雨の日
「天気予報、見ればよかった」
ミカは思わずそう零した。
ザーザーと音を立てて雨が降っている。遠くでは野球部かサッカー部の掛け声も聞こえるが、雨の音が強く耳に響いた。
思い返せば、今日は一日良いことがなかった。朝食は嫌いな煮物だったし、朝の占いも見逃した。きっと自分の運勢は最下位だったに違いないと確信した。
家を出る時の天気はどうだっただろうか。確か、文句なしのピーカンだったはずだ。それがどうして、こんなことになってしまったのだろう。
「ありえない。マジ最悪だ」
誰に向かって言ったでもない文句は、雨粒に吸い込まれ地面に染み込んだ。口から出た不満で、水たまりが次々に作られた。
北風が音を立てて、ミカの全身を撫でる。鳥肌の立つ腕を擦り合わせ暖めるものの、一瞬で外に逃げていった。
もういっそ、走って帰ろうか。そう思ったところで、誰かがミカの頭を小突いた。
「イタッ」
「帰んないのか」
ミカは小突いた相手を恨みがましい視線で批難した。
「女の子ぶつなんてサイテー」
「大袈裟だし誰が女の子だよ。今日も飛び蹴りしやがって」
「うっさいバカシ」
「タカシだ」
ミカを小突いたのに使ったであろう傘を持ち直し開く。
泥濘んだ地面にスニーカーの痕を残しながら、タカシは振り返った。
「帰るぞ」
「ん」
一言そう返すと、ミカは傘の下に滑り込んだ。
ビニール製の傘に、バサバサと雨粒が降り注ぐ。泥が流されたコンクリートの道を二人で歩いていく。
「天気予報見なかったのかよ」
「目覚まし時計壊れて、そんな時間なかった」
「壊れた? 壊したんじゃなくてか?」
笑いながら言うタカシの足に、ミカは無言でローキックを決めた。
「そうか、バカシのせいで雨が降ったんだ。珍しく遅刻もしてないし、宿題もちゃんとやってあったし」
「ひっでぇな。俺は真面目だぜ?」
「授業さぼってヒトミと校内デートしてる癖に」
「サボってる訳じゃねえっての。つか、別に付き合ってもねえし」
道に転がっている小石を蹴飛ばす。小石は電柱にぶつかって、側溝に沈んでいった。
「あ、なあミカ。英語のノート見せてくれよ。俺明日当たるらしいんだ」
「えー……。ヒトミに見せてもらえばいいじゃん。家近いんだし」
「お前んちの方が近いじゃん。な、傘代ってことでさ」
「有料とか頭腐ってんじゃない?」
二人の後ろからクラクションが鳴らされた。軽トラックが徐行しながら、二人の隣を走っていった。
泥をはねられたが、汚れたのはタカシのズボンだけだった。
「とーちゃくぅ。ゴクローサマでした」
「心のこもってないお礼、アリガトーゴザイマス」
ミカの家の前までくると、自然と二人の足は止まった。
玄関先の屋根で靴の泥を落とすミカ。立ち去ろうとするタカシを見ると、「ねえ」と声をかけた。
「着替えたらアタシの部屋来なよ。英語、教えてやるから」
「お、マジで? サンキュー助かるぜ」
ミカの言葉にそう返すと、タカシは揚々と向かいの家に入っていく。シャツは水を吸い込んでおり、背中の肌色がクッキリ見てとれた。
「シャワーくらい浴びてこいよ」と呼びかけるミカの声が届いたかどうかはわからない。
部屋に入ってきたタカシからは、ほんのり湯気が立っているような気がした。
雨の日
雨の日は憂鬱になりがち。そんな日はちょっとしたことでも気になります。