率が低いか、何らかの理由で男性の死亡率が高いのだろう。


旅人はまた、筆記具を出してペンを走らせた。



彼女たちは好奇心は強いが内向的で、他人に危害を加える者はいない。



(それにしても……)


「良い収穫だ」


アマゾーンには、様々な噂や俗説が飛び交い、王国でも情報が不足している。

そこで旅人が名乗り出て、(みずか)らの説を証明するべく、アマゾーンとの接触を(こころ)みたのだった。


アマゾーンとは、多様(たよう)で好戦的な者もいるが、多くの者は争いを好まず、平和的な交流が可能である。


旅人は、幼少の(ころ)から読み(あさ)った書物から得られた、研究の成果に満足していた。

そして、(いま)だ神秘と恐れに包まれているこの種族と、どこよりも早く接触して交流の機会を(もう)ければ、王国の(えき)にかなうとも考えていた。



アマゾーンの村は数多(あまた)あって、それぞれが独自の文化を持ち、それが一つの国として繋がりを持つ。
周辺の国々と比べれば小規模だが、アマゾーンの住む地域は辺境を越え拡大を続けている。

他国がアマゾーンと手を組み利用すれば、王国にとって厄介な事になるだろう。

先手を打たない手はないのだ。


旅人は筆記具をしまうと、(あらた)めて村を見回(みまわ)した。

調査はまだ始まったばかりだが、旅人は確かな手応えを感じていた。



この調子で、他の村にも行こう。
そろそろ従者が(むか)えに来る時間だ。



旅人は村の入り口を目指して、さらに歩みを進める。



「殿方」



声の方を振り向くと、若い女が立っていた。

女戦士



「長の無礼を、お許しください」



若い女は旅人に歩み寄ると、頭を下げた。

貴女(あなた)は…?」

旅人は、少し戸惑いながら尋ねた。

というのも、今まで見てきた女たちは(みな)丸腰(まるごし)簡素(かんそ)な布の服を着ていた。それは村の長でも、変わらないものだった。
例外と言えば、村の門番が、腰に剣を下げていることだけだった。

ところが、この女はこれから(いくさ)に向かわんばかりに武装している。

俗説通りの女戦士(アマゾネス)がそこにいた。


殿方(とのがた)を驚かせてしまいましたね、如何(いかん)せん旅路(たびじ)は物騒なもので」

女は長の孫娘で、これからアマゾーン国の女王のもとに向かうという。


「祖母は(かたく)なに村の伝統に固執(こしつ)して、貴方(あなた)(こば)みました。これは、殿方に対する侮辱(ぶじょく)です」

「いえ、私こそ不躾(ぶしつけ)な真似を」

「いいえ、おかげで決心がつきました。私たちは村に閉じこもるのではなく、外に活路(かつろ)を見いだすべきなのです」

そう言うと孫娘は、家が立ち並ぶ方に向き直った。


「みんなも、そう思うわよね!」



すると、家々の裏からこっそり様子を見ていた何人もの女たちが、おずおずと顔を出した。

「長のことはもう、心配しなくていいわ。今後この村を治めるのは、母になるでしょう。私たちは(みやこ)を目指しましょう!」


孫娘の言葉に、女たちの表情が晴れる。
(とも)に、さらに大勢の女たちが姿を(あらわ)した。

周囲から歓声が()()こり、女たちは孫娘を取り囲んで、何度も名前を呼びながら(たた)えはじめた。



「殿方、貴方を都にお連れしたいのです!」


()めどなく増えつづける群衆を()き分けて、孫娘が旅人に手を差し伸べる。


「私を…ですか!?」


「都には、貴方(あなた)のような使者が世界中の国々から集まります、どうか女王様に会ってください。きっと喜ばれるでしょう」


唐突(とうとつ)(もう)()に、旅人は驚きを隠せなかったが、同時にある考えも浮かんだ。

(これは、アマゾーン国の都に乗り込む絶好(ぜっこう)機会(きかい)だ)


これを()に我が王国とアマゾーン国が友好関係を(きず)けば、周辺国への牽制(けんせい)になるだろう。


アマゾーンの住む地域は、周辺国(しゅうへんこく)をそれぞれ囲むように広がっているので、良い緩衝(かんしょう)地帯(ちたい)になる。それに、彼女たちが平和を好む気質(きしつ)とはいえ、少数でも好戦的な者がいた場合、相手国(あいてこく)の手に渡るのは好ましくない。

彼女たちについては、まだ未知な部分が多い。
(うち)()めた戦闘力は(あなど)れないからだ。


それにしても、他の国々に先を()されているとは、知らなかった。急がねば。



「はい!是非(ぜひ)ともお連れください」


旅人が孫娘の手を取ると、女たちはどよめいて、それからますます喜んだ。



私たち(・・・)の恩寵だ!」



(みな)が叫ぶと、孫娘が(たしな)める。

「恩寵は神々から(たまわ)るものですよ、人間( )風情(ふぜい)が勝手に決めて良いものではありません。それに、この方は大事な使命があるのですから」


女たちは急に静かになって、二人(ふたり)から距離を置いた。


「殿方は、私が責任を持ってお守りします」

「ありがとう」



二人は肩を(なら)べて、石畳の道を歩いた。


「実は、お願いがあります」

「何でしょうか?」


「これから、私を迎えに従者が来ます。都に行く前に、会ってこれまでの(こと)を伝えておきたいので、(しばら)く待ってもらえませんか?」

「わかりました。村の入り口には、旅の支度(したく)()ませた者たちがいます、そこで待ちましょう」


門の前には、孫娘と変わらぬ装備(そうび)(かた)めた女戦士たちが、馬を連れて待機していた。


「殿方、さっきは、すまなかった」

門番の女が、二人に駆け寄ってきた。


「まさか、村の外から男が来るなんて信じられなくてな、目を疑ったよ」

門番は頭を()きながら、気まずそうに笑う。


「それに、うっかり村に入れたら、面倒なことになりそうでな…。いやー、本当に(はは)(ぎみ)が来てくれて、よかったよかった」

「母は、祖母を説得するために、貴方を会わせたのです。祖母は外の文化には、とても興味を持っていましたから」

孫娘は、門番を一瞥(いちべつ)してから、旅人を見た。

「しかし、祖母は村の男を守ることばかりに(こだわ)って、村は衰退する一方なのです」


「男と会うために、いちいち村の許可なんて取ってられるかよ!」


二人が振り返ると、女たちがいた。女たちは二人を追って、門の周りに集まったのだ。


「私たちは、自由になるんだ!」


女たちは、一斉(いっせい)にニッコリ笑った。



やがて日が(かたむ)くころ、旅人の従者が戻ってきた。


「村のことは、母と(みな)に任せます。どうか、この村に繁栄が戻りますように」


孫娘は、女たちに見送られながら、女戦士たちと共に都を目指して出発した。



「若さま、本当に行かれるのですか?」

「なに、心配するには(およ)ばぬ。私は王国の(ほま)れになるのだ」


彼女たちの(あと)(つづ)いて馬を(すす)めながらも、主人の身を(あん)ずる従者の(となり)で、旅人は意気(いき)揚々(ようよう)と馬を(あやつ)る。


「そうですか…なら、ここでお別れですね」

「良い知らせを、待っていてくれ」


旅人は、彼女たちのもとへ去って行った。



従者は王国へ帰るべく、馬の向きを変えた。


アマゾーンに比べれば小柄(こがら)だが、それなりの鍛錬(たんれん)()んだこの女性は、今まで何人(なんにん)も主人を守り送り出してきた。

()いことだ、(よろこ)ばしいことだと自分に言い聞かせながら、彼女は馬を走らせる。



「若さま…」



(おだ)やかな平原に、聞く者のない声が(ひび)き渡った。



どうかお元気で!

女王



……王国から来た有力者の息子で、幼少の(ころ)から体が弱く、母君からとても大切に育てられたと言っておりました。
ずっと本の虫で学問を、特に(アマ)(ゾーン)に関する研究をしていました。
それで自ら使者になったそうです。
何事にも積極的で物事への探究心(たんきゅうしん)が強く、馬も乗りこなしますし、都の暮らしにもすぐ慣れるなど、体力と適応力の高さも(うかが)えます。今のアマゾーン国にとって、有望な若者だと言えるでしょう。

もちろん、健康状態に問題はありません。医師からも、太鼓判(たいこばん)(もら)いました。



女王は、手紙を(たた)むと、高価な石で作られたテーブルの上に、(ほう)るように()いた。

手紙は他にも沢山(たくさん)あって、テーブルを埋め尽くさんばかりに積み上げられている。


道理(どうり)で、都が(さわ)がしいわけだ」


アマゾーン国の女王は、毛皮を張った玉座(ぎょくざ)にもたれて、溜息(ためいき)をついた。



“血の(かたよ)り”



アマゾーンたちの間でそう呼ばれる、特有の問題がある。

アマゾーンの世界では、男児の出生率が低く男性が希少ゆえに、多数の女性が少数の男性を共有する形で子孫を残していた。


すると、血の偏り、つまり血縁者が増え、血が濃くなることによる弊害(へいがい)()きた。
生まれる子供は減り、生まれても育つのが(むずか)しくなった。

そこで、周辺の国々から男性を連れて来ることで、新しい血を入れるという(こころ)みが始まった。

ところが、アマゾーンの男に(こだわ)る者たちが、それに反対したのだ。


アマゾーンの世界では、男は神である。


アマゾーンの建国神話に()いて、“血の偏り”により滅びかけた人類を救ったのは、神々から授けられた男性だと解釈されている。

正しくは神々から(たまわ)った恩寵(おんちょう)なのだか、彼女たちにとっては、神に(ひと)しい神聖な存在である。

そんな特別な存在を差し置いて、余所者(よそもの)を受け入れることは、神々への冒涜(ぼうとく)とみなす者もいる。


アマゾーンの世界では、男は(あが)めるものにして、庇護(ひご)するものとされている。


アマゾーンの国では男が産まれると、必ず専用の住居で育てられる。

男たちが、快適な環境で不自由なく暮らせるよう彼女たちは、限られた労力と財産を、男たちの(ため)に惜しみなく(そそ)いでいる。

余所者を、同じ待遇(たいぐう)(あつか)う訳にはいかないという実情もあろう。


対する反論は、そもそも人類を救ったのは、神々から授けられた、つまり外の世界から連れてこられた男なのだから、我々が外から男を迎えるのは神々の()(かな)っている。というものである。()()()ては、アマゾーン以外の男も恩寵だ、と主張する者まで(あらわ)れた。伝統が失われることを恐れた地域の権力者は、より(きぴ)しく村を(おさ)めるようになった。

男女が接触する機会は制限され、村の男性への神格化はさらに強められた。家族すら、会うのが困難な地域まであるという。


そんなやり方に、不満を持つ者は()()に増えていった。


やがて、各地の村で反乱が起こる。



神話のように再生しよう、神聖な祭りで女たちが男たちの所へ向かうように。

今度は私たちが、(みずか)ら探し求めよう。

私たちは、自由になるんだ!

私たちは、自由だ!



作者不明のこの歌は(くに)(じゅう)に広がり、故郷を離れる決意を固めた者たちを勇気づけた。



かくして新天地を求めて女たちは、都を目指すようになった。



女王のもとに、手紙が大量に届くようになったのも、この(ころ)からである。



「新たな男を求めるために、男の世話になるとは、皮肉なものだな」

女王は、手紙をひとつひとつ吟味(ぎんみ)しながら、(つぶや)いた。


手紙の内容は、国の繁栄にふさわしい男性を紹介するものだった。



アマゾーンの世界における婚姻(こんいん)とは、男性の交換である。

村同士で交渉が成立すれば、婿(むこ)を迎え入れる。

交流相手に、息子を紹介するのは珍しい事ではなかったが、“血の偏り”でそれも近年( )困難(こんなん)になっていた。

なので、彼女たちが血縁者のいない他の地域に(のぞ)みを(たく)すことを、女王は理解( )出来(でき)なくもなかった。


しかし、この縁談(・・)には、別な意味もある。


……神々に愛されし我が弟が、()(だか)い女戦士と結ばれるのは、この上ない幸せでしょう。そして、私たち一族の村にとって(ほま)れであり、いつまでも栄えることを期待しています。

別な手紙を読んだ女王は、顔をしかめた。


「男を大事にするのは、利用するためか?」


しかも弟を……


婚姻とて、アマゾーンの世界なら、繁栄の手段に()ぎないことは分かっているつもりだが、それでは割り切れぬ情というものがある。

それに、聖なる男を(みつ)ぎものにするなど、神々に対する不敬(ふけい)ではないのか?


今や都は、全国の村から来た女たちで、(あふ)れている。


村の男を、都のめぼしい相手と婚姻を結ばせ、何らかの謝礼を受け取る。相手も、血縁のない男が手に入る。そういう形で都の者と(えん)を作り、女たちは(きょ)(かま)える。

女たちの計画は、実に抜け目がないものだった。



(おそ)(うやま)い、感謝をもって行われる婚姻と、利害だけの取引は違う。

女王は、そう考えていた。



女王が、山のように積まれた利己的な手紙に辟易(へきえき)していると、これまでとは違う(めずら)しい内容のものが目に()まった。


村の女たちが紹介するのは大抵(たいてい)、女自身の身内なのだが、それは違った。

アマゾーン国が秘密(ひみつ)()書簡(しょかん)を交わし、交流している王国の男性を紹介する手紙だった。

使者



道理(どうり)で、都が(さわ)がしいわけだ」



女王は、玉座(ぎょくざ)にもたれて、溜息(ためいき)をついた。
例に()れず、男性を売り込む(・・・・)内容だと思ったからである。

ところがふと、何かに気づいて、無造作(むぞうさ)に置いた手紙を拾うと、また読みはじめた。



「…王国から、使者とな!?」



この王国の若者が、使命を()びて村を(おとず)れ私たちを救ったのは、神々からの働きかけに(ほか)なりません。(ゆえ)に、(さず)かり物として自分たちだけで共有するには(おそ)れ多く、この、美しく(こころざし)の高い若者は、女王陛下に(つか)えるのが相応(ふさわ)しいと、私たちは思うのです……


手紙には、そう(つづ)られていた。


要するに、王国から自分たちの村に来て、出立(しゅったつ)のきっかけを作った男性を、使者として都に(むか)え入れてほしいということだ。


都へ向かう女たちが、旅先で見つけた男を恩寵とみなして、自分たちの(モノ)にする話はままあるが、これはどうやら違うようだ。むしろ、男性への恩義(おんぎ)(こた)えようという、強い意思すら感じる。


女王にとしては、男性へ敬意を払う姿勢にも好感が持てた。

ちなみに、アマゾーンの世界では、男性の(すこ)やかさを()めるのは最大の賛辞(さんじ)である。


王国とは、昔から書簡を通じて、交流を(かさ)ねてきた。


秘密にする理由は、周辺の国々との摩擦(まさつ)()けるためである。



他の国々とも、同様に交流していることが知られれば、この関係は(こわ)れてしまうだろう。
あの国々は、いつも出し()()っているから、(うら)(あやつ)管理(かんり)してやる(ほう)()いのだ。


女王は大変(たいへん)慈悲(じひ)(ぶか)い人物であった。なので(つね)に、慈悲深いことを考えている。



かつて、アマゾーンの先祖は、周辺の国々と(いくさ)をして、大勢(おおぜい)の人を冥府(めいふ)に送った。

理由は、男を解放(かいほう)する(ため)である。



アマゾーン国以外の国々は、男が王位を()ぐ。

女ではなく男が、代々(だいだい)国を治める。

そして、女ではなく男が、戦士として武器を()って(たたか)う。

男は、建築や農業畜産などの、(おも)な労働力になっている。


アマゾーンの世界とは、まったく違う。



先祖たちは、不思議に思った。


なぜ、アマゾーン以外の国は、男を(しいた)げるのか。

可愛く、愛おしいはずの我が息子を。
神聖で(おそ)れ多い、神々からの贈り物であるはずの男を。

過度(かど)に働かせ、あろうことか戦いにすら()()す。

なぜ、他の国々は、男をかくも粗末(そまつ)に扱うのか。



アマゾーン以外の国では、女が男を利用する。

女が不甲斐(ふがい)ないからか、男が多いのをいいことに、女たちの蛮行は(とどま)るところを知らない。


男たちを、救いたい。


そんな、義憤(ぎふん)と慈悲の心が、アマゾーンたちを突き動かしたのだ。


それは、赤子の手をひねる(よう)であった。


男を救うための戦いで男に手をかけることは、アマゾーンたちにとって、(つら)く心苦しいものだった。

しかし、救済の機会(きかい)を捨てて道を(はず)れた生き方を選ぶくらいなら、冥界(めいかい)(つかさど)永久(とこしえ)の女神のもとで安らぎ、アマゾーンの国に生まれ変わる方が(さいわ)いだと、自らの心を慰めた。


というのも、アマゾーンたちは、無抵抗で従順(じゅうじゅん)な者は、決して傷つけなかったからだ。

戦いの前から、国のあり方を(あらた)めるよう、国々に書簡を送り通告していた。

提案(ていあん)()めば、攻撃はせず、助けになると。

しかし、周辺の国々はそれを退(しりぞ)け、()くしてアマゾーン国と周辺の国々は開戦と(あい)()ったのだ。



男たちの多くは、身を(てい)して家族や愛する女を(かば)い、最後まで戦った。

アマゾーンたちは、生き残り捕らえられた者たちを集めて、戦いの(こと)を話して聞かせた。そして、このように男とは本来(ほんらい)(けん)(しん)(てき)で神に近いのだから、国じゅうの女たちは男を(うやま)い大事にするようにと言って、女たちを従わせ、男と子供とともに解放した。



アマゾーンたちは国々の変貌を見届けると、降参して自らアマゾーン(がわ)に付いた男たちを連れて、辺境に帰って行った。



それから国々を治める男の王は鎮座(ちんざ)するのみで、実務的な事は女の親族や家臣が行うようになった。

以来(いらい)、アマゾーン国は国々に、書簡を交わし国の近況などを報告する義務を課している。


女王は、先祖の話を思い返しながら、(あらた)めて手紙の文面(ぶんめん)(なが)める。


事の全貌(ぜんぼう)を知るのはアマゾーン国の女王と、一部の者だけである。



実は王国をはじめ周辺の国々も、アマゾーン( )(ほど)ではないが、男児が生まれにくくなって(ひさ)しい。

にも(かか)わらず、アマゾーン国には国々から男の使者が訪れる。


「国々の女たちは、何をしているのか」


周辺の国々の女たちは、男不足を補うために、男がしていた事もやるようになった。

しかし、今もなお男たちが(にな)う部分が大きい。


「何を考えているのか…」


女王は、玉座の肘掛(ひじか)けで、頬杖(ほおづえ)を付いて思案(しあん)する。

先祖たちは、国々を気にかけながらも、アマゾーン国の外に関心を持つことはなかった。

自分たちが生きていくのに、困らなかったからである。

男性たちが枯渇(こかつ)し“血の偏り”が起こるまで、アマゾーンたちは外敵の心配も無く不自由せすに、国の中で完結した生活が出来た。

しかし、他の国々は違う。アマゾーンに対する恐怖心を植え付けられ、制約と義務が課され、限られた情報の中でアマゾーンへの対策を練ることが国の存続には必要になった。

こういう時、周辺の国々は、どうするか。


女王は、目を()(ひら)いた。


「…わかっているからな」


女たちは、()えて送り込んだのだ。

()りすぐりの息子を、女王の伴侶(はんりょ)相応(ふさわ)しい男性を。


一見(いっけん)息子の出世の願う(よう)だが、(しん)の目的は別にある。


使者という名目で女王に近づき、婚姻を結ぶ。そこでアマゾーン国の(あるじ)の座を奪い、アマゾーン国の男王(だんおう)となり、国を乗っ取るのだ。


あの女たちなら、やりかねない。

国々の女たちは、男を利用する。


この手紙の若者は、辺境の地を(おとず)れている。

と言うことは、おそらくは都や他の地域にも、男性たちが送られている可能性は高い。


長年やり取りした書簡と、近年周辺に進出したアマゾーンたちの研究により、国々のやり方などお見通しなのだ。


「…来るがよい」


女王は立ち上がると、もう一度手紙を投げ捨てた。


「男を利用し、我がアマゾーン国の支配を目論(もくろ)む卑怯者よ!国益を望むならば、自らが使者となって、堂々と私の目の前に来るがよい。女たちよ!」


「陛下…!?」


女王の怒りの声を聞いて、若い男性が女王の部屋に()け込んできた。


「驚かせてすまない、(あん)ずるには(およ)ばぬ」


女王は男性の顔を見て、軽く(ほほ)()んだ。



伴侶(はんりょ)は、多いほど良い。



「これから、(にぎ)やかになる。楽しみに()つが良い」



女戦士(アマゾネス)(ほこ)り高き戦士にして、すべての男の庇護(ひご)(しゃ)。それらを(たば)ねる、アマゾーン国の女王。


彼女にかかれば、どんな男が何人いても()(なず)けることが出来る。


不安には安心を与え、反抗には何も与えない。高いプライドは(ひざまず)くことを教え、恐怖や苦痛には慰めと癒しを与え、飢えや寒さや暗闇から守り、誰が地上の(あるじ)か学ばせるのだ。

こうして、男たちは神性に目覚め、聖なる男性として本来の姿を取り戻す。

先祖達も、かつて降参を拒否した、敵の男たちに(きょう)した儀式である。

もちろん、儀式が不要な男性もいる。
アマゾーン国で、生まれた男性のように。

しかし、時には必要なこともある。
今回のように。


女王は、そんな役目を自分に与えた神々に感謝すると(とも)に、アマゾーンとしての血がたぎるのを感じるのだった。

恩寵



かつて旅人だった若者は、今では立派な大人の(おとこ)になっていた。


辺境より都の近くにある新たに造られた村で、二児の父親をしながらこの新しい村の(おさ)を務める妻と暮らしている。


妻は、前に住んでいた村の長である祖母を、母や支持する住人と協力して退(しりぞ)かせて、古い価値観に縛られていた村の方針を変えた。

そして、当時旅人だったこの男性は、孫娘である現在の妻と、村の一部の人々と(とも)に、都に向かって旅立った。

男性は、使者として女王陛下に謁見(えっけん)する話が無くなったことを、しばらく()しんでいたが、身の(ほど)を知れば、むしろ陛下の配慮(はいりょ)があればこそと思い、(いさぎよ)(あきら)めた。

そもそも(みやこ)()がりの令息(れいそく)たちと、辺境(へんきょう)使者(ししゃ)とでは(かく)(ちが)()ぎたのだ。と、男性は()(かえ)る。

しかし、それから女王は二人(ふたり)の縁を()()ち、男性は孫娘と婚姻(こんいん)(むす)んだ。


「男の人って、文化を作るものだと思っていたわ」

近所に住む、年頃(としごろ)の少女が言う。

彼女の話では、村の男は詩を書いて、住居の窓辺で読み上げたり、窓から投げ落としたりするそうだ。村の女の呼びかけに、答えることもあるという。

丘の上から降ってきた手紙を、(きそ)うように追いかける女たちの姿も、この村では、よく見かける光景(こうけい)だ。


村の男(・・・)である、この男性が、女たちと協力して牧場(ぼくじょう)牛乳(ミルク)を運んでいる時、少女の他にも何人かの女が、(もの)(めずら)しそうに男性を見ていた。

本当は、働く男は(ほか)にもいるのだが、今は話すのをやめよう。いつか、時期(じき)が来る。そう男性は思った。



この村は、妻の母が取引相手から(ゆず)り受けた廃村(はいそん)を、住人( )総出(そうで)(つく)(なお)したものである。

妻の母は、前の村を治めている。あれから、他の村との交流が盛んになり、子供が生まれて、よく育つようになったという。

この村も、子供の姿は(めずら)しくはなくなった。


アマゾーン( )(かく)()から(あつ)まった、(こころざし)を同じくする移住者の中には、男たちの姿もあった。


アマゾーンは、原点に(かえ)ったのだ。


アマゾーンは、戦士ばかりではない。


農民もいれば、牧人(ぼくじん)もいる。


彼女たちが、(みずか)らをアマゾーンと呼び、女戦士(アマゾネス)の名をあまり使わないのはそのためである。



母は、病弱な父に代わって領地を(まも)っていたので、強い女性は知っているつもりだったが、アマゾーンの女たちの強さは(けた)(ちが)いだった。自分たちで決めたことを、確実にやり()げて、村をここまで育てきたのだ。


男性は、自宅の庭から広がる景色を眺めながら、これまでの人生を振り返る。


兄達は生まれてすぐ()くなり、自分は体が弱かったが何とか生き()びて、今ではすっかり丈夫(じょうぶ)になった。
父を看取(みと)った母は、家を姉に()がせると、屋敷で思い出の品に囲まれながら、姉の(むすめ)の成長を楽しみに余生を送っている。


自分はたぶん、この村で一生を終える。


子供たちを、母に会わせる(こと)は、おそらく出来(でき)ないだろう。


アマゾーンの世界に染まった自分は、戻れないし戻ることを許されないだろう。


それでも妻は、王国出身である自分の価値観を、尊重(そんちょう)してくれる。

アマゾーン国では、配偶者の数に決まりが無いにも(かか)わらず、自分だけの妻でいてくれる。

子供たちは、血を分けた私の子なのだ。


本当に感謝している。

自分を父親にしてくれた(こと)を。



アマゾーンは、強く、気高く、そして、優しかった。

男性は、昔からアマゾーンに(いだ)いていた(おも)いが、間違っていなかったことを確信した。


子供の(ころ)から書物に没頭し、政治や軍事に向かない三男である自分にとって、これは良い人生だった。と、男性は、しみじみ思うのだった。



従者は、男性のいる村へ馬を走らせていた。

女王から(あず)かった、書簡(しょかん)を届けるためである。


従者にとって、都へ向かう途中で分かれて以来の再会となる。


王国が、婚姻による覇権(はけん)(あと)()ぎにならない息子を()(ばな)す目的で、男たちをアマゾーンの地に()()ける中、(みずか)ら志願した男性の(こと)を、従者は忘れられずにいた。


(つら)い仕事だったけれど、若さまが幸せになっていたら、どんなに(むく)われるだろう。

そんな思いを抱えながら、従者はひたすら男性のもとを目指した。


あれから、女王は世の中の動きを見て、繁栄(はんえい)した村には褒美(ほうび)()らせる、という()()れを出していた。


周辺の国々から送り込まれた男については、各地の者たちへ、男はよく調べるように通達(つうたつ)を出して注意を(うなが)した。

女王自身は、数多(あまた)いる使者を直々(じきじき)吟味(ぎんみ)検討(けんとう)した(のち)、よく(しつけ)ておいたので、問題は無かった。


女王が( )()かりだったのは、あの、“手紙の男”である。


今の繁栄(はんえい)は、あの村で起こった反乱がきっかけだった。

当時から、そこに神意(しんい)を感じていた。



…女王は、部屋でまた一人(ひとり)になると、さっき捨てた手紙を拾いあげた。

そして、玉座に掛けながら、今度こそ最後までじっくり読んだ。


手紙の内容から推測(すいそく)するに、王国の男とあらば、野心のひとつは持っていただろう。
我々(アマゾーン)の世界を、(あば)いて手柄を立て、立身出世を望んでいたに違いない。

ただこの男は、すれたところが無い。

おそらく、自分の家や、王国に忠実( )(ゆえ)に、(みずか)ら志願したのだろう。

ならば、尚更(なおさら)そのまま帰す訳にはいかない。

かと言って、私のもとで更生(・・)させるにも、尾羽(おばね)の違う鳥を、同じ(かご)で飼うのは酷なこと。


そうだ、手紙の(ぬし)である、村の女に監督(かんとく)させよう。

()()くは、村の助けにもなるだろう。


「…大事にするのだぞ」


女王は、村の女に()てた手紙を書きながら、ひとり(つぶや)いた…




それから、十数年の(とき)が流れた。


事情は、すっかり変わった。



「繁栄した村に、褒美(ほうび)(つか)わす」


女王は、各地の村に()()れを出した。


金貨、肥沃(ひよく)な土地、王国への通行手形……


それは、手紙の男が住む村を(はじ)め、各地の村へと送られる。


「…しかし、これでは(こと)()りぬ」


どうすれば、この村に、神々に選ばれたこの男に報いることが出来るか……


女王は、玉座(ぎょくざ)で考える。


「この村には、他の村とは違う、特別(とくべつ)なものを与えよう…」



女王は、書簡を送るべく、手紙をしたためた。




今では、王国の女たちも、積極的にアマゾーンを(むか)え入れる。

アマゾーンたちは王国で働き、時には戦士として戦う。

王国の人々も、徐々(じょじょ)にだが、信頼を寄せるようになった。



アマゾーンたちは、王国各地で村を作り、新しい血を入れる。

自分たちとは、少し(ちが)子供(こども)沢山(たくさん)生まれ、豊かな地で(すこ)やかに育つ。



“血の偏り”を克服したアマゾーンは、これからも栄えていく。




今や、アマゾーン国と王国は(ひと)つになった。

女王は、国の名を“女王国(アマゾニア)”と(あらた)め、首都に手紙の男、男性の住む新たに造られた村を選んだ。
そこで、新しい村で長をしている、男性の( )()てに書簡を送った。

女王は近々(ちかじか)、拡大した土地の整備を、旧王国の関係者と調整する予定である。



女王は、久しぶりに、長椅子(ソファ)で一息ついた。


「これで神々も、さぞお喜びだろう」


女王は、今でもあの時の手紙を読む。



……私達(アマゾーン)に起きたことは、意味があると思うのです。
(げん)に、すべては動き出しているのですから。


手紙の最後は、こう結ばれていた。



この運命の(みちび)き、変わりゆく世のあり方。
これ自体が神々の恩寵だと、私は思います。

庇護する女たち

庇護する女たち

【アマゾネスの謎を追う男の物語】 男を隔離して崇める女たちの村で、旅人が見たものとは…… ファンタジー アマゾネス アマゾーン 男尊女卑 女尊男卑 女性上位 異種族 異文化

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登録日
2024-11-05

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