ぞろぞろ

ぞろぞろ

 今日、久しぶりに鳶山(とんびょうさん)にいった。日曜日もないほど忙しい会社に入り、大きな仕事が一段落したこともあって土日に休みがとれた。有給休暇はたくさんたまっているので仕事さえなければいつでも休める。この会社のよいところは、有給休暇の使用期限がないことである。昨年65の定年でやめた人は2年前から会社に出てこなかった。22歳から働き始め、40年間の有給と代休が一年間に15日ほどたまり、40年間で600日をこえた。それで2年前から有給で休暇のまま退職ということになったわけである。情報関係の会社だから羽振りがいいのでそういうことができる。
 僕はほどほどに有給を使っているが、大きな仕事が始まると、休みなしの仕事ととなる。それが一段落したということだ。
 今日は秋晴れのいい天気だ。子供の頃に探検気分で遊びに行った鳶山を思い出した手、どうなったのか行ってみたくなったのだ。
 自分が住んでいる町は山と川のある恵まれたところだ。ただ、都心から特急で一時間かかる。両親は他界し、そのまま古い庭付きの家で暮らしている。
 家からバスで三十分ほど行ったところにハイキングに手頃な山々がいくつかあり、鳶山もその一つである。夏は気持ちのいい林の探検、秋になると、大人の人は紅葉をめでにいく。年寄りでも歩ける丘のような山である。
 その日、コンビニでおにぎりと水を買ってバスに乗った。昔は低い山に囲まれたような自然が広がっていたが、今バスの窓から見えるのは、丘丘のかなり上まで住宅が寄り集まっている風景だ。ずいぶん町の奥の方まで人が住むようになった。市の中心部からかなり離れているところが、都心に通うの便利な場所になったのは、電車のスピード化や、路線バスなど乗り物の発達に追うところが大きい。
 久しぶりに来てみると、鳶山は昔の面影は残しているが、林の中の手入れはよく行き届いて、昔のような探検気分にはなれないが、散歩にはもってこいの公園のようになっている。
 雑木林の中の小道を歩いていくと、いろいろな色や形の茸が生えていて、ついつい立ち止まって見いってしまう。都心でのオフィス生活にどっぷりつかっているので、何とも新鮮な気分だ。
 小学生の時に、鳶山からシュンランをとってきて庭に植えたことを思い出した。あのシュンランは毎年春になると今でも花を咲かせている。仕事が忙しくて、咲いているなと思ったことは毎年だが、それだけで終わってしまっている。庭をもっとゆっくりと見よう。
 歩いていくと、鳥がばさばさと枝から飛び立っていく。大きな鳥だ。
 歩く足下に白い茸たちが一面に生えているところにでた。ほんの五センチほどの茸だが、真っ白でほとんど汚れがないので雪が盛り上がっているように見える。
 腰をかがめてよく見ると、ずんぐりした可愛らしい体型をしている。
 かわいいねと、声をかけた。
 白い茸が、いきなり自分の方に顔を向けた。顔などないはずだが、ともかく、傘がみんなそろって、くりっと動いて、自分を見たように思えたのだ。
 まあ、気のせいだろう。
 立ち止まったところは、木が切られて広い空き地になっていて、腰掛けるのに適した切株もある。薄日も差し込んでいて、気分がいい。
 ここで、お昼にしよう。回りに生えている白い茸たちを踏み潰さないように、切り株に腰掛けた。おにぎりは鮭と梅干しと昆布だ。
 一口かぶりついた。うまい。味が違う。コンビニのおにぎりが、同じものでもオフィスで食べるのとはだいぶ違う。周りの空気も食べているのだろう。エアコンの効いたオフィスの空気と、山の空気では比べ物にならない。
 あっという間に三つのおにぎりを食べてしまった。ペットボトルのお茶さえもおいしい。
 お茶を飲み終え、前を見ると白い茸が自分を見ている。茸が話しかけてきそうな気分だ。幼児期にもどったようだ。
 いや、何か言っているようだが、と耳を澄ましたのだが、虫の羽音しか聞こえなかった。これだけのことだが、映画を見に行ったり、買い物をしたりするより、ずっと肩のこりが緩む。
 さて、そろそろ帰り支度だ。まあ、お昼を食べに来たようなものだが、ずいぶん気分は晴れやかになった。
 立ち上がって来た道をおりた。
 鳶山の出口が見えた。そのとき後ろの方でバサバサと鳥の飛び立つ音が聞こえた。
 振り返えって木の上を見ると、少し大きな緑色の鳥が三羽、木の枝に舞い降りたところだ。インコじゃないか。逃げたインコが繁殖して鳶山をねぐらにしてるのか。
そう思って、降りてきた道を振り返ったら、白い茸が一列になって、ふらゆらふらゆら動いて、下ってくる。何だ、僕の後をついてきたのか。
 ゆっくりゆっくり歩いている。
 眼のせいなのだろう。茸が歩くはずがない。だが、山道の端にずらーっと上の方までつらなっている。
 僕は歩き始めた。振り返ってみたら、やっぱり茸も動いている。
 そんなはずはないと思ってバス停までいった。
 後ろをみると、やはり茸はいなかった。
 バスがきた。
 バスのステップに足をかけると、白いものがチラッと目にはいった。
 足元をよく見る。たくさんの茸が僕の足元を取り囲んでいる。
 なんじゃらほい。頭ががおかしくなったのか。
 ともかく乗り込んだ。客は数人だ。一番後ろの席に腰掛けると、白い茸たちもぞろぞろと、のりこんできて、足元や、床の隅に目立たないように立っている。
 乗客の誰も気がつかない。他の停留場で乗ってきた人も気がつかない。
 町について、車を降りると、白い茸たちは僕から離れずついてきた。家につくと、庭の中にはいっていってしまった。
 部屋で着替えをして、廊下にでてガラス戸を開け、庭を見たら、白い茸がシュンランを取り囲んでいる。
 鳶山のシュンランがこんなとこにいる
 そんな風に言っているのが聞こえた。
 おい、と声をかけてみた。白い茸たちが僕を見た。
 いつとってきた。ときかれたようなので、小学生の時だよ、と答えると、もう二十年も前のことになるな、こいつは一人で寂しかっただろう、俺たちが来たから、もう大丈夫、と言った。
 白い茸たちがぴょこぴょこ庭の中を飛び跳ねた。
 ブロック塀に隣の虎猫が飛び乗って、茸たちをみつめた。おけつを持ち上げて、もぞもぞさせると、いきなり庭に飛び降り、白い茸を一つくわえた。
 猫の本能だから仕方がない。
 白い茸たちは、いきなり空中に舞うと、虎猫の頭の上や背中に飛びのって跳ねた。
 猫は、ギャッと叫んで、くわえていた茸をおとした。その茸がいきなり飛び上がって、虎猫の鼻の頭をけっとばした。
 いってえ、と言ったかどうかはわからないが、ギャオと耳を伏せ、ブロック塀に飛びのると、自分の家に逃げていった。
 目を庭にうつすと、白い茸たちが見当たらない。
 あいつらどこかにかくれたのか。
 僕は廊下から部屋にはいった。
 目を見張った。居間の絨毯の上に、白い茸がポコポコ生えている。
 どうしたらいいんだろう。
 目をこすったが消えない。
 ソファーに腰掛けて、白い茸を見た。
 いっせいに、今日からここにすみます、
 と言って、白い茸が重なると、どんどんふくらんで、やがて、人間の形になった。
 あなた、鳶山どうだった、たまには一人で山歩きもいいでしょう、とその人間の形はいった。
 そうか、僕の奥さんは茸でできていたんだ。
 なんだか納得したら眠くなってきた。
 僕はソファーで寝てしまった。

ぞろぞろ

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  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-11-01

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