恋した瞬間、世界が終わる 第82話「そして、動き出す時間」

恋した瞬間、世界が終わる 第82話「そして、動き出す時間」

リリアナと私は、人口比率が高齢者に大きく傾いた、つまり、過疎化が進行している町にある「ブティック」に立ち寄り、変装を無事に完了した


無事に完了するまでが長かったーー

私たちは高架下の商店街を見つけると、駐車場を探すも見当たらないため路上駐車することに。車から人目を忍びつつ降りると、高架下の薄暗さに人目など何処にもないことに気づいた。見渡すと、シャッターが下りたまま閉店しているところばかり。リリアナは「ハポン、この場所は何だかぞくぞくするわ……」と、私の服の袖を掴んで付いて歩く。風の流れもなく時間ごと滞留したままで、ビジャ・エペクエンの過去に沈んでゆく時間を思い起こさせた。ここは表面上は水没していないだけで、深いところでは沈んでしまっていた。しかし、店と店との間の隙間にわずかな光が落ちていて、それが時間の繋ぎ目になっていた。通りに捨てられた自転車の軋みにその分だけの時代に取り残された時間を見た。人の気配がない。服が売っている店など、まだここには残されているのか? そう思いながら袖を掴まれながら歩く私にリリアナは「ワタシタチは神隠しにあったのよ、ハポン。ここは、亜空間よ」と、表情に仄暗い心理状態が日本文化探究のそそりへとメタモルフォーゼしていた。高架下のシャッター街に沿って歩き、空き地に差し掛かった。そうなるともう、引き返すしかなかった。リリアナのメタモルフォーゼは完成を見なかった。振り返り、シャッター街を逆回りに沿って辿った。シャッターは動かぬまま、風も吹かぬまま。行く道には気づかなかった角度があるだけ。
「待って」。背後に呼びかける声があった。私は袖を掴んだリリアナの方を振り向いた。振り返ると、リリアナの姿はなく、袖を掴まれたままの感覚だけが残っていた。「リリアナ!」と、私は呼んだ。声はシャッター街に沿って通り抜けていった。私は元来た道を早歩きで戻った。見渡せば通りのすべてが見通せる。ひょっとして、電柱の影に? それとも、シャッターの奥に? 私の目が実像を照らしているのか不安になった。見えていない何か、視界の外に出てしまった分が何かあるのだろうかと。私は取り残されてしまったのだろうか。独りきりになってしまった恐怖が私に降りた。子供の頃、外で遊んでいた夕方、友達が帰った後の家までの帰り道、背後に、影に、何かに引きずり込まれそうになる感覚。私は最初に下りた場所まで戻った。乗ってきた車のミラ・ジーノにも、リリアナの姿はなかった。「リリアナ」と、私は呟いた。そのまま、目が滲んだ。子供の頃の帰り道、同じことがあったように思った。その取り残された過去が、この取り残された高架下のシャッター商店街に転がって、私を再び不安にさせているのだと思った。だけど、どうしてリリアナを、何の関係もない彼女を巻き込んだのか? 私のうちの物語に、どうしてリリアナを引き込んでしまったのか? どうして? どうして? なんで……物語は、いつも何かを巻き込んでいってしまうんだ? 途方に暮れたまま私の物語の足だけが、商店街を行ったり来たりした。 涙が、通りに跡を残した。目が滲んだまま視界が霞んだ。もう、私の五感のうちの視覚はこの場では使い物にならない。多分、他の五感もダメだろう。表面上のこと以上に何かを感じることができなかった。胸ポケット、そこにはハンカチがあった。リリアナが包んでくれたハンカチ。それで涙を拭った。包まれていた花を手に取った、まだ萎れてはいない。手に取った花の茎をくるくると回してみた。
風が通り抜けた。


「これは、タンポポだね」


小さな身体の頃に近所の女の子が教えてくれた。私はそのとき女の子の世界観を修正せず、誤解された認識を改め直すことをしなかった。近所の空き地で、子供背丈では埋まりそうな草木が生える場所。そのまま、その記憶。それが本当に、大切なこと。タンポポではない茎をくるくると回しながら、タンポポの綿毛よりも柔らかい、表情を女の子が浮かべて、キスをされた。誰かと唇を重ねるとき、唇に“残った感覚”。唇で『記憶』を残そうとしたココ。

残された五感のうちの何かが、この場では必要だった。あの時、あの時と一緒だと思った。ココと別れた道すがらーー田舎道があって、カエルが大合唱しているーー曲がり道と、小道ーー低空飛行の鳥、木々のざわめきーー木漏れ日、そして、夕暮れーー川底、暗闇ーー黒い渓谷を抜け、モンキチョウのような姿に導かれて、暖かな空気に暖を取ったことーー螺旋になって時間と時間が入り乱れるーー私は商店街の店と店との間の隙間にもう一度、リリアナの姿を見ようとしたーーもう一つの時間に薪を焚べる男がいるーー着火剤に火が点く、

 
 わずかな光が、大きくなった。
 その光の花粉に誘われ、その隙間へと入っていった。



鳥居があって、潜った先には

 
 「ブティック ココ」

恋した瞬間、世界が終わる 第82話「そして、動き出す時間」

次回は、11月中にアップロード予定です。

恋した瞬間、世界が終わる 第82話「そして、動き出す時間」

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  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-10-21

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