離人

この心臓さえ欺瞞の産物なのだとしたら、ああ、俺は一体何を信じたらよいのだろう。何を信じて生きていけばよいのだろう。人は精神的支柱なくして生きていかれるものだろうか?思えば俺の道程は誠実さを欠いたものだった。やることなすこと全てがそうだった。命令されてもいないのに目隠しで歩いてきたような人生だった。目隠しで手探りで歩んできた結果が、このざまだ。なぜこうなった?幾度となく自問したが、納得できる答えは得られなかった。言わば、俺はなりゆき任せに生きてきたのだ。学習性無気力的な、燃え尽き症候群いや抑鬱的な、破滅的思考の種が生来的に頭の中にあり、それに無意識的に水をまいていたのだ。怠惰という水を。なぜこうなったって?自明じゃないか、全部があらかじめ決められていたからだ。俺はそうやってしか生きられないように義務づけられていた、宿命づけられていたからだ。おそらく目隠しをしていなくても俺は遅かれ早かれ破滅していただろう。望むと望まずとにかかわらず自滅していただろう。なりゆき任せにしか生きられないという、この致命的宿命、この離人症状的存在論に反抗するだけの気力が、俺には備わっていなかった。むしろ、反抗すればするほど、その症状はつけあがり、悪化さえするだろうと思われた。達観とも諦観ともつかぬこの自閉的な境地を自覚し、俺は身震いした。俺は今まで一度として生きたことなどないのではないか?俺はもはや何も築くことができない、どこへ行きたいとも思わない。常に地割れの危険に晒されているこの基盤の上でできることといえば、愚かな踊りを踊らされることくらいだ。己の意思ですることなど何もない。実人生は物語に染まっていく。俺は生まれたときには既に死んでいた人間だ。ただ在るだけの物体だ。それでも俺は心のどこかで信じていた。物語に回収されない人生があることを。

離人

離人

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-10-18

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