akiko

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私は、「あき子」社会人になって、会社に勤めること17年。20歳で入社した私も、お局になってしまった。
 そういうと、眼鏡をかけたガリガリのインテリタイプを想像する人が多いでしょう。しかし、私の場合救いというか、強みと言うか、見た目には20代に見える容姿がある。
って、これって自画自賛っていう奴かもしれないけど・・・
 初対面で、私の年齢を当てた人は、30代になってから一人もいない。でも、その為に他の年相応に見える先輩たちからは、
目のかたきのようにされ、会社に居づらくなってきているのが現状なのです。
 そんな自己紹介をしている間に、鏡の中には、完璧な顔ができあがっていた。

「よし。では、張り切って行ってみよう」

 自分にはっぱをかけて、2階の部屋を出て、家族のいる食堂へ降りて行った。

「やあ、おはよう。」

 1歳上の兄貴が、新聞から目をあげて言った。兄貴もお母さんと私を抱えてるためか、未だ独身。
昔は、私の同級生でも噂になったイケメンも、最近はおなかも出てきて、中年のイメージになってしまった。
兄貴のためにも早くしなくちゃね。ああ、朝から気分がめいってきた。私はコーヒーだけ飲んで家を出た。

 会社までは、バスに乗っていく。今日は運良く座れたので、手帳を開いて予定を確認する。
私の仕事は、うちの製品を扱ってくれる化粧品店へアドバイザー的な役割でお手伝いに行くのです。
行く店は、予定表に記載され1か月分を渡される。

「はぁ、今日は嫌いな店かぁ。憂鬱な日になりそう・・・」

思わず呟いて、周りに視線を気にしてうつむいた。私は20代の夢も希望もある女性に見えてるはずなんだから。
もっと生き生きしてなきゃといいきかす。気を取り直したころ、降りるバス停に着いた。会社で制服に着替えて
事務的なミーティングをして店に向かう。会社から店へは1時間以内に着けばいい。今日の店は近くだから
時間がある。途中と言っても、会社のすぐそばだけど、気に入ってる喫茶店に寄っていくことにしよう。

その店は、ママが一人でやってる小さな店だけど、お客がほとんど常連さんなので落ち着いた雰囲気なので
後輩たちもよく顔を出す。ドアを開けながら

「おはようございまぁす」

ちょっと、可愛い子してみる。

「あら、おはよう」

カウンターの中からママ。

「よう、今日もきれいだね」

「あきちゃん来ると、店明るくなるね」

カウンターの常連さんからも声がかかる。お世辞とわかってても、嬉しくなっちゃうところが単純な私のいいところ。
とっても、気分が良くなって

「コーヒー、お願いします」

自然と甘い声になってしまう。

コーヒーを飲んでいると、バタン大きな音がしてドアが開いた。

「やぁ。おはようございます」

その音に負けないぐらい、大きな声で挨拶しながら入ってきたのは、近くの店の息子さんで
ここの常連さんでは飛び抜けて若い二十歳ぐらいのとってもかわいい男の子。

「あ、あき子お姉さん。おはようございます」

私に脇に来て、ひょこんと頭を下げる。やっぱりかわいいいな。

「みなさんも、おはようございます」

「なんだい、あきちゃんだけ特別かい」

みなさんから、ヤジが飛ぶ。

「いえいえ、お姉さんと、オジサンの区別ですって。ははは」

思わず、吹き出しちゃった。確かに今、カウンターに居るのは、私とママ以外、おじさん3人だったから。
もっと、はっきり言えば、この店の常連の男性は、その子以外はみんなおじさんなのよね。
でも、私が幾つか知ってたら、ああいう台詞は言えないかもね。

「と、言うことで、今日は、ぼく12時までお出かけですので、お昼の出前はその後にしてください。」

私は、何が「と、言うこと」なのか。ぜんぜんわからかったけど、ママはうんうんとうなずいて言った。

「髪の毛切ってくるのね」

その子は、ピタッと壁に張り付いて

「むっ。何も言わないのに、なぜわかった。さてはお主テレパシストだな」 

「なにアホやってんの、昨日自分で言ってたでしょ」

ママが、あきれ顔で言った。

以前は、この店で定食も食べられたのだが、あの子の店の出前がうまいと、頼む人が増えたので
ママも、そのほうが楽でいいわと、食事はあの子の店からの出前だけにしてしまった。

「じゃあ、要するに、床屋へ行くから、12時までは出前できませんって言えばいいのね」

と、ママ

「ブ~~はずれ」

その子が口を尖らせて言う。

「何がはずれなの?床屋じゃなくて、美容室かい?」

「ピンポン、ピンポン」

「わかったから、いつまでもアホやってないで、早く行ってきな」

「はーい」

その子が、出ていくと、私はこらえきれなくて、けらけら笑ってしまった。
他の人もつられて笑い出す。

「ほんとうに、明るい子だな」

誰かが言った。

私もそう思う。あんな子なら、一日一緒に居ても飽きないだろうな。

「あ、そうだ、忘れてた。あきちゃん今度の日曜は暇?」

ママが聞いてきた。

私は、1カ月ほど前に、付き合っていた彼とさよならした。彼とは不倫だった。
別に後悔はしてないけれど、それで婚期を逃したのも事実だった。
私も、今度は結婚できる相手を思っている。
けれど、まだ、その相手は見つかっていない。

「ひまだけど、なんで?」

と、答えるしかないわよね・・・

「実はね」

ママは、カウンターを出て、私をボックス席へ呼んだ。

「今のオーナーがやめて、今度はあの子がこの店をやることになったのよ」

ママは、顔を近づけて小声で言った。

「で、今度の日曜日に大掃除することになったの」

びっくりしてる私に構わず、話を続ける。

「店で、夜働く大学生のアルバイトが二人来ることになってるんだけど、
 人数は多いほうがいいし、あきちゃんお掃除得意でしょ。
 手伝ってもらえたらなと思ってさ」

「へぇ、あの子がオーナーになるの。若いのにねぇ」

「そう、まだ若いから、何かと面倒みてあげないとね」

今の会話でわかるように、ママは雇われママで、昼間を任されている。
今までのオーナーは夜だけ出てきていた。
でも、来月の2月からは、あの子がママの雇い主になるわけ
ママはいい人だから、もう、全面的に面倒見る気でいる。
もともと、私も、ママの姉御はだなところに魅かれて、ここの常連になってる。
いろいろ相談にも乗ってもらったり、世話になってる。
そのママに頼まれたら、嫌とは言えないわよね。

「わかった。手伝いに来てあげる」

「さすが、あきちゃん。ありがと」

 さて、約束の日曜日。
私が起きたのは、8時だった。起きてみて、時間まで約束してないことに気がついた。
私もエラそうに言えなけど、ママってそういうとこがあるのよね。
「まあいいや。」
そんな朝早くから掃除する人もいないだろう。私はのんびりとしたくして10時前に家をでた。
お店に10時に着けばいいと思ったから。
10時2~3分過ぎに到着。
しかし、店のドアを開けてびっくり。入口からもう何が何だかわからないほどの散らかりよう。
これでは、中には入るのも、ひと苦労だわ。そう思いながら、中へ声をかけた。

「おはようございます。山岸ですけどぉ」

返事がない。大きい声でもう一度声をかけた。 

「はあい。どなた?」

あ、あの子の声だ。

「山岸です。黒澤さんいますか?」

もちろん、黒澤さんとはママのことです。

「少々お待ちください。今、そっちへ行きますから。」

ガサガサ音がしてたと思ったら、足もとから顔が出てきた。

「いらっしゃい」

「きゃあ」

私は飛び上がった。その子は、机と椅子の間から出てきたのだ。

「あはは、すいません。散らかしちゃったんで、机の下が一番空いてるんで、
 脅かしてごめんなさい。」

そう言う顔は埃だらけ。その上、汗をかいているので、それが筋となって何本も残っている。
私は思わず笑ってしまった。

「あれ、僕の顔そんなに汚れてます?しっかり笑われてるところを見るとよごれてんだな」

その子は手で顔をこすった。すると、手は顔より汚れていたらしく、余計黒くなってしまった。
笑うのは失礼だと思っても、こらえきれない。あんまり可哀そうなんで、自分のバックから
ハンカチを出して、渡そうとした。

「いいですよ。どうせ拭いてもすぐ汚れちゃうし、そんなきれいなハンカチ使えませんよ」

そう言って笑った。私が笑ったのは気にしてないようなので安心した。

「ねぇ、ここじゃ寒くて。中へ入れてくれない。」

「そうですね。黒澤さんもバイトも、もう来るころだから道あけとかないと。」

そこで、私は考えた。今は2月、私は震えるほど寒いのだ。中は外ほど寒くはないけれど
お客を入れるわけではないので、暖房はついてない。
その中で、この子は汗をかいているのだ。それにこの店の様子。
いったいこの子は、何時から一人でやっているのだろう。

「はいどうぞ。あき子さんなら細いから通れるでしょう。」

見ると、どうにか中へ続く道らしいものができていた。

「えーーと、あら、私、君の名前知らないわ・・・」

そう、名前を呼ぼうとして気がついた。よく顔は合わせてるけど、この子とは
挨拶ぐらいしかしたことがないので、ただ、近所のお店の息子さんとしか知らなかった。

「そうでしたね。僕、山下卓也といいます。」

「山下君ね」

「はい。あ、卓也でいいです。」

「じゃあ、卓也君、一人でここまでやったの?」

「やったって言うか、散らかしただけですけどね。」

「それにしてもすごいじゃない。何時ごろからやってるの?」

「ええと、5時半かな」

「5時半・・」

私が聞き返した時には、その子の姿はカウンターの中に消えていた。

「僕早く起きるのは得意だから、別に大したことないですよ。
それに自分の店だもの、少しは余計に働かなきゃ笑われるでしょ。」

最初は声だけだったけど、話の終わりには、コーヒーを持って姿を現した。

「みんな来るまで、コーヒー飲んでてください。
 散らかってておちつかないでしょうけどぉ」

私は、この子を何も知らないあまちゃんの坊やだと思ってたけど
気がきくし、きっといい子なんだわ。
などど考えてる間も、その子はカウンターの中から荷物を引っぱり出している。
座ってるのも悪い気がして立ちあがると

「そのまま、そのまま。みんな来ればあっという間に終わるから
 みんな揃ってから、働いてください。」

驚いた。こちらを見もしないで、よくそこまで気が回ること、たいしたもんだわ。
もっとびっくりしたのは、その子の言った通りだったこと。
これでけ散らかっていては、午後いっぱいで片付けばいいほうだと思っていたのに
みんな揃うと、あれよあれよという間に片付いて、
2時過ぎには遅い昼食を食べていた。
バイトの子も、可愛くて感じのいい娘で、これなら、いい感じのお店になりそう。

新しい店は、昼間はママと卓也君で喫茶店を
夜は、バイトの子を使ってスナックをやるそうだ
卓也君がオーナーになってからも、私は以前どおりコーヒーを飲みに行った。
店は結構忙しかった。今までは出前だったのが、店で作るようになり
おいしくなったのと、食事もできるのがわかって来るようになったお客も
かなり居るらしい。

「忙しそうね。頑張ってね」

私の言葉に新マスターはニコッと笑った。
 
「あきちゃん。今度は夜も来てあげてよ。私はいないけど
 マスターがいれば安心して飲めるでしょ」

と、ママ。

「そうしてください。お掃除のお礼もまだしてないし、サービスしますから」

と、マスター。

「うん。わかったわ」

二人にああ言われては、来ないわけにはいかない。
私は、さっそくその日の夜飲みにきた。
あらまあ、ボックス席は団体さんでいっぱい。
それに一人、掃除の時は見かけなかった娘がエプロンをしてカウンターの中に居た。
私は、マスターを探した。

「あき子お姉さま、さっそく来てくださって嬉しいな。どうぞ、カウンターへ」

後ろから声がして、振り向くと両手に買い物袋を持ったマスターが立っていた。
買い物に出ていたらしい。
私が席に座ると、初めて見かけた娘がおしぼりを持ってきてくれた。

「あなたもバイトさん?」

「いいえ、私は忙しいとお客さんじゃなくお店の人にされちゃうんです」

なるほど、この髪の長いかわいい娘が、マスターの彼女なのか。
おとなしそうでいい娘ね。お似合いだわ。
私の勘に狂いはなかったらしい。
私が行くと必ずその娘も来ていた。店の暇なときはカウンターでコーヒーを飲んでるし
忙しい時は中で皿洗いなどをしていた。

そして、3月半ば、私は今月いっぱいで会社を辞めることにした。
会社からも許可か出て、私は晴々とした気分で店のドアを開けた。
店は、今までで一番の盛況だった。私は一つ空いていたカウンターの隅に座って
店の中が落ち着くのを待っていた。
今日はカウンターの中にバイト生とあの娘と、もう一人知らない娘がいた。
マスターの彼女と初めて見る娘は何となく似ていた。
妹さんかな?聞きたかったけど、忙しいのに悪いから自分で水割りを作って飲み始めた。
1時間もすると、帰ったお客さんも居て、店が落ち着いた。
私が、彼女の妹かなと思った娘は、お許しが出たらしく、エプロンを外すと

「隣へ座っていいですか?」

と聞きながら、コーラをもってカウンターから出てきた。

「どうぞ。乾杯しましょ」

その娘は、私と乾杯すると言った

「あき子さんですよね。はじめまして、美羽(みう)といいます。
 お噂は、美咲やお兄ちゃんからお聞きしてます。」

「おにいちゃん?あなた卓也君の妹さん?」

「ごめんなさい。言い方が悪かったですね。
 私、姉のことは美咲って呼ぶんです。なんかお姉ちゃん呼びずらくて」

「そう、似てるからそうじゃないかと思ってたの。
 でも、卓也君をお兄ちゃんって言うから」

「えへへ、美咲と結婚すればおにいちゃんでしょ」

「もうそんな仲なの、あの二人」

「美咲が惚れてるのは確かでしょうね。家であんなことしたことないもの。
 私びっくりしちゃった。好きな人のためなら、あんなに一生懸命になれるんですね。
 羨ましいです。できれば一緒になってほしいですけどね・・・」

「なんかだめみたいな言い方じゃない?」

「あ、ごめんなさい。余計なこと言っちゃったみたい。今の話忘れてください。」

美羽ちゃんは、急に態度を変えると携帯を見て

「私もう帰らなくちゃ。パパ上が待っててくれるんです。
 美咲はおにいちゃんが送ってくれるでしょうから。
 邪魔者は消えなきゃ。じゃ、おやすみなさい」

私にそう言って頭を下げると、カウンターへ「お先に」と声をかけて出て行った。

「すいません。妹がなんか失礼なこと言いましたか?」

美咲ちゃんがきて、心配そうに聞くから

「いいえ、とっても可愛くて明るい妹さんだったわ。」

と、笑顔で返事をした。
私は美羽ちゃんが言ってたことなどすっかり忘れていた。
会社での引き継ぎや、販売店への挨拶回りなどで忙しかったし
さほど気にしてなかったせいもあるだろう。

3月31日付で、私は会社を辞めた。
当分は失業保険がもらえるので、その間にお料理でも習って
お見合いの話でもあれば、結婚してもいいなと思っていた。

しかし、いざ辞めてみると、毎日がとても暇になってしまった。
自然と、卓也君の店に居る時間が長くなった。

その日も、料理教室の帰りに寄ってみた。

「今日は何作ってきたの?」

マスターと呼ぶにはかなり若い卓也マスターが言った。
私はその日のテキストを出してみてた。
マスターはさっと目を通すと

「あき子お姉さま。今、暇だし。これ作ってみません。」

と言いだした。

「材料は全部あるから、作り方教えてくれれば出来ると思うけど、だめ?」

その言い方がかわいかったんで

「よし、まかせなさい。」

と、言ってしまった。

 ところが、一緒に作り始めてからが大変。
マスターのほうが。1枚も2枚の上手なの。
最初から最後まで、言われたとおりにするのが精一杯で、
教えるどころか、教わりっぱなし。
出来上がった料理を食べてみると、学校で作ったのよりずっとおいしかった。
私、彼にお料理教わりたくなった。

チャンスは意外に早くやってきた。
それから3日後のこと。彼のほうから

「あき子おねえさまにお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

と、甘えて言うので

「うん、なあに?出来ることなら何でも言って。」

と、にっこり返したら、真面目な顔で

「実は、バイトの子が辞めちゃって、火・木が女の子居なくなっちゃったの。
 時間が空いてるときだけでいいから、手伝ってもらえませんか?」

「あら、あの髪の長い娘、美咲ちゃんはどうしたの?
 あの娘に頼んでみたらいいんじゃないの?」
 
彼、一瞬顔を曇らせたけど、すぐに言った。

「いろいろ事情があって、あの娘はだめなの。
 本当に困ってるの。次の子が見つかるまででいいから
 お願いします。」

そこまで、お願いされては仕方ない。

「わかった。その代り、お料理教えてくれる?」

「うん。もちろんいいですよ。」

「じゃあ、暇だから、毎日来てあげる。忙しい時はいつでも手伝うし
 暇なときは、お客したり、お料理おそわっていいかな?」

「はい、交渉成立ですね」

その日から、お店を手伝ってあげることにした。
彼はバイト代を出すと言ったけど、私はお料理を教わるからいらないと断った。

「では、何か教えないといけませんねぇ」

そう言いながら、二人で調理場へ入ると

「まず、包丁の使い方からいきますか。」

と、きゅうりを持ってきた。トントントンと、私の顔を見ながら
無造作に切っていくけど、薄く、早く、正確に切れていく。

「これが、小口切りと言って、一番の基本だから。
 まず、これができるようにならないと、なにも切れないから」

そう説明しながらも、きゅうりはちゃんと切れていく。

「じゃ、やってみてください。」

包丁を渡された。
私だって、きゅうりぐらい切れるのよ。馬鹿にするなと切り始めたが
彼の倍の時間かかって、倍の厚さにしか切れない。

「そうじゃない。こうやるんだよ」

立ち方から、足の位置、そんなの関係あるのと思ったけど
持ち方や、目線の位置などなど、細かく注意されて
その通りにやると、まるで違った。

「そう、だいぶうまく切れるね」

「はい、先生」

「全部、切っちゃってください」

「はい」

次に彼は、ボールに卵を割り始めた。これまた、片手で簡単に割っていく。
あっという間に、10個ほど割った。

「何見てるの?割り方はあとで教えるから、先にそれ切っちゃってちょうだい。」

「はぁい」

「はい、僕は玉子焼き焼いちゃいますから、作業を続けてください。」

ところが、作業は続かなかった。その玉子焼きが、お寿司屋さんで見る厚焼きなんだけど
見事ととしか言いようがない。
見とれてしまって、焼き終わるまで、1度も包丁動かせなかった。x

「あの、続けてと言ったんだけど、ヤル気ある?」

「あ、すいません。」

と、言ったけど、これが年上の人に言う言葉かしら・・・

「はい、できました。」

やっと、切りおわって言った。

「まあいいでしょ。次は胡麻酢作ります。」

言いながら、てきぱきと、必要な材料が揃えられていく。

「この当り鉢洗って」

彼が、ひょいと片手で持って渡すので、軽いのかと思って受け取ると意外と重かった。
危うく落としそうになると、ちゃんともう一方の手が、下で待ってて受け止めてくれた。

「ちゃんと持ちなさい。器は壊れるし、包丁とかは持ち方悪いと怪我するからね。」

「すいませんでした」

彼の言うのはもっともだった。仕方なく私は黙って、当たり鉢を洗った。

やっと胡麻酢ができたころは、私はすっかりむくれていた。
なんだって私がこんな若造にあごでつかわれなきゃならさないのよ。

「はい。ごくろうさん。」

奴は、できあがった胡麻酢をタッパーに移すと言った。
そして、当たり鉢を流し台に入れて水を出したまま、調理場を出て行った。
洗い物をそのままにしておくなんて、料理人失格だ。
洗ってしまって、「ひやしたままのので、洗っときました」と嫌味を言ってやろう。
洗い終わった時、やつが戻ってきた。

「先生、流しの中に置いたままなので、洗っておきました」

「本当に洗った?」

「はい」

「だいぶ自信あるみたいだけど、だめだね」

この言い方、ああ腹が立つなぁ

「不満そうだね。こんなことしたくないけど
 なぜだかわからせてあげなきゃ、納得できないだろう」

また、人の気持ちを察したようなこと言って、
当たり鉢を、ガス台の火の上であぶりだした。

「なにしてるの?」

「乾かしてるの」

「そんなことして割れないの?」

「黙って見てなって」

もう完全に頭来た。人が心配してあげてるのに・・・もう帰ろう。

「ほら見てごらん」

「ふん」

「そう怒んないで、見てみなって」

渋々、中をのぞいてみると、よく洗ったはずなのに、溝に白く胡麻が残っていた。

「ねっ。すぐに洗うと、溝の中のが落ちにくいのよ。
 濡れてる時はわからないけど、乾くと見えるでしょ。
 しばらく、水で溶かしてから洗ったほうが落ちやすいんだよ。
 忘れて、置いといたわけじゃないんだよ」

私は、返す言葉がなかった。

「今日は、きついことばかり言ったけど、人の口に入るものだから
 一つの料理に心こめて作らなきゃいけないと思う。
 それには真剣にならないとね。
 そうすると、あきさんが年上だからとか思ってられなくなっちゃうの
 すいませんでした。」

ああ、私はなにやってんだろう・・
この人は本当に一生懸命教えてくれるつもりなんだ。
私は暇つぶしのつもりで、遊び半分だった。
怒られて当然だわ。

「手伝ってもらってるのに、文句ばかり言ってごめんなさい」

「ううん、こちらこそごめんなさい。
 これからもよろしくお願いします

次の日は、店が忙しくて、教えてもらえなかった。
いくらバイトの子が居ても、お客さんが待ってるのに、
私に教えていられないもんね。
教えてもらうには、仕込みの時間、店が暇な3時頃からいくのがいいみたい。
翌日は、昼過ぎから店へ行って、鯵の卸し方なんかを教わった。
ちょうど、会社に居た時の後輩が飲みにきた。
久しぶりなので、私も一緒に飲んで、盛り上がった。
と言ってる間に、閉店の時間。

「そろそろ、閉店ですよ。僕は帰るけど、あきちゃんはどうするの?
 みんなともう一軒いくのかな?」

「マスターも、一緒に行きません?」

後輩の中で、一番若い、麻美が言った。麻美は、そういうところはそつがない。
美人で愛想のいい麻美が誘ったら、たいていの男性は断らない。
みんな、マスターがお酒飲まないの知ってるの誘うとは、
マスターに送らせて、タクシー代浮かすつもりなんだわ。

「みんなは、どこへ行くの?」

と、マスター

「まだ、未定。」

「よかったら、僕の知ってる店行こうよ。
 そうすれば、僕はコーヒー飲めるから、送ってあげられるよ」

相変わらず、この人は鋭いな。見かけは童顔で学生みたいだけど
気はきくし、人の話の先まで、ちゃんと読んでる。

マスターが私たちを連れて行ってくれたのは、飲食ビルのマーガレットという店

「いらっしゃいませ」

ドアを開けると、可愛い声のお出迎え。お店に来ていた、可愛い娘ちゃんが二人いた。
私たちの後ろから、マスターが入ると、美咲ちゃんと美羽ちゃんの
顔から、一瞬、笑いが消えた。

彼なら、気がついたはずなのに、いつもの軽いノリで後輩たちを
テーブル席に座らせている。私も席に着くと、ママがおしぼりを持ってきた。

「お久しぶり。いろいろとむすめともどもお世話になってます。」

あら、あの娘たちここのままのむすめさんなんだ。
みんなにおしばりが渡ると、ママが言った。

「こちらの美しい方々は?」

「僕のファンクラブみたいなもんよ。モテてんのよ。ははは。」

「そうなの。皆さんお綺麗で、うちの娘らでは、とてもかなわないわねぇ」

さすがにママは、さらりとかわしたけど、彼らしくないわ。
これじゃ、あの娘たちへのあてつけみたいじゃなの。
後輩たちは、知らないから

「そうそう、私が会員番号1番で~~す」

と、騒いでるけど、私は素直に騒げなかった。

二人はカウンターに座って知らんふりをしてた。
私は、気になったけど、彼の面白い話や、後輩たちの突っ込みを聞いてるうちに
そんなことは忘れて、笑い転げていた。
久々に、笑いすぎて、顔のしわ増えちゃったかなと、心配になった。

「さあ、皆さん、そろそろお昼ですよ。真希ちゃんの家は12時門限でしょ」

「よく知ってるわねぇ。さては、そんな時間までデートしてた事あるんだな。」

私の次に年長者の敦子が、意地悪な言い方をする。

「そんなわけないでしょ」

「あら~~、ムキになるところが怪しいぞ~」

敦子が追い打ちをかける。真希が困った顔して彼を見た。

「もう、敦子さんいじわる言わないでよ。僕がたまたま知ってただけよ。」

「たまたま?」

「そう、風の噂でね。」

「え~~。そんな風の噂があるわけないじゃない」

麻美も酔ってるから、話に加わって絡む。

「はは。他にも知ってるよ。敦子さんは鍵持ってるから、遅いとみんな寝ちゃうんでしょ。
 麻美ちゃんとこは、妹が起きててくれるんだよね。」

みんなあっけにとられてる。この人はんでそんなこと知ってるの???

「ストーカーじゃないぞ。前にそんな話したでしょう。覚えてない?」

そう言えば、まだ、この人がマスターになるずっと前、お店で飲み会の話してて
帰りどうするって、話したことあった。みんなのを思いだしたらしい。
よくそんな前の、それもついでの話まで覚えてること。

「と、納得がいったところで帰りましょう」

店を出て、I町、H市、A市と1時間半のドライブもやっと、地元へ戻ってきた。
車の中は、彼と私だけ。私の家は、彼家と近いので最後まで付き合うことになった。
私が最初に送ってもらうと、麻美を降ろしてから30分も一人で運転しなくてならなくなる。
それでは、申し訳ないと思ったので、私は最後に送ってもらうことにした。
二人になるのを待ってたように、彼が話し始めた。

「今日は、出しにして悪かったね。」

「やっぱりそうだったんだ。何をたくらんでるの?」

「別に、何もたくらんでないよ。美咲にみんなと楽しくやってるところを見せたかったの。」

「どういうこと?」

「ほかの女性と、それも自分がかなわないぐらい美人な人と
 仲良くしてるのみたら、もういいやってなるかなと・・・」

「美咲ちゃんをきらいになったの?」

「そう」

「嘘。だったら、こんな手の込んだことしないくてもいいでしょう。」

何言ってんだろ、もっと言ってやろうと思ってる私を制して

「とにかく、あの子に嫌われたかったんだよ。もう、勘弁してよ。」

そう言うと、一言もしゃべらなくなった。何考えてるんだろうこの人は。
私は、この時マスターが自分より大人に見えた。
いや、最近は常に私がいいようにあしらわれていることに気がついた。
しかし、腹は立たなかった。それどころか、そう見えることがうれしく思えた。
いつの間にか、車は、私の家の前に着いていた。
教えた覚えないのに、この人はちゃんと知っている。不思議な人。

「はい、着きました。おつかれさん」

「いつの間に、私の家知ったの?」

「さっきも言ったでしょ。風の噂」

「マスターの周りって、そんなに風が吹いてるの」

私は、もう少しこの人と居たいなと思った。
しかし、彼は、その心見透かしたように

「ほら、いつまでも止まってると、近所の人は変に思うよ。」

そう言われたら、降りるしかない。

「今日は、ありがとう。おやすみなさい」

「こちらこそ、みんなと過ごせて楽しかったよ。おやすみ」

それからの私は、ほとんど店に入り浸りになった。
店が終わると、彼と食事に行ったり、飲みにも行った。
店が休みの日曜日も、一日中一緒だったことも何回もあった。
彼は、いつもすごく優しく、気を使ってくれる。
私は完全に彼の虜になったみたい。
周りの人には、仲のいい恋人同士に見えるかもしれない。
でも、実際には12歳も歳が違う。私は常にそれが頭から離れなかった。
彼はどう思っているのだろう。
私の感じでは、それに拘ってるようには思えない。
私の正確な歳も知らないだろうし。
主導権は、いつも彼が握っていて、私はついていく感じなので
私のほうが、年下みたいだと思う。
もっと言えば、彼は、私の思惑通りには動いてくれない。

こんなことがあった。

それは、今となっては恒例となってるドライブの帰りだった。
私の後輩を順番に家に送って、彼と二人になった時、ラブホの看板が目に付いた。

「ねえ、あのホテルってどう行くの?」

「またまた、なにブッテんだか。教えればいいのね。」

彼は、ウインカーをあげて左折した。
やった!!私の勝ち。ホテルまでがやけに長く感じる。
私はじっと、彼の横顔を見ていた。
二人とも、一言もしゃべらない。
ホテルの入り口まで来た。そこを右へ曲がればすぐ左側がホテルだ。
すると、彼は私の顔を見ていたずらっぽく笑いながら、右へハンドルを切った。
そのまま左へと思ってると、ホタルの前にUターンできる道があった。
彼はそこで、Uターンしながら

「ここだよ、わかったね。僕は腹減ってるから、ホテル行くより
 飯食いに行こう。」

と、しらじらしく言ってのけた。
女の私から、これだけ露骨に誘ってるのに恥かかしたとか思わないのかしら。
思ってないらしい・・・
その後、私を焼き肉屋に連れて行くと、カルビ5人前、ロース2人前
レバ刺し2人前、ユッケとクッパをペロリとたいらげた。

最初食事をした時はびっくりしたけど、この人の場合これが普通なのよね。
最低でも、3人前ぐらいは食べてしまう。それで太ってないんだから不思議。
その時も相変わらずの食欲で、さっきの気まずい雰囲気など、どっかへ飛んで行ってしまった。
まったく、この人にはかなわない。
自分のペースを乱すことなく、その枠内でなら限りなく優しい。
私のことを嫌いとかではなく,今日は私より食事がほしかった。
それだけのことらしいと納得させられた

それ以降も、私たちは気まずくなることもなく、洋服を買いに行ったり
映画を見に行ったりと付き合っていた。
よく店に来る彼の友達は、みんな私が彼女だと思っていると、
私と一番よくしゃべる大山君に聞いて喜んだ。
彼も否定してないと聞いて、幸せな気持ちでいた。

そんなある日、私は道でばったり麻美に会った。
お茶でも飲もうと、近くの喫茶店に入った。
会社の様子など、ひとしきり世間話に花を咲かせた後、
話題は彼のことに移った。麻美が

「あすこのマスターって、すごいんですね。あたし驚いちゃった。」

「何がそんなにすごいの?」

「大心楼って、この県で一番の店ですよね。そこが、R市のRスカイホテルに
 出店してるの知ってますよね。」

「ええ、マスターが居た店でしょう。知ってるわよ。」

「そこへ、こないだの日曜日に連れてってもらったんです。
 そしたら、お店の人全員最敬礼でお出迎えで、
 山下さんからお金取れませんって、ぜんぶただ・・・」

 え~~~。なんでこの子がR市まで行くのよ。麻美は私に話すぐらいだから
軽い気持ちで行ったんだろうけど、片道たっぷり3時間はかかるわよね・・・
と、頭に来たけど、麻美に文句言っても仕方ない。ぐっとこらえて

「うん、私も最初連れてってもらった時は、びっくりしたわ」

「ですよね~~~。なんで、あんなVIP待遇なんですかね?」

「ああ、それはね。入ってすぐのところに、カウンターがあって
 パフォーマンスしながら料理してたのみた?」

「はいはい、かっこよかったですぅ。」

「あれを考えて、やり始めたのがマスターなんだって。
 今、あの店の売り上げの半分近くをあのカウンターが占めてる。
 だから、今でもVIP待遇らしいわ。」

「へえ~。あのマスターって見た目は軽いだけの人に見えるけど
 実はすごいんですねぇ。」

「うんうん、そうね。見た目通りじゃないらしいわね」

そう言って笑ったけど、麻美は意外なことを言い出した。

「今回は、たまたま、あたしが友達見舞いに行くって言ったら
 マスターも用事があるから、一緒に連れてってあげるってことだったんだけど
 あたし、マスターと付き合っちゃおうかなぁ」

「あらあら、そんなお熱出ちゃったの?」

「えへへ、ちょっと言ってみただけですよ。」

そう言って、笑った。麻美とはその後適当に話をして別れた。

まったくもう、麻美もまんざらではないみたいだったわね。
彼はどういうつもりなのかしら、私の後輩なんだから気を使ってくれればいいのに
私に何も言わないでいかなくてもいいじゃないの。
最近は、一緒に居ることが当たり前になってるから、
彼も私のこと、それほど気にかけなくなってるのかもしれない。
この辺で、私の存在をアピールしとかなきゃいけないかもね。

そんなある日、店で、彼の友達の大山君が、友達と言っても
大山君のほうが7~8歳上らしいけど・・・
その大山君が、隣の県の観光地へ行こうと盛り上がっていた。
結局、次の日曜日に私と彼と大山君の3人で行くことになった。

行く日の前の土曜日の夜。
私は手伝うつもりはなく店に来ていたのだけど、
忙しくて、手伝っているうちに帰りそびれて、1時近くになってしまった。
明日は早いから、少しでも早く帰らないとね。
私は、早く片付けを終わらせようと頑張っていた。
すると、マスターが、バイト生を帰らせて、私に言った。

「あきちゃん、送ってくから支度して」

「あら、まだ片付け終わってないわよ」

「いいの、どうせまた戻ってくるから」

「どうして、終わらせて帰りましょう」

「朝までに、どぶ掃除して、床磨いて、出発までにコーヒー淹れるの。」

「本気?」

「本気だよ。予定では、明日は店の掃除だったんだもん。
 急に出かけることになったけど、やることだけはやっておかないと。」

まただ・・・
開店の時みたいに、一人でやる気だわ。割と平気な顔して大変なことやるのよね。

「それじゃ、余計に、今のうちに片付けだけでもやってしまいましょうよ。」

「そうしないと帰りそうもないね。じゃ、そうしましょう。」

片付けが終わったら、1時を過ぎていた。
送ってもらう車の中で、私は、もう一度聞いた。

「朝のうちに、本当に掃除するの?」

「うん、出発が9時だから、5時からやれば間に合うでしょ。
 終わらなかったら、帰ってからやればいいし。」

「私も手伝うわ。5時に迎えに来て」

「一人で大丈夫だよ。朝弱い人が無理しないの。」

あら、私が低血圧で、朝目一杯弱いの知ってる・・・
そんなそぶり見せたことないのに、この人にはバレてたみたい。
けど、ここは後には引けない。

「ちゃんと起きてるから、迎えに来て」

「はいはい、じゃあ、お願いします。」

ちょうど、家に着くまでに話が決まった。

「じゃあ、また5時に会いましょう。」

彼も、笑ってバイバイしてくれた。

さあ、それからが大変。部屋へはいって時計を見ると、1時40分。
お風呂入って、シャンプーしたりしてたら2時半。
ブローして3時。うとうとしたらもう4時20分。
着替えて、化粧して玄関へ降りたのが5時5分前。
いくらなんでも、まだ来てないともって外へ出てみると、
隣の空き地で、トランクに頭突っ込んでる彼が居た。

「やあ、おはよう。本当に起きたの偉いね。」

私に気がついた彼が言った。
ちゃんと髪もセットしてあるし、髭も剃ってある。

「偉いでしょ。やればできるんだから。」

と、私。

「うんうん。じゃ、行きますか」

朝早いので、店までは5分ぐらいで着いた。
掃除も予定通り9時までに終わって、3人で楽しく出かけた。
寝てないと思えないぐらい彼は元気で、大山君も優しかったし
彼に私の気持ちも十分伝わったろうし
めでたしめでたし
ところが、そんな私の考えは、お汁粉に蜂蜜かけて食べてるようなもんだった。
つまり、甘すぎたってこと。お出かけの次の日、夕方、彼の店へ行くと、
彼は出かけてるらしく、ママが一人で本を読んでいた。

「あら、いらっしゃいい。ちょうど良かった。あきちゃんに話があったの」

私に気づいたママが、顔をあげて言った。

「なに、真面目な話?」

「うん、とっても真面目な話。ちょっと、座って」

ママは、隣の席をすすめると、自分は立って、コーヒーを淹れてきた。

「はい、どうぞ。飲みながら聞いて」

いつになく、ママの態度は他人行儀だった。
私は、よほどの話なのかと、心配になってきた。
そんな私の気持ちを察したのか、ママは厳しい声で言った。

「率直に言わしてもらうわね」

「ええ」

「あなた、あの子にあんまり深入りしないほうがいいわよ」

「どういうこと?」

「あなたもわかると思うけど、あの子は見た目よりずっと大人だし
 割り切った考え方してるから、あなたが泣き見ることになるよ」

「彼が言ったの?」

「いいえ、具体的には何も言ってないよ。だけど、毎日一緒に居る私にはわかるんだよ
 あなたの歳も、あの子は知ってるよ」

「私が年上だから嫌だって?」

「そういうことじゃなくて、もっと根本的なことがあると思うの。
 うまく言えないけど、そのうちきっとだめになるよ」

 だめになるって、大きなお世話。私たちのことに口出しされたくないわ。

「きついようだけど、やっぱり、あなたが年上なんだから、あなたが考えるべきじゃない」

どうして、一方的に言われなきゃならないのよ。彼がそう言ったならともかく、
推測だけで決めつけられちゃかなわないわ。
今日は、バイトも居ることだし、このまま帰ろう。

「はい、考えてみます。」

そう言って、席を立って出口へ向かうと、ドアが開いて彼が入ってきた。

「あれ?あきちゃん、どうしたの?帰っちゃうの?」

「ええ、さよなら」

彼、何か言おうとしたけど、さっさと出てきてしまった。
そのまま、バス停まで歩いてるうちに、ますます腹がたってきた。
イライラしながらバスを待っていると、彼が走ってきた。

「なんかあったの?黒澤さんと」

息切らしながら、彼が聞く。その顔がすごく心配してくれてる。
やっぱり、私のこと心配してくれてるじゃない、ママの嘘つき。
嬉しくて涙が出ちゃう。こんな人前で恥ずかしい。でも、止まらない・・・

「ちょ、ちょっと、待った。ここはまずいよ。」

彼も慌てて言ったけど、遅かった。
学校帰りの高校生や、バスを待ってる人がいる前で
ポロポロ涙こぼして泣いちゃった。
さすがに、彼もあきれてる。
彼はここが地元だから、周りに知ってる人が何人もいるんだろうな・・・

「ほら、みんな見てるから」

彼がハンカチ出して渡してくれた。
そして、私の肩を抱いて歩き出そうとしたけど
私は、恥ずかしくてたまらないから

「今日はこのまま帰らせて」

そう言って、来たバスに飛び乗ってしまった。
彼は何だか訳わからないままぽつんと見送ってた。

その夜、何度も電話しようとしたけど、どうしてもだめだった。
彼も同じような気持ちなのか、彼からもなかった。

後で聞いたところによると、彼は女を泣かした男と
みんなに吊るしあげられて、その日は仕事にもならなかったらしい。
私に電話できる状態でなかったそうだ。

次の日、行きたくはなかったけど、友達と待ち合わせをしていたので
夕方に、店に行くだけ行った。彼も気を使っていろいろ話しかけてくるけど
私は、どんな顔していいかわからなくてずっと黙ってた。
友達は、ここで飲もうと言ったけど、私は、早く店を出たかった。
皆を無理やり、外へ連れ出して近くのお好み屋さんへ行った。
アルコールが回るに従って、ぽつぽつと、昨日の話をした。

「そこまで、惚れてたんだぁ」

と、一番なかのいい芳江が言った。
その後は、根掘り葉掘り聞かれて、他人がどう言おうと
二人の気持ち次第でしょと、落ち着いた。

「あー、もうこんな時間、最終のバスいっちゃたよ」

いいチャンスだ、マスターに送ってくれと頼めと芳江が言った。
私の相談で遅くなったんだから責任もあるから電話しろとしきりに言う。
しぶしぶ、携帯でなく店にかけた。
出たのは、大山君だった。今日の私は彼より、大山君のほうが頼みやすい。
大山君も快く引き受けてくれて、楽しいドライブとなった。

昨日は、大山君に悪いことしたかな。
私は、お料理学校の帰りに、酒屋へ寄って、送ってもらったお礼に
本格焼酎を1本買った。店に置いといて、大山君が来たら渡してもらおうと思ったから。
でも、結局、今日も彼と会いづらくて、まっすぐ帰ってきてしまった。

「ただいま」

玄関を入ると、電話が鳴ってる。

「はい、山岸です。」

「あきちゃん、卓也です」

彼だ。携帯の着信無視してたから、家にかけてきたんだ。

「いったいどうしちゃったの?」

「どうもしないわよ」

「そんなわけないでしょ。携帯も出てくれないし・・・」

そりゃそうだわね。誰だってどうしたんだと思うわね。
でも、ここは、大人の対応で

「別に・・・ただ、しばらくはお店に行きませんから」

「なんで来ないの?」

「ちょっと、考えることがありますから」

「そんなこと言わないで、出てきなよ」

「とにかく、しばらくは行きませんから」

「あ、そう。電話じゃんだめだね。今、迎えに行くから待ってて」

「えっ?」

もう、電話は切れていた。迎えに来るって、お店はどうするのかしら?
でも、こんなに効くとは思わなかったわ。
なんだかんだ言っても、私のこと心配してるのね。
外で待っててあげよう。すぐに、彼の車が来た。
早い、早い。よっぽど飛ばしてきたのね。

「おまたせ。突然ですいませんね」

この辺がわからないのよね。しらじらしいけど、まるっきり嘘でもない。
彼って本気になればなるほど、冗談っぽく見えるそんな人なのよね。

「あの、乗っていただけませんか」

お店には、バイト生しか居ないんだろうから、早く帰りたいのね。

私が乗ると

「お店でいいですか?」

と、おずおずと言う。

「ええ、バイト生しか居ないんでしょ、いいわ。」

「すいません」

店に着くと、まだ、8時前だと言うのに、お客が切れたところで、
バイト生を帰してしまった。店の中は彼と私だけ。
二人で、カウンターの隅に座った。先に口を開いたのは彼だった。

「いったい、何を怒ってるの?僕がなんか悪いことした?」

「心当たりでもあるの?」

「あればとっくに謝ってるよ。ないから悩んでるの」

「だったらいいじゃない。私が勝手に怒ってるんだから」

「そうはいかないよ。この店でなにかあったのは確実なんだから
 僕の責任でしょう。」

ああ、なるほど。今日の昼に友達の誰かが食事に来て、昨夜のこと言ったんだ。
それで、私が家に帰った頃見計らって電話してきたんだ。
相変わらず、彼らしいそつのなさだけど、簡単に機嫌は直らない。

「だったら、謝っておけばいいんじゃないの」

「何、意地になってるの?どこが悪いかわからなきゃ、謝る意味ないでしょう。
 何があったのか教えてよ。お願いします」

私は、こんなに必死に頭を下げる姿を初めて見た。
いつも、何でも知ってると言う顔をして、人に弱みなんか絶対見せない人だと思ってた。

「どうして言ってくれないの。」

「じゃあ、言わなくてもいいから、また明日も来てね。待ってるから」

すごく、優しく言うの。ジンと来ちゃった。

「もし、来なかったら、迎えに行くからね」

「どうして、そんなに・・・・」

あ、嫌だ。また、涙が出てきちゃった。感情高ぶると泣いてしまう。
泣くと、余計に興奮して、もう泣くだけ泣かないと何も考えられない。
やっと落ち着いて彼を見ると、ほっとしたように肩で息をついた。

「ごめん・・」

「大丈夫。もう慣れたから」

彼ったら、憎らしい言い方をした。
でも、この方が彼らしい。

「じゃあ、また来てくれるね」

「うん、心配掛けてごめんなさい」

「じゃ、今日のところはここまでで、送っていくよ」

そう言って、彼は立ちあがったけど、私は、なにかしっくりこなかった。

彼は、私がなんで怒ってるか、本当の理由を知ってるのかしら?

「何の話?もう落ち着いたから、言ってみて」

「いや、いいよ。また、後でにしよう」

「言ってちょうだい」

 彼、ちょっと考えてたけど、立って出入口へ行った。
と、鍵を開けて外へ出て行った。
一人もお役さんが来ないと思ったら、鍵かけてあったんだ。
彼は、看板をしまうと、出入り口の明かりを消した。
まだ、8時半なのに閉めてしまうらしい。戻ってくると

「この話は、ちょっと長いから、店閉めたほうがいいでしょう」

そう言うと、コーヒーを淹れ始めた。それを持ってきて、隣に座った。
一口、コーヒーを飲む。知り合ったころから、彼はいつもブラックで飲む。
私は、ミルクを少々入れる。私も、一口飲んだとき、やっと、彼が話し始めた。

「あきちゃんが、お店を手伝ってくれて、すごく助かってるし感謝もしてる。
 でも、最近あんまり一生懸命やってくれるから心配なの」
 
「何が心配なの?」

「どうして、そんなにやってくれるの。バイト料を払ってるとか
 僕の彼女とか言うならわかるけど、好意でやってもらうのには
 申し訳ないと思う」

 何を今更、確かに最初は好意で始まったことだけど、
今は、あなたに喜んでもらいたくてしてるに決まってるじゃない。
そんなことも気がつかない人じゃないのに、とぼけてるのかしら。
仲直りしようと言いながら、こんなこと言うなんて、馬鹿にしてるわ。

「冷たい言い方かもしれないけど、僕は、あきちゃんの気持ちに応えられない」

「あんまり、馬鹿にした言い方じゃないの」

「馬鹿になんかしてないよ。あきちゃんならわかってくれるとおもって言ってるんだよ」

「何をわかってほしいの」

「世間では、僕らのことを彼氏と彼女だと思ってる。それはいい。
 でも、本人たちも、そう思い出したら大変でしょう」

「恋人同士になりたくないと言うの?」

「なれないのは、あきちゃんもよくわかってるでしょう」

それは問題はあるかもしれないけど、なれないは言いすぎだと思うけどね。

「美咲を知ってるよね?」

「前によく来てた、髪の長い娘ね。知ってるわよ。
 あの娘がいるから、わたしがじゃまなわけ?」

「違うよ。あいつとは別れたよ。よくよく嫌われてね・・・」

私は、彼が何を言いたいのか、さっぱりわからなかった。
急に、美咲ちゃんの話なんかだして、別れたなら、問題ないじゃない。

「悪いけど、もっとわかりやすく話してくれない。
 私と美咲ちゃんと何か関係があるの?」

私が言うと、彼はしばらく考えてから、話しだした。

「あいつとは、こんなふうに話し合いなんてしなかった。
 自分だけで、自分の理由で別れると決めた。
 でも、別れたいと言ったら、理由を聞かれるでしょう。
 理由は言いたくなかった。
 だから、嫌われるようなひどいことをいろいろやった・・・」

「どんな?」

「一つは、あきちゃんも知ってる。みんな連れて飲みに行った」

「あれは、私もおかしなと思った。あの娘、かなり傷ついたでしょうね」

「あれで、かなり僕のこと愛想尽かしたろうから。結果は正解だった。」

彼、とてもつらそうに話す。私は話に引き込まれていく。

「理由も言わないで、あんなことをするほど、美咲ちゃんを嫌いになったの」

「その反対。これ以上好きになったら困るから。
 自分から嫌いになんてなれないから、美咲にきらいになってもらったの」

「よくわからないわ」

「あきちゃんと同じぐらい、美咲も好きだった。
 でも、それはライクであって、ラブではない。」

いつも、肝心な話は、まわりくどい説明で、なかなか結論を言わない。
けれど、最後まで聞くと、無駄な話はしてない。
この人の頭の中って不思議。私は先を促した。

「だけど、美咲とあれ以上仲良くしてると、本気で愛してしまいそうだった。
 あき子さんとも、今が限界なの・・・」

「それじゃ・・」

「黙って、聞いて」

「はい」

「美咲は、とってもいい娘で、本当に僕のこと好きだったと思う。
 妹がびっくりするぐらい、お店も手伝ってくれた。
 そのまま付き合ってたら、結婚したくなりそうだった。」

「すればいいじゃないの」

「そうなったら、非常に困るの。美咲と結婚すると国際結婚になる」

「へぇ、あの娘、外国人なの。」

「うん、そうなんだよ。詳しくは言いたくないけど。
 お互いに祝福されるとは思えない。
 僕は、店をやる上で、家を継ぐ長男として、祝福される結婚をしたい。
 けれども、それを理由に、別れを告げたくはなかった。
 結果的には、もっと、何倍も傷つけてしまったかもしれないけど」

私は、彼の言いたいことがやっとわかったから、自分の口から言った。

「なるほど、同じことを繰り返したくない
 私には、あえて宣言したというわけね」

心は充分にショックを受けていた。
この人は、私と居る時は、本当に楽しそうで、悩みなんかないように見えるけど
いろいろ考えているのよね。
常に先を読んで、感情に流されることなく、冷静に生きていこうとしている。
そのくせ、いつも相手を傷つけまいと、自分がズタズタになってる。
この人に、ついていくのは私には無理。
この人は、私の腕の中には、けして落ちて来てはくれない。
つらくないのだろうか?
寂しくないのだろうか?
でも、私がどうにかできる次元で、この人は生きていない。

「うん、わかった。しかたないわね」

そう言うしかなかった。

「じゃあ、送っていくよ」

彼の顔は、いつもと変わらなかった・・・

私は、車の中で考えた。ママの言う通りだった。さすが年の功。
麻美とR市へ行ったのも、彼の意志表示だったんだ。
ママは気がついて、私に忠告してくれたのに、私が聞かなかったから・・・
彼も辛いんだろうな。

「はい、着きました。また、明日ね」

「えっ」

彼の声に、我に帰った。

「また、明日って言ったの」

「行ってもいいの?」

「会わないなんて言った覚えないよ。
 あきちゃんは、美咲より大人だし、セーブして付き合えるでしょう」

「それが難しいんじゃないの」

「きっと、大丈夫だよ」

彼は自信ありげに言った。

「うん、わかった。明日、お店で会いましょう。」

「おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

次の日、店へ新しいバイトの子が来た。
私は、元のお客に戻り、店で二人きりになることもなくなった。
マスターが休みの日もなんとなく誘いづらくて
一人で過ごす、さびしい日々を味わっていた。

そんなある日、店で大山君と会った。
たまには、飲みに行っておいでよと、マスターに言われ
大山君の顔を見ると、笑って

「じゃ、行こうか」

と言うので、一緒に行くことになった。

乾杯をすると、大山君が改まった顔で言った。

「実は、俺さ。あいつのこと怒ってたんだ」

「えっ?」

「あき子さんも知ってるだろう。美咲ちゃんへ態度」

「ああ、でもあれは・・・」

「うん、今はわかった。でも、会わせたのは俺だったし、
 この間、ママに謝りに言ったんだ。
 そしたら、逆に謝れらちゃってさ・・・」

そう言って、大山君は、その時の話をしてくれた。
ママは悩んでいたそうで、
好きなら、家族も祖国も捨てても、一緒になるべきか
なっても、日本人にはなれない、もう、こちらへも戻れない
そんな娘を、喜んでは送りだせない
けど、反対もできない
結局、本人に任せるしかないのかと・・・
でも、まさか、マスターから、それも、嫌われるような別れたかをしてくれるなんて
つらい選択をさせて申し訳なかったと、泣いてたそうだ。
今日は、それを話しに店に居たらしいが、
私が行ったら、さっさと飲みに行けと、追い出されたそうだ。

「相談してくれればいいのに、
 そうすると、紹介した俺も責任感じると思ったんだろうな。
 そんな事情何も知らんかったし、外国人とも思ってなかった。
 ひとりで、悪者になりやがって・・・」

「うん、マスターってそう人なのよね。
 でも、大山君はわかってる。ママもわかってる。
 もちろん、私もね。それでいいじゃないのかな」

それから、1時間ばかり、マスターをほめたり、けなしたり
話は盛り上がった。二人の話してないねって、笑ったころ、
二人の携帯に、前後してメールが来た。

「いい加減、本音を言いなさい。
 あきちゃんは受け止めてくれるよ。がんばりぃ」

と、大山君に

「そろそろ、失業保険も切れるでしょう。
 永久就職の面接、うまくいったよね(笑)」

と、私に

私たちは顔を見合わせた。

「あいつからか?」

「うん、大山君にも?」

二人はメールを見せあった

「あんにゃろう、はめやがって、ぶっ飛ばしに行く」

大山君が嬉しそうに笑いながら言った。

「私も行くぅ」

彼の自信はこれだったのね。

きっと、来年の春は、彼に友人代表で挨拶してもらうことになるでしょう。

akiko

akiko

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-10-20

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