時間と死

 人間は時間を空間化、物質化、数値化することで現在の時計に管理された都市社会を作り上げた。飽くなき時間の空間化、物質化、数値化の追求の果てに、自然の循環する時間と、人間の生から死へと至る直線的時間の妥協点として数値化された時間を示す時計が生み出され今日に至っている。しかし、自然の時間は詳細は人間に知りえないとして、人間の時間を直線的時間だけに限定するのは片手落ちでもある。直線的時間は理性で把握できる時間であり、他人とも共有できる時間である。だが、これ以外にも人間が把握できる時間がある。それは過去を記憶したり回想したり、未来のことを予想したりする、想像の世界における時間であり、これは会話やイメージなどである程度共有はできるが、理性的時間ほどの厳密な共有は不可能である。そして、もう一つの時間は、川の流れや物の動きなどを感知する時間であり、身体的なものである。以上、人間が把握できる時間には三種類あり、それぞれ理性的時間、想像的時間、身体的時間とする。理性的時間と想像的時間は主に頭の方で把握するが、身体的時間は身体で把握するものである。厳密に共有できるのは理性的時間のみであり、あとは個人の世界内に収められている。個体発生、系統発生で共に、身体的時間、想像的実感、理性的時間の順に生まれてくるものであり、最後の理性的時間に目覚めたときに死の自覚も始まると思われる。理性的時間は直線的であり、始まりと終わりの二点を意識させるものである。一方、想像的時間は始まりや終わりなどの概念が生まれにくく、順序などもなく混沌としている。また、五つの感覚器のうちで時間を把握するのに重要になるのは視覚と聴覚であるが、空間の方は視覚と触覚である。だが、時間の方では空間よりも、把握するために思考や精神が関わってくるものである。よって空間は外的であるが、時間は内的であるとも言われる。

 さて、こんなことをまた和也は考えていた。どうでもいいことばかり思考に費やしている。こんなことを考えている暇があるのなら、もっと趣味のいいことに時間を費やせばいいのに。ゲームでもしている方が話題にもついていけるからまだいい。少しそんなことも思った。自然の循環と人間の心の間を時計が仲介している。そういうことでいいのだろう。それにしても時間について少し考えたが、結局俺は自然を持ち出したり、進化史や文明史を持ち出したりしている。歴史に頼って時間について考察しているが、歴史も時間の一部ではないか。この時点で大きな欺瞞がある。これは前にも少し思ったことである。しかし、歴史と時間はどう違うのか。歴史が時間の一部という認識は正しいのか。今日のような編纂された世界史が誕生した時期は、数値化された時間が整い現代式時計が誕生する時期と大きく違わないのではないか。今日わたしたちに親しみのある歴史も時間も、ほぼ同時期に生まれたのだとしたら、どう考えればいいのだろう。時間は時計を境にして、自然側の時間と人間側の時間に二分される。そうして、自然の時間に関しては人間の方では知りえない。だから人間の時間の方を考察するしかない。こうして哲学的思索の方に進んでいけばいいのだが、そちらの方に行くのにためらいを感じる。

 近代に入り時間は数値化されることで、死は直線状の終点であると言う認識がますます強くなった。死に対する虚無感と焦燥感は強まっていく。共同体や風習は解体され、個人主義が発展した今では、各個人が自分の死と向き合わざるを得ない。何事も自己責任なので、死と向かい合うことも自己責任となった。しかし、人間は死を背負えるほど強い存在なのだろうか。結局和也は死について真面目に考えたことがない。考えるほどに、何か陳腐化していくような類のものに思えた。生は不平等だが死は平等だ。人間社会では何も平等に与えられないが、死だけは平等に与えられる。死だけは皆が共有できる。だから宗教が存在するらしい。

 文明が進歩していく過程で、文明は科学という強力な武器を身に着けた。そうして自然と人間の間に、数値化された直線状の時間という楔を打ち込み、死を時間軸上の一点という存在にまで追い詰めた。文明と科学の必死の努力を、芸術と宗教は嘲笑っていた。彼らは初めから死と結託していた。文明の力によって時間の存在は露わになってきたのだが、死はまったく茫漠としていた。死を克服しようとする儚い努力が、文明の歴史だった。なら芸術と宗教の歴史は何なのだろう。そもそもこの二つは、歴史というものをあまり好まないように思われた。

 そろそろ夕暮れ時だ。和也は映画を見終わってしばらく暇があったので、よけいなことを考えていた。もうくだらない思考は終わらせて、ゲームでもやろうと思った。新作ソフトをやるくらいなら、昔やったものをまた楽しみたいなと和也は思った。

時間と死

時間と死

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-10-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted