庇護する女たち
男を隔離して崇める女たちの村で、旅人が見たものとは……
神話
「男に会おうなど、考えぬことだ」
旅人は少し驚いて、飲み物の器をテーブルに置いた。
村の中心にある大きな家で、旅人はこの村の長である老齢の女性から、もてなしを受けている。
長は旅人を快く迎え入れ、村について詳しく話していたのだが、互いがだいぶ打ち解け場が和んだ所で、旅人が村の男のことを尋ねると、急に態度が変わった。
旅人は、自分の早計な判断を少し後悔しながら、気を紛らわせるように窓を見た。
窓の外には畑や牧場が広がり、丘の上には白い建物が太陽の光を受けて輝いている。
「あの丘を登ることが許されるのは、年に一度の祭りの時と、村の会議で認められた場合のみだ。私ですら男たちの住居には、近づくことは無い」
なのに、よそ者である旅人など、もってのほか。と言いたげにも、旅人には聞こえた。
「神聖ゆえ不可侵」
彼女はそう言ってから、静かに語りはじめた。
かつて、混沌から分かれた神々の種族があった。
神々は世界を作った。
海と空、天と地、あらゆる生きもの。
やがて人を作り、人は増え繁栄した。
そして災いの時、人は滅びる定めだった。
だが神々は、特別な子どもを人に与えた。
それは男児だった。
人間にとってはじめての男である。
人々は彼によって生まれ変わり、栄え、国が生まれた。
「我らにとって希望、救い、恵み。言い尽くせる言葉など無い。まさに神々の恩寵なのだ。みだりに姿を拝むことは許されぬ。よって会わせるわけにはいかぬ。たとえお前さんが男であってもだ」
旅人は、それ以上聞かなかった。
つまり、ここでは男は貴重なのだ。
噂のように男を奴隷にしたり、ましてや男児が生まれたら間引くなど考えられない。
かつて災害や疫病によって男が減った分、女たちが男の仕事もするようになった。そして少ない男たちと、子孫を残して今に至るのだろう。彼女たちの神話は、それを物語るものに違いない。
旅人は長に謝罪と、もてなしの礼を言って席を立った。
アマゾネス。
彼女たちは、自らをアマゾーンと呼び誇る。
人と呼ぶには、あまりにも野性的な種族。
武装し馬に乗り、戦いと狩りを好み、男を喰らう野蛮な女たち。
世の中のイメージとは裏腹に、ここの住人たちは畑を耕し、家畜を飼い、穏やかに暮らしている。
旅人は筆記具を出して、今起きたことを書き留める。
「男は神々の恩寵……」
辺境に散らばり暮らしていた彼女たちは、周辺の国々にも住み始め、アマゾーンの名も広まり、定着しつつある。
その中のある王国から、この村の実態を探るべく、一人の旅人が訪れた。
旅人はアマゾーンの知識を持ち、研究している王国からの使者であった。
旅人
運が良かった。
石畳の道を歩きながら、旅人は考える。
村の門番をしている女に、自分が王国からの使者であることを伝えても、女は怪訝そうな顔をして門を開けようとはしなかった。
こういう場合に備えて王国から武装した従者が派遣されたのだが、村の者が警戒心を抱かぬよう、時が来るまでは戻らないように言いつけて帰してしまっていた。
交渉役も引き返す馬も無く途方に暮れていると、村の外で商いをして戻ったばかりだという、中年の女が声をかけてきた。
いきさつを話すと、女は長の娘で門番の女に話をつけた上、そのまま長の家に案内されたのだ。
(長の娘が来なければ、どうなっていたことか…)
長は、王国からの使者を神々の恵みだと喜び、家の者に命じて宴の用意をさせた。
「はるばる王国からわざわざ辺鄙な村に来て頂けるなんて、しかもこんなに美しい殿方に」
長は宴の席で王国のことをあれこれ聞くので、旅人も王国の近況など教えながら、アマゾーンの国を調査しに来た旨を差し支えない程度に伝えた。長は、こんなに良い日はめったに無い。と言って、さらに喜ぶのだった。
(打ち解けたと思って油断したのがまずかったか…しかし、村の事はあらかた聞き出せたし他の村への手掛かりも掴んだ。先は明るい)
石畳の道が続く。
長の娘と、ここを通った時には、女たちが石を運んでいた。
ここは本当に女しかいない。
畑で牛に犂を引かせるのも女だし、村の入り口で門番をしていたのも女だった。
(あの女はずっと、自分の姿をジロジロ見ていたな)
ここでは男を見る機会が本当に無いらしく、女を見かけるたびに、相手は我が目を疑うような顔をして驚くのだ。
頭からつま先までまじまじと見る者、すれ違ってからハッと振り返る者、物陰から覗く者……
物珍しさからか、或いは他の感情からか。
道沿いには木造の家が並び、風が運ぶ木の香りが旅人の心を和ませる。
建設中の家屋では、がたいの良い女たちが作業をしていた。
(…あの建物は、誰が造ったのか)
旅人は丘の上にある、男たちの住居を思い出す。
(女たちが入れない場所なら、男たちが造ったのかもしれない)
(しかし、あれほど希少で大事にされている男たちを、労力にするとは思えない)
文献によれば、アマゾーンの人口は大半を、女が占め、男は一割にも満たないという説がある。
おそらくは男児の出生率が低いか、何らかの理由で男性の死亡率が高いのだろう。
旅人はまた、筆記具を出してペンを走らせた。
彼女たちは好奇心は強いが内向的で、他人に危害を加える者はいない。
(それにしても……)
「良い収穫だ」
アマゾーンには、様々な噂や俗説が飛び交い、王国でも情報が不足している。
そこで旅人が名乗り出て、自らの説を証明するべく、アマゾーンとの接触を試みたのだった。
アマゾーンとは、多様で好戦的な者もいるが、多くの者は争いを好まず、平和的な交流が可能である。
旅人は、幼少の頃から読み漁った書物から得られた、研究の成果に満足していた。
そして、未だ神秘と恐れに包まれているこの種族と、どこよりも早く接触して交流の機会を設ければ、王国の益にかなうとも考えていた。
アマゾーンの村は数多あって、それぞれが独自の文化を持ち、それが一つの国として繋がりを持つ。
周辺の国々と比べれば小規模だが、アマゾーンの住む地域は辺境を越え拡大を続けている。
他国がアマゾーンと手を組み利用すれば、王国にとって厄介な事になるだろう。
先手を打たない手はないのだ。
旅人は筆記具をしまうと、改めて村を見回した。
調査はまだ始まったばかりだが、旅人は確かな手応えを感じていた。
この調子で、他の村にも行こう。
そろそろ従者が迎えに来る時間だ。
旅人は村の入り口を目指して、さらに歩みを進める。
「殿方」
声の方を振り向くと、若い女が立っていた。
女戦士
「長の無礼を、お許しください」
若い女は旅人に歩み寄ると、頭を下げた。
「貴女は…?」
旅人は、少し戸惑いながら尋ねた。
というのも、今まで見てきた女たちは皆、丸腰で簡素な布の服を着ていた。それは村の長でも、変わらないものだった。
例外と言えば、村の門番が、腰に剣を下げていることだけだった。
ところが、この女はこれから戦に向かわんばかりに武装している。
俗説通りの女戦士がそこにいた。
「殿方を驚かせてしまいましたね、如何せん旅路は物騒なもので」
女は長の孫娘で、これからアマゾーン国の女王のもとに向かうという。
「祖母は頑なに村の伝統に固執して、貴方を拒みました。これは、殿方に対する侮辱です」
「いえ、私こそ不躾な真似を」
「いいえ、おかげで決心がつきました。私たちは村に閉じこもるのではなく、外に活路を見いだすべきなのです」
そう言うと孫娘は、家が立ち並ぶ方に向き直った。
「みんなも、そう思うわよね!」
すると、家々の裏からこっそり様子を見ていた何人もの女たちが、おずおずと顔を出した。
「長のことはもう、心配しなくていいわ。今後この村を治めるのは、母になるでしょう。私たちは都を目指しましょう!」
孫娘の言葉に、女たちの表情が晴れる。
と共に、さらに大勢の女たちが姿を現した。
周囲から歓声が沸き起こり、女たちは孫娘を取り囲んで、何度も名前を呼びながら讃えはじめた。
「殿方、貴方を都にお連れしたいのです!」
止めどなく増えつづける群衆を掻き分けて、孫娘が旅人に手を差し伸べる。
「私を…ですか!?」
「都には、貴方のような使者が世界中の国々から集まります、どうか女王様に会ってください。きっと喜ばれるでしょう」
唐突な申し出に、旅人は驚きを隠せなかったが、同時にある考えも浮かんだ。
(これは、アマゾーン国の都に乗り込む絶好の機会だ)
これを機に我が王国とアマゾーン国が友好関係を築けば、周辺国への牽制になるだろう。
アマゾーンの住む地域は、周辺国をそれぞれ囲むように広がっているので、良い緩衝地帯になる。それに、彼女たちが平和を好む気質とはいえ、少数でも好戦的な者がいた場合、相手国の手に渡るのは好ましくない。
彼女たちについては、まだ未知な部分が多い。
内に秘めた戦闘力は侮れないからだ。
それにしても、他の国々に先を越されているとは、知らなかった。急がねば。
「はい!是非ともお連れください」
旅人が孫娘の手を取ると、女たちはどよめいて、それからますます喜んだ。
「私たちの恩寵だ!」
皆が叫ぶと、孫娘が窘める。
「恩寵は神々から賜るものですよ、人間風情が勝手に決めて良いものではありません。それに、この方は大事な使命があるのですから」
女たちは急に静かになって、二人から距離を置いた。
「殿方は、私が責任を持ってお守りします」
「ありがとう」
二人は肩を並べて、石畳の道を歩いた。
「実は、お願いがあります」
「何でしょうか?」
「これから、私を迎えに従者が来ます。都に行く前に、会ってこれまでの事を伝えておきたいので、暫く待ってもらえませんか?」
「わかりました。村の入り口には、旅の支度を済ませた者たちがいます、そこで待ちましょう」
門の前には、孫娘と変わらぬ装備で固めた女戦士たちが、馬を連れて待機していた。
「殿方、さっきは、すまなかった」
門番の女が、二人に駆け寄ってきた。
「まさか、村の外から男が来るなんて信じられなくてな、目を疑ったよ」
門番は頭を掻きながら、気まずそうに笑う。
「それに、うっかり村に入れたら、面倒なことになりそうでな…。いやー、本当に母君が来てくれて、よかったよかった」
「母は、祖母を説得するために、貴方を会わせたのです。祖母は外の文化には、とても興味を持っていましたから」
孫娘は、門番を一瞥してから、旅人を見た。
「しかし、祖母は村の男を守ることばかりに拘って、村は衰退する一方なのです」
「男と会うために、いちいち村の許可なんて取ってられるかよ!」
二人が振り返ると、女たちがいた。女たちは二人を追って、門の周りに集まったのだ。
「私たちは、自由になるんだ!」
女たちは、一斉にニッコリ笑った。
やがて日が傾くころ、旅人の従者が戻ってきた。
「村のことは、母と皆に任せます。どうか、この村に繁栄が戻りますように」
孫娘は、女たちに見送られながら、女戦士たちと共に都を目指して出発した。
「若さま、本当に行かれるのですか?」
「なに、心配するには及ばぬ。私は王国の誉れになるのだ」
彼女たちの後に続いて馬を進めながらも、主人の身を案ずる従者の隣で、旅人は意気揚々と馬を操る。
「そうですか…なら、ここでお別れですね」
「良い知らせを、待っていてくれ」
旅人は、彼女たちのもとへ去って行った。
従者は王国へ帰るべく、馬の向きを変えた。
アマゾーンに比べれば小柄だが、それなりの鍛錬を積んだこの女性は、今まで何人も主人を守り送り出してきた。
善いことだ、喜ばしいことだと自分に言い聞かせながら、彼女は馬を走らせる。
「若さま…」
穏やかな平原に、聞く者のない声が響き渡った。
どうかお元気で!
女王
……王国から来た有力者の息子で、幼少の頃から体が弱く、母君からとても大切に育てられたと言っておりました。
ずっと本の虫で学問を、特に私達に関する研究をしていました。
それで自ら使者になったそうです。
何事にも積極的で物事への探究心が強く、馬も乗りこなしますし、都の暮らしにもすぐ慣れるなど、体力と適応力の高さも伺えます。今のアマゾーン国にとって、有望な若者だと言えるでしょう。
もちろん、健康状態に問題はありません。医師からも、太鼓判を貰いました。
女王は、手紙を畳むと、高価な石で作られたテーブルの上に、放るように置いた。
手紙は他にも沢山あって、テーブルを埋め尽くさんばかりに積み上げられている。
「道理で、都が騒がしいわけだ」
アマゾーン国の女王は、毛皮を張った玉座にもたれて、溜息をついた。
“血の偏り”
アマゾーンたちの間でそう呼ばれる、特有の問題がある。
アマゾーンの世界では、男児の出生率が低く男性が希少ゆえに、多数の女性が少数の男性を共有する形で子孫を残していた。
すると、血の偏り、つまり血縁者が増え、血が濃くなることによる弊害が起きた。
生まれる子供は減り、生まれても育つのが難しくなった。
そこで、周辺の国々から男性を連れて来ることで、新しい血を入れるという試みが始まった。
ところが、アマゾーンの男に拘る者たちが、それに反対したのだ。
アマゾーンの世界では、男は神である。
アマゾーンの建国神話に於いて、“血の偏り”により滅びかけた人類を救ったのは、神々から授けられた男性だと解釈されている。
正しくは神々から賜った恩寵なのだか、彼女たちにとっては、神に等しい神聖な存在である。
そんな特別な存在を差し置いて、余所者を受け入れることは、神々への冒涜とみなす者もいる。
アマゾーンの世界では、男は崇めるものにして、庇護するものとされている。
アマゾーンの国では男が産まれると、必ず専用の住居で育てられる。
男たちが、快適な環境で不自由なく暮らせるよう彼女たちは、限られた労力と財産を、男たちの為に惜しみなく注いでいる。
余所者を、同じ待遇で扱う訳にはいかないという実情もあろう。
対する反論は、そもそも人類を救ったのは、神々から授けられた、つまり外の世界から連れてこられた男なのだから、我々が外から男を迎えるのは神々の意に叶っている。というものである。挙げ句の果ては、アマゾーン以外の男も恩寵だ、と主張する者まで現れた。伝統が失われることを恐れた地域の権力者は、より厳しく村を治めるようになった。
男女が接触する機会は制限され、村の男性への神格化はさらに強められた。家族すら、会うのが困難な地域まであるという。
そんなやり方に、不満を持つ者は日に日に増えていった。
やがて、各地の村で反乱が起こる。
神話のように再生しよう、神聖な祭りで女たちが男たちの所へ向かうように。
今度は私たちが、自ら探し求めよう。
私たちは、自由になるんだ!
私たちは、自由だ!
作者不明のこの歌は国中に広がり、故郷を離れる決意を固めた者たちを勇気づけた。
かくして新天地を求めて女たちは、都を目指すようになった。
女王のもとに、手紙が大量に届くようになったのも、この頃からである。
「新たな男を求めるために、男の世話になるとは、皮肉なものだな」
女王は、手紙をひとつひとつ吟味しながら、呟いた。
手紙の内容は、国の繁栄にふさわしい男性を紹介するものだった。
アマゾーンの世界における婚姻とは、男性の交換である。
村同士で交渉が成立すれば、婿を迎え入れる。
交流相手に、息子を紹介するのは珍しい事ではなかったが、“血の偏り”でそれも近年困難になっていた。
なので、彼女たちが血縁者のいない他の地域に望みを託すことを、女王は理解出来なくもなかった。
しかし、この縁談には、別な意味もある。
……神々に愛されし我が弟が、気高い女戦士と結ばれるのは、この上ない幸せでしょう。そして、私たち一族の村にとって誉れであり、いつまでも栄えることを期待しています。
別な手紙を読んだ女王は、顔をしかめた。
「男を大事にするのは、利用するためか?」
しかも弟を……
婚姻とて、アマゾーンの世界なら、繁栄の手段に過ぎないことは分かっているつもりだが、それでは割り切れぬ情というものがある。
それに、聖なる男を貢ぎものにするなど、神々に対する不敬ではないのか?
今や都は、全国の村から来た女たちで、溢れている。
村の男を、都のめぼしい相手と婚姻を結ばせ、何らかの謝礼を受け取る。相手も、血縁のない男が手に入る。そういう形で都の者と縁を作り、女たちは居を構える。
女たちの計画は、実に抜け目がないものだった。
畏れ敬い、感謝をもって行われる婚姻と、利害だけの取引は違う。
女王は、そう考えていた。
女王が、山のように積まれた利己的な手紙に辟易していると、これまでとは違う珍しい内容のものが目に留まった。
村の女たちが紹介するのは大抵、女自身の身内なのだが、それは違った。
アマゾーン国が秘密裏に書簡を交わし、交流している王国の男性を紹介する手紙だった。
使者
「道理で、都が騒がしいわけだ」
女王は、玉座にもたれて、溜息をついた。
例に漏れず、男性を売り込む内容だと思ったからである。
ところがふと、何かに気づいて、無造作に置いた手紙を拾うと、また読みはじめた。
「…王国から、使者とな!?」
この王国の若者が、使命を帯びて村を訪れ私たちを救ったのは、神々からの働きかけに他なりません。故に、授かり物として自分たちだけで共有するには畏れ多く、この、美しく志の高い若者は、女王陛下に仕えるのが相応しいと、私たちは思うのです……
手紙には、そう綴られていた。
要するに、王国から自分たちの村に来て、出立のきっかけを作った男性を、使者として都に迎え入れてほしいということだ。
都へ向かう女たちが、旅先で見つけた男を恩寵とみなして、自分たちの物にする話はままあるが、これはどうやら違うようだ。むしろ、男性への恩義に応えようという、強い意思すら感じる。
女王にとしては、男性へ敬意を払う姿勢にも好感が持てた。
ちなみに、アマゾーンの世界では、男性の健やかさを褒めるのは最大の賛辞である。
王国とは、昔から書簡を通じて、交流を重ねてきた。
秘密にする理由は、周辺の国々との摩擦を避けるためである。
他の国々とも、同様に交流していることが知られれば、この関係は壊れてしまうだろう。
あの国々は、いつも出し抜き合っているから、裏で操り管理してやる方が良いのだ。
女王は大変、慈悲深い人物であった。なので常に、慈悲深いことを考えている。
かつて、アマゾーンの先祖は、周辺の国々と戦をして、大勢の人を冥府に送った。
理由は、男を解放する為である。
アマゾーン国以外の国々は、男が王位を継ぐ。
女ではなく男が、代々国を治める。
そして、女ではなく男が、戦士として武器を持って戦う。
男は、建築や農業畜産などの、主な労働力になっている。
アマゾーンの世界とは、まったく違う。
先祖たちは、不思議に思った。
なぜ、アマゾーン以外の国は、男を虐げるのか。
可愛く、愛おしいはずの我が息子を。
神聖で畏れ多い、神々からの贈り物であるはずの男を。
過度に働かせ、あろうことか戦いにすら駆り出す。
なぜ、他の国々は、男をかくも粗末に扱うのか。
アマゾーン以外の国では、女が男を利用する。
女が不甲斐ないからか、男が多いのをいいことに、女たちの蛮行は止るところを知らない。
男たちを、救いたい。
そんな、義憤と慈悲の心が、アマゾーンたちを突き動かしたのだ。
それは、赤子の手をひねる様であった。
男を救うための戦いで男に手をかけることは、アマゾーンたちにとって、辛く心苦しいものだった。
しかし、救済の機会を捨てて道を外れた生き方を選ぶくらいなら、冥界を司る永久の女神のもとで安らぎ、アマゾーンの国に生まれ変わる方が幸いだと、自らの心を慰めた。
というのも、アマゾーンたちは、無抵抗で従順な者は、決して傷つけなかったからだ。
戦いの前から、国のあり方を改めるよう、国々に書簡を送り通告していた。
提案を飲めば、攻撃はせず、助けになると。
しかし、周辺の国々はそれを退け、斯くしてアマゾーン国と周辺の国々は開戦と相成ったのだ。
男たちの多くは、身を挺して家族や愛する女を庇い、最後まで戦った。
アマゾーンたちは、生き残り捕らえられた者たちを集めて、戦いの事を話して聞かせた。そして、このように男とは本来、献身的で神に近いのだから、国じゅうの女たちは男を敬い大事にするようにと言って、女たちを従わせ、男と子供とともに解放した。
アマゾーンたちは国々の変貌を見届けると、降参して自らアマゾーン側に付いた男たちを連れて、辺境に帰って行った。
それから国々を治める男の王は鎮座するのみで、実務的な事は女の親族や家臣が行うようになった。
以来、アマゾーン国は国々に、書簡を交わし国の近況などを報告する義務を課している。
女王は、先祖の話を思い返しながら、改めて手紙の文面を眺める。
事の全貌を知るのはアマゾーン国の女王と、一部の者だけである。
実は王国をはじめ周辺の国々も、アマゾーン国程ではないが、男児が生まれにくくなって久しい。
にも拘わらず、アマゾーン国には国々から男の使者が訪れる。
「国々の女たちは、何をしているのか」
周辺の国々の女たちは、男不足を補うために、男がしていた事もやるようになった。
しかし、今もなお男たちが担う部分が大きい。
「何を考えているのか…」
女王は、玉座の肘掛けで、頬杖を付いて思案する。
先祖たちは、国々を気にかけながらも、アマゾーン国の外に関心を持つことはなかった。
自分たちが生きていくのに、困らなかったからである。
男性たちが枯渇し“血の偏り”が起こるまで、アマゾーンたちは外敵の心配も無く不自由せすに、国の中で完結した生活が出来た。
しかし、他の国々は違う。アマゾーンに対する恐怖心を植え付けられ、制約と義務が課され、限られた情報の中でアマゾーンへの対策を練ることが国の存続には必要になった。
こういう時、周辺の国々は、どうするか。
女王は、目を見開いた。
「…わかっているからな」
女たちは、敢えて送り込んだのだ。
選りすぐりの息子を、女王の伴侶に相応しい男性を。
一見息子の出世の願う様だが、真の目的は別にある。
使者という名目で女王に近づき、婚姻を結ぶ。そこでアマゾーン国の主の座を奪い、アマゾーン国の男王となり、国を乗っ取るのだ。
あの女たちなら、やりかねない。
国々の女たちは、男を利用する。
この手紙の若者は、辺境の地を訪れている。
と言うことは、おそらくは都や他の地域にも、男性たちが送られている可能性は高い。
長年やり取りした書簡と、近年周辺に進出したアマゾーンたちの研究により、国々のやり方などお見通しなのだ。
「…来るがよい」
女王は立ち上がると、もう一度手紙を投げ捨てた。
「男を利用し、我がアマゾーン国の支配を目論む卑怯者よ!国益を望むならば、自らが使者となって、堂々と私の目の前に来るがよい。女たちよ!」
「陛下…!?」
女王の怒りの声を聞いて、若い男性が女王の部屋に駆け込んできた。
「驚かせてすまない、案ずるには及ばぬ」
女王は男性の顔を見て、軽く微笑んだ。
伴侶は、多いほど良い。
「これから、賑やかになる。楽しみに待つが良い」
女戦士、誇り高き戦士にして、すべての男の庇護者。それらを束ねる、アマゾーン国の女王。
彼女にかかれば、どんな男が何人いても手懐けることが出来る。
不安には安心を与え、反抗には何も与えない。高いプライドは跪くことを教え、恐怖や苦痛には慰めと癒しを与え、飢えや寒さや暗闇から守り、誰が地上の主か学ばせるのだ。
こうして、男たちは神性に目覚め、聖なる男性として本来の姿を取り戻す。
先祖達も、かつて降参を拒否した、敵の男たちに供した儀式である。
もちろん、儀式が不要な男性もいる。
アマゾーン国で、生まれた男性のように。
しかし、時には必要なこともある。
今回のように。
女王は、そんな役目を自分に与えた神々に感謝すると共に、アマゾーンとしての血がたぎるのを感じるのだった。
恩寵
かつて旅人だった若者は、今では立派な大人の男になっていた。
辺境より都の近くにある新たに造られた村で、二児の父親をしながらこの新しい村の長を務める妻と暮らしている。
妻は、前に住んでいた村の長である祖母を、母や支持する住人と協力して退かせて、古い価値観に縛られていた村の方針を変えた。
そして、当時旅人だったこの男性は、孫娘である現在の妻と、村の一部の人々と共に、都に向かって旅立った。
男性は、使者として女王陛下に謁見する話が無くなったことを、しばらく惜しんでいたが、身の程を知れば、むしろ陛下の配慮があればこそと思い、潔く諦めた。
そもそも都上がりの令息たちと、辺境の使者とでは格が違い過ぎたのだ。と、男性は振り返る。
しかし、それから女王は二人の縁を取り持ち、男性は孫娘と婚姻を結んだ。
「男の人って、文化を作るものだと思っていたわ」
近所に住む、年頃の少女が言う。
彼女の話では、村の男は詩を書いて、住居の窓辺で読み上げたり、窓から投げ落としたりするそうだ。村の女の呼びかけに、答えることもあるという。
丘の上から降ってきた手紙を、競うように追いかける女たちの姿も、この村では、よく見かける光景だ。
村の男である、この男性が、女たちと協力して牧場で牛乳を運んでいる時、少女の他にも何人かの女が、物珍しそうに男性を見ていた。
本当は、働く男は他にもいるのだが、今は話すのをやめよう。いつか、時期が来る。そう男性は思った。
この村は、妻の母が取引相手から譲り受けた廃村を、住人総出で造り直したものである。
妻の母は、前の村を治めている。あれから、他の村との交流が盛んになり、子供が生まれて、よく育つようになったという。
この村も、子供の姿は珍しくはなくなった。
アマゾーン国各地から集まった、志を同じくする移住者の中には、男たちの姿もあった。
アマゾーンは、原点に還ったのだ。
アマゾーンは、戦士ばかりではない。
農民もいれば、牧人もいる。
彼女たちが、自らをアマゾーンと呼び、女戦士の名をあまり使わないのはそのためである。
母は、病弱な父に代わって領地を護っていたので、強い女性は知っているつもりだったが、アマゾーンの女たちの強さは桁違いだった。自分たちで決めたことを、確実にやり遂げて、村をここまで育てきたのだ。
男性は、自宅の庭から広がる景色を眺めながら、これまでの人生を振り返る。
兄達は生まれてすぐ亡くなり、自分は体が弱かったが何とか生き延びて、今ではすっかり丈夫になった。
父を看取った母は、家を姉に継がせると、屋敷で思い出の品に囲まれながら、姉の娘の成長を楽しみに余生を送っている。
自分はたぶん、この村で一生を終える。
子供たちを、母に会わせる事は、おそらく出来ないだろう。
アマゾーンの世界に染まった自分は、戻れないし戻ることを許されないだろう。
それでも妻は、王国出身である自分の価値観を、尊重してくれる。
アマゾーン国では、配偶者の数に決まりが無いにも関わらず、自分だけの妻でいてくれる。
子供たちは、血を分けた私の子なのだ。
本当に感謝している。
自分を父親にしてくれた事を。
アマゾーンは、強く、気高く、そして、優しかった。
男性は、昔からアマゾーンに抱いていた想いが、間違っていなかったことを確信した。
子供の頃から書物に没頭し、政治や軍事に向かない三男である自分にとって、これは良い人生だった。と、男性は、しみじみ思うのだった。
従者は、男性のいる村へ馬を走らせていた。
女王から預かった、書簡を届けるためである。
従者にとって、都へ向かう途中で分かれて以来の再会となる。
王国が、婚姻による覇権と跡継ぎにならない息子を手放す目的で、男たちをアマゾーンの地に差し向ける中、自ら志願した男性の事を、従者は忘れられずにいた。
辛い仕事だったけれど、若さまが幸せになっていたら、どんなに報われるだろう。
そんな思いを抱えながら、従者はひたすら男性のもとを目指した。
あれから、女王は世の中の動きを見て、繁栄した村には褒美を取らせる、という御触れを出していた。
周辺の国々から送り込まれた男については、各地の者たちへ、男はよく調べるように通達を出して注意を促した。
女王自身は、数多いる使者を直々に吟味検討した後、よく躾ておいたので、問題は無かった。
女王が気掛かりだったのは、あの、“手紙の男”である。
今の繁栄は、あの村で起こった反乱がきっかけだった。
当時から、そこに神意を感じていた。
…女王は、部屋でまた一人になると、さっき捨てた手紙を拾いあげた。
そして、玉座に掛けながら、今度こそ最後までじっくり読んだ。
手紙の内容から推測するに、王国の男とあらば、野心のひとつは持っていただろう。
我々の世界を、暴いて手柄を立て、立身出世を望んでいたに違いない。
ただこの男は、すれたところが無い。
おそらく、自分の家や、王国に忠実故に、自ら志願したのだろう。
ならば、尚更そのまま帰す訳にはいかない。
かと言って、私のもとで更生させるにも、尾羽の違う鳥を、同じ籠で飼うのは酷なこと。
そうだ、手紙の主である、村の女に監督させよう。
行く行くは、村の助けにもなるだろう。
「…大事にするのだぞ」
女王は、村の女に宛てた手紙を書きながら、ひとり呟いた…
それから、十数年の時が流れた。
事情は、すっかり変わった。
「繁栄した村に、褒美を遣わす」
女王は、各地の村に御触れを出した。
金貨、肥沃な土地、王国への通行手形……
それは、手紙の男が住む村を始め、各地の村へと送られる。
「…しかし、これでは事足りぬ」
どうすれば、この村に、神々に選ばれたこの男に報いることが出来るか……
女王は、玉座で考える。
「この村には、他の村とは違う、特別なものを与えよう…」
女王は、書簡を送るべく、手紙をしたためた。
今では、王国の女たちも、積極的にアマゾーンを迎え入れる。
アマゾーンたちは王国で働き、時には戦士として戦う。
王国の人々も、徐々にだが、信頼を寄せるようになった。
アマゾーンたちは、王国各地で村を作り、新しい血を入れる。
自分たちとは、少し違う子供が沢山生まれ、豊かな地で健やかに育つ。
“血の偏り”を克服したアマゾーンは、これからも栄えていく。
今や、アマゾーン国と王国は一つになった。
女王は、国の名を“女王国”と改め、首都に手紙の男、男性の住む新たに造られた村を選んだ。
そこで、新しい村で長をしている、男性の妻宛てに書簡を送った。
女王は近々、拡大した土地の整備を、旧王国の関係者と調整する予定である。
女王は、久しぶりに、長椅子で一息ついた。
「これで神々も、さぞお喜びだろう」
女王は、今でもあの時の手紙を読む。
……私達に起きたことは、意味があると思うのです。
現に、すべては動き出しているのですから。
手紙の最後は、こう結ばれていた。
この運命の導き、変わりゆく世のあり方。
これ自体が神々の恩寵だと、私は思います。
庇護する女たち