還暦夫婦のバイクライフ
リン、カツオの口になる
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を過ぎた夫婦である。
10月の三連休の初日、買い出しに行ったスーパーで、深浦港から出張販売に来ていた業者の出店で鰹の冊を見つけた。
「ジニーカツオだ。どう?」
「ん!これはきれいだな。鮮度良さそう。一つ買って帰ろう」
ジニーは500円払ってカツオの冊を手に入れた。その日の夕方、魚屋で買った芝エビと長いものすりおろしのかき揚げと、長崎産の野菜天と、カツオの柵をおろした刺身を食卓に並べる。
「お前ら先に食べろ」
そう言って息子二人に夕食を出す。ほおっておいたら根こそぎ喰われるので、ジニーとリンの分を、別に取り分ける。しばらくして息子たちが引き上げた食卓に、ジニーとリンは座った。
「あ!!カツオが無い!」
リンが叫ぶ。見ると、大きなお皿にカツオの刺身が二切れしか載っていなかった。
「え?母さん取ってなかった?」
三男が驚いたように言う。
「刺身、取ってなかった」
「そうなん?ごめん、取ってあると思って喰っちまった」
「くそ~!」
リンが悔しがるが、どうしようもない。残った刺身を、ジニーと二人で一切れずつ食べた。
「ああ、これ!うまいじゃないか!もっと食べたいよう」
リンはカツオで頭がいっぱいになってしまった。
「ジニー、明日はカツオ食べに行くよ!」
「どこに行く?深浦の食堂?」
「いや、あそこは有名になり過ぎて、うかつに寄れん。さんざん待つし、売り切れごめんかもしれんし」
「ん~、じゃあ、中土佐行くか。ひろめ市場は観光客で湧いてるだろうし、土佐佐賀とビオスおおがたはちょっと遠いしね」
「中土佐は、この前行ったばかりだけど?」
「山の上の黒潮本陣に行ってみよう。行ったこと無いし」
「ああ、いいねえ」
ということで、10月13日は高知にカツオを食べに行くこととなった。
10月13日、ジニーは東京に行くという三男を空港に送り、それから支度を始める。リンと朝食を用意して、洗濯物を干し、バイクのウェアを引っ張り出す。
「ジニー何着るん?」
「春秋用の半メッシュ」
「私は皮ジャンかな。下は防風ジーンズ」
「暑くない?」
「山越えは冷えると思うよ」
「そうか、じゃあ僕も防風ジーンズにしよう。そういえば、石鎚は紅葉始まったらしいよ」
「10月半ばだからねえ」
支度を済ませて、二人は外に出る。車庫からバイクを引っ張り出し、準備を整える。
「リンさん、スタンド寄るよ」
「オッケー」
9時30分、家を出発した二人はいつものスタンドに寄り、ハイオクを満タンにする。
「ジニー、どのルート?」
「梼原からR197、県道19号経由で七子峠を下って中土佐の予定」
「R33から須崎に出るのは?」
「う~ん、それでもいいけど・・・美川くらいまで走って考える」
「わかった」
二人はスタンドを出発してR33に出る。砥部から三坂峠を上がり、途中から旧道を走る。気候が良いので、バイクがいっぱい走っている。
「今日はバイクが多いねえ。車も多いけど、こんなにバイクとすれ違うのって初めてじゃない?」
リンとジニーは、すれ違うバイクに手を上げる。
「そうだなあ。こんなに多いのは近年無かったな。夏があまりにも暑すぎて大人しくしてたのが、涼しくなって一気に出てきた感じだなあ」
マスツーリングするグループと頻繁にすれ違い、挨拶が忙しい。単騎の人も多く走っている。
「ジニー、檮原回りで行こう。私、この車列について須崎まで走るの嫌だわ。この先ずーっとこんな感じでしょ?」
「おそらくね。じゃあ、地芳トンネル通っていくよ。前走っている長い車列が、みんなカルスト目指していないことを祈ろう」
美川の道の駅を通過し、前走車が2台面河方面に曲がってゆく。それでも車列は長いままで、のんびりと走ってゆく。カルストに向かう分岐で6台ほどR440のループ橋になだれ込む。
「リンさん、6台ほど前に行った」
「まあ、想定通りね。どこかで抜いていこう」
「わかった」
ゆっくりの車列が少しばらけ、間隔が空いてきた。後から2台追い越す。
「リンさん、草餅屋で止まる?」
「いや、このまま行こう。私、平気だから」
「うん。疲れたら言って」
二人は草餅やさんをスルーして、少し早くなった車列についてゆく。やがて、カルストに上がる分岐で前走車がきれいさっぱりいなくなった。
「おお!みんなカルスト行きか。狭い道だけど、がんばれ」
ジニーとリンは、視界が開けた道を快適に走る。すぐに地芳トンネルに入った。
「ん?思ったより寒くないねえ」
「リンさん寒いよ。でも寒風山トンネルほどじゃないかな」
リンは革ジャンを着ているので、全然寒く無さそうだ。ジニーも思ってた程寒くなくて、ほっとしている。
長い地芳トンネルを抜けて、高知県に入った。長い下り坂をどんどん駆け下り、やがて梼原の街並みに入る。マラソン大会をやっていて、街は大賑わいだった。二人はう回路を通って、R197に出る。そこから須崎方面に走ってゆく。
「リンさん、疲れてない?」
「平気。ハラ減った、早く行こう」
「止まらずに行くよ。疲れたら言って」
「うん」
R197は快適だった。信号待ちもなく、呑気な車も前にいない。気分よく走って、やがて県道19号との交差点に着いた。そこを右折して、県道に入る。広い道がずっと続いていて、しかも車も走っていない。
「ジニー、こっち来て正解だった。R33走ってたら、多分嫌になってたと思う。こっちは少し遠回りだけど、快適だわ」
「そうやねえ。この先3か所ほど狭くなるけど、そこを抜けたら七子峠はすぐだよ」
「そうだっけ?私全然覚えてないや。前走らないからかな?」
「そうかもね」
ジニーはリンを従えて、先を急ぐ。途中狭い区間も難なくクリヤして、再び広い2車線道路を走ってゆく。しばらく走って交差点を左折して、県道41号に乗り換える。大野見中学校の所の切通しを通り、県道319号との交差点をまっすぐ抜けて、緩やかに上ってゆく。峠の大野見トンネルを潜って少し急な下りを駆け降りる。やがてR56とT字に合流して、七子峠のピークに向かって左折する。すぐに峠を越えて、中土佐めがけて一気に下ってゆく。下り切った所で県道25号に乗り換え、久礼漁港に向けて走る。ここに道の駅なかとさがある。いつもはここの浜焼き海王で鰹を食べるのだが、今日は山の上にある黒潮本陣に併設されている黒潮工房に向かう。
「リンさん、ここから上がるみたい。入り口がUターンっぽいから気を付けて。車も降りてきてるよ」
「わあ!危ない危ない」
リンがどうにか車を避けて、坂道を上る。ジニーは後ろのリンを気にしながら、ゆっくりと上ってゆく。300ⅿほど走った所で、目的地に到着した。満杯の駐車場に隙間を見つけ、バイクを止める。
「着いたよリンさん。お疲れ」
「つかれた~。休みなしだもんね。何キロ走ったんだろう」
「え~とねえ、120Kmちょっとかな。下道だけで走ったから、疲れるわあ。何時だ?」
「12時丁度」
「出たのが9時30分だから、2時間半か」
「とにかく腹減った。早いとこ飯にありつこうよ~」
2人はそそくさとバイクにヘルメットを固定して、店に向かう。店内は大勢の人で混雑していた。
「ここのシステムは、どうなってるんだ?まずは券売機で食券を買うんだな?」
ジニーは列に並んで食券を買う。カツオのタタキ定食8貫を二人分、占めて3千円を機械に投入する。
「食券に番号があるな。22番と23番か。みんな席に着かずにたむろしているのは、できるのを待ってるのか」
「そうみたいね」
「番号2番、3番の方~」
店の人が呼び出している。
「ジニー今、何番ていった?」
「2番だって」
「わあ、まだまだ先だねえ。ここで立ってても仕方ない。風通しのいい所で座って待ってよう」
二人は店の裏に回り、見晴らしのいい所に座って待った。
1時間ほど待って、料理を手に入れた。空いている席に座り、早速いただく。
「いただきまーす」
リンがウキウキしながらカツオのタタキを一切れ箸で取り、パクっと食べる。
「ん~。うまいけど・・・」
少し納得いかないような口ぶりだ。ジニーも食べる。
「うまいよ、普通に」
「そうなんよ。普通においしいんだけど、イメージと少し違うんよね。何だろう」
「昨日一切れしか食べれんかった深浦のカツオの刺身が、強烈だったんじゃないの?」
「それはあるかも」
そう言いながらも、リンはうまそうにカツオのタタキ定食を平らげた。二人は次の人のために、さっさと席を空ける。
「ジニー帰ろう。それともケーキ屋さん寄る?」
「ケーキ屋さんって、もみのき山?いや、今日は寄らんよ」
「だよね」
「でも、下の道の駅には寄りたいな」
「何で?」
「塩ポン酢買いたい」
「わかった」
2人はバイクに戻り、準備を済ませる。13時30分に黒潮工房を出発して、山を下りる。降りたすぐの所にある道の駅なかとさに行き、駐輪場にバイクを止めた。ヘルメットをバイクに固定して売店に向かう。
「あった、塩ポン酢」
ジニーは商品を手に取り、レジに向かった。
「さて、用事は済んだ」
買い物を済ませた二人は、売店を出た。
「ジニー、ケーキ食べよう」
リンがそう言って、別棟にあるケーキ屋さんを指さす。
「いいよ。行こう」
二人はケーキ屋さんに向かった。
店内は比較的空いていた。開いている席に案内され、着席してからメニューを見る。
「ん~何にしよっかな~」
リンはしばらく悩んでから、苺チーズ、ジニーは栗のモンブラン、それからホットコーヒー2つを注文した。
「お待たせしました」
あまり待たずにケーキとコーヒーが来た。早速ジニーはモンブランを口に運ぶ。
「うま!うまいよこれ」
そう言って、リンにシェアする。代わりにリンの苺チーズケーキを一口もらう。
「うまいね。でもジニー、ここはちゃんとしたケーキ屋さんだから、おいしいのが当然なのよ」
「そうか。この前のケーキ屋のはイマイチだったから、そう感じたのかな?」
「あそこはちゃんとしてないケーキ屋さんだからね」
「なるほど~」
おいしいケーキを堪能し、コーヒーをゆっくりと飲んで、充分休憩してから店を出る。
「ジニー、港の向こう側に、二名島というところがあるんだって。行ってみる?」
そう言って、リンがジニーにスマホの画面を見せる。
「んん?行ってみる」
ジニーは自分のスマホの地図アプリを呼び出し、道順を確認する。二人はバイクに戻り、準備を済ませて道の駅を出発した。地図で確認した道を走り、5分ほどで二名島に到着した。バイクを道端の広い所に停める。
「なるほど。二つの島を防波堤でつなげて、久礼漁港を守ってるんだ。名勝二名島の石碑もある」
「ジニー降りるよ」
道から10mほど下にある防波堤に、階段を使って降りる。釣り人や、海遊びしている家族連れなど3組程いた。防波堤は結構古くて、角が取れて丸みを帯びている。海は凪いでいるが、時々うねりが来て防波堤にしぶきを散らす。一つ目の島をぐるりと回り、ふたつめの島へと歩いてゆく。島には灯台があるが、登りの階段は危なっかしくて登るのを断念する。
二人は太平洋をしばらく眺めて、引き返す。急な階段を上って道に戻る。バイクの準備をしてから、二名島を出発した。来た道を引き返し、R56に出る。そこから七子峠を目指して駆け上がる。
「ジニー、登りだと案外楽しい道だねえ」
「ちょっと三坂に雰囲気が似てるかな」
2台のバイクは登りの峠道を楽しく走る。やがて峠に着いた。
「あ、そうだ。リンさんちょっと止まりますよ」
「何?」
「来るとき、展望所があるのを見つけてたんで」
ジニーは峠の駐車場にバイクを止める。リンも並んで止めた。
「少し斜めだ。立つかな?」
そっとスタンドにバイクを預ける。少し立ち気味だが、問題なく立った。バイクから降りて、展望所を見に行く。
「おお~リンさん、土佐湾が見える。遠くにうっすらと室戸の方まで見えるよ」
「でも残念。手前の木が邪魔で、岬までは見えないなあ」
「ここが出来たときには木も小さくて、よく見えたんだろうなあ」
「こういう所、多いよね。木が育って見通しが悪くなった展望所」
「手が回らないんだろうねえ」
一通り写真を撮ったりして、峠を後にする。すぐ右折して、県道41号に入る。大野見まで走り、県道19号に乗り換え、狭い所も問題なく通過してR197に出る。そこから呑気さんに捕まり、車列の後ろをのろのろとついてゆく。
「ねむい・・・」
リンがつぶやく。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
「わかった。どこかに止まろう」
ジニーはリンの呪文を聞きながら、津野町まで走った。そこで、右手にデイリーストアを見つけた。
「リンさん、あそこに止まるよ」
「んん~わかった」
リンが眠そうに答える。二人は右手にあるデイリーストアの駐車場にバイクを止めた。
「あ~だめだ。車の後ろに付いて自分のペースじゃなくなったとたん、眠くて眠くて大変」
リンがぼやく。
二人は店内に入って、うろうろする。リンは麦茶を買い、ジニーはスタバのエスプレッソを買った。店の外に出てベンチに座るが、残念ながら喫煙コーナーだった。先客の吐き出す煙に追われて、早々に退散する。風上に移動して、そこで麦茶とエスプレッソを飲む。
「ふう~、ジニーこのコーヒー結構おいしい」
「スタバのコーヒーだからねえ」
一個のコーヒーを回し飲みして、しばらく休憩する。
「さて、元気になったし帰ろう。ジニー何時?」
「え~っとねえ、15時50分」
「あー、暗くなる前に届くかなあ」
「どうだろう。ここからだと、休憩は美川の道の駅かな」
「そうだね」
「じゃあ、行きますよ」
コンビニを出発して、リンを先頭にR197をどんどん走ってゆく。梼原でR440に乗り換え、地芳トンネルめがけて駆け上がる。長くて寒いトンネルを抜けた所で、左からカルスト帰りの車列が合流してくる。たちまちペースダウンするが、元気になったリンはどんどんパスしてゆく。ループ橋をぐるっと回ってR33と合流するところの信号待ちで、先行する6台の車の先頭に出る。そこから美川道の駅まで、先行車は1台も現れなかった。
「珍しいね。ここで前に車がいないなんて」
「おかげさまで、気持ちよく走れたよ。ジニーこのまま止まらずに、一気に行こう」
「しんどくない?」
「全然平気!」
「じゃあ、スルーします」
リンと交代して前を走るジニーは、美川道の駅を通過した。
「駐車場ほぼ満杯だったねえ」
「うん。バイクも結構居た」
そこから20分ほど走って久万高原町に入る。
「ジニーもう止まらなくていいから、家まで走ろう」
「わかった。リンさんが平気なら、このままいくよ」
久万の道の駅さんさんも素通りして、三坂バイパスを駆け降りる。砥部町から重信川を渡り、松山市内に戻って来た。そこから裏道を走り、17時55分、家に到着した。
「お疲れ様」
「お疲れ」
バイクを車庫に片付け、荷物を持って家に入る。
「そう言えばリンさん、コンビニからこっち、随分と元気だったねえ」
「そおお?」
「あ!もしかして、スタバのコーヒーのおかげか!」
「それはないな」
リンはふふふっと笑った。
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