たとえばの話、あるいは言葉と抱擁の無力さ
さめざめと泣くあなたを前にして、私は何もできなかった。何もしてあげられなかった。慰めの言葉をかけることも、抱き締めることもできなかった。何かを言わなければと思えば思うほど何も言えなくなり、何かしなければと焦れば焦るほど何もできなかった。私は文字通り無力だった。なぜあの時、拙くても、慰めの言葉の一つでもかけられなかったのだろう。それができないのなら、なぜ黙って抱き締めることすらできなかったのだろう。行動するというのはこんなにも困難なのか。自身に対する歯痒さ、情けなさが募った。あなたはいなくなってしまった。あなたに何もできなかった私だけがここに残され、あなたは私の前から姿を消した。いつか同じ状況になった時に、私は同じ過ちを犯すのか。また繰り返すのか。繰り返さない。私はもう何も失いたくない。言葉を捨てるか、言葉を尽くすか。言葉か、抱擁か。どちらかを選ぶなんて私にはできなかった。どちらも必要だ。あなたにまた会えるのなら、私はあなたを抱き締めながら言うだろう、そのままのあなたでいいんだよ、なんて私は言わない、いろいろなあなたをあなたは抱えていていい、その全部を私は受け入れるから。泣いていいんだよ、とも私は言わない、一緒に泣いていい?とも訊かない、私はあなたと共に泣く、それでどうしてきみが泣くのと訊かれたら私はこう応えるだろう、言葉の無力さも抱擁の無力さも私自身の無力さも乗り越えて、あなたを安心させてあげたいから、と。
たとえばの話、あるいは言葉と抱擁の無力さ